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12話 花冠

 東クリモアを目指す旅を始めて、二日が経った。

 街道に沿って、見晴らしのいいところを歩いていく。


 迷ったり道を外したりしないように、地図を定期的に確認して……

 無理をしないように、ほどほどのところで休憩を入れて……


 なにも起きないように注意して、しっかりと旅を進めていた。

 そのおかげで、今のところ問題らしい問題はなにも起きていない。


 旅の行程も順調で、東クリモアまでの道、三分の一を移動していた。

 単純計算だけど、あと四日で東クリモアに到着することができる。


 急ぐ旅でもないし……

 エステルに負担をかけたくないから、もう少し、ペースを遅くしてもいいかもしれないな。

 あるいは、どこか寄り道をするとか……


「んぅ?」


 少し先を歩くエステルが、ふと、足を止めた。

 なにかに気がついた様子で、明後日の方向を見て……

 それから、猫耳をぴょこぴょこ、鼻をスンスンと鳴らす。


「どうしたんだ?」

「……いい匂いがするの」

「匂い?」


 俺はなにも感じないのだけど……

 エステルは魔族だから、嗅覚が人よりも発達しているのだろう。


「どんな匂いなんだ?」

「ん……お花の匂い」

「花か……」


 エステルの視線の先に小さな丘が見えた。

 エステルの言う通りならば、たぶん、あの丘の向こうに花が咲いているのだろう。


 急ぐ旅でもないし、今のところ順調だし……

 ちょっとくらい寄り道をしてもいいか。


「行ってみるか?」

「……いいの?」

「ちょっとくらい構わないさ。ただ、俺から離れないように」

「んっ!」


 エステルがキラキラとした顔になり、コクコクと勢いよく頷いた。

 どうやら、ものすごく気になっていたらしい。


 キラキラするエステルに苦笑しつつ、丘を越える。


「わぁ……♪」


 エステルが歓声をあげた。


 その視線の先には、たくさんの花が咲いていた。

 右を見ても左を見ても、花で視界が埋め尽くされていて……


「すごいな」


 思わず、目の前の景色に見とれてしまう。


「綺麗、だね……」

「そうだな……」


 この感動を分かち合うように、エステルと手を繋ぐ。


 ふと、思う。

 こんな光景に出会うことができたのは、この子のおかげなのかな……と。


 世の中の汚いところばかり見てきたけれど……

 でも、それが全てじゃない。

 この花畑のように、綺麗なところもある。


 エステルと出会ったことで、そのことを知ることができた。

 彼女が教えてくれたような気がした。


「……ねえねえ」

「うん?」

「ちょっとだけ……遊んできても、いい?」


 エステルの尻尾がせわしなく動いていた。

 どうやら我慢できないらしい。


「いいぞ。ただし、俺の目の届く範囲から出ないこと」

「んっ!」


 許可を出すと、エステルがものすごい勢いで駆け出した。

 そして、花を見て、愛でて、匂いを嗅ぐ。


 ……なんていうか、猫というよりは犬みたいだ。


 まあ、喜んでいるならなによりだ。

 エステルには、色々なことを経験してほしい。

 今まで、あんな村に閉じ込められていた分……

 世の中には楽しいことがいっぱいあるのだと、知ってほしい。


 なんか、俺みたいだな。

 ある意味で、俺はエステルに自分を重ねてみているのかもしれない。


 ……こんな調子で、エステルの面倒をちゃんと見ることができるのか?

 少し不安になってしまうが、考えても仕方のないことだ。

 マイナス方面のことを考えるよりも、プラス思考でいないと。


「って……エステル!?」


 ちょっと目を離した隙に、エステルの姿が消えていた。


「エステル!? おいっ、エステル!?」


 大きな声で呼びかけるものの、返事はない。


 俺の目が届く範囲から出ないように、とは言っていたのだけど……

 エステルはまだ小さい子供だ。

 なにかの拍子に、ついつい遠くに行ってしまってもおかしくない。


 俺が気をつけて、絶対に目を離さないようにしなければいけないのに……!

 くそっ、なにをやっているんだ、俺は!


「エステル! 聞こえていたら返事をしてくれっ、エステル!!!」

「んぅ……?」


 慌てて駆け出そうとして……


 ふと、二度目の呼びかけに反応して、花の影からエステルが顔を出した。


「エス……テル?」

「んっ」


 なんだろう? という感じで、俺の呼びかけに応じて、エステルがとてとてと歩いてきた。

 どうやら、大きな花に隠れて見えなかっただけみたいだ。


 あ、焦った……

 エステルが迷子になったんじゃないかと……


「はぁあああああ……」

「セツナ……? どう、したの……?」

「いや、なんでもないよ……自分のバカさ加減に呆れたというか、ほっとしたというか……」

「んぅ?」


 よくわからない、という様子で、エステルは小首を傾げた。


 って、待てよ?

 花の影に隠れて見えなかったのはわかるんだけど、一度目の呼びかけに応じなかったのはどういうことだ?

 声が届く範囲にいたのだから、聞こえていない、ということはなさそうなのだけど……


 俺の声が聞こえないくらい、夢中になって遊んでいたのだろうか?

 だとしたら、ちょっと注意しないといけない。

 周囲に、俺達以外の人や魔物の気配はないけれど……

 でも、危険が絶対にないとは言い切れないからな。


「エステル、いいか? 俺から離れる時は……」

「ねえねえ……セツナ」

「あ、うん。なんだ?」


 互いに言葉がかぶってしまい……

 ひとまず、俺はエステルの話を優先させた。


「あの、ね」

「どうしたんだ? そんな、もじもじとして」

「……しゃがんで」

「こうか?」

「これ……あげる」


 エステルはぐぐっと背伸びをして、俺の頭になにかを乗せた。

 それは……


「花冠?」

「お花、いっぱいあるから……作ってみたの」


 そっか……そうなのか……

 コレを作ることに夢中になっていたから、俺の声が聞こえなくて……

 そして、花冠を作っていたのは俺のためで……


「んぅ?」


 気がつけば、俺はエステルの頭を撫でていた。

 全力で撫でていた。

 これでもかというくらいに撫でていた。


「セツナ……? どう、したの?」

「ありがとな。すごくうれしいよ」

「んっ♪」


 エステルの尻尾が、うれしそうにフリフリと揺れた。

 エステルも笑顔を浮かべている。


 この笑顔を大事にしていこう。

 俺は、改めてそう誓った。


 あと、花冠は一生の宝物にしよう。

 魔法で凍結して、劣化しないように保存して……

 きちんと保管しなければいけない。うん。

『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、

評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。

よろしくおねがいします!

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