11話 自分で歩く
東クリモアを目指して、ゆっくりと歩みを進める。
水と食料、その他、旅の必需品は余分と思えるほどに購入したので、しばらくは困ることはないだろう。
そのために剣を売り払うことになったけれど、予備のものなので気にしない。
「~♪」
少し先を歩くエステルは、ごきげんな様子でステップを踏んでいた。
時々、足を上げて靴を見ている。
どうやら、靴が気に入ったらしい。
まあ、俺が用意したものは、靴とは呼べない代物だったからな……
ちょっと申し訳ない気分になる。
「エステル。あまり俺から離れるなよ?」
「んっ」
頷いてみせるものの……
エステルは、靴の履き心地を確かめるように、ちょこちょこと動き回っている。
靴一つで、ここまで喜ぶなんて……
エステルの今までの生活を考えて、なんともいえない気持ちになる。
「どう……したの?」
ふと、エステルが足を止めて、俺の顔を見上げた。
どことなく心配そうな顔をしている。
「おなか……痛い?」
実際に、俺のことを心配していたみたいだ。
子供は敏感なところがあると聞く。
俺の感情の変化を受けて、なにかあったのでは? と思ったのだろう。
問題ないというように、エステルの頭を撫でる。
「なんでもないよ。ちょっと、ぼーっとしてただけだ」
「そう、なの……?」
「そうそう。なんでもないからな?」
「んっ」
完全に納得したわけではないみたいだけど……
それ以上、追求してくることはなかった。
「ふぁ」
なんとなく、そのまま頭を撫でていると、エステルの猫耳に触れた。
その瞬間、エステルの体がプルプルと震えた。
「あっ、悪い。いやだったか?」
エステルは、自身が魔族であることを気にしている素振りがある。
魔族の証である耳に触れられることを、快く思っていないかもしれない。
そんなことを考えるが、エステルは首をふるふると横に振る。
「いや、じゃ……ないよ?」
「そうなのか? なら、今の反応は……?」
「ちょっと……びっくり、した……」
「そうなのか? 本当にイヤじゃない?」
「んっ……むしろ……好き」
求めるような視線を向けられた。
これは、アレなのか?
もっと撫でてほしい、という無言の意思表示なのか?
本人に聞いても、変な遠慮をして、そんなことない、って言いそうだ。
なら……
「はふぅ」
ちょっと迷った末に、俺は、もう一度エステルの頭を撫でた。
繊細なガラス細工を扱うように。
手の温度で溶けてしまう飴細工に触れるように。
優しく、そっと、ふわふわの頭を撫でる。
「んぅ……♪」
エステルの喉がゴロゴロと鳴る。
スカートからはみ出ている尻尾が、フリフリと揺れていた。
どうやら、これで正解だったらしい。
エステルはごきげんな様子で、されるがまま、俺に頭を撫でられていた。
いいなあ、これ。
エステルはかわいいし、俺は癒やされるし、良いことづくめだ。
「……」
なんとなく空を見上げた。
よく晴れていて、空気が澄んでいる。
雲ひとつなくて、太陽がまぶしく輝いていた。
なんていうか……いいな。
エステルと一緒に過ごす穏やかな時間。
それは、キラキラと輝いているみたいで……
こうしているだけで、胸が満たされていく。
思えば、こんな風に穏やかな時間を過ごしたことなんてなかった。
勇者として産まれた俺は、物心ついた時には戦いの訓練を受けていた。
人類のため、世界平和のため。
来る日も来る日も訓練を続けて……
一定の年齢になると、旅に出て、実戦を経験することになった。
俺の記憶は戦うことだけで、全てが埋め尽くされている。
でも……今は違う。
エステルと一緒に、特に何をするわけでもなく、のんびりと過ごしている。
贅沢な時間の使い方だ。
とても心地よくて……
今まで味わったことのない、不思議な温かさを覚えていた。
エステルはどう思っているんだろうか?
俺と同じような想いを抱いているだろうか?
気になるものの……
別に、とか言われたらショックを受けてしまいそうなので、聞くことができない。
「んっ」
なでなでは十分というように、エステルは俺から離れた。
そして、再び歩みを再開する。
エステルのペースに合わせて進んでいるものの……
疲れていないだろうか?
歩き始めてそろそろ一時間が経つ。
俺はなんともないが、子供の体力だと厳しいかもしれない。
「エステル、疲れてないか?」
「ん……大丈夫、だよ」
無理をしているのか、それとも、本当に平気なのか……
エステルの顔を見ても、よくわからない。
もう少し、子供に詳しければなあ……
なんて、今更なことを思ってしまう。
「疲れたときは、我慢しないですぐに言うんだぞ? 休むなり、俺がおぶるなりするから」
「平気……だよ?」
「本当に?」
「ん……私、自分で歩きたい……から」
そう言って、エステルは靴の感触にうれしそうにしながら、土の大地を踏みしめて歩いていく。
たぶん……旅をすることなんてなかったから、気分が高揚しているんだろう。
それと、新しい靴の感触。
それが新鮮で、うれしくて……
自分の足で、どこまでもどこまでも歩いていけるような気になっているのかもしれない。
「わかった。じゃあ、もう少し歩いていこうか」
「んっ」
今は、エステルの好きにさせてあげよう。
なにかあれば、俺がフォローすればいい。
青い空の下。
まぶしい太陽の光を受けながら、俺とエステルは、一緒に旅を進めていく。
――――――――――
……ちなみに。
やっぱりというか、ほどなくしてエステルの体力が切れてしまい、俺がおんぶをすることになった。
やれやれ……と思うものの。
疲れて、俺の背中ですやすやと気持ちよさそうに寝るエステルを見たら、なにも言えなくなってしまうのだった。
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