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10話 変身

 水浴びを終えて、レイからもらった服を着る。


「まさか、あそこまで汚れていたとは……」


 俺が川に入ると、あっという間に水が濁ってしまった。

 ついでに服も洗うと、水は完全に真っ黒になってしまった。

 自分でも引いてしまう。


「これからは気をつけないといけないな」


 俺だけじゃなくて、エステルも一緒なんだからな……

 今まで考えなかったようなことを意識していかないといけない。


 そんなことを思いながら、馬車が並ぶキャラバンへ戻ってきた。


「おや、遅かったね」


 レイの姿があった。


「ちょっと自分に引いていたところだ」

「うん? なんのことだい?」

「いや、なんでもない。それよりも、エステルは……?」


 エステルの姿が見えない。

 どうしたのだろうか?


「心配しなくても大丈夫だよ。そこまで、そわそわしなくても」

「そわそわなんてしていない」

「どうみたって、そわそわしてるよ。まったく、心配性なんだねえ」


 そうなのだろうか?

 自分ではよくわからない。


「エステルちゃんは、さっき風呂から上がったところだよ。で、今は新しい服に着替えてるところさ」


 レイが近くの馬車の荷台を軽く、ぽんぽんと叩いた。

 どうやら、この荷台を更衣室変わりにして着替えているらしい。


「エステルの面倒を見てくれたんだよな。特に問題はなかったか?」

「ああ、なにもないさ。いい子だね、エステルちゃんは。ちょっとだけ、いい子すぎるような気もするけどね」

「そうだな」


 あの子は、ずっと大人たちに虐げられてきた。

 だから、いい子であろうとする傾向がある。


 そんなことは気にしないで、思うように過ごしてもらいたいのだけど……

 まだ出会ったばかりだ。

 なかなか、そううまくいくものでもないだろう。


「ところで、一つ聞きたいんだが……」

「うん、なんだい?」

「……エステルのこと、気にしないのか?」

「それは、エステルちゃんが魔族、っていうことかい?」


 レイは真面目な顔になり……

 次いで、笑ってみせた。


「別に、なんとも思わないさ。あれだけかわいい子なんだ。魔族だろうがなんだろうが、関係ないね。それに、魔族が人に害を成す存在とか、そういう与太話を信じているわけじゃないからね」

「そうか」


 レイのような人が傍にいれば、エステルの人生も変わっていただろうに。

 考えても仕方のないことだけど、そんなことを思ってしまう。


「おっ。どうやら、着替えが終わったみたいだね」


 そう言うレイは、なぜかニヤニヤしていた。

 まるで、ドッキリをしかけた子供みたいだ。

 なにを考えているのだろう?


「エステルちゃん、降りておいで。それとも、あたしが手を貸そうか?」

「ん……だいじょう、ぶ……」


 小さな声と共にエステルが姿を見せた。

 そして……俺は、唖然としてしまう。


 黒く汚れていた髪はすっかり綺麗になっていた。

 魔法でもかけたみたいに、光り輝く金色の髪に変化していた。

 絹のようにサラサラで、風が吹く度に柔らかく揺れる。


 白い肌は、まるで陶器のようだ。

 泥や垢で汚れていた時と比べると、まるで別人のようだった。


 そして……その身にまとうのは、ライムグリーンのワンピース。

 腰に適当な感じで、もう一着の服が巻かれていた。

 寒くなった時の上着でもあり、あと、尻尾を隠す役割があるのだろう。


 最後に、麦わら帽子。

 これも猫耳を隠すためのものなのだろうけど……

 そんなことは関係なしに、エステルによく似合っていた。


「……どう、かな?」


 こちらの反応が気になる様子で、エステルはどこか恥ずかしそうにしながら問いかけてきた。

 それに対して俺は、バカみたいに惚けることしかできない。


 まさか、エステルがこんなにかわいいなんて……

 いや。

 元々、ある程度はかわいいと思っていた。

 汚れていたとしても、そのかわいさは隠せないと思っていた。


 でも、こうして汚れを落として着飾ると、思っていた以上のかわいさで……

 なんていうか、こう。

 今まで味わったことのない妙な感覚に襲われて、その場で悶絶してしまいそうになった。


「……セツナ?」

「はっ!?」


 エステルの不安そうな声で我に返った。

 俺が何も言わないせいで、この格好は似合っていないのではないか? と思っているらしい。


「に、似合っているぞ! うん、すごくかわいいっ」


 慌ててそう言う。


「本当……に?」

「本当だ。本当。あまりにもかわいいものだから、驚いたというか、とっさに言葉が出てこなくて……なんかもう、あれこれ褒めたい気分なんだけど、でも、言葉が見つからなくて……ああもう。とにかく、かわいいぞ!」

「あぅ……!?」


 エステルが赤くなり、顔を伏せてしまう。

 照れているらしい。


「うん、かわいい、かわいい。本当にかわいいぞ」

「はぅ……!?」

「まるで妖精みたいだ」

「ひゃあ……!?」


 調子にのってかわいいを連呼すると、どんどんエステルの顔が赤くなる。

 なにこれ。

 ちょっとおもしろい。


「こら」

「いてっ」


 レイに頭をはたかれた。


「娘で遊ぶんじゃないの」

「そんなつもりは……」


 ちょっとだけありました。


「まっ。とにかくも、これで二人とも綺麗さっぱり、スッキリしたね」

「そうだな……ありがとう。礼を言うよ」

「あり……がと」


 エステルと一緒に頭を下げる。


「なに。あたしらには、魔物から助けてもらった恩があるからね。少しでも役に立てたなら、よかったよ」

「すごく助かっているよ、ありがとう」


 レイたちと出会わなかったら、旅に必要なものを手に入れることはできなかったし……

 こうして、エステルを綺麗にしてやることもできなかった。

 感謝してもしきれない。


「セツナ」

「うん?」

「エステルちゃん、大事にしてやりなよ」

「もちろんだ」


 レイに約束をするように、俺はしっかりと頷いてみせた。




――――――――――




 ……翌日。

 旅支度を終えた俺とエステルは、レイとその他の商人に見送られて、キャラバンを後にしようとしていた。


「これからどこに行くんだい?」


 見送りに来てくれたレイが、そう尋ねてきた。


「まずは、東クリモアを目指そうと思っている。その後は……まあ、なんともいえないかな」

「そっか。東クリモアなら、エステルちゃんも過ごしやすいと思うよ。あそこは、そういう自由な街だ」


 エステルが魔族であるということを気にかけてくれているらしい。

 その気遣いがうれしかった。


「あたしらは別のところに向かうけど……あちこちを旅するっていうなら、また会えるかもしれないね。その時もよろしく頼むよ」

「ああ、こちらこそ」


 レイと握手を交わした。


「エステルちゃんも元気でね」

「……あぅ」


 エステルは俺の後ろに隠れてしまった。

 人見知りが発動してしまったらしい。

 あの村でのことを考えると仕方のないことだ。


 それでも。


「……あの」


 エステルは俺の後ろに隠れながらも、ちょっとだけ顔を出した。

 レイを見て、ぺこりと頭を下げる。


「あり、がと」

「あ……」

「お風呂……気持ちよかった、よ……? だから……ありがとう」

「ん、またおいで」

「……んっ」


 人見知りは治っていないのだけど、それでも、エステルはレイにありがとうと言うことができた。

 自分の意思で、その言葉を紡いだ。

 そのことがとても誇らしいと思った。


「じゃあ、またな」

「……また、ね」


 エステルと一緒に手を振り……

 俺達はキャラバンを後にした。


 再び、俺とエステルの二人旅が始まる。

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