魔物討伐へ.Ⅲ
突進してきた巨大な熊に一早く対応したのはアベルだった。
彼は襲い掛かる熊の前に躍り出ると、ゴンッという鈍い音を響かせながら、振り下ろされた右手を盾で受け止める。
「くっ、なんて重い一撃だ……ッ!」
受け止めた衝撃で数メートル押し返されながらアベルが吐き捨てる。
地面にはくっきりと二本の線――踏ん張りきれずに後退した時に着いた靴跡――がついていた。
……というか、よくあんなの受け止められるなぁ。
成長してるとはいえ女の身体の今では絶対無理ですよ。
魔法で筋力を強化してても無理だろうな――まぁ以前より効果が上がったのか、強化されている時は下手な男より力が出てるみたいだけど……
「アベル、大丈夫?」
「――ああ、身体だけは頑丈なんだ。それにユーキが掛けてくれた魔法もあったからな」
「そりゃ良かった」
念の為に使っておいた魔法が役に立っていたようだ。
備えあればなんとやら、かな?
「さて、あれをどうするか」
攻撃を防がれたのが意外だったのか、あるいはそれ以外の理由があるのか。
こちらを睨め付けながら警戒している様子の巨大な熊を指して、アベルがそう尋ねてくる。
「倒さないわけにはいかないでしょうね。放っておいたら一般人に被害が出るかもしれないし」
「普通の熊ならまだしも、あれは明らかに違いますもんね……」
大きさだけでも異常だが、それ以上に異質なのは日中にも関わらず爛々と紅く輝くあの眼だ。
見ているだけでも不気味さを覚える程である。
それにアベルを押し込んだあの腕力。あれをまともに食らったら無事ではいられないだろう、一般の人であれば尚更だ。
野放しには出来ない。
「よし、なら俺があいつの攻撃を引き受ける。二人はその間に攻撃してくれ」
「分かったわ」
「了解」
三人でアイコンタクトをすると、アベルが先陣を切って突撃する。
熊の方も同時に駆け出すと再びアベルへと右手を振り下ろすが、彼はそれを紙一重で躱しながら剣で切りかかった。
アベルの放った斬撃が熊の右腕に当たるも、黒い体毛に阻まれて傷を負わせる事が出来なかったようだ。
あの体毛、鎧のような効果があるのかもしれない。
「一体何で出来てるんだこいつの体は! まるで岩を殴ったかのような感じだったぞ!?」
熊と対峙しながら叫ぶアベル。
「物理はダメって事ね。なら――【雷よ、槍となりて敵を貫け】雷撃槍!」
セリアさんの魔法――雷の槍が高速で熊へと飛んでいき、胴体へと吸い込まれるように命中した。
が、これも少し体に電気が走ったように見えただけで決定打にはならなかったようだ。
「魔法もダメなの?」
「全く効いてないっていうわけでもなさそうですよ」
有効かと言われれば微妙なところではあるが、繰り返し攻撃すればいけなくもないはず……
「っと、私も攻撃しないとね――聖なる矢!」
最早お馴染みになっている光の矢が軌跡を描きながら熊へと真っ直ぐに飛んでいく。
熊に当たる直前、腕の振り払いで魔法が弾かれた。
まじですか…… 今までこれが効かない相手がいなかっただけに、結構ショックなんですけど……
「ユーキさんのでもダメなのね」
「いや、よく見てみろ」
ショックで呆然と立っていたがアベルの言葉を受けて腕を見てみると、魔法を弾いたと思われる部分の体毛が無くなっているのが分かった。
えっと、つまり……?
「ユーキさんが攻撃を続ければ、いずれは攻撃が通るようになるって事かしら?」
「それは分からんが、体毛が無くなれば可能性もあるんじゃないか?」
セリアさんの言葉に半同意するアベル。
なるほど、つまりは魔法を撃ちまくればいいと。そうと分かればやる事は一つだ。
「なら剥いじゃいましょう。撃ちまくるので隙を作ってください」
「分かった」
「了解よ」
二人は頷くと、アベルが斬りかかりセリアさんが魔法を放つ。
俺も熊が二人に気を取られている間に二度、三度と魔法を撃つ――しかし最初の攻撃で警戒されたのか、ギリギリの所で避けられていた。
「これそんなに速度遅くないと思うんだけど……なんで当たらないの」
「真っ直ぐに向かってるからじゃないかしら」
単調な動きだから読まれてるってこと?
なんだか今日はあれこれと破られてばかりだなぁ……ちょっと自信無くしそう。
それに原因がそれならこれ以上繰り返しても結果は変わらないだろうし、どうしよう。
同時に複数放つなんて事は出来るかも分からないし……となると、やっぱりあれしかないのかな。
そう考えているうちにも戦闘は続いていて、攻撃を引き受けているアベルに疲れが見えはじめていた。
対して熊の方は依然と変わらないペースで攻撃を続けている。
セリアさんも連戦ということもあり、額に少し汗が滲んでいるようだ。
――これはもう躊躇している時間はないかもしれない。
「よし。ちょっとデカいのいきます。合図したらアベルは離れて! セリアさんはその後トドメをお願いします! ……後倒れたらごめんなさい」
「アレを使うのか……! 了解だ!」
「アレ? ……何をするのかは分からないけど、トドメは任せて」
以前見てるアベルは察してくれた。セリアさんも少し疑問を浮かべてはいるが、合わせてくれるようである。
熊と一進一退の攻防を続けるアベル。
攻撃を避け、あるいは盾で防ぎながら出来た隙にセリアさんが魔法を挟む。
しばらくタイミングを計っていると、セリアさんが放った魔法が顔面に命中する。
これは流石に応えたらしく、熊が呻きながら少し後退した。
――ここだ!
「アベル避けてね! ――聖なる光線!」
久々に使う事になった魔法は眩いな光を放ち、薄暗かった木々を照らしながら横に飛んだアベルの脇を進んでいく。
そして危険を感じたのか逃げようとしていた熊を無慈悲に飲み込むと一際激しい光を放ってから消え、再び森に薄暗さが戻った。
「これなら流石に効いたでしょ……?」
眩しさでぼやけていた視界がはっきりしてくると、そこには体毛を失い一部爛れた皮膚を覗かせる熊が。
立っているのがやっと、といった様子だ。
「凄いわね……っと、トドメ刺さないとね。【雷よ、槍となりて敵を貫け】雷撃槍」
俺の魔法がもたらした結果を呆然と見つめていたセリアさんだったが、ハッとなり熊にトドメを刺した。
「やったな! それにしても相変わらず凄まじいな」
「凄かったわね。ユーキさん、あんなのも使えたの?」
戦いが終わった後、アベルとセリアさんが近くまで来てそう話しかけてくる。
相手が強敵だっただけに、二人とも少しテンションが高めだ。
「ええ、一応――ただこれを使うと急に眠くなってきちゃうので、普段は使わないんですが……」
「それ、きっと魔力の使いすぎから来る疲労ね。一定の魔力量を下回ると、身体の防衛機能が働いて眠くなるの」
眠さが出てから無茶して魔法を使うと魔力欠乏症になってしまうのよ、とセリアさん。
魔力欠乏症というのがどういうものか分からないけど、セリアさんの表情からだいぶ深刻なものだというのは分かる。
と、そうして話しているうちに戦いが終わった事で緊張の糸が切れた事と、あの魔法の反動とで急激に睡魔が襲ってきていた。
「ごめんなさい、やっぱりきちゃいました……後はお願いしま……す……」
最後まで言えたか分からないがそう呟いた後、俺の意識は睡魔に刈り取られていった。





