街へ・・・行けませんでした
自分が女になっていることは最早疑いのないことなのでそこは諦めるとして――諦めていいようなものでもないのだが――ここがどこなのかが分からないのも重大な問題だった。
「目が覚めたら異世界?にいました、しかも女になってましたって……うん、ありだな!」
異世界物が好きな俺にとっては、この状況は正に夢のようなものだった。まぁ男をやめるつもりは無かったんだけど……
まだ異世界と決まったわけでもないし、これが夢という可能性も捨てられないわけだが、少なくとも二度と出来ないような経験をしているのは確かだ。
「まずは人が多い場所に行って情報収集って感じかな?」
この辺で人が多そうな場所は間違いなくあの城のある街だろう。
とりあえずこんな所にいつまでもいても何も始まらないということで、立ち上がり歩き出そうとしたところで気が付く。
「俺靴履いてないじゃん……しかもこの服」
そう、身体は何故か女になっていたが、身なりは寝たときのままであった。
つまり裸足で、服装も部屋着なので上はシャツで下は短パンという有様である。
元々身長は百六十一センチと決して大きい方ではなく、シャツもそこまで大きいものではないのだが、この身体は更に小柄であるようだ。
シャツはぶかぶかになっており、短パンもずり落ちそうになっている。
急いで短パンの紐を締め、ずり落ちることを防いだ。
「というかこの状態まずいよなぁ……裸足で上下ぶかぶかの服、街中を歩ける恰好じゃない」
第三者が見たら間違いなく警察に通報されるね。いや、警察いるのか分からないけど……
それでもこのままでいるわけにもいかないので、とりあえず街に向かって歩き始める。
「目覚めた場所が草原で良かったというべきかなぁ、これで岩山だったり森だったらとんでもないことになってたね、間違いない」
現状も決して良いとは言えないが――少なくとも岩肌を裸足で歩いたり、森の中を歩くよりはましだろう。
しばらく歩くと街道らしき道に出た。日本ほど整備されてないが、ある程度歩きやすいようにはなっているようだ。
「いやまぁ、それでも裸足には堪えるんですけど」
今は裸足なので小さな石であっても結構痛い、さっき草原で少し鋭い石を踏んだ時は悶絶した。
「しかしまぁ長い道だなぁ、これだけ歩いてまだ着かないか」
かれこれ一時間は歩いてる気がするが、未だ街まで距離があるようだ。
そんな時である。
「お嬢ちゃん、そんな恰好で何処に行くんだい?」
見るからに怪しい格好をした男が三人で道を塞いでいた。
おぉぅ、絵にかいたような悪人面。
「お嬢ちゃん?――あぁ俺の事か」
呼びなれない言葉に一瞬何のことかと思ったが、今俺は女になっているんだった。
「服装はあんま良くねぇけど、顔はすげぇ整ってるな」
「白銀色の髪に紅色の瞳なんて見たことねぇな――こいつどっか貴族の娘なんじゃないか?」
「売ればかなりの値が付きそうな上玉だな」
と三人組。あ、俺の目って今紅色なんだ。というか上玉ねぇ――不細工って言われるよりはいいけど、なんか複雑な気分だ。
「おい嬢ちゃん、大人しく俺たちについてきて貰おうか」
すっげー、この世界での初エンカウントが盗賊っぽい奴らで、なんか誘拐されそうになってるよ俺……
「いやだって言ったら?」
まぁ何言われるか分かってるけど一応こういう時のお約束を言っておく。空気が読める男だからね、俺!
「そんときは力尽くってことになるなぁ、嬢ちゃんも怪我したくないだろ?」
ハイ、やっぱお約束が返ってきましたよ。こういうやり取りって全世界共通なのかね?まぁ漫画とかでしか見たことないんだけど。
「怪我するのは嫌だけど、大人しくついて行ってもろくな結果にならないんじゃない?売るとか聞こえたし」
「まぁな、だが護衛も連れないでこんなとこ歩いてるなんて襲ってくれと言ってるようなもんだろ。いい教訓になったと思って諦めな」
……この世界ってそんなに治安が悪いのか!――いや、よく考えたら治安の良い日本ですら毎年誘拐事件とか起きてるくらいだし、これが普通なのか?
「動くなよ?逃げようなんて考えるな、俺も出来れば殺したくないからな」
そう脅してくる男の手には、曲刀らしき物が握られている。
平和な日本ではまず見ることのないような刃物、しかもそれを向けられている。
あぁ、やっぱここ異世界なんだなぁ。
そう実感するが、素直に捕まるわけにはいかないだろう。
ここで捕まれば間違いなく碌な事にはならない。というかニュアンス的に奴隷生活が待ってそうだし。
つーか怪我するから殺すにレベルアップしてるんですけど?俺なんかしましたかね!?
逃げるにしても、女になっているこの身ではどれくらいの速度で走れるか分からないし、普通に考えたらすぐに捕まる。
何かないものかと辺りを見渡すと、右手の森の中に一軒家が建っていた。
……最悪こいつらの根城かもしれないけど、そうじゃない可能性もある。
ここはイチかバチか、やってみるか。
「あ、騎士様だ!助けてください!」
三人組の後ろを見ながらそう言い放つ
正直この世界に騎士というものがいるのかは分からないけど、中世的な建物があったことから可能性は低くはないんじゃないかと踏んでの発言だったが
「なんだと!?」
と三人組は慌てて曲刀を地面に捨て後ろを振り返った。
――今だ!
右手の家に向かい全力で走り出す。
「あ、あいつ!」
「おいこら、待ちやがれ!」
なんて言いながら追いかけてくるが、どこの世界に待てと言われて素直に待つ馬鹿がいるのだろうか。
少なくとも俺は待つ気はないね、女になっている身で奴隷とかもう十八禁な展開しか見えないからな!
そうして全力で走り、何とか追いつかれることなく家に飛び込むことが出来た。