伯爵家の長男が現れた!
宮廷療術士に任命された話は瞬く間に街中に広まり、数日で知らない者はいないと言っても過言でない程になっていた。
今まで以上に注目されるようになり、羨望の眼差しを向けられているのが嫌でもわかる。
負の感情を向けられるのは、面識のない人からのものであっても堪えるものなのだ。
そして、俺の心労を増やす原因はそれだけではなく……
「ユーキお姉ちゃん、また手紙来てるよ?」
「ありがとう……」
そう、それは毎日のように届く求婚の手紙であった。
「――ユーキも大変ねー」
ソファで本を読みながら、エレナが全く感情が込められていない同情の言葉を掛けてくる。
「まるで他人事みたいに……!」
「だってその通りじゃない?」
俺の恨み言にしれっと返すエレナであったが、この現象の何割かは彼女が原因だ。
――正確には彼女の家名が、だけど。
公爵家の娘であるエレナと常に一緒にいる事で、俺がメイヴィス家にとって特別な存在であると思われており、俺との繋がり=メイヴィス家との繋がりを得ることが出来ると考える輩がいるようである。
現に今読んでいる手紙の中でも、公爵家との関係を気にしたような文言がいくつか見られるわけで――
「――つまりエレナが悪い」
「なんでよ!?」
本を置いて反論してくるエレナを無視して、そっと手紙を閉じた。
「ユーキお姉ちゃん、お誘い――受けるの?」
「ん? 大丈夫だよ、絶対に受けないから」
不安そうな顔で見つめてくるゼナの頭を撫でながら、そう断言する。
少なくとも男として生きてきた時間を忘れない限り、結婚どころか付き合うこともないだろう。
「君がユーキか?」
ある日、クエストを受けようと三人でギルドへ向かっていると、突然身なりの良い男性が話しかけてきた。
「そうですけど、あなたは?」
知らない男にいきなり話しかけられ、警戒する二人を背にして答える。
「俺はアルドロ・ファサリス。伯爵家であるファサリスの長子だ――なるほど、噂通り美しいじゃないか」
アルドロと名乗った翠髪の青年は、俺を見ながらそんな事を言い出した。
うへ、貴族階級か――嫌な予感しかしないんですけど。
「で、その成り上がりの伯爵家の長男が、ユーキに何の用なの?」
黙っていた俺に変わり、エレナが含みを持った言い方で問いかける。
成り上がり? どういう事だろ?
「おや、メイヴィス家の次女様じゃないか。今日は未来の妻に挨拶をと思ってね」
エレナの蔑視を込めた視線をさらりと流し、とんでもない事を言い出した。
それを聞いたエレナは、余計警戒を強める。
「ちょっと何を言ってるのか分かりません。あなたとは初対面の筈ですし、結婚する気は全くありませんよ?」
「確かに初対面だが、それは些細な事だ。君は俺の妻になる、これは決まっている事なんだよ」
――だめだこれ、話が通じないやつだ。
呆然とする俺達に「また会いにくる」と言い残し、アルドロは去っていった。
「どうするの? ユーキお姉ちゃん」
「どうしようかねぇ……」
謎の伯爵家長男の爆弾発言により、クエストを受けにいくどころでは無くなったため、俺達は自宅へと帰ることにした。
「なんだったんだろう、あれ」
突然『お前は俺の未来の妻だ』とか、頭がおかしいとしか思えない。
「ユーキを利用した地位向上が目当てだと思う。あの家は【成り上がり】だから」
「それさっきも言ってたけど、成り上がりってどういうこと?」
隣で膨れっ面をしているエレナに尋ねる。
「ファサリス家は元々男爵家で、交易を生業としてる一族だったの。それが今は伯爵家、何故だか分かる?」
「まぁ普通に考えたら、交易で成果を出したから――とかだろうけど、それなら成り上がりなんて言わないか」
俺の返事に頷くと、再び口を開く。
「他者の功績を奪ったり、名を上げた者を強引に身内に引き入れていったからよ。黒い噂の絶えない家で、貴族の中でも鼻摘まみ者なの」
なるほど、さっきのエレナの態度はそれが原因な訳か。
とはいえそれはあくまで噂であってそれが真実かは分からないしなぁ。いや、そんな事実が無かったとしても、結婚は御免だけどね?
それからというもの、毎日のようにアルドロが会いに来るという地獄の日々が訪れている。
家・街中・冒険先と、あらゆる場所で遭遇するストーカーっぷりに、正直辟易していた。
「まさかここまでしつこいとは……」
「本当どこにでも出てくるよね、あの人――ユーキお姉ちゃん、大丈夫?」
もはや日課になりつつあるアルドロ遭遇を終えたクエストからの帰り道、愚痴る俺をゼナが心配してくれる。
「ありがとう……私の心を癒してくれるのはゼナだけだよ……!」
そう言いながら彼女の頭を撫で回す。
くすぐったそうに、それでいて嬉しそうにしているのを見ていると、荒んだ心が浄化されていく気がする。
「はいはい、イチャつくのはそれくらいにしなさい」
手を退けるようにして至福の時間を奪ってくるエレナ。
なんてことをするんだ、お嬢様。
「――嫉妬?」
「ち・が・う!」
「さいですか」
地団駄を踏みそうな勢いで否定された。
冗談混じりではあったけど、あながち間違いでもなさそうだけどなぁ。
「そんなことより、あれどうするの? 素気無い対応を続けてるし、そろそろ何かを仕掛けてくるかもよ?」
表情を引き締めたエレナが懸念を口にする。
確かに、何を言われても適当に流していたので、何かしらのアクションがあるかもしれない。
「そうは言っても対策のしようが無いしねぇ」
どこにでも現れる黒い天使のようなやつだからなぁ、ホイホイのようなものがあるなら是非とも欲しいものだ。
そしてそんなエレナの懸念は、数日後に現実のものになってしまったのだった。
気がつけばブックマークも100件を超え、総合評価も400を超えていました・・・
ありがたやありがたや・・・!





