夜の散策
辺りを覆い尽くした光は無数の骸骨と共に消え、再び薄闇と静寂が訪れた。
どうやら建物へのダメージは無いようで、俺の懸念は杞憂に終わったようだ。
「いやぁ――これ以上何が出ても驚くものかと思っていたんだけど、流石にこれには驚きを隠せないよ」
「まさかこんな魔法が使えるなんてな」
「ほんと、ユーキちゃんって何者なの?」
一撃でスケルトンの群を消し飛ばした姿を見て、ライルさん達から口々に声が上がった。
何者と言われても――ただの冒険者ですよ?多分。
もう敵がいない事を確認し、皆の方へ向きを変えると、先程の強行突破で受けたであろう傷が幾つか目に留まった。
酷いものでは無いように見えるが、痛みが無い訳ではないだろう。
「回復」
魔法を掛けてからふと思ったのは、癒し手なんて呼ばれてるけど、この世界に来てから実は回復魔法を殆ど使ってないという事だった。
周りが優秀だと、ヒーラーはやることが無いんだよね。いや、だからと言って怪我をして欲しいわけじゃ無いけど。
細かい傷も完全に癒えたようで、全員から感謝の言葉を貰った。
――なんかいいな、こういうの。
ゲームじゃヒーラーは回復して当然って感じだったから、感謝を口にされた事なんて殆ど無かったし。
上の階で待っている調査団に報告しに行く為に再び登った階段は、心なしか短く感じたのだった。
調査団長に報告すると、調べ終わるまで休んでいてくれという有難い言葉を貰った為、調査団が活動しているのを眺めながら休ませて貰う事にした。
「ユーキ、大丈夫?」
ぐったりと座り込む俺を気遣って、エレナが訪ねてくる。
「大丈夫――ちょっと疲れただけだから」
実は上に行くまでは良かったものの、報告を終えた途端に疲れがドッと押し寄せてきたのだ。
そういえば前に聖なる光線を使った後、妙に疲れてすぐ寝てしまった記憶がある。
色々あった疲れかと思っていたけど、今思えばあの魔法を使った反動だったのかもしれない。
「今は気を張る必要も無いし、少し横になって休んだら?」
「ありがとう、そうする……」
ジェシカさんの提案に頷き横になると、一瞬で睡魔に意識を持っていかれ、眠りに落ちたのだった。
寝息を立て始めたユーキを見守りながら、冒険者達が会話を始める。
「あっという間に寝ちゃったわね」
「あれだけの威力と範囲のある魔法だ、きっと疲労も凄いんだろう」
無理もない、とアベル。
「あの魔法さ――神官レベルの癒し手でも使える者が殆どいない、最上位の聖魔法だったんだよね」
「凄い魔法だなぁとは思ったけど、そんなに?」
「習得には高い素質が必要と言われてる、三つの聖魔法の内の一つさ」
ジェシカの質問にライルが応じる。
「うへ〜。つまりユーキちゃんは、実質癒し手最強って事かぁ」
「最強って表現が正しいかは兎も角――攻撃面では間違い無く最高峰の癒し手だろうね」
「まぁ何にせよ、今回同行してたのがユーキで良かったよな。普通のヒーラーだったら、きっと全滅してたぞ」
アベルの言葉に二人は頷き同意する。
そんな会話を見ていたエレナは少し誇らしげな様子で、寝息を立てているユーキが起きるまで眺め続けていた。
「ん――」
微睡んでいた意識が、徐々に覚醒していく。
どのくらい寝ていただろうか、身体を包んでいた疲労感はだいぶ薄れていた。
「あ、起きた。おはようユーキ」
「おはよ、エレナ。結構寝ちゃってた?」
俺が起きるのを待っていてくれた彼女に尋ねる。
「うん。この部屋の調査もひと段落したみたい」
おぉぅ……結構寝てたみたいだなぁ。
「何か指示は受けてる?」
「調査を中断して、休息時間にするって」
え、寝て起きたと思ったらやる事ないとかまじですか。
エレナに聞いた通り今日の遺跡調査は終了となり、今は遺跡の外に設置されたテントの中にいた。
俺の両脇ではエレナとジェシカさんが横になり、寝息を立てている。
俺はというと、少し前まで寝ていて全く眠くなかった為、一人起きていた。
ちなみにこのテント、最初は5人で使う筈だったのだが、ジェシカさんが「男女が同じテントなんて有り得ない」ともう一つ借りて来たのだ。
男女で別れた際に、うっかりアベル達について行こうとしたら軽い騒動が起きた――理由は言わずもがなである。
両隣で女性が寝ているという状況は中々落ち着かないものがあったので、俺はそっとテントを後にした。
外は既に闇の帳が落ち、空には無数の星が輝いている。
街灯がない場所で見る星空は、元いた世界で見たものよりも鮮明で綺麗に見えた。
「さて。出てきたはいいけど、どうしようかな」
何かをしたくて抜け出した訳ではないし……
こういう時にスマホがあれば時間潰し出来るんだけどなぁ。
結局いい案を思いつかなかった為、遺跡の周りを散策する事にした。
遺跡の周りは森で鬱蒼としており、あちこちに建物の名残のような物が見受けられる。
「元々は都だったって言ってたけど、ここまで自然に還るものなのか」
元の世界で都が滅びたとして、何百年としたら同じような光景になるんだろうか?
あまり想像出来ないけど、あっちでも遺跡とかあった訳だし、きっとなるんだろうな。
そんな事を考えながら歩き続け、丁度元いた場所の反対側辺りまで来た頃、遺跡から光が漏れ出している所がある事に気が付く。
気になって近付いてみると小柄な人なら辛うじて通れそうな穴が空いていて、中には道が続いているようだ。
「んー、ギリギリ入れそうだな」
今の俺の身体は女性の中でもかなり小柄な為、穴に入る事が出来そうだった。
調査で入った時は真っ暗だったのに、明るくなってる場所があるなんて、何かあるんじゃないか?
そんな好奇心に勝てなかった俺は、穴を通り抜けて遺跡の内部へと入って行くのだった。





