装備を整え図書館へ
詠唱しないで魔法を発動するというのはかなり異常な事だったらしく、それを見て騒めき始めた冒険者達から逃げるように退散することにした。
「やれやれ――これで暫くは話題の中心ね、ユーキさん」
ギルドから少し離れ一息つきながらセリアさんにそう言われた。
「えー、ちょっと魔法試しただけなのに……」
「無詠唱魔法見せられたら、誰でも同じ反応するわよ……」
「セリアさんでも呪文は詠唱しないとダメなんですか?」
「そりゃそうよ。呪文詠唱無しに魔法を発動出来るなんて人はいないし、歴史上にも存在しないわ」
まぁ目の前に一人いるけど、と呆れ顔で言われる。
ゲームやアニメなんかじゃ結構見るけどなぁ、無詠唱。
「まぁ、明日から覚悟した方がいいかもね?元々美人な上、無詠唱で魔法使うとなれば、パーティに誘ってくる輩も数多くいるでしょうし。下心から声掛けてくる奴も出てくるでしょうね」
「うへ、それは面倒だなぁ」
考えるだけでゾッとしない光景である。
街中を歩き、武具を取り扱っている店の前まで来た時に、ふとセリアさんが声を上げた。
「そうだ。冒険者になったんだし、武器くらい持ってた方が良いわよ?」
まぁ確かにそうかもしれない。でもなぁ……
「恥ずかしながら、お金が無くて……」
そもそも冒険者をやろうとした理由はお金を稼ぐ為だった訳で。
セリアさんはそんな俺を見て微笑みかけてくる。
「それなら、冒険者になったお祝いに私がプレゼントしてあげるわ」
「ありがとうございます、この恩はいつか返しますので……」
非常に申し訳ない気持ちで一杯になるも、今回は有難く受ける事にする。
「じゃあ店に入りましょうか」
そう言いながら先に武具店へ入っていくセリアさんを追いかける様に店内へ入るのだった。
「いらっしゃい――お、セリアちゃんが来るなんて珍しいな。今日はどうしたんだい?」
店内で出迎えてくれたのは、厚手の手袋とプレートに守られた靴、膝下まである長いエプロンという見た目と、服の上からでも分かる程筋骨隆々な肉体と百八十はありそうな長身の五十代ほどの大男だった。
「お久しぶりです、アドルフさん。今日はこの子の装備を整える為に来ました」
そう言いながら、俺の手を引き彼の前に突き出すセリアさん。
「なるほど――って、アリシアちゃんじゃないか!?」
アドルフと呼ばれた大男は、俺を見ると驚愕の表情を浮かべた。
あぁ、またアリシアさんか……
この世界にいる以上、付いて回るんだろうなぁ。
「初めまして、ユーキと申します。よろしくお願いします」
「あ――あぁ、よろしく。俺はアドルフだ」
誤解されたままは嫌なので自己紹介をすると、困惑しながらも挨拶を返してくれた。
「ユーキちゃんって言うのか、驚く程アリシアちゃんにそっくりだな」
アドルフさんの言葉に頷くセリアさん。
「本当そっくりよね。ユーキさんとは縁があって知り合ったんだけど、冒険者になるっていうから装備位あった方が良いと思って」
そう言い、こちらを見るセリアさん。
大変申し訳ない……
なるほどな、とアドルフさんは納得しながらこちらを向くと、表情を引き締めた。
「ならとりあえず駆け出しに丁度いい防具と武器ってところか。ちなみにユーキちゃんの適性は何だったんだ?」
「回復職でした」
「ほー、癒し手とは珍しい。それならどちらかと言えば軽装がいいか。よし、まずは採寸しないとだな」
彼はそういうとメジャーを持ってきてテキパキと測定していった。
「防具は夕方には出来ると思うが、武器の方はどうする?」
測定を終え、サイズを紙に書きながらそう尋ねられた。
武器かぁ、回復職なら杖・短剣・メイス辺りを持ってるイメージが強いよな。
まぁ本音じゃ剣で戦いたいんだけど。
「無難なのは杖とか短剣ですかね……?」
「まぁそうだな。回復職が前線に出る事は普通殆ど無いから、杖と護身用の短剣――その辺が妥当だろう」
俺の言葉に頷くアドルフさん。
「そうですか。ならそれでお願いします」
「分かった、ちょっと待ってな」
そう言うと彼はカウンターの奥へ行き、一振りの短剣と杖を持ってくる。
「この短剣はミスリル製で頑丈だから、サブウェポンとしては優秀だ――杖はシルフの森に棲む木の魔物から切り出された材木を使っているから、回復魔法の効果を増幅できる様になってる」
説明しながら武器を見せてくれるアドルフさん。
二十五センチ程の両刃で少し長く、ほんのりと青く見える美しい刀身の短剣と、先に青い宝石の様な球体がついた杖。
なんか結構な値がしそうなんだけど……
そんなことを考えていると、横からセリアさんが顔を出す。
「ん、いいんじゃない? ユーキさんはどう?」
「いいと思います……けどコレ高いんじゃ……」
「ならこれでいいわね。アドルフさん、これ買います」
俺の返事を聞くと直ぐに購入を決めるセリアさん。
即決とか凄い。
「ん――じゃあ装備合計しての金額はこれくらいになるけどいいか?」
そう言って紙をセリアさんに見せると、彼女は頷き十数枚の金貨を渡していた。
「まいどあり。防具は夕方過ぎに取りに来てくれ」
「分かりました」
そうして装備を整えてもらった俺は、セリアさんと共に店を出た。
「装備ありがとうございました。お金は少しずつ返しますので……」
「いいのいいの。さっきも言ったけど、これは冒険者になる貴女へのプレゼントなんだから」
お金は気にしないで、とセリアさん。
そうは言ってくれたが、やはり稼いで余裕が出来たら返そうと胸に誓う俺だった。
「さて。防具は夕方まで掛かるそうだけど、どうしようか?」
「私が取りに行くので、セリアさんは家に帰って休んでください。仕事で暫く家に帰ってなかったんですよね?疲れてる所、色々ありがとうございました」
確か彼女と初めて会った時に『やっと帰ってこれた』と言っていた気がする。
「そう?ならお言葉に甘えて、先に帰らせてもらうわね」
気をつけて帰ってきなさいよ、とセリアさん。
頷き返して彼女と別れると、俺は図書館を目指し街中を進んでいた。
図書館の位置は、街行く人に教えてもらった。
何故図書館かと言われれば、魔導書が有りそうだからである。
どんな魔法があるのか分からない状況なので、せめて回復魔法の種類位は知っておきたかったのだ。
しばらく街を進むと、道中教えて貰った通りの場所に大きな建物があった。
これかな?
建物の中に入ると、驚きの光景を目にした。
日本の図書館は背の丈と同じくらいの本棚に本が収まって、それが並んでいるのが普通である。
しかしここの図書館は、天井が3階建の建物くらい高さがあり、そこまで伸びた本棚にはびっしりと本が詰まっていた。
軽く数十万冊はありそう……というかよくあんな所まで本を詰め込んだなぁ。
普通に探したら目的の本を見つけるまでに日が暮れそうだけど、職員に聞けば分かるよね――たぶん。
辺りを見渡すと、カウンターで本の整理をしている職員がいたため、魔導書について尋ねてみる事にする。
「すみません。魔導書を探しているんですが、どこにありますか?」
「魔導書ですか? それでしたらこちらにありますね」
俺を魔導書のある場所に案内した後、ごゆっくりどうぞ、と職員は仕事に戻っていった。
これだけの本があるのに場所を暗記してるなんて凄いなと感心しつつ、俺は目的の本を探し始めたのだった。
次回辺りからファンタジー要素が強くなる予定です。





