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スカウト

 その日、私が訪れた町は、歓天喜地の大騒ぎでございました。


 色とりどりのバルーンが急ごしらえの小屋の軒先で揺れ、それに負けじと派手な色どりの衣装の人々が大路を入り乱れております。


 通りの幅の三分の一を占拠してしまうほど裾がふんわりしている、百年前のファッション暗黒時代のドレスを着た貴婦人――に扮した髭の濃い男性。

 逆に下半身までラインがはっきり浮き出る薄布をまとい、金色の鎖飾りを全身に巻き付け、しゃらりしゃらりと歩く妖艶な美女。

 孔雀の尾羽を背中に負い、少女のように跳ねているおばあさん。

 まるで絵本の世界を飛び出して来たかのような、緑のチェックのスカートに赤い頭巾の女の子。

 上半身に白いペイントをして、得意げに槍を振り回している腰布姿の男の子。


 はてさて、私はどこの世界に迷い込んでしまったのでしょう?


 そんな愉快な気分にさせてくれる、年に一度のお祭りがこの町で開かれているのです。

 その名も、『大観劇祭』。

 大路を闊歩している奇妙な格好の方々は、この日のためにやって来た旅役者たちなのでした。


 今日のところは前夜祭(まだ昼間ですけれど)。

 明日から二日間、即席の舞台であらゆる一座がお芝居を披露し、三日目に観客の投票で、最も素晴らしかった劇団を表彰するのだそうです。優勝者には町から賞金も贈られるのだとか。

 もちろん、最も人を楽しませたという栄誉も、彼らにとっては大変誇らしいものとなるでしょう。


 観客は町の住人ばかりでなく、国中の観劇好きが集まり、自称評論家たちが三日三晩に渡りお酒を飲んで、時に拳を交わしながら真剣に管を巻くそうな。それもまた愉快な見世物です。


 このお祭りのことを、おばあ様に聞かされていた私が見逃す手はありません。

 今朝早くにさっそく乗合馬車で現地入りし、お祭りが始まるまでの間、すでに華々しく飾られている町の様子を、高台にある修道院の前で描いていたのでした。


 修道院を管理していらっしゃる尼僧の方がとても親切で、若い身空で一人旅をしている私の事情を何やら深く慮ってくださったらしく、絵を描いていると、温かい紅茶やクッキーの差し入れをしてくださいました。

 ついでに、お祭りの間は町に不届き者も紛れているから、何かあった時にはここへ逃げ込んでいらっしゃいと、慈悲深いことをおっしゃっていました。


 実は目の前にいる不届き者に、罪なきシスターはまったく気がつきませんでした。

 なんなら、町の宿はもういっぱいなので、今夜は修道院に泊めていただこうかとすら考えている私です。

 清貧を旨とする修道院は、憐れな旅人に高い宿賃を請求しませんからね。


 しかし、神様はそんな私の魂胆などお見通しでいらっしゃるのでしょう。

 絵を描き終え、さてと、ふてぶてしいお願いをしに修道院の中へ入ろうとしたところ、横合いからものすごい勢いで、男性がヘッドスライディングかまして参りました。


 危うくその頭を蹴りそうになり、さすがの私も動揺してしまいました。

 けれど男性のほうは、もっともっと驚いた顔をしておりました。


 土埃の染みついた、リネンのシャツでしょうか。それに穴の開いたズボンを穿いています。砂色の髪はやぼったくうなじでまとめて、よく見ますと前歯の隣が一つ抜けていました。

 ぱっと見の印象は、『とっても貧乏』です。


 そんな彼が、杖を持っている私の手を突然握り、切羽詰まって言うのです。


「僕の婚約者になってください!!」


 なんてドラマチックな告白でしょう。頭にうじを飼っていらっしゃるのかしら?

 ここで乙女が取るべき正しい行動は、悲鳴を上げて不審者を張り倒し、修道院へ逃げ込むことです。

 けれどそれじゃあ、ちっともおもしろくありません。


 私は鞄を置いて、彼の手を両手で包み、にっこり笑いかけました。


「喜んで。行きずりの恋も、やぶさかではございませんわ」





 さて、麗しい王太子の次に私の婚約者となった方は、最初のデート場所に、ロマンチックな夜景を一望できるレストラン、ではなく、幕が下りている即席舞台の中へ連れて来てくださいました。


「――つまり、私にあなたの婚約者役として、舞台に出てほしいと」

「はい、その通りでして」


 奥歯に物が詰まっているみたいに、彼、アーロンさんは事情をもごもご説明してくださいました。

 直に床に座ってお話ししている私たちの周囲では、色んな方が走り回って、板にお屋敷の絵を描いていたり、ドレスを縫っていたりと作業に追われています。


 かくして俄か婚約者の正体は、お祭りに挑む一座の若き長。

 渾身の出来の脚本を引っ提げ、意気揚々と乗り込んだまでは良かったものの、舞台装置や衣装にお金をかけ過ぎ、食事代をケチったのが運の尽き。


 たまたま、おいしいキノコとよく似た毒物が町の林に生えていて、賄いを食べた役者の半数以上が腹痛で倒れてしまったそうで。

 急きょ裏方を役者に仕立て上げるも、自分も含めて数が足りず、かわりの役者を外に探すも、それらは皆、別の一座の競争相手。

 途方に暮れ、神に助けを求めに修道院までふらふら登ったところ、私が座長のお眼鏡に適ってしまったそうです。


 さてさて、どうしたものかしら。


「どのようなお芝居なのですか?」

「こちらなのですが・・・」


 なぜだか申し訳なさそうに、アーロンさんはたくさん修正の入ったぼろぼろの脚本を差し出します。

 そのタイトルを目にした途端、私は悲鳴を上げてしまいました。


「まあ! 『真実の愛』ではありませんか!」

「ご存知でしたか?」

「ええもちろん! 私の教科書バイブルですもの!」


 まさかの再会に、思わず手垢でいっぱいの脚本を抱きしめてしまいました。


 『真実の愛』とは、学園に通っていた頃、オトモダチの一人が貸してくださったロマンス小説です。

 とある国の侯爵家令息が、下町で偶然出会った少女と恋に落ち、周囲の反対や意地悪な婚約者の嫌がらせ掻い潜り、最後は真に愛する人と結ばれる物語です。


 身分違いの恋に落ちた二人に、婚約者の嫌がらせなど、我が身に思い当たる要素ばかりなのは偶然ではございません。

 何を隠そう、私は自身の婚約破棄計画をこの物語から思いついたのです。


 小説のラストには、実は少女は亡命していた隣国の王女であることが発覚し、彼女と結婚した侯爵令息はその国の王となり、二人はいつまでも幸せに暮らしてゆきます。

 ちなみに、二人の仲を積極的に妨害した元婚約者は、死ぬまで暗く湿った岩窟に幽閉されるという、なかなかに悲惨な終わりを迎えました。


 そんな、恋あり、サスペンスあり、最後にそれまでの苦悩はなんだったのかしらと思わせる大どんでん返しありのお話を脚本化するだなんて、ここの座長さんはエンターテインメントをよくわかっていらっしゃる。


「ご存知なら話は早いや。いえ、お気を悪くしないでほしいのですが、主人公の婚約者の『悪役令嬢ベアトリス』のイメージが、あなたにぴったりなのです。どうか立っているだけで良いので、そのお姿を貸してください!」


 両手を床に付け、懇願されてしまいました。

 彼はなんと見る目のある演出家なのでしょうか。

 大勢の人がひしめく町中から、最もその役に相応しい者を見出したのですから、恐るべき眼力です。


 私は脚本を広げ、すっくと立ちました。


「『無様ですね』」


 心の底から冷ややかに、驚いた顔で見上げる座長さんに言い放ちます。


「『地に這いつくばる姿がお似合いですこと。一生そうしてらしたら良いわ』」


 これは確か、ヒロインが主人公に贈ってもらったパールのネックレスを、悪役令嬢が路上でばらばらにしてしまい、それをヒロインが必死に拾い集めている時に口にした台詞でした。


 悪役令嬢に慈悲などございません。特にベアトリス、彼女の悪女ぶりには隙がありませんでした。

 悪たる者は徹底的に。

 相手の心情などにかかずらってはいけないのです。


 この世は私のもの。


 生ある者は皆、私の下僕。


 傲慢に、純粋に、信じ切っている。それこそが悪役令嬢。

 彼女が私に教えてくれたことでした。


「素晴らしい!」


 アーロンさんは絶賛の拍手をくださいました。

 作業をしていた方々も、今はぎょっとして私のほうを見ています。あらやだお恥ずかしい。軽く読み上げただけですのに、そんなに迫力がありました?

 ではせっかくご注目いただいたことですし、はじめましての皆様に改めてご挨拶をしておきましょうか。


「申し遅れました。私、旅人のラティーシャと申します。演劇に関しては素人ですが、悪役令嬢ではプロを自負しておりますの。もし私でお役に立てるのであれば、どうぞお使いくださいませ」


「・・・悪役令嬢のプロってなに」


 ドレスを直していた女性の方が、ぽつりとおっしゃいました。


「あんた、ただの一般人じゃないね?」


 どうやら勘の良い彼女は、さらに鋭く問い詰めてきます。


「その喋り方も雰囲気も、髪の色や目の色だって本物の貴族みたい。少なくとも根っからあたしらと同じじゃないね。本なんて滅多に手に入らないのに、読んだことがあるっていうのも普通じゃないわ。一体何者なの?」


 あらあら困ったこと。

 体に染みついた所作や、生まれ持った容姿は変えられません。確かに私の言動は、どこを取っても『貴族的』なのでしょう。

 変に嘘を吐くのは信用に関わります。ここはきちんとお話しいたしましょう。

 

「実は、私は没落した貴族の娘でして」


 きちんと、上手な嘘を吐きませんとね。


 私は男爵家の娘として一通り貴族的教養を習いましたが、ギャンブル狂いの父のせいで破産、借金のカタに年嵩の豪商の後妻にされそうになり、すんでのところで逃げ出し、今は一人自由な旅をしている娘、ということにいたしました。


 ロマンス小説は、とある高貴なお嬢様の話し相手コンパニオンを務めていた時に読んだのだと申しますと、皆さん納得してくださったようでした。

 貴族的な雰囲気を漂わせながら、令嬢らしからぬ短髪で、庶民らしいワンピース姿で旅する私の様子が、その身の上話にうまく合致したのでしょう。


 もしかして私にも物書きの才能があるのかしら? なんて。それを言うなら詐欺師の才能でしょうか。


 しかし真実を申せば殿下や他の皆々様の名誉に関わってしまうのですから、神様もこの嘘をお許しくださるでしょう。 

 実際のところ、本当に本当に困ってらした一座の方々は、私が何者であれどうでも良かったのかもしれません。引き受けると決まりましたら、さっそく衣装合わせをしながらの台詞合わせが始まりました。


 観劇に来たつもりが舞台に立つことになるだなんて、我が身のことながら愉快な展開。

 はじめての経験こそ旅の醍醐味です。

 この調子で、いつか行きずりの恋も体験したいものだわ。

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