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2017年/短編まとめ

息を吸って吐いていつか死ぬ

作者: 文崎 美生

軍人として、遠方へ赴くことは少なくない。

その度に野営することも当たり前で、その度に早く終わらせて帰りたいと思う。


簡素なパップテントの脇で、煙草に火を付ける。

数少ない嗜好品として、軍内部で支給もされ、実費での現地購入も可能だが、正直手に入らなくなる場合を考慮すると私は自作の偽煙草に落ち着く。

と言うよりも、本物の煙草を手にするよりも先に、偽煙草を手にしていたので、こちらの方が馴染み深いというのもある。


ふぅぅ、と吐き出す紫煙はゆっくりと夜空へと溶けるように消えていく。

戦地に向かう前に一服というのは良くある話であり、無事に生還した後にも一服があり、それこそが至高という者もいるが、私はどうでも良かった。


ただ、時折どうしようもない焦燥に駆られた時、煙草に火を付ける。

ただ、時折どうしようもなく苛立ち、煙草に火を付ける。

ただ、時折どうしようもなく哀感し、煙草に火を付ける。


寝起きに煙草を吸う時は、何が何でも起き上がって任務に行かなければいけない時。

戦場で敵軍の人間を踏み締めながら煙草を吸う時は、終わったと自覚するためでもあり、哀悼の意を示すためでもあった。


まあ、結局のところ同じ行動にもそれ相応に別の意味合いや思いが込められているのだが、そんなものは本人の問題であり、同時に自己満足でもある。

現に、何処へ向かったのか、パップテント周りでは姿を見掛けない新参兵なんかは、煙草を吸わない。

吸う必要性を見い出せない、と首を振るのだが、まあ、それも個々人の問題なので好きにすれば良いと思う。


うんうんと一人で頷いていると、近くの茂みから話題に上げた新参兵が転がりながら出て来た。

下手糞な前転で、地面にべしゃりと張り付く姿を見ながら、紫煙を吐く。

何してんだコイツ、そう思っても口に出しはせず、自力で立ち上がるのを待つ。


「隊長!」


立ち上がるよりも先に、顔を上げた。

いつも掛けているサングラスは、何が何でも死守しているのか、ズレてもいない。


「……何。後、もう少し声落とせ」


幾ら人気のない場所で野営をしているからといって、夜に大声を出してい良い理由にはならない。

そういう意味を込めて目を細めれば、素直にも口を両手で押さえる新参兵。

否、元々そういう性格だということも理解はしているが、如何せん、そういうのを見ているとつくづく向いていないと思う。


紫煙と共に視線を向ければ、直ぐに両手が外され、這って私の方へ寄ってくる。

透けたサングラス越しに、やけに光を取り込んだ瞳が見えた。


「隊長、今いいですか?いいですよね」


良いとは答えていないのだが、新参兵のソイツは、携帯灰皿を持つ手を取り私諸共立ち上がった。

この馬鹿力と言うよりも先に歩き出し、私は引き摺られる形に収まる。

本気かコイツ、私上司なんだが。


煙草を咥えたまま、引き摺られるがままに足を動かす。

ソイツはこちらを振り向きもせず、自分が転がり出てきた茂みを掻き分け、奥へ奥へと進んでいく。

ガサガサ、ザッザッ、と植物と衣類が擦れる音に、二人分の足音が響き、その隙間には歪で調子外れな鼻歌が入り込む。


緊張感のない男である。

雑に掻き上げられた黒髪は、寝癖のようにピョンと跳ねている部分もあり、ますます緊張感という言葉を薄れさせていく。

この男が同じ軍服を身にまとい、同じ戦場を駆け回っていると考え、良く生きてこれたな、という結論に至る。


軍内部でも実力者が集められるという特殊部隊――私はその隊長だが――実情目の前の新参兵がやって来る前は私一人で戦場を駆け回っていた。

現在所属隊員私と新参兵の二人。

何が実力者だ、と言いたいところだが、私も新参兵も実力者ではあり、単純に上からは扱いにくい人材と判断されただけのこと。


無理矢理手元に置いて使おうとしない辺りには好感が持てるものの、結果としては適当な所で死んでくれと無茶な任務が多い。

どっちもどっちだよなぁ、なんて目を遠くすることは、年々減っている。


「ほら、隊長!」


そんな風に悲観的と言うか、冷めた目で上の人間を見上げることのないように見える新参兵は、いつの間にやら足を止め、私の手を離していた。

そうして、ほら、と指し示されたのは拓けた空、夜空。


黒に近い濃紺の空には、星、星、星。

夜空を埋め尽くす星は、互いに互いを牽制し合うように光り輝き、一つ二つでは考えられない明かりだと思う。


「ヤバいですよね!俺、こんなの初めて見ましたよ!!」


隣で何とか声を抑えようとしながらも、語尾に向かうにつれて不発に終わる新参兵に、私は頷く。

初めて見たわけではないが、星の浮かんだ曇りない空というものは、なかなかお目にかかる機会がない。

戦場に立つ人間として見慣れたのは、人工的に赤く染められ、雲よりも薄汚い煙で満ちた空だ。


すっかり指先まで灰の面積が広がった煙草を、携帯灰皿に押し付ける。

紫煙が細くなり消えたところで、懐から新しい煙草を取り出し、火を付けた。

ヂリヂリという音に、新参兵が振り向き、ぎゅうっと眉を寄せる。


「何」

「隊長って、アレですよね。何だっけ、ふうじょうが、ない?っていうか」

「風情な、フゼイ。お前の方が風情がないだろ」


スパーと吐き出した紫煙を、そのまま眉を寄せている新参兵へと吹き掛ける。

煙草を吸わない上に、好まない新参兵は、更に眉を寄せ、眉間にシワを作って飛び退り、自分の足に足を引っ掛けてすっ転んでいた。

鈍臭い、実に鈍臭い。


あー、だとか、うー、だとか唸り声を上げる新参兵を横目に、夜空へと紫煙を吐く。

どんなに綺麗な風景があったとしても、私達が生きるのはどうしたって戦場で、本来ならばそんなものとは無縁の存在だ。

紫煙で薄れる視界にホッとするのは、決して間違いではない、はず。


「たーいちょー。人って死んだら、星になるらしいですよ」

「……ふぅん」

「えっ、それだけ?それだけですか??」


視線を向ければ、いつの間にか地面に座り込んでいる姿が確認出来、顔を上げて空を見上げている。

煽るような物言いに咥えている煙草を噛む。

苦味が強くなり舌の上で転がるそれに舌を打てば、大袈裟なくらい新参兵の肩が跳ねた。


「まあ、そうだね。取り敢えず、お前は私より先に死ぬなよ」

「えっ」

「星空が汚れる上に、騒がしくなるだろ」

「えっ、えっ」


光る星が、さも太陽のように光ったらそれは星と呼べない。

最初は喜色を滲ませ、次の瞬間には憂色にかわる、忙しない新参兵を見て、まあ、私達はどちらが死んでも変わりはないと思った。

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