6話
日常系学園モノに突如として出現した弾丸が妹たちを皆殺しにしていく。
建ち並ぶ二階建て一般宅と校舎は炎と煙に包まれ、あたりには悲鳴がこだまする。
住宅と学園が折り重なり溶け合い融合し連なった複雑で狭苦しい道を、隊列を組み掃討しながら行進する二十名の乙女たち。
砲火が銃火が住宅の壁や校舎を削り、壊し、不可逆の破壊を成していく。
阿鼻叫喚がここにはあった。
色とりどりの髪があちこちに逃げ惑う――彼女らは妹系美少女。戦闘訓練を受けてもいなければ、特殊能力もない、日常に飼い慣らされた獣たち。
だが――
「とにかく休まず撃ち続けろ! 弾丸の雨が降り注ぐ限り、連中からの反撃はない!」
上官系美少女は叫びながら銃弾を撃っていく。
現実において無視できない殺傷能力を持つ鋼の暴力。
たしかに多くの妹たちを殺すことはできていた。
だが、一部の妹のヒロイン力はミリタリー系乙女たちの予想をはるかに上回るものだった。
奇跡的に弾が当たらないとか、一命をとりとめるとか、そういう次元でさえない。
当たった弾丸が――ギャグになる。
最強の補正、『ギャグ補正』。
それは簡易的な現実改変だ。
どのような流血もどのような傷も、たとえ空の向こう側まで吹っ飛んでいくほどの打撃をくらっても次の瞬間には何事もなかったかのように復活している、すべての不幸をはねのける無敵の能力。
学園者、日常系、ギャグものという背景を持った美少女たちはこれだから厄介だ。
冗談にされてたまるものか。
一マガジンぶんの想いを撃ち尽くしながら上官系美少女は舌打ちする。
それでも戦況は有利と言えた。
妹は戦車に立ち向かわない。
妹は砲弾を撃たれれば四散して死ぬ。
そういう常識が通じる手合いも、少なくはなかったのだ。
なんだ、妹だって撃てば死ぬではないか――妹すべてに銃弾が通じない可能性さえ考慮していた上官系美少女は、少しだけ安堵していた。
――そのわずかな心の弛緩を突くように。
冒涜的に立ち並ぶ学園の、そこここから『キーンコーンカーンコーン』というチャイムの音が輪唱のように響き渡る。
時刻は昼少し過ぎぐらい。
通常であればそろそろ昼食の時間だが――
――ふと、よくない気配を感じる。
上官系美少女の耳はなにも捉えてはいなかった。それが、おかしい。
悲鳴はどうした?
銃で撃たれ逃げ惑い、『お兄ちゃん!』と泣きながら逃げていく妹どもの声は?
後頭部を撃ち抜かれながら『てへっ』と笑って何事もなかったかのように去って行く妹たちの声は、どこへ消えた?
――オニイチャン。
「総員! 背中合わせになれ!」
怖気に従い、号令を飛ばす。
ミリタリー系乙女たちは背中合わせになり、各々の武器――マシンガンとかミサイルポッドとか戦車とか――を構え、警戒態勢となる。
そして、見つけた。
建物の陰に、屋根の上に、家の玄関を開け、あるいは校門を乗り越え、セーラー服やブレザーや夏服を身にまとった少女たちが、現れている。
全員がなにかを手に持っていた。
大事そうに、両手で包みこむように所持した、手のひらより少し大きいサイズの、色とりどりの、プラスチック製と見えるその物体は――
――オベントウ。
オベントウ
オベントウ
オベントウ
オベントウ
オベントウ
オベントウ
――弁当箱。
ミリタリー系乙女たちがそう認識した次の瞬間、弁当箱の蓋が開く『カパッ』という音が、そこかしこから響いた。
――瞬間、世界が悪臭に包まれる。
それはこの世ならざる光景であった。
弁当箱の中にあったもの――
それは、ドロドロと、あるいはゴポゴポと、流動し泡立ち瘴気を放つ、黒い、もしくは紫色で、あるいは青く輝く謎の物体だった。
「まずい――昼休みか!」
ここで上官系美少女が舌打ちまじりに述べた『まずい』はダブルミーニングであった。
そう、あの弁当は――まずいのだ。
その作り手は妹であったり幼なじみであったり、あるいは姉であったりするのだが、彼女たちは時にこの世のものならざる弁当を作り出す。
普通に商店街の八百屋とかで手に入る材料を使用しているのに、どうして宇宙的恐怖を体現した、見るだけで正気度を失いそうな弁当になるのか、そのメカニズムは不明だが――
とにかくまずい。
味もそうだが、『主人公』を想いながら作ったあの弁当には――
たっぷりと、致死量のヒロイン力がこめられている。
――タベテ。
タベテ
タベテ
タベテ
タベテ
タベテ
タベテ
タベテ
――イッショウケンメイ、ツクッタンダヨ。
首筋が泡立つような恐怖を感じる。
妹たちが手に手に名状しがたき冒涜的な弁当を持ちながら、じりじりとこちらに向かってくる。
全員がはにかむような笑顔を浮かべ、自分の作った弁当の味の評価を待っている。
だが、アレは弁当のかたちをした異界兵器。
もし口にねじこまれでもしたら、その筆舌に尽くしがたい味に正気は喪失し、過剰に込められた『愛情』という名の栄養素により、人体はたやすく末端から壊死していくだろう。
どうにか連中をすり抜けるか?
――いや、無理だろう。妹は一人見かけたら十二人はいる。
それに、あまり急げば角で転校生とぶつかりかねない。
この街はどうにも妹系美少女だけではなく、『学園もの』という背景を持つ様々な属性がいるようなのだ。
そのどれもが強敵だが、特に『学園もの』に背景を区切った場合、強力なのが『転校生』だ。
急いで角を曲がろうとすれば必ず衝突し、その際にカリカリに焼いたトーストで首を切られる可能性がある。
加えて連中は、自分の前方不注意を「なにすんのよ!」とぶつかった相手に責任転嫁し、あまつさえパンツを見せておいて閲覧料とばかりに暴力をふるってくるのだ。
ギャグ補正ののった暴力。
主人公力があれば星になる程度ですむかもしれないが、その拳は人体という巨大な物体が地平線の彼方に吹っ飛ぶ威力を有する。
そして――普通、人体が地平線の彼方まで吹っ飛ぶ打撃などくらえば、あとかたも残らない。
人体は血煙を残して消滅するだろう。
だから今まで、可能な限り『転校生』と出会うフラグは回避してきたのだが――
そうも言っていられない状況に陥っているようだ。
「上官どの!」
ほぞを噛む上官系美少女に、声がかけられる。
部下の一人だ――どことなく子犬を思わせる雰囲気を有する、彼女は訓練生。主人公を教官と呼び、その通りのロールプレイをさせようとする特徴を持つ美少女。
もちろん、彼女とは主人公を奪い合った仲だ。
新兵でもあり教官でもあるという立場はありえないので、各々のストーリーに引きずり込もうと、影に日向に争奪戦を繰り広げた間柄である。
その彼女が――
「先に行ってください!」
上官系美少女は数瞬、固まった。
この状況を部下に任せて自分だけ行くという選択肢が、彼女の中に存在しなかったからだ。
だから、沈黙ののち、
「……な、なにを言うのだ!? ここを――こんな絶望的な状況を、貴様がどうにかするとでも言うのか! 訓練生の分際で!?」
「どうにもできないかもしれないですけど、上官どのが行かねば、他に行く人はいません」
「なぜだ! まだあきらめるには早い! 全員でどうにか抜ける道を模索した方が――」
「あなた、メインヒロインでしょう!?」
「……」
「主人公はあなたのルートに入ったんです! だから、行ってください! あなただけが、この包囲を抜け出せる可能性があるんです! だってあなたがこの中で、一番ヒロイン力が高いんですから!」
「しかし……!」
「上官どの」
「……なんだ」
「わたし、実は、昔、主人公に助けてもらった犬なんです」
「……」
「この設定、どうやって明かそうかずっと考えてたんですよ。……でも、無駄になっちゃいましたね」
「……」
「あなたのせいですよ。責任とってください。責任とって――あなたがわたしの代わりに、あの人の犬になってくださいよ」
「訓練生……だが、私は、今具体的に彼がどこにいるのかさえ」
「大丈夫。なんやかんやで、着きます」
「……なんやかんやで」
「着きます」
「なぜだ」
「それはあなたが、あの人の嫁だから」
「……」
「わたしたち美少女っていう生き物は、そういうものでしょう?」
訓練生が笑う。
上官系美少女は――
「……ああ、そういうものだな」
笑った。
無理矢理に、笑った。
「さあ! 行ってください!」
「……すまない」
「犬なら返事は『ワン』でしょう!?」
「ああ――ワン!」
上官系美少女は駆けだした。
同時に、周囲で弁当箱を持った妹たちも、走ってくる。
名状しがたきニオイと見た目。
近付いてくるにつれ瘴気は濃くなり、胸からこみあげるような吐き気がミリタリー系乙女たちを襲う。
なんという理不尽な戦力差だろうか。
向こうはヒロインをしているだけで人を殺せる。
こちらにあるのは、火器および兵器だけだというのに。
上官系美少女は駆け抜ける。
前をふさごうとした妹を、弁当ごとミサイルが撃ち抜く。
木っ端みじんになる妹。
上空からの火力支援――ロボ娘だ。
爆発と巻き上がる砂塵を抜けて上官系美少女は走った。
たくさんの黄色い声。
飛び散る妹や仲間たち。
その凄惨な光景を見たら、足が止まってしまいそうだった。