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3話

 通常、美少女はナワバリ意識が強い。

 だから、世の美少女の多くは決まった場所だけで過ごし、そこから出ることがないのだ。


 もちろん例外はあるものの、少なくともミリタリー系乙女たちは一定のナワバリから出ない系美少女に分類される。

 それは一週間、訓練校という一箇所を舞台とし、毎日同じルーチンワークを繰り返してきたことからも明らかな生態であった。


 だからこそ、『外出』というのは重要な意味を持つイベントだ。

 一つの場所にとどまる生態を持った美少女を同伴し外に出ることができる状態を、専門用語で『個別ルートに入った』と言う。


 つまるところ――

 このミリタリー系乙女たちの集うコミュニティにおいて、主人公は上官系美少女をメインヒロインに――『嫁』に定めたということになるのだろう。



「貴様は変わっているな」



 高い灰色の塀と、分厚い鉄の門を超え――

 少しだけラフな服装――軍帽を脱ぎ、シャツ一枚になり、タイトスカートをはいた姿――になった上官系美少女は、薄く笑いながら述べる。


 彼女の視線の先には主人公がいた。

 前髪で両目を隠した彼は必要な時以外しゃべらず、また常にうすら笑いのような表情をしているので感情をうかがいにくい。


 しかし――今、上官系美少女は、彼とこのうえない一体感を感じていた。

 心がつながっている。


 だから、言葉になんか意味はないはずなのだけれど――

 ……なにせあたりは荒廃した大地だ。

 殺風景すぎるし、音さえないのだから、目的地に着くまでに雑談ぐらいはするべきだろう。


 楽しい会話をしたい。

 だけれど。



「私は――みんなに比べれば年上だし、性格だって、柔和ではない」



 出てくるのは、気弱な言葉ばかりだった。

 軍服を脱ぐとどうにも調子が出ないな、と彼女は自嘲した。



「口うるさいし、なにより、そうだな、その……かわいくは、ないだろう?」

「……」

「他にもなんだ、訓練生とか、ロボ娘とか、そういう従順でかわいいのはいくらでもいるはずだ。だから……私なんかに気をつかわなくっても、いいんだぞ?」

「気をつかってなんかいません」



 これ以上ないというタイミングで、彼は述べた。

 彼の発言タイミングはいちいち完璧で、機械的でさえある。


 心を読んでいるというか。

 その都度最適な言葉が目の前に現れて、それを読み上げているかのような……


 だけれど、そんなことはどうでもよかった。

 上官系美少女は、言葉を続ける。



「……お前は優しいな。けれど、私は、自分に自信が持てないのだ」

「……」

「ずっと戦いしか知らなかったから……」



 本当は戦いだって知らない。

 知識はあるが、実体験はないのだ。


 彼女は後期に発生した美少女であった。

 基本的に初期型美少女の方が、より早く需要のある場所にとどく傾向にある。

 だから彼女の所属するミリタリー系乙女コミュのような、主人公狩りを行っている美少女たちは、だいたい後期型であるという見立てが可能だった。



「こういう時、気の利いた言葉の一つでも言えればいいのだがな……すまない。つまらないだろう、私なんかと一緒にいたって」



 自信のなさからうつむいてしまう。

 それは宿舎や学校では絶対に見せなかった、彼女の本当の姿であった。


 規律と厳格さは、軍服と一緒に脱げていた。

 シャツだけを身にまとい、なれないスカートをはいた彼女は、こんなにももろくて柔らかい。


 この部分をさらすことさえ、怖かった。

 だというのに、今はもうむき出しで目の前の男に相対している。


 不思議な感覚だった。

 恐怖と嬉しさがともにある。

 羞恥と安心がない交ぜになる。


 そして、信頼がある。

 彼を信じている。


 それはとても幸福な感情だった。

 ハマるべきところに、ぴったりとハマったという感覚があった――ヒロインと主人公。この一体感はやみつきになりそうで、彼女はまた知らない自分を発見し、戸惑う。


 ……ああ、そうだ。本当は、彼がどう答えるかも知っている――気がするのだ。

 だから、弱い自分をさらけ出せる。

『つまらないだろう?』と聞けば、彼はきっと――



「そんなこと、ないですよ」

「……」

「あなたといられて、嬉しいです」

「…………っ」



 彼女は顔を覆った。

 涙があふれそうだったから。


 まさか、自分が、ただの会話で泣くことがあるだなんて思っていなかった。

 どれほどのつらい訓練も、どれほどの痛みを伴う尋問も、耐えきれる自信があった。

 涙どころか、声すら漏らさない自信があったのに。



「わ、私も……」



 彼女は泣いた。

 嗚咽を漏らしながら、何度も何度もひっかかりながら――



「私も、嬉しい……!」



 ――この気持ちが恋なのだと。

 生まれて初めての幸福を、その身に感じた。



「……目的地が見えてきましたよ」



 彼は、涙に触れなかった。

 彼女は、触れないでほしかった。


 今、涙をぬぐわれでもしたら、なぐさめの言葉をかけられでもしたら、もう二度と元の自分に戻れない気がしたのだ。

 上官という存在意義を失ってしまう。

 キャラクター性の喪失――それは美少女として発生した彼女にとって、死よりも恐るべき恐怖であった。


 だから彼の気遣いに感謝しつつ、彼女は涙を乱暴に袖でぬぐう。

 まだ目は赤かったけれど。



「目的地は――ずいぶん立派な街だな」



 正面に見えたのは、複数の校舎と住宅街を無節操につなげたような違法建築地帯であった。

 おそらくは『学園もの』という共通の背景を有する様々な属性の美少女が存在することであろう。


 こんなところに独身者を放ったならば、たちまち美少女による取り合いが発生するに違いない。

 だが、今、彼は独身者ではない。

 上官系美少女が――自分がいる。


 しかし――傍目に見ては自分と彼の関係がわかりにくいかもしれないな、と彼女は考えた。

 なにかこう、誰から見ても、彼には自分がついているのだとわかるものが必要だと彼女は判断する。

 ……いや、そういう言い訳を、思いついた。

 だから――



「……て、手を、つないで、やろうか?」

「……」

「こんな美少女が多そうな場所で、独身者と勘違いされては迷惑をこうむるだろうからな。これは、ええと、そう……上官としての気遣いだと思え」

「はい」



 彼が手を差し出す。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、おずおずと、その手を手で迎える。

 二人は手を取り合って、校門風の街への入口に一歩足を踏み入れ――



「あー、お兄ちゃん! なにその女!?」



 ――幼く甲高い声の主に、つかまった。

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