1話
兵器はすべて美少女と化した。
拳銃も突撃銃も小銃も、槍も剣も弓も、棍棒さえ、そのすべてが美少女となった。
それでも人は戦争をやめなかった。
人同士の戦いではない。人と美少女との、地球の覇権を賭けた戦いである。
だが――美少女には勝てなかった。
飛行機、車、バイク、自転車にいたるまで、武器として転用した瞬間、そのすべては美少女と化した。
自然と戦いは拳を用いたモノに変化していく。
人類はしばらく抵抗を続けたが、ある日、人類側で英雄と祭り上げられた一人の男が、美少女と化した。
それからはもう雪崩を打つように世界が美少女と化していく。
戦えば美少女。抵抗すれば美少女。英雄視されればたちまち美少女で、国家元首どころか小さな集団のリーダーさえ美少女となっていく。
こうして世界は美少女に覆われた。
人々は抵抗をあきらめ、現状を受け入れ始める。
『別にいいじゃないか。女の子はかわいいし、チョロいし、俺たちは働かなくても養ってもらえる。抵抗する理由なんか、よく考えたら最初っからなかったんだ』
たしかにそうだ、とみんなが言った。
自分のことを好きでいてくれる美少女。自分を甘やかしてくれる美少女。ハーレム状態になってもまったく軋轢は起こらず、見事なバランス感覚で一人の男を取り巻く美少女たち。
世はもはや美少女であふれていた。
そして最後まで居残ったのは、戦わず、英雄とも呼ばれなかった男たちだ――理想的な美少女がいくらでも見繕える世界において、彼らが抵抗をやめるのは必然だったのだろう。
世界はこうして美少女に侵略された。
もうこの勢力に抵抗する者はいないかのように思われた。
――だが。
人類すべてがあきらめたわけではなかった。
○
荒廃した大地を一人の男が歩いている。
異様だ。
くたびれたワイシャツに、緑とも灰色ともつかない微妙な色合いのスラックス。
肩から提げているのは紺色のスクールバッグで、そこには『合格祈願』という文字の書かれたお守りがぶら下がっていた。
その男の歩調はやけにのろい。
カカトをつぶしたローファーのせいだろうか、足取りに力はなく、一歩ごとに体はゆらいでいた。
学生風の姿。
だが、それは特に異様な点ではない。
世界が美少女だらけになってから、学生風の服装を着用する者は増えた。
誰しもが学生の格好をし、同じように学生の格好をした美少女――元船舶や元魚雷、元自転車や元槍など――と学園ハーレムラブコメを繰り広げる権利を得たからだ。
だから異様なのは、『一人』であるという点だった。
今の世界において、美少女の一人も連れずに歩いている、その姿は『おかしい』と思うより他になく――
また。
危険でもあった。
「独身者を発見した! 全員、かかれ!」
――甲高い声があがる。
次の瞬間、複数の足音がせまり、美少女の集団が男を取り囲んだ。
見目麗しい、若々しい少女たち。
色とりどりの髪の毛は『世の中にそれほど多くの色があったのか』と見る者を感動させるほどに取りそろえられていた。
ただし、誰も彼女も殺気立っている。
そう、彼女たちは『はぐれ美少女』なのである。
世には美少女が飽和し、誰もが自分の『主人公』を求めている。
ふくれ上がった膨大な量の美少女は、その誰もが『主人公』に巡り会えるわけではない。
あぶれる者が出てくる。
特に『ヤンデレ』や『モン娘』などのマイナー属性はその傾向が強く、主人公に巡り会えなかった者は『はぐれ』と呼ばれ、属性ごとにコミュニティを形成し、『主人公狩り』を行う傾向にあった。
「独身者よ、我らは貴様の嫁である!」
集団のリーダーらしき美少女が、よく通る声でハキハキと言う。
そのどこか硬いしゃべり方。
一糸乱れず整列する集団。
そして――なによりも、軍服に軍帽でカッチリと固めた服装。
彼女たちの属性は、
「我らはミリタリー系乙女である! 我らは貴様らを時に鍛え、時に支え、時に奮い立たせる者なり! 兵器への造詣が深く、武器の話題で興奮する傾向にある! ただし! 我らは初心である! そしてなにより照れ隠しに銃を乱射する!」
――ミリタリー系乙女。
彼女たちは『萌える系書籍』と呼ばれるものから展開した美少女であった。
サブカル系知識に美少女というブーストをかけてわかりやすくまとめた本がある。
一時期ブームが起こり、様々な新たなる、しかしどこか新鮮味のない属性の美少女たちが誕生した。
そのうち一派こそが、今、男を取り囲むミリタリー系乙女であった。
彼女たちに限らず美少女は、多くの男の集合的無意識によってキャラ付けされている。
そのためミリタリー系――兵器や武器などの知識を紹介する役割を担っているので、国際色豊かな軍服を身にまとい、意味なく眼帯をつけていたり、また歴史上の軍人がモチーフになっていたりする。
ただ、彼女たちは、世界の変化のあおりをモロにくらっていた。
あらゆる兵器が美少女と化したこの世界において、兵器武器のことを嬉々として語る彼女らに需要はなかったのである。
あとは『朝早すぎる』とか『生活態度にうるさすぎる』とか『一日の多くの時間を訓練に費やすことを強いられる』とか『いちいち声がデカイ』とか『身持ちが固すぎて面倒』などの理由で、主人公から避けられ、あるいは捨てられてしまった者もいた。
そしてなにより『照れ隠しに銃を乱射する』。
この世界の兵器武器はすべて美少女と化したが、ミリタリー系乙女どもは、どこからともなくキャラクターに合った銃器を出現させ、弾丸の制限なく本当に乱射するのだ。
そして――人は銃で撃たれると死ぬ。
銃を乱射する照れ隠しは、ギャグ補正のない現実世界において、普通に殺傷力を持つのだった。
だからこそ――人気がない。
時代と現実に取り残された悲しき存在――
それこそが、ミリタリー系乙女なのであった。
「さあ、我らの『主人公』になってもらおうか! 貴様に逃げ道はない! 逃げても逃げても、地獄の果てまで追っていく――我らの執念深さと体力をなめない方がいい」
リーダー格らしき美少女がニヤリと笑う。
ミリタリー系乙女というジャンルの中でも、さらに様々な細分化されたジャンルが存在するが、彼女はどうやら『上官系美少女』のようだ。
だからこそ、彼女のまわりの美少女たちは、直立不動の姿勢で黙ったままでいるのだろう。
「我らの申し出を拒否したくば――貴様の『嫁』を出してみろ!」
――『嫁』。
それは、すでに『主人公』を見つけている美少女のことであった。
美少女どもには『先約優位』という不文律があるらしく、すでに『嫁』がいる『主人公』には、それほど強引に迫ってこない。
もっとも一部属性――『NTR』など――は『嫁』のいる『主人公』しか狙わない傾向があったり、『主人公』側がハーレムを望めば迫ってくるなどの例外はある。
だが、それ以外において、『嫁』がすでにいる『主人公』が拒否すれば、『主人公狩り』はやめてもらえるのが通例だった。
逆に言えば、それ以外に『主人公狩り』を拒否する手段もない。
美少女は、美少女なので、強い。
特にミリタリー系乙女はファンタジーさ一切なく銃器と集団戦法を用いる普通に強い集団なので、からまれれば一生朝四時起きで夕暮れまで訓練、就寝は二十三時という生活を強いられることとなる。
時折昇進か加齢による『退役』もあるようだが、ざっと見て二十人はいるミリタリー系乙女どもに毎日訓練をつけられたら、常人は一週間ともたないだろう。
つまり状況は絶望的。
だというのに、学生服風の衣装をまとった男は――
「やれやれ」
肩をすくめ、言う。
長すぎる彼の前髪が吹き抜ける風になびいた。
どこかひょうひょうとしたその反応を見て――
ミリタリー系美少女の『上官』は、頬を紅潮させる。
「ほう……『嫁』はいないらしいな。そして――実に軟弱な態度だ。実に、いい」
「……」
「私は、軟弱な男を調教するのが好きなのだ。ああ、そうか、これが運命というものなのだな。私はきっと、お前のような男に出会うために美少女として生まれたのだろう。そのために今まで、私の主人公と巡り会うことは叶わなかったのだ」
「……」
「私の主人公になってくれ。そうすれば私は、貴様を最高の兵士に仕立て上げてやれる!」
ビシィ!
どこからともなく、美少女が短いムチを取り出し、振った。
美少女どもは属性にもよるが、感情やとりたいポーズ、差分によって武器を使う。
不公平な話だ。
人類が用いることのできる武器はすべて美少女と化したのに、彼女たちの手には『持ってないとなんか収まりが悪いから』という理由で――実際にそういう理由かは誰も知らないが、そういう説が濃厚である――武器が出現するのだから。
人数、武装。
その二つにおいて、男に逆転の目はないように思われた。
しかし男は余裕ある態度を崩さない。
ローファーのカカトはつぶしたままで、スラックスのポケットに手を入れ、軽く肩をすくめる。
その自信はどこから来るのか?
まさか――性能で勝っているとでもいうのか?
しかし性能で勝っているからなんだというのか。
『二十人のミリタリー系乙女より強い』。
よしんば『それ』が事実だとしたら、戦闘開始と同時に男は美少女と化すだろう。
この男の反応を、上官系美少女は『面白い』と感じた。
脈絡もなく好戦的なのもまた、彼女のキャラクターなのである。
「総員、構え!」
ジャキッ!
並んだ美少女たちが、どこからともなく様々な火器を取り出し、その照準を男へ定める。
二十の――いや、ガトリングガンや二連装式ショットガン、果てはミサイルポッドまで存在するので、二十ではきかない数の銃口が彼を狙う。
「さあ、選べ。主人公か、死か」
上官系美少女は右手をあげていた。
それを振り下ろせば、彼の全身は穴だらけになるだろう。
『主人公か死か』。
この集団はどうやら『独身者に存在価値を認めない』という過激派のようだ。
モブに生きる価値なし――それは、彼女たちがそもそも主役になれなかったことから生まれるコンプレックスゆえの悲壮なる意思なのかもしれない。
需要がないのに供給され続けた萌えの果て。
いっこうに昇華されぬ物語を抱え沈み果てた乙女たちの悲しき狂騒。
サブカル知識の間口を広げるためだけに生み出されたあられもない乙女たち。彼女たちはWIKIのリンク先で得られる情報よりもなお人の記憶にとどまれない悲しき者どもだ。
土地が違えば。
状況が違えば。
あるいは――もう少し時期が違えば、彼女たちを受け入れる者との巡り会いもあっただろう。
だが、彼女たちはその幸福な運命に巡り会えなかった。
認知されなければ欲する者にさえとどかぬ商業原理の非情さを一身に背負い、彼女たちは己のストーリーを進めてくれる主人公を求め銃を向ける。
その悲しみ、その悲哀を知ってか知らずか――
「……やれやれ」
口元に薄い笑みを浮かべたまま、男は肩をすくめる。
そして――
「不幸だね、本当に」