私の初恋
初恋。
それは私が16歳の、初めて戦に出たときの出来事だった。
天候に恵まれず不作が続き飢え死にする人が相次いだ私の育った村は、再興する為に12歳の私を軍に売った。…男として。
その頃から我が国レマンダは隣国のサハライナと仲が悪く、戦が起こるのも時間の問題だと言われていた。多くの兵士を集める為にまあまあの金額で軍が人を買っていた訳で、私の村はそのお陰で立て直ったらしい。
かくいう私は性別を偽り4年間訓練を受け、いよいよ始まった戦に出ていた。才能があったらしく4年でただの兵士から小隊の副隊長にまで昇格した。
今回は他の小隊が敵と戦っている間に横から攻めて敵の大将を討ち取る…まではいかなくとも、お偉いさんを何人か殺るという、まあ重要な役割を任されていた。大将は敵軍の真ん中にいるので、失敗すれば私たちの隊は全滅する。捨てゴマ同然の立ち位置だった。
正直に言えば仲間が死ぬのも、敵を殺すのも嫌だった。でもその為に軍に買われたのだから、私にとってこれは義務なのだろう。「情を持つな」4年間言われ続けた言葉だった。私の真っ赤な瞳はその言葉を言われるほど影に覆われ、光に焦がれた。
隊長が私たちを振り返る。突撃の合図だった。みな剣を持ち腰を浮かせ走り出した。私たちの隠れていた茂みの反対側から矢が放たれ、敵がざわつく。その隙をついて、私は敵兵を殺していった。動きやすいように鎧は着けず、ちゃちな鎖かたびらだけ。味方の矢があたるといけないので、一応兜をかぶっていた。
身体が軽かった。相手の動きが、剣筋が手に取るようにわかる。私は止まることなく斬り進んだ。
ガキィィーン!
不意に私の剣が止められた。驚きで顔を上げて見ると、そこには金色の髪をなびかせ透き通った蒼い目を持つ美しい敵がいた。しかし悠長に観察する間もなく次の攻撃がきた。それを耐え凌ぎ今度は私から仕掛けると、片手で払われる。力の差は歴然だった。周囲を見回すと仲間はみんないなくなっていた。死んだのか逃げたのか。つまり私は一人だった。
もう一度剣を交えている男の顔を見上げる。輝くその髪が、意志の灯るその強い瞳が、どうしようもなく眩しくて、どうしようもなく羨ましくて、どうしようもなく悔しくて。
気づいたときには、私の視界は霞んでいた。もう涙なんて売られたあの日以来、流し方も忘れていたのに。
私は負ける。仲間がいない状況で逃げ切るのは不可能だった。でも、せめて、この人に殺されたい。
多分私は、生まれて初めて恋をしたんだと思う。
死ぬ前にこの人に私の姿を見て欲しかった。その瞳に焼き付けて欲しかった。
玩具同然の兜を脱ぎ、剣を手放す。腰まである私の髪を結んでいた紐は兜を脱いだときに千切れたのだろう。私の瞳と同じ赤い髪が風にたなびいて視界に映った。
両手を広げ、最期にもう一度彼の顔を見て目を閉じた。私はどんな表情をしてたのだろう。彼がその美しい目を見開いて驚くほどの何があったのだろう。…なんて考えながら終わるその時を待つ。
ドスンッ。
腹に衝撃を受け 足が崩れる。消えかかる意識の中で私は幸せを感じていた。
ーーーーーっ。
次に目を覚ますとそこはベッドの上だった。人が3人は寝れそうなふかふかのベッドに、1つ1つの置物が豪華な部屋を見て、あぁ、ここは天国か、と納得した。ベッドから降り、床に足をつけ立つ。身体が動く事を確認して、窓から外に出る。裸足だが白い七分丈のワンピースを着てるから大丈夫だろう。運の良いことにこの部屋は一階にあった。
外は様々な花が咲いていて、私はくるくる回りながらどんどん先へ進んだ。はしゃぎ疲れて止まったところには、大きな大樹が私を見下ろしていた。そして…その影には あの美しい彼がいた。
「な……んで、あなたがここに…?」
彼から目が離せなかった。彼も死んだのだろうか。
「…君は戦が終わってから一週間も眠り続けていたんだ。起きるのを待っていたよ」
心地よい澄んだ声が聞こえる。しかし内容が上手く頭に入ってこなかった。…私は、死んだはずじゃなかったの?
「あの時はただ気絶させただけなんだ。…それとも、死にたかった?」
……………。私は死にたかったのだろうか。感情を捨てて生きてきた私は、胸の中がただもやもやするだけで、何も掴めなかった。
「わからない。…でも、殺されるならあなたに、…あなたじゃないと嫌だと思った。あなたの手にかかって死ねるのが、堪らなく 嬉しかった」
自分の前で開いた両手を見つめる。私は何のために生きてきたのか。あの頃はそんなことを考える余裕もないほど、心が傷んでいたのだろう。
喋りながら近づいてきた彼は、私と一歩空けて立ち止まった。
そんな彼を私は見上げた。あの時と同じように。
「その意志の持ち方が、向き合い方が、あなたはとても美しかった。私は初めて恋をしたんだと思う。
その相手があなたで良かった。……ありがとう」
精一杯の笑顔を向けて言い切ったと思った瞬間、私の目の前が真っ暗に覆われた。彼の腕が後ろに回り、私を締め付ける。あぁ、抱き締められてるんだ とわかった。
…そんな彼は何故かふるえていて。
「僕は…そんなにすごい人間じゃない。燃えるような君を見て、殺せなくなってしまった。僕は臆病者だ。
…でも、今ここで 君とこうして話す事ができた。今なら言える、あの時の選択は間違ってはいなかったと」
私を抱き締めていた片腕は、いつの間にか私の頬に添えられて。
次の瞬間には、私の唇に柔らかいものが触れていた。
「………んっ」
それはどんどんエスカレートしていき、舌が私の口内に入り込んでくる。
「…ふぁっ。……んむ」
ちゅくちゅく と卑猥な音が耳を犯す。
唇が離されたとき、私は腰を支えられ 彼にすがりついていた。
「僕も君に惹かれている。…君が、欲しいんだ。
何も知らない僕たちだけど、きっとこれは運命だ。僕と一緒に生きてほしい」
涙が流れる。嬉しいときに流れる涙は、なんて気持ち良いのだろう。
「…はい!」
その日 初めて私たちは繋がった。
読んで下さってありがとうございます。
主人公の名前も出てきませんでした。私も自分自身にビックリです笑。
二人のその後。
四人の子供を産み、幸せに暮らしました。