夜闇のタイムスリップ
正直、書き終わった時に「なんだこれ?!」と自分でもなりました。書いている途中にどんどん指針がズレにズレて…少しホラーに…
読んでいただけたら嬉しいです。
自分が死ぬ夢を見たことはありますか?きっと一度や二度は皆さんある事でしょう。私もあります。何回も。その時の感覚は皆さん覚えていますか?私は覚えています。痛くて意識が薄れていくあの感覚は、あまりにリアルで目覚めた時に夢と同じ部位が痛いような気もしますよね。
ところで、私は今から死ぬつもりなのですが、皆さんは死のうとお思いになったことは?
そうですか、ないですか。それはとても良いことなのでしょう。
私は今、死のうと思って、とりあえず廃ビルの屋上に来てみたものの、どうもしっくり来ないのです。別に死に方なんて何でもよかったのですが、いざ冷たい夜風に吹かれ、目下を過ぎていく車のランプや人混みを見ていると、私にふさわしくないような気がするのです。まるでこの世界の何とも目線が合わず、私だけが夜に置き去りされて、さあ死ねと言われているみたいで。そのような乱暴な死に方は、私にはふさわしくないとお思いになりません?
夢の中で何回も死んだ事はあっても、どれが一番自分にしっくりくる死に方なのかどうか、全然わからないのです。
その時、悩んでいる私に後ろから声をかけてくる人がいました。
振り向かなくてもわかります。私の事を好いている少年です。
「なにをしてるの?家にいなくて、心配したんだよ」
少年は私と変わらない年齢であるのに、女性である私とあまり背が変わりません。それなのに、おどおどしていていつも目を伏せがちなので更に小さく見えるのです。
「夜景を見ているのよ」
私が振り向きもせず、遠くのビルの明かりを見つめながらそう答えると、今にも泣きそうな声で訴えかけます。
「夜景なんて、こんな低いビルからだと全然綺麗じゃないよ。嘘をつくのはやめてよ」
夜景は綺麗に見えなくても、死ねる高さくらいはあるビルなので低いビルというのはどうなのでしょう。さて、そのような事より、家からは電車に乗ってしばらく歩いてここへ来たというのに、少年はもう私を見つけてくれました。いつも私が困ったら助けてくれるんですよね、私の事。今回も早かったという事に対して何か称賛めいた言葉をお送りした方が良いのでしょうか。以前、私は「あなたの助けはいらないからこういう事はしないでほしい」と頼んだのですが聞く耳を持たず、という感じでした。
私が称賛の言葉を選んでいると、少年が一歩こちらへ近づく音がしました。
私はようやくここで、夜景から目を離して彼の方を振り向きました。夜風か強く、頬から温度が消えていき耳も凍りそうです。
私と目が合うと彼は近づくのをやめ、震える声でゆっくりこう言いました。
「死のうとしてたの?」
何とお答えしたらいいのでしょうか?私の事を好いている少年に、何と説明をしてあげれば納得してくれますか?
私は返す言葉が見つからず、ただじっと少年を見つめる事しかできません。
「どうして?僕はいつでも君の助けになるように頑張ってたよ!君が嫌な思いをしないようにって、なのに死ぬなんて、そんなこと言わないでよ!」
なけなしの勇気を振り絞って大声を出したのでしょう。目の端には何か光るものがみえます。泣いているのかしら?
私は冷たい空気を吸い、できるだけ大きな声で話しました。
「もう、疲れてしまったのよ!こんな私の人生に何の意味もないわ!」
そう。意味なんてないんです。ずっと同じことの繰り返し。もう疲れてしまいました。
その言葉が伝わったのか少年は、はっと目を見開いていました。
「そんなことない!僕が、僕が君の人生がいかに愛に満ち溢れ素晴らしいものかを証明してみせるよ!だから、もう死ぬなんて言わないで!」
そう言うと少年はリュックサックの中からノートパソコンを取り出しました。
「なにを…」
私の呟きを無視して、操作をしています。生きることが素晴らしいと思えるような、ハートフルな動画でも見せてくれるのでしょうか。そのような事で私の問題な解決しませんのに。
なにやら操作を終えると、画面をこちらに向けて彼は得意気にこう言いました。
「さぁ、タイムスリップだよ!!」
タイムスリップ?
夜闇に浮かび上がった眩しい画面には、一人の赤ん坊が映っていました。両親から呼び掛けられ、とても嬉しそうに手足をバタバタとさせています。
その次には、女の子が三輪車に乗る様子が映っています。短い足で地面を蹴って進んでいます。
次のシーンでは、女の子の幼稚園の入園式の写真と動画が流されました。とても微笑ましい光景です。
画面の中の女の子はどんどん成長していきます。卒園式、小学校の入園式、運動会、授業参観、家族旅行、修学旅行のお見送り、卒業式。少年の顔は画面に照らされていますが、そのような事は気にせずただ画面を食い入るように見つめています。
そうです、これは私です。私の動画です。この画面にいるのは私なのです。
やめて、と声を出そうとしましたが声が出ず、ただ口から空気が漏れました。
やめて、怖い、やめて、それ以上私を見ないで、やめて。
叫びたいのに声が出ません。
パソコンの動画は、やがて両親の目線から友達の目線へと変わっていきます。携帯で撮った写真、ふざけて撮った動画やプリクラ、写真、動画、写真、動画、写真、動画…
もうやめて、目が回りそう。怖くて足も動かせない。
その中には私の後ろ姿や横顔を、こっそり撮ったような写真や動画もありました。
やめて、やめて、やめて。
私が恐怖に抱きすくめられ動けずに画面を見ていると、昨日の写真が何枚か出てきたあと画面が切り替わりました。動画です。そこには、暗闇の中、廃ビルへと入っていく私の後ろ姿を撮った動画がありました。
「や、やめて…お願い」
微かに絞りだした私の声に、少年は少しこちらを見たものの、画面にまた視線を戻します。
『なにをしているの?家にいなくて心配だったんだよ?』
「なにをしているの?家にいなくて心配だったんだよ?」
動画の声と彼の声が重なります。
そこからは、もう覚えていません。私は必死に階段を降り、廃ビルを出て走りました。走って走って、どのくらい走ったかも覚えていません。
少年はいつも私を心配して傍にいてくれました。
少年はいつも私のことだけを考えて行動してくれました。
少年はある日、私を好きだと言ってくれました。
ですが私は、少し嬉しかったものの少年に恋心は抱いていませんでした。良いお友だちでいましょうね、私はあの時、笑顔で言いました。
それから、
少年は私に私の写真を送りつけてくるようになりました。
少年は毎晩私に電話をかけてくるようになりました。
少年はいつでも私の後ろにいました。
何度やめて欲しいと言っても、やめてはくれませんでした。そしてまた同じことの繰り返し。ずっと、ずっと。
もう疲れたのです。皆さんもそうお思いになりません?
走り疲れた私はいつの間にか公園にきていました。
「もう、いや…」
私は公園のベンチに腰かけると、両ひざに顔をうずめました。
しばらくなにも考えずにそうしていました。
夜風が、走って汗ばんだ体を冷やしてくれます。どうやって死んだらいいのか、今はその事で頭がいっぱいです。私にふさわしい、死ぬ瞬間くらいはあの少年に見られないような、私だけの死はどこにあるのでしょうか。
その時、ふと気配を感じました。振り向かなくてもわかります。
「ねえ、私はどこで死んだらいいのかしら?」
少年はいつでも私の後ろにいました。