#5
次に穂香が目を覚ましたのは一七と教師が話し合っている……と言うか一方的に一七が教師に食いかかっている時だった。
「ふざけるな! なんで俺たちが最下層なんだよ!」
「簡単な話だ。君の異能は開花していないし、彼女はまだ開花したばかりだ」
辰巳が見当たらないところを見ると、教師が先に帰らせたのだろう。穂香はゆっくり立ち上がると教師はそれに気付き、穂香の方を向いて話す。
「目が覚めたようだな。気分はどうかな?」
「……お気遣いどうも。最悪の気分ですよ」
「そう邪険にするな。彼の怪我は全て医療課の先生に直してもらっている。……それよりもこれからについて、君にも彼にも話しておくことがある」
一七と穂香の二人は教師の前に並ぶと教師は話始めた。
「まずは私の名前から。私の名は『黒崎』。ここで新たな異能保持者、または素質のあるものと戦い、異能を開花させたり異能の力を見定めたりする役割を担っている」
二人は黙って教師――黒崎の話を聞く。
「そして異能の力の種類について説明しよう。異能には使用者の肉体に影響を及ぼすものとそうでないもの2種類が存在する」
黒崎はそこまで言うと二人の顔を見る。穂香はおおよそ理解しているようだが一七は全く理解してない顔をしている。
「……とりあえず説明を続けよう」
黒崎は手のひらを自分の目の前と穂香と一七の間に向ける。すると二人の目の前にとても小さなつむじ風が生まれる。
「これが一度教えた通り私の異能『風力使い』。これが先ほどの説明の後者にあたる『肉体に影響を及ぼさない方』だ。そしてここからが重要だ。穂香、君の異能はもう発現している。感じているのだろう?」
黒崎にそう言われ穂香は頷く。
「多分私の異能は『肉体の強化と回復』だと思う。黒崎先生に倒される直前に力が湧いてきて全身の痛みも傷もなくなっていたから」
それを聞いて黒崎はいった。
「ほとんど正解だが一つだけ訂正しよう。君の異能はあくまで回復のみの『聖なる光』だ。ただし、その亜種と呼ばれるものだ。肉体強化は亜種であるが故の副産物に過ぎない」
2人がそこまで言って一七はようやく理解する。
「つまり穂香はさっきの説明の前者ってことか」
「そういう事。一七もやっと理解したね」
穂香は「エライ、エライ」と一七の頭をなでようとするも一七の手に払われる。その様子を見て黒崎は苦笑しながら二人を連れて体育館のようなところ――練習場を出た。
「終わったようね。お二人ともお疲れ様。黒崎君もありがとう」
「いえ、新入生の能力測定が私の仕事ですのでお気になさらず」
3人が練習場を出ると金髪の女性――理事長が待っていた。
「相変わらずねぇ黒崎君は。二人ともこの島に来てまだ何も食べていないでしょう?」
理事長に言われて二人は初めて空腹に気が付いた。
「この島の名物『幻のサンドイッチ』を持ってきたから黒崎君も一緒に召し上がれ」
一七と穂香は理事長の持っている籠の中をのぞく。見た目は特に変わり映えしない普通のサンドイッチなのだがどことなく凄みを感じる。黒崎は何も言わずにサンドイッチを取る。それに習って二人もおずおずとサンドイッチを手に取る。
「……いただきます」
一七は目をつぶってサイドイッチにかぶりついた。
「……! こ、これ……超うめぇ!」
「本当に美味しい……!」
二人は空腹もあったがそれ以上にサンドイッチのおいしさに夢中でサンドイッチをほおばる。
「美味しそうに食べてくれるのは嬉しいのだけど、そろそろ本題に入ってもいいかしら?」
2人はサンドイッチを食べながら理事長からこの島の詳しい規則を教わった。
・この島では階層の高さが地位を表す。
・階層を上げるためには決戦で勝利するほかに方法はない。
・決戦は両者同意のもとに行われる。
・決戦を行う場合は第三者による立ち合いが必要である。
・決戦への介入は誰であろうと禁じる。
・決戦への介入があった場合その決戦は無効となり、介入者にはペナルティが課せられる。
「以上の規則を守って清く正しい水上都市生活を送りましょう!」
理事長は最後にそう言ってウインクをする。
「……あぁ、うん。理事長先生の年齢は知らないけどいい大人が……ぐふっ!」
一七が言い終わる前に理事長の拳が恐ろしい速度で一七の腹部に入る。
「女性に年齢の事を聞いたり言ったりするのはタブーよ?」
理事長は朗らかに笑っているが、目が全然笑っていない。
「理事長先生。私はこれから授業がありますのでここで」
黒崎はそう言うと階段の前に設置されている青く光る装置にカードのようなものをかざす。すると黒崎は光に包まれ、次の瞬間にはいなくなっていた。
「あれは……転送装置?」
「その通りよ。いくら階段があるからと言って毎回階段を上るのも大変でしょう? だから基本的な移動はこの装置を使うわ」
理事長は穂香の質問に答えながら懐から二枚のカードを穂香に渡す。
「これがあなたたち専用のカードよ。なくしたら再発行までにかなりの時間が掛かるからそれまでの移動は階段を上ったり下ったりになるから気をつけてね」
理事長はそれだけ言うと「それじゃあね」といって指を鳴らすと後ろにいきなり現れた男と一緒に消える。恐らく彼は理事長専属のテレポーターなのだろう。
「なんで理事長先生はカードを使わないんだろう……?」
「さあな。専属テレポーターがいるから必要ないと思ってんだろ。取り敢えず試しにカードを使ってみようぜ」
一七と穂香は先ほど黒崎が使っていた装置に近づく。
「……えーっと、確かカードをかざすんだよな……」
一七は恐る恐るカードをかざした。その瞬間一七は青白い光に包まれる。
「おぉ!? な、なんだこれ!?」
一七は思わず目を瞑る。そして次に目を開くと小さな庭程度の広さの広場と寮のような建物のある場所に移動していた。隣には穂香がいるところを見ると穂香も一七のあとすぐにカードをかざしたのだろう。
「ここが俺たちの住む寮……なのか?」
「多分そう。とにかくここで立ち止まっててもどうにもならないし、寮の中に入ろう?」
一七と穂香はまっすぐ広場を抜けて寮の中に入る。中に入ると受付のところに一人の女性が座っていた。女性はこちらに気付くとにっこりと微笑んだ。
「あら、あなたたちが理事長先生のいっていた新しい子? 私は『第一~二十層』の管理人の篠崎朱里。第二十層までは私の管轄だから暫くは顔を合わせる機会があると思うから、よろしくね」
「よろしくお願いします。私は一條穂香です」
「俺は神條一七ッス。よろしくお願いします」
二人は篠崎に頭を下げる。
「うん、一條さんに神條くんね……。それじゃあ二人共にそのカードについて色々と説明があるからちょっとついてきてくれるかしら?」
篠崎は受付から出てきて二人を応接室のようなところに連れていく。
「カードの機能を簡単に説明させてもらうわね。まずはなんといっても『ワープ機能』ね。ほぼ毎日利用することになるわ。それともう一つの機能が『財布』機能。この島では買い物は電子マネーだけになってるわ。だから紛失とかした場合はすぐさま管理人に連絡してね」
そこまで聞いて穂香が手を挙げる。
「はい、一條さん」
「財布機能があるってことだけど、今までのお金はどうするの?」
「そうね。いい質問だわ。まず今持っているお金を私に提出してくれる?」
篠崎に言われるままに一七と穂香はお金を出す。篠崎はそのお金を受け取ると2人のカードを受け取って応接室から出ていく。そして数分後に戻ってきてカードを渡す。
「これでこのカードにさっき渡してくれたお金分の電子マネーが入ったわ。こんな風に管理人や銀行で両替できるわ。島から出て買い物するときは勿論電子マネーは使えないから気をつけてね」
篠崎は「他に質問は?」と問うが二人は何もなさそうに篠崎を見る。
「それじゃ最後にワープについて。この島に来た学生はみんな『第五十層』と『第五十一層』の間にある学校『(学園名)』と自分以下の階層にしかワープできないから上の階層に用事がある時は誰かに頼るか自分で階段を上るしかないわ」
篠崎はそれだけ言うと席を立つ。
「それじゃあ、改めてようこそ! 寮は勿論左右で男子と女子で分かれているから何か話があれば受付から入ってすぐの共用スペースで話すといいわ」
一七と穂香はそのまま応接室から出ると、お互いに振り当てられた部屋に向かった。