お手伝いロボット
遠くか、近くはわからないが──
とりあえず現在ではない未来のお話。
「ふーん。ついにここまで来たか。俺が高校生の頃は自動車並だったがなあ」
と、Aがつぶやいたのは朝食中のことだった。
Aは某中小企業に勤めるサラリーマン。
小型携帯パソコンでラジオを聴きながらパンをかじっている。
ついさっきまで、新型のお手伝いロボットのCMが流れていた。
<さらにヴァリエーションが増えた最新型! 今ならお得なキャンペーン中です>
ロボットと言っても、金属の塊みたいなものではない。
軽くて丈夫な特殊金属や生体部品からなる、人造人間ともいうべきものだ。
人間の女性とそっくりな、いや本物以上に美しく、本物の欠点を持たない高性能のボディ。これに高性能の人工知能が搭載されている。
まさに男性の理想というか、身勝手な願望を実体化させたようなロボット。
大昔の基準で考えれば、それこそ膨大な予算と専門知識を必要とされるだろう。
そんなものが、この時代では極めて安価に購入できる。
Aがティーンエイジャーだった頃は、それでも高級品だった。
しかし庶民にまったく手が出ないというわけでもなくて、貯金を切り崩すかローンを組めば十分に買える値段。
今は、それよりもさらに安くなっている。
「ご主人、お手伝いロボットを購入される予定でも?」
下から声をかけてくるのは、丸いボールみたいな形のロボット。
Aが学生時代から使っているもので、伸縮自在の特殊アームに起用な専用ロボットハンドが搭載された、どこにもであるようなタイプ。
といっても、すでに何度かパーツ交換やバージョンアップを行っており、性能は最新型より格段に劣るということはない。
そもそも、この手のロボットは他の機械類と違って、古くなったら捨てて新しいものに……ということは少ないのだ。
特に、こういった家庭用ロボットはその傾向が強い。
道具というよりも、ペットに近い感覚なのかもしれない。
このタイプは整備や改造を行えば、何十年何百年も使うことができる。
もともと、そういう風に設計されているのだ。
「いや、うちはお前だけで十分事足りている。人間型なんか買えば、手狭になってしまうし、メンテナンスの費用も馬鹿にならないしな」
Aはコーヒーを飲みながら、ロボットに笑いかけた。
同僚にはお手伝いロボットを二体も三体も買って、ご満悦のやつもいる。
「結婚だって? バカらしい。それならお手伝いロボットを買ったほうがマシだ」
そんなことをバカみたいに笑いながら言っていた。
こいつが特に変わり者というのではなく、最近はそういう人間が多いようだ。
「さて、ではそろそろ会社に行くかな」
「本日の夕食はいかがなさいますか」
ロボットは、Aが食事をしている間に作った弁当を鞄に入れながら質問する。
「特に何もないと思うからいつもどおりでいい。じゃあ留守は頼むぞ」
こうして、Aはいつもどおりに出勤をした。
そしていつもどおりに仕事をして、お昼には弁当を食べる。
昼食時には、やはりいつもどおり小型携帯パソコンでラジオを聴きながら。
この時、ラジオのニュースが速報を流し出した。
<本日お手伝いロボットへの制限法案が可決されました>
(おいおい、なんだか妙なニュースだぞ?)
そういえば、お手伝いロボットを一般では購入できないようにする、という法案が通るか、通らないかと論議されていたのだが、とうとう可決されたらしい。
(うーむ。お手伝いロボットのせいで非婚化や少子化が進んでいると言われていたからなあ。だが、こうなるとどうなるものだろう?)
今の世の中、お手伝いロボットは社会のいたるところに流通している。
大型商店や飲食店。また酒場や風俗店などでも専用に改良されたお手伝いロボットが主流となっていた。病院や介護施設ですらそうなのだ。
初期費用は少々高くつくが、一度導入すれば人間を雇うよりはるかに安上がりだ。
二十四時間万全に働ける上、美しい女性の姿だから言うことはない。
(そのせいで人間の雇用が減っているから、そこを保護するためなのかな?)
規制法案が施行されると、女性型お手伝いロボットは恐ろしく高価なものとなり、一般人の手には届かなくなってしまい、お金持ちの道楽や企業用だけが残っていく。
でも、別に雇用が増えるわけでも、結婚する男女が増えるわけでもなかった。
以前に流通していたお手伝いロボットは全て回収され、全体のうち半分は企業やお金持ちに中古販売されたが、残る半分は全て解体処分された。
ちなみに、制限法案が提出可決された理由は、
「ロボットとはいえ、人格を持った彼女たちが奴隷として売買されて、労働を強いられるのは重大な憲法違反である。女性保護のためにも、この法案を通す」
と、いうものだったそうだ。