第3話 魔法科 Ⅱ
「正気?当たり前だろう…でなければ今頃、君の首は吹き飛んでいる」
「!!?」
ハルの低く重い声にロイッシュの顔から血の気が引いていく。
だがすぐに馬鹿にされたと思ったのか、ロイッシュの顔はこれでもかというほど怒りに顔を赤らめた。
「Aクラスの君よりSクラスの僕の方が力は上なんだ!」
「なら聞くけど、君はどうして君よりランクの低い僕に毎回突っかかってくるんだ?」
「そ、それは…!」
「クラス分けなんてそんなのは進級試験時の結果だろう? 科が違えば個々の能力に差がつくのは当たり前だ。それをどうして個性として見ない?」
ハルの言う事は最もだ。
魔法を知らない私でも分かる。普通の学校でもテストの結果次第でとやかく言う人はいるし、それでも先生や親は「他は他、自分は自分」というように個性として見てくれる。
自分の力がどれくらいかを理解しているハルと何故かは知らないがハルに対して対抗心を剥き出しにしているロイッシュ。
もし何度もこうやって突っかかっているのなら、毎回、勝ち目なんて見なくても分かっているのではないだろうか?
(なんて、偉そうなこと言ったけど…本音を言えばいきなり熱湯かける人に負けてほしくないだけだけどね)
ついロイッシュを睨んでしまった私に気付いてはいないだろうが、苛立ちを含んだ声でロイッシュはハルに向かい呪文を唱えた。
「理屈なんてどうでもいい!僕の方が上だという事を今ここではっきりさせてやる!!
“赤き色濃く、火山が如き熱さ、サラマンダーの息吹よ彼の者を焼き尽くせ───フォイヤー!!”」
ロイッシュの杖が赤い光を纏った次の瞬間、火炎放射器のように赤い炎が吹き出し、一直線にハルに襲いかかった。
『ハル!!』
思わず叫んでしまった私の方に視線を向け、ハルは小さく舌打ちをする。
「大きな声出すな、気が散る」
その一言の後、ハルは手にしていた剣を一薙。向かいくる炎を真っ二つにした。
火の玉など一つと数えられるものとは訳が違う。ハルが斬ったのはロイッシュが止めるまで止まらない炎の柱みたいなものだ。
それを一薙しただけで、全ての炎を切り裂くだけでなく発射元であるロイッシュの杖にまで亀裂を届かせていた。
ロイッシュは放った炎が消えたことに驚きを隠せないようで呆然とし、落ち着いた表情を浮かべるハルを見た。
「その程度か?なら───お返し」
ハルは剣先を天に向けると右手は柄を握り、左手を刀身に添えた。
「“燃え盛りし地脈、サラマンダーの怒り、赤き優艶なる炎よ、我が剣に纏え───フォイヤー”」
左手を天に向けて滑らせるとその道を辿るように赤い炎がハルの剣に宿った。
けれど同じ炎のように見えるも、ロイッシュの時とは違くとても綺麗な炎が鮮やかにそれでいてどこか“怒り”の感情を含んでいるように揺らめいていた。
「言っとくけど…手加減できないから。防御魔法かけておいた方が良い」
「ひぃっ…!?」
ハルは剣を握ったまま床を蹴る。
一気に間合いを縮めたハルにロイッシュは成す術もなくただジッと目の前に迫る赤い炎を絶望の色を滲ませた瞳で見つめていた。
(ハル!?)
その光景にハルが本気でロイッシュに斬りかかろうとしているのが分かり、私は慌てて止めに入ろうと駆け出した。けれど――――
「そこまで!!」
ハルとロイッシュの戦いに制しを掛ける凛とした声とほぼ同時に、ハルが振り下ろそうとしていた剣をピタッと止めた。あと一秒でも遅ければロイッシュの鼻先が火傷していただろう距離で。
「…見つかったか」
『わぁ…綺麗な人!』
残念そうな顔で剣を腰元に収めたハルとは対照的に私は制しをかけた人物を見て思わず声を上げてしまった。
ロイッシュの後ろ、階段の最上段に立っていたのは長く艶のある金髪を垂らした美しい女性。服装はロイッシュの物に似た黒のローブ姿だったが、その上からでも分かるスタイルの良さと知的な印象の青色の瞳と銀縁の眼鏡がとても良く似合う女性だった。
年齢的には二十代後半…まあ、三十代手前だと思うけど、女性は年齢を聞かれるのが嫌だから推測は此処までにしておきます。
「いったい何の騒ぎです。魔法科中級ⅢクラスSロイッシュ・ブラーゼクト、そして同じく中級Ⅲ魔法剣士科クラスAハル・ヴァインセッド?」
ハルたちの側まで下りてきた女性同様に私も浮遊してハルに近寄れば、ハルは一歩“私”から離れるように女性の前に出ると頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません、リニメル教官」
(…教官ってことはハルやロイッシュの先生なんだ)
ハルの態度を見れば分かることだが、教師の中でもリニメル先生は敬意を表すに値する人物なのだろう。
「謝罪は結構です。私はいったい“何”の騒ぎだ、と聞いているのです」
問い詰めるように二人に鋭い視線を送るリニメル先生はハルの腰にある剣を見て視線を更に鋭くさせた。
「此処は魔法科校舎です。剣の持ち込みは禁止されているはずですが?」
「すみません。今日はこれから行われる魔法基礎の授業を見学した後、魔法科との合同演習に出る予定でしたので帯刀を許されていたのですが…リヴィグ教官からは何も?」
『え。許可、取ってたの?』
最もな疑問だろう。図書室を出た後で連絡したにしてはハルがそんな動作を一つもしていないことは側で見ていた私が一番知っている。
リニメル先生にも私の姿は見えていないと確認したうえで思わず呟くが、ハルは健全な生徒のふりをし続けていた。
「見学……それでは、連絡のあった魔法剣士科の生徒とはヴァインセッド、貴方のことだったのですか?」
「多分、私のことだと」
ハルの冷静な受け答えに瞳から苛立ちを消したリニメル先生は一つ頷く。
「わかりました。ではまずは授業を行っている教室へと移動しましょう。その後で詳しくお話し下さいますね?」
「はい、勿論です」
素直に頷いたハルを満足げに見た後、リニメル先生は未だ放心状態で階段に座り込むロイッシュに目を向けた。
「貴方もこの時間は受ける授業がないと言えど、問題を起こしたことに関して詳しくお話を伺いたいので一緒にきていただけますね?」
「は、はい…!」
慌てて立ち上がったロイッシュは颯爽と歩きだしたリニメルを追うように歩き出した。
『いつ、取ったの?』
二人に続いて歩き出したハルの隣に並ぶように浮遊する。
短い言葉だったがハルは質問の意図が何なのか理解しているのか知らん顔で歩きながら口だけを動かした。
「いや、取ってない」
『え…ええ!?』
「大きな声出すなよ…」
『だ、だって…!』
煩そうに耳を塞いだハルに私も慌てて口を両手で押さえた。が、すぐに私の声はハルにしか聴こえないということを思いだして両手を放した。
(それって嘘吐いたってこと?! あれ…でも)
『リニメル先生はリヴィグさんから連絡があったって言ってなかった?』
ハルが連絡をしていないなら、リニメル先生の言っていたことはどういうことか。疑問をそのまま口にすればハルも考えるように軽く俯いた。
「まあ、考えられるのは俺たち以外にも見学する奴がいたか…もしくは」
『もしくは?』
「……。まあ、確認しなくてもいいんじゃないか? 上手く事が運んだんだし」
意外にもあっさりと考えるのを止めたハルに拍子抜けするも、これ以上は何を聞いても答えてくれなさそうな事を察し頷いた。
と、そこである事を言っていなかったことを思い出した私は微笑を浮かべる。
『あのさ…ありがとね、ハル』
「? …何が?」
歩きながら叱っているのか俯くロイッシュに険しい顔を向けるリニメル先生を目で追いながら歩いていたハルが不意に反応を見せた。
『だって、私が熱湯に掛かった時…すごく怒ってたよね?』
「は…?」
『嫌いとか言いつつもちゃんと怒ってくれたの、ちょっと嬉しかったよ』
素直に気持ちを吐露すれば、いつの間にか歩みを止めて凝視していたハルがはっと我に返る。
「お、俺はお前の為に怒った訳じゃない! ただ、いい加減あいつのしつこさに嫌気が差してきたから決着をつけようと思っただけ。そ、それだけだ」
『そうなんだ?』
興味が失せたような態度を取ってみる。
するとこれ以上は追及されないと思ったのか、ハルは目に見えて安堵していた。
(本当は全部筒抜けなんだけどね)
ロイッシュにハルが怒りを向けた時、何故か彼の感情が流れ込むように私の中に入ってきたのだ。自分のものではないと瞬時に判断できた感情。それが何故ハルの物だと気付けたのかというと―――
(“俺の使い魔を傷つけたこと、絶対に許さない”…って聞こえたんだよね)
剣を取った時にハルの声でそう、心に響いた。
だからこれはハルの感情なんだって思った。それと同時に凄く嬉しいと思ってしまった。
(やっぱり…優しい人だね)
嫌いだ―――そう言われて嫌な気持ちになる人はいても良い気持ちになる人はいないだろう(中にはいるかもだけど)。私もハルに“嫌い”と言われて、知らずに心は傷ついていたみたい。
だからきっと使い魔としてだけど、嫌いな対象から昇格…ではないけど心配や、怒りの感情を抱くくらいには私もハルに近づけたと思いたい。
(それにしてもこれって何なんだろう? もしかして使い魔になったら感じ取れるような仕組みなのかな?)
今はもうハルの感情の声は聞こえない。でもさっきの安堵した時の心の声はちゃんと聞こえていた。
まさに文字通り筒抜けだったという訳だ。
(ハルはこの事に気付いてるのかな?)
再び歩きだしていたハルの横顔を盗み見れば、視線に気づいたハルが勢いよく横に飛んだ。その距離は約
一メートル。
「これ以上は近づくなよ。いいな?」
『……。』
やっぱり優しくなんかない。ただのオカルト嫌いで面倒な人だ。そう認識を改めるのだった。
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