第3話 学園長の提案
久しぶりの更新…かな?汗
「おやおや…。何とも泣き虫なお客さんが来たものですね」
城のような校舎の一室。豪奢な装飾の施された室内に置かれた回転式の椅子をくるりと回転させ、後ろの窓へと身体を向けた男性は綺麗な笑みを浮かべると空を見上げた。
「排除しますか?」
そんな彼から一歩下がった場所に立つ黒いスーツの男が腰に帯刀する剣の柄に手を伸ばすと、男は体をそのままに視線だけを後ろに向けた。
「君は一々言動が大げさだね。排除なんて言葉は使うべきじゃないよ、特に女の子相手にはね?」
「っ…申し訳ございません、シェルゼ様」
シェルゼは自分に対し深く腰を折る彼から視線を窓の方へと移した。
「君にもあの声は聞こえるのかい?」
「いいえ、声は聞こえません。ただ、学園に何か不自然な魔力の波動を感じるまでです」
自分の問い掛けには躊躇なく答える自分の“従者”に対し、シェルゼは「ふむ…」と口元に手を添えると椅子から立ち上がった。
「ならきっと、ハル君の仕業だね。よし、魔法剣士科中級ⅢAクラスに行こ――――」
「駄目です。」
立ち上がったシェルゼに即答する男の視線が絡み合う。
「ダメ?」
「はい。」
「ほんの数分だよ?」
「駄目です。」
「本当にちょ~っとだよ?」
「ダ・メ・です。」
一歩も引こうとはしない従者に対し、シェルゼは子供の様に唇を尖らせると自身の書斎机の抽斗から何かを取り出す。
「じゃあ、今日のおやつの時間を今に回して。それならいいでしょ?」
シェルゼがそう言って取り出したのは「誓約書」。そこには彼が先程言った条件を自分は違えぬことを誓うという事が書かれていた。
机の抽斗には区分けされ他にも誓約書が山のように入っていた。
これまでにもこんな主の我が儘を聞いたり聞かなかったりと神経をすり減らしてきた従者の考えた『シェルゼ専用お願い届け』という方法である。これがあれば、一日一枚分の“お願い=我が儘”が使えるという仕組みなのだ。
「……はあ。分かりました。それならば良いでしょう」
「やったね! ありがとう、リヴィグ!」
リヴィグは子供のように頬を染め喜ぶ主に苦笑を零すと先に部屋の出口へと向かい、扉を開けた。
「あまり…大事にならないと良いのですが」
「大丈夫だよ。伊座となったら生徒を護るのが学園長である僕の役目だからね」
此処・グラオシュナイト学園の長だけが身に纏うことが出来る純白のローブを羽織ったシェルゼは颯爽と歩き出す。
「だからこそ…大きな事が起きて欲しくないのですよ」
その後ろでリヴィグはそう呟くと、主の後を追うように歩き出したのだった。
――――「あら…アインス・シュトランクは欠席ですか?」
半円上に広がった長い机と椅子に座る生徒を教壇から見回した教師の女性が首を傾げる。
魔法剣士科で常に上位の成績というだけでなく今までに一度も授業を欠席したことが無いアインスに教室中がざわめきだす。
だがその中でも一人、窓際に座るハル・ヴァインセッドだけは気にも留めた様子もなく只管に手元の本を読んでいた。それも近寄りがたい気配を醸し出して。
「あ、あの…ヴァインセッドくん?」
「……何?」
同じ机の段に座る一人の女子生徒が勇気を振り絞りハルに問い掛けた。
しかし彼が振り向いた瞬間、短く悲鳴を上げると女子生徒は青ざめた顔のまま作り笑いだと分かる笑みで再度問いかけてきた。
「アインスくんがどこにいるか知らない…かな?」
おずおずという態度の中に、アインスへの特別な感情がある事に気付きハルは小さくため息を吐く。
(アインの取り巻きの一人か…)
アインスの欠席という事にざわめいていた教室内も今では静かに授業が開始されようとしていた。
けれど一部の、今ハルの隣にいる女子を含め前後に座る女子はハルの答えにアインスの居場所を期待しているのか頬が朱に染まっていた。
「知らない。直前まで一緒にいたけど、用があるって別れた」
「あ、そ、そうなんだ…!」
女子生徒が困惑したような声を上げれば、前後に座る女子たちも何やらそわそわとし始める。
(これだから女は苦手なんだ。…ま、幽霊の次にだけどな)
「分かりやす過ぎだっての…」
「え…?」
小声で言ったハルの呟きが聞き取れなかったのか女子生徒が首を傾げれば、ハルは興味が失せたように再度教科書に視線を落とした。
「何も。」
それ切り教科書にかじりつくように活字を追うハルからアインスに関する情報は得られないと悟ったのか、女子生徒たちは授業へと耳を傾け始めた。
「ヴァインセッドくんって何考えてるかわからないよね…」
「でも、アインスくんと一番仲が良いのはヴァインセッドくんだよね?」
「そこもいいんじゃないっ。ヴァインセッドくんみたいな子をほっとけないみたいな優しさがさっ!」
「そうだよね! 孤立している子をほっとけないっていう優等生は他にもいるけど、それを表に出さないところがかっこいいよね!」
視線は教師が黒板に書いていく魔法式に向けられるも、小声ではあるも口はアインスの良い所とハルの悪口ばかり。
(くだらない…)
それを尻目にハルは“他”に聞こえてくる“それ”をどうにかして耳に入らないようにしようと、只管に教科書の活字を心の中で音読し続けていた。
女子の会話はいつもの事。ハルは毛ほども気にしていない。けれど今は――――
(本当に迷惑だ。……こんな、声を聞きたくて聞いている訳じゃないのに!)
胸を突くような悲痛な叫び。
悲しくて、苦しくて、どうにもできないと諦めたような声。誰にも届かないからと力任せに思い切り“泣き叫ぶ”その声にハルは拳を握りしめる。
(煩い…うるさい! だから幽霊は嫌いなんだ!!)
――――バンッ!
ハルは力任せに教科書を机に叩き置く。
周囲の唖然とした目にハッと我に返ったハルと訝しげな眼差しを向ける教師との視線が絡み合う。
「どうしました?ハル・ヴァインセッド」
「っ!…いえ、すみません」
腰を浮かしていたハルは謝罪を入れると椅子に座りなおした。
その途端、またも近くで女子たちがコソコソと話し始める。勿論自分の悪口だろうことは、ハルも承知している。
だがそれだけではなく、集中が途切れてしまったハルに直接響くように彼女の叫びが心に届く。
『…いやっ…独りはイヤだよっ!』
「っ!!」
今まで一番強い想いに、ハルの鼓動が大きく跳ねる。その時、教室の扉が開き二人の男性が姿を見せる。
一人は金糸のように長い髪を一つに結い、虹色に輝く瞳を持ち、純白の穢れ無きローブと尖がりボウシを被った長身の美しい男性。
もう一人は彼の後ろに仕えるようにして立ち、まるで対を成すような黒い騎士の制服を身に纏い、黒い髪と瞳を持った凛々しい男性だ。
「シェルゼ学長!!」
教壇にいた教師の女性は突然の来訪に驚きを隠せない表情で膝を着くと、純白の魔法使いへと頭を垂れた。それは教室にいる生徒も同様で、皆立ち上がると頭を垂れる。
「顔を上げなさい。今日は私の都合で訪れたまで。何も気にすることはありません」
シェルゼが爽やかに微笑むと教師と女子生徒からは感嘆の息が漏れ、男子生徒からも憧れの眼差しが向けられた。
そんな中、やはり一人だけシェルゼすら眼中にないように窓の外を忌々しげに見つめる男子生徒がいた。
「今回、用があるのは他でもありません。――――ハル・ヴァインセッド」
シェルゼに名を呼ばれ、ハルは渋々といった態度で立ち上がると腰を折った。
「何でございましょう、シェルゼ学園長」
「内密の話があります。一緒に来ていただけますか?」
有無を言わせぬ笑みだという事に気付いているのはハルだけだ。
その証拠に周りの生徒は未だにうっとりとした目でシェルゼを見つめていた。
「承知いたしました」
ハルは誰にも気づかれぬように溜め息を吐くと再度腰を折るとシェルゼと共に教室を後にした。
「それで…ご用件は何でしょうか、シェルゼ様」
「え?ハル君はもう僕の要件が何なのか分かってるの?」
教室での威厳ある美しさはどこへやら。シェルゼは親しい者の前でだけ見せる子供っぽい顔に変わると、ハルを振り返った。
授業中ということもあり、廊下で話す彼ら以外に人の姿は無い。それを知るからこそのシェルゼの態度に、ハルは今日何度目か分からない溜め息を吐いた。
「何も…俺じゃなくても良いんじゃないですか?見えて聞こえるのは俺だけじゃなくて、リヒト医師だって…」
そこまで言ってハルは「あ。」と気付く。
(だからアインはリヒト医師に用事があると言ったのか。…アインにはシェルゼ学長も“そういった人”だという事は伝えていないから)
「どうやら、アイン君の事に気付いたようだね」
にこっとした笑み向けるシェルゼに、ハルは降参だと言いたげに肩を竦めた。
「それで…あの幽霊はリヒト医師、おそらくアインとも一緒にいるんですね?」
「う~ん…まあ、一緒にいるよ。二人はね」
「……。」
人差し指を唇に当て首を傾げるシェルゼに嫌な予感がしたハルは立ち去りたい衝動に駆られる。
だがそれは後ろで睨みを効かせるリヴィグに阻まれる。
「さ、先に言っておきますが…俺は幽霊には関わりたくないんです。見るのも、声を聞くのも、何もかもが嫌です。受け付けない。吐き気もします。倒れますよ。」
「真顔で情けないこと言わないの。」
めっ!と人差し指を突き出してきたシェルゼにハルは押し黙る。
「何も君に幽霊と友達になれなんて言っていないよ?」
「これから言うに決まってます。」
何が何でも考えを曲げないハル。
もし此処に普通の生徒がいたのなら卒倒ものだろう。自身の通う学園の学長にして誰もが憧れる魔法使いと、ため口ではないが無礼なものに取れる言動をハルはしているのだ。
驚きよりも怒る生徒も多くいる事だろう。
しかし逆に言えば、それだけハルの“幽霊嫌い”というのはシェルゼの心を大きく動かす程のものなのだ。
「いいかい、ハル」
「……。」
「僕もリヒトもこの力に怯えてなどいない。寧ろ死してもなお、この世に留まりたいという何か強い想いがあるという事を知ることができた。
そしてその願いを叶えることで、彼らは成仏し、残された者も安心できるというわけだ。
そう…これは言わば人助けなんだ。君にもその力があるのだから、前向きに――――」
「絶対に嫌です。」
シェルゼの言葉を遮り返答したハルにシェルゼの動きが止まる。
「はあ…分かったよ、もう何も言わない」
「シェルゼ様?」
肩を落としあっさりと執務室に戻ろうとするシェルゼの背にリヴィグが声を掛ける。
「君の気持ちは分かった。――――なら、君は退学だね」
「!!?」
余りの衝撃に言葉を失ってしまったハルに変わり、リヴィグが口を開く。
「それは…いくら何でも厳しすぎるのではないですか?」
「違うよ、リヴィグ。これは僕個人の決定ではないんだ」
「…? どういうことですか?」
リヴィグが困惑したようにシェルゼを見れば、ハルもシェルゼに視線を向けた。
「君…先週の『使い魔の試験』に参加しなかったそうだね?」
「っ!!」
その言葉に、彼が『退学』と言った理由が分かったハルは拳を強く握りしめた。
だがそれだけではピンと来ていないのかリヴィグが考え込むように顎に手を当てた。
「使い魔の試験は魔法剣士科にとっては重要な試験のはずです。剣と魔法を両方使う事を求められる魔法剣士としての基礎を学ぶ魔法剣士科の生徒は、中級Ⅲに昇格する際に試験を行い、自分の剣と使い魔の同行が必須のはず…。まさか…?」
「そう。ハルには使い魔がまだいないんだよね?」
沈黙を肯定と取ったシェルゼはハルに近づくと肩に手を置いた。
「剣士科の生徒に使い魔は必要ないけど剣はいる。魔法科の生徒に剣は必要ないけど使い魔はいる。…そして魔法剣士科は両方必要だ。これからの勉強に使い魔は必須だよ。…残念だけど、今度の追試験までい使い魔を得られなかった場合――――君は退学だ」
グッと唇を引き結んだハルはシェルゼを見上げた。
「分かってます。この学園に入る時に誓約した事項の中にありましたから。だけど…俺は此処でやりたいことがあるんです。追試験までには使い魔を見つけます、必ず!」
ハルの瞳に強い光が宿り、シェルゼは目を細めた。
(本当に…彼のこの瞳が僕を惹きつける)
シェルゼは笑みを浮かべるとハルから距離を取り、一回転をする。
「さっき君は僕の言いたいことが分かった。というようなことを言っていたけど、本当にそうかな?」
「え…。だって、シェルゼ様は俺にあの幽霊をこの学園から追い出すよう、お願いに来たのでしょう?」
「君はリヴィグと同じことを言うんだね」
心底分からないという顔をするハルにシェルゼはちらりと、後ろで気恥ずかしげに顔を逸らしたリヴィグを見た。
「こほん。まあ、それは置いといてだね。もし僕が他の理由で来た…と言ったら、君はこの案に乗ってくれるかな?」
悪戯っ子のようにウインクをしたシェルゼにハルは瞬きを繰り返した。
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