エピローグ
エピローグ
道端の商店で、二人の少女が立ち止まる。
「ほら見ろ、これなんか可愛いだろ? お前も女らしく着飾ってみろ」
金髪の少女が、ふわりとした白いワンピースを連れに向ける。連れは、褐色の肌に赤銅色の長髪の、凛々しい少女だった。
「ま、待て待て待てユー。合わないから。私に『可愛い』は合わない!」
「着てみなければ分からないじゃないか。案外にイメージが変わるかもしれないぞ?」
「むむむ無理っ!」
褐色肌の少女は、金髪の少女―――ユーにワンピースを突っ返す。
「良いんだよ私はこれで。別に王都に居るからって着飾らなくて良いし!」
「うーん……そうか。じゃあ明日あたり私の家に来てくれ、似合いそうな服でも見繕うから、可愛いものも着てみよう?」
「うー……でもユーの服は……」
少女は俯いて唇を尖らせる。
「不満か?」
「違う違う! でも……」
「じゃあ取り敢えず明日な。今日は待ち合わせが在るから、行こう」
ユーは少女を引いて歩き出す。
「ユースチアン……王女がこうホイホイ出歩いて良いのか?」
「暇だと言ったのはラナだろう?」
ユー……ユースチアン王女はラナを見る。ラナは「まあなあ」と言って苦笑した。
「王族の仕事が少ないのは平和な証ー」
「……まあよく言ったものだな、一年前に滅びかけた世界で」
ラナは頭を掻く。
「良いじゃないか。平和ボケはしていないぞ、ほら」
ユースチアンは剣帯を掴み、常備している剣を見せる。ラナの笑顔が微妙に引きつった。
「……流石、家紋が剣と盾と翼なだけ在るな」
「ああ、そう言えば、三年に一度の武術大会が近いんだ。ジュドが私の側近になっただろう? そのせいで強制出場だそうで、先日大慌てで剣を教えてくれとか言ってきたぞ」
ラナはそれを聞いて笑う。ユースチアンも笑いながら、道の先に目を向ける。
「そう言えば、お前がルイナの王子にいつ嫁ぐのかと噂だが?」
「ぅえっ!? そんな話、来ていないが?」
「嫌か?」
「いや別に、モルネイが嫌いな訳じゃ無くてな……幼馴染の兄みたいに育ったから、そういう対象として見れないだけだ」
ユースチアンは顔の前で手を振る。
「……そういうものか」
ラナは頬を掻く。
「そう言えば、今日の目的地は?」
「セラフィムはもう決めているそうだ。あとはジュドを見付けて―――」
ユースチアンは道端に視線を遣り、微笑む。そして、買い物をしていた青年に駆け寄った。褐色肌に赤銅色の短髪の青年―――飛竜の亜人、ジュドだ。
「ジュド!」
「ぅわっ!?」
ユースチアンに突然に跳び付かれ、ジュドはびくりとする。弾みで、持っていた買い物袋が地面に落ちた。
「ああああっ! 卵入ってるのに!」
ジュドが慌てて袋を拾った。幸い、底に敷いた布のお蔭で、卵は割れていないようだ。
「何だよ、ユースチアン……セラフィーに買い物頼まれたんだよ、もうちょっと待ってくれ」
「あ、悪い……じゃあ先に行ってるぞ?」
「ああ」
ジュドに手を振り、ユースチアンとラナは先に進む。
ヴァリキュアラの入り口である門には、既に、銀の装飾が付いた黒いローブを纏った青年が居た。
「居た居た」
ユースチアンは青年に向かって手を振る。が、青年は顔を上げたのみで、手は上げない。
「……?」
青年の隣には、若い女が居る。
「何を持っているんだ?」
「ああ―――この人の子供だ」
青年に駆け寄り、ユースチアンは、青年が抱えているものを覗き込む。白い布の塊のようなそれが蠢き―――小さな手が現れた。
「先月生まれたんです。『鍵の守り人』様に抱いていただこうと」
女は微笑む。青年は困ったような笑顔を見せた。
「俺にはもう、そういう特別な力とか、無いんだけどな」
「関係在りません。心持の問題ですから」
青年は赤子を持ち上げ、心臓のあたりに耳を近付ける。
「嗚呼―――重いな」
青年はそして、微笑んだ。女は僅かに困惑を浮かべる。
「この命は――――たった一人の魔法使いが願ったものだものな」
青年は赤子を女に渡し、その赤子の頭を撫でる。
「……行こう、セラフィム」
「ああ」
青年――セラフィムはそして、ユースチアン達を振り返る。買い物を終えたらしいジュドが、笑顔で駆け寄ってきていた。
「何処に行くんだ?」
「少々遠くまで」
ユースチアンに返し、セラフィムは意味深に微笑む。
「父さんの―――スフの墓参りに」
そしてセラフィムは、風に靡く髪を押さえた。
白く見える髪は、一年前より少しばかり伸びたようだ。雑に切ったのか、揃っていた毛先も少々荒れている。
だが、その表情は、『鍵の守り人』の役を背負っていた時よりは、はるかに若々しくなったように思える。
「学校の仕事は?」
「今日、明日は休みだよ」
セラフィムは鞄を肩に担ぎ、ジュドを見る。ジュドは頷いてセラフィムに駆け寄った。
「行こう」
そしてセラフィムは、朗らかに笑った。
山脈の麓の森に、二人の神族が居るとか。
アーサーシーエンの王女が、亜人の側近を雇ったとか。
学校で、『鍵の守り人』だった青年が勉強を教えているとか。
色々と変化は在っても結局、この世界の姿は大して変わっていない。
「だから、」
岩に座り、ユースチアンは、遠くの墓に歩いて行くセラフィムの背を見る。
「お前の選択は正しかったよ、セラフィム」
山に囲まれた『聖ロト・クライスト・スカルラットの湖』は、相変わらず静寂に包まれていた。セラフィムは湖の畔に作られた墓に、白い花を供える。
地面に埋まった石には、『スフ・エルレ・スカルラット』という名と、短い碑文が刻まれている。立っている墓石は、美しく装飾された十字架の形をしていた。
セラフィムは、沈んでいた街が消えている湖を見遣る。沈んでいた街は、『方舟』が役目を終えて消えると同時に消滅していた。
「―――幸せだよ、ロト」
誰も居なくなった湖を見遣り、セラフィムは呟く。
「平凡で良いんだ。大きな力なんて要らないんだよ。俺達人間には―――そんなもの無くても、良いんだ」
風が、ざあっ、と、セラフィムの髪を撫で上げる。セラフィムは空を見上げた。
泣ける程に美しい蒼穹が、何処までも広がっていた。セラフィムは暫時、黙って空を仰ぎ―――
「奇跡なんか無くても、幸せだから」
満足そうに、微笑んだ。
(了)
個人的に、とても思い入れのある作品となりました。キリスト教を基盤にし、壮大な世界観で描いたものですから、伏線も多く少々読みづらい部分が在るかもしれません。批評、感想など在りましたらお願いします。
セラフィムの過去やユースチアンやジュド、ラケルとロトのその後などは後日談として書いていきたいと思います。




