9.魔法バレ?一体これからどうなるの?
身分証明書の問題はあるものの順調にマジシャンパフォーマーとして、金を稼げるようになり、生活は安定した。
そんな毎日を過ごして、気が緩んでいたのかもしれない。
ある日、俺は大掛かりなセットを使った魔術の準備をしていた。
4本用意した3mほどの金属製の柱には上部にリングをつけて、そこに火をつけた松明型の棒を次々とジャグリングをしながら、投げて固定していくという、風魔法と土魔法がないと極めて困難なパフォーマンスを考えたのだ。
実際に柱を設置していくのだが、初めての挑戦なのでアカネの休日に合わせて手伝ってもらうことにした。
順調に柱をセットして、底部を土魔法で固定し絶対に倒れないようにしてから、ジャグリングを開始した。
いつも通りのジャグリングは見事に決まり、早速自分から見て一番遠くの柱のリングに棒を投げ入れた。
勢いがついた棒はガシャンときれいにリングにはまったが、想定以上に力がかかったため、持ち運べるように折り畳み式にした柱の根本のジョイント部分が外れてしまって火がついたまま柱が倒れてきた。
「キャアア」
おり悪く、柱の倒れた方向には手伝いに来て見守っていたアカネがおり、立ちすくんでしまった。
このままでは柱がアカネに激突する!アカネを守ろうにも距離が離れている。
俺は、口の中で呪文の高速詠唱をし、高度風魔法でウィンドバリアをアカネの頭上で発動した。
アカネの頭上に魔法の発動条件である空気が煌めき半透明に発光し、柱は勢いよくバリアに激突し、ガシャーンと音をさせながら反動で上に跳ね上がった。
俺は向上した運動能力で一気に加速してアカネを抱きかかえるとそのままその場を離脱して、ウィンドバリアを解除した。
幸い近くで俺たちのことを見ている人はなく、音をしてからこちらを見た人は、咄嗟に俺がアカネを抱きかかえて避難したと思ったであろう。
アカネを見ると俺を怯えながら真っ青な顔で見上げていた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。体は大丈夫。でも、ここは嫌。早く帰りましょう」
とアカネが言うので、
俺は大慌てで柱を回収して折り畳んでアパートに戻った。
くそ、ジョイントがこんなに脆いなんて。ジョイントにも土魔法をかけておくべきだった。
反省しながらアカネの部屋に行くと、アカネは真剣な顔で俺に尋ねた。
「さっきの何だったの?ただの手品じゃないよね。頭の上がちかちか点滅して柱が激突したのに私が無傷っておかしい」
「今まで聞かなかったけど、あなたは誰?どこから来たの?記憶喪失なんて嘘でしょう?本当の事を教えて」
俺は額に手を当てて嘆息しながら答えた。
「ああ、さっきのは正真正銘の魔術だ。手品じゃない。そして、前にもアカネに言ったが、俺は異世界のエルランド自治共和国から来たんだ。」
アカネはまじまじと俺を見たが、最初に言った時と違って信用している雰囲気だった。
「どうやって来たの?」
「話せば長くなるが、俺は職場の実験室で爆発に巻き込まれ神様に会った。神様が言うには俺が神様の手違いで死んでしまったので、異世界に転生か転移させてくれることになった。俺は転移を選び、身体能力と自分が使える風・火・土魔法を強化してもらった。また、転移した国の翻訳魔法ももらった。ただし、書き方は除外されていたんだ。そして神様に君に出会った駅の近くの森に転移してもらったんだ」
「え~、それってアニメで流行っている異世界ものの話みたい。その神様意地が悪いわね。でも、何で黙ってたの?」
俺は躊躇して、それから説明を始めた。
「最初は魔術師と言ったんだが、みんな信じてもらえず手品師と勘違いされた。なので、そのままにした。魔術師にとって手札を見せすぎるのは良くないからな。それに俺の世界でも異世界転生の物語があるが、強すぎる力をもっているとろくな目に合わない」
「なるほど、それは正しい判断だったかもしれないわ。でも今は、ライナーの他の力を知りたい。他に神様からもらったものとか、異世界から持ち込んだものはないの?」
俺は、考えながらゆっくりと話を続けた。
「俺が異世界から持ち込めたのは服だけだ。神様から他にもらったのは、半年分の衣食代としての100万円と世界共通語の翻訳魔法とこのギャランブーとかに似ているというタブレットだけだ」
俺は、他の人と違うので最近見せなかったタブレットをアカネに見せた。
「世界共通語?それって英語じゃないの?神様なんて言ったの?」
「最初、神様は他の大陸で使われていて世界で一般的に使われているけど、日本では使いこなせる人が少ない言語の翻訳魔法をくれると言ったんだが、俺はトラップだと思って断った」
「それが英語よね。それで世界共通語にしたの?」
「いや、次に神様は隣国の言語で世界で一番話されている言語の翻訳魔法をくれると言ったが、俺が一番人口が多いんだろと見破ったので、それも無しになった」
「それ中国語よ。英語ほどじゃないけど役にたったのに」
アカネは残念そうに言った。
「そうなのか?それで日本にも協会がある世界共通語の翻訳魔法をもらったんだが、誰に話しかけてもわかってくれないんだ。本当に世界共通語なのか?」
「そんな言葉聞いた事ないわ。でもググってみるね」
アカネはポチポチとスマホをいじった。
「もしかして、国際補助語のことかしらね。私は読めないけど、これ読める?」
とアカネはスマホの画面を差し出した。
Ĉu vi povas legi Esperanton?
おお読める!「エスペラント語で読めますか?」って書いてある。
「読める、読めるよ!でもエスペラント語ってなんだ?」
俺は興奮して言った。
「やっぱりエスペラント語なんだ。100年以上前に作られた言語で、日本でも大昔は流行ったそうよ。
でも今じゃ世界で話せるのは100万人くらいらしいわ。何でそんな言葉選んだのよ」
アカネは呆れたように言った。
「神様の裏を読んだつもりだったんだがな。まいったな」
俺は頭を抱えた。
「しょうがないわ。じゃあ最後ね。そのタブレットは何?」
「分からないことがあれば聞けって、これをくれたんだ。でも起動の方法さえ分からないんだよ」
「あまり人に見せない方がいいと思って、最初以外誰にも見せていないんだ」
アカネはタブレットを手に持って、じっくりと眺めた。
「確かにギャランブーに似ているけど、よく見ると全然違うわね」
「でも、人に見せなかったのは正解よ」
アカネは真剣な眼差しで俺に訴えた。
「いい、ライナー。もう大道芸のパフォーマンスを止めて。そして私以外に絶対に大規模な魔術を見せては駄目よ」
「この世界に魔術なんてないわ。それが異世界から来て、戸籍もない人間が魔術が使えるなんて知られたら、悪い人に利用されて悪の道に染まるか、政府に捕まって実験動物扱いされるわよ」
「まして他国の人に拉致されたら、下手したら解剖されちゃうかも。そういう映画よく見たのよ」
やっぱり、この世界魔術はないのか。薄々感じていたが、改めて言われるとショックが大きい。
魔術師ギルドなんてないんだ。そして俺の力が知られたら非常にまずいことになる。
でも、俺には魔法しか能力はない。一体俺はこれからどうやって稼ぐんだ?
それどころか、身分をばれずに生き抜くにはどうすればいいんだ?
「まずは、このタブレットの使い方を教えて欲しい。何か打開策があるかもしれないな」
俺は黒光りするタブレットを見つめて言った。
マジシャンとしてデビューしたのも束の間、アカネに魔術がばれて、それが他人に知られたらヤバイことに気づいた、ライナー。
でも、生活するには稼ぐしかない。どうする。