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Evolution Theory

Coffee lounge

作者: 楠 海

「僕と彼女」改題

 僕の正面に座っている彼女は店内に入ってきたイマドキのワカモノ二人組に不意に目をやった。検分するようにじっと見つめ、ふいと目を手元に戻す。

「……模造品」

「わかんの?」

「わかる」

 呟くのと同じ音量で僕の問に答え、膝の上に置いたものをわしゃわしゃと掻き回す。

 僕は改めて、さっき入ってきた二人組を窺い見た。

 二人とも腰の横に尻尾をぶら下げている。正確に言うと毛皮を模したダミー、らしい。彼女が言うには。

 そして彼女の手元にあるのも毛皮である。

「それは?」

「本物」

 彼女が手櫛で梳いているそれは、確かにダミーと評されたものよりも毛並みが良い、ようにも見える。

「……僕には違いが良くわからないな」

 ふ、と笑った彼女は毛皮から手を離し、アイスティーのストローをつまむ。

「それで普通だよ」

 肉食獣を思わせる目を細めて喉の奥で含み笑いをする。

 最近模造尻尾が流行っているらしく、ズボンやらスカートの横に毛皮をぶら下げて歩いている人をよく見かける。

 彼女も尻尾をぶら下げているけれど、それが他の人とは違うのだ。

 座っている姿を正面から見ているだけではわからないが、彼女が尻尾をぶら下げている位置は背面。

 立ち上がったところを後ろから見れば、ジーパンからはみ出たTシャツの裾から顔を覗かせる艶やかな灰色の尻尾が目に入るはずだ。

 アイスティーを一口含み、彼女はガムシロップを手に取った。ストローの先を噛み潰し  ながら、もやもやとグラスの底にわだかまるガムシロップを眺める。

 僕も、テーブルに十分前から放置してようやく冷めてきた紅茶を舐めた。

 人肌に温いストレートのアールグレイ。歯の裏に付いた渋味がざらざらする。

「相変わらず猫舌だね」

「最近急に猫舌になった気がする」

「いいや、それは前からだね」

 断言してチーズケーキを小さく切り、木苺のソースで飾られた皿に滑らせている。

 小さなチーズケーキをちびちびと大事に食べる様子に、普段はどちらかというと男らしい彼女もやっぱり女の子だということを思う。

 実を言うと、彼女がこんなに可愛らしい喫茶店を選ぶとは思っていなかった。焼肉屋の方がまだ予想がついたかもしれない。

 実際、彼女はとても凛々しい。はっきり言って僕より凛々しい。さぞかし同性にモテるだろう。

 そんな人が草食系男子代表の僕と付き合い始めるなんて。世界というものはなんて不思議なんだろう。

 そもそも、付き合うなんて話は僕が出したんじゃない。向こうから提示したんだ。驚くべきことに。

 何度聞いても理由は教えてくれない。でも、彼女が無防備に尻尾を動かしていたのを見てしまったこととは無関係ではないだろう。

 あの日、尻尾が動いているのを指摘した瞬間、彼女は無表情になった。そしてしばらく僕を見つめ、不意ににっこりと笑った。

「君、私と付き合わない?」

 目が笑ってなかった。

「付き合います」

 僕は即座に了承することにした。恐すぎた。うっかり「口封じ、ですよね」とこぼしてしまってもっと怖い思いをした。

 多分、理由は僕を監視したいからだ。彼女の秘密――尻尾のことをバラさないように。

「最近尻尾が流行ってるよね」

 声をかけると、彼女は無言で目だけを僕に向けた。

「……で?」

「まさか君が流行らせたとか」

「まさか」

 鼻で笑った彼女は、けれどすぐに真面目な顔になって目を細めた。

「でもありえない話じゃないかもね」

 彼女が流行らせた。それはまずない。でも彼女以外の人が流行らせたかもしれない。

「流行ってるの、模造品だけじゃないんだろ?」

「実際感染者は増えてるよ」

 ズゴッ、とストローが音を立てた。それをくわえたまま彼女は顔をしかめる。底にガムシロップが溜まっていたらしい。

「ま、感染症じゃなさそうだけど」

「じゃあ原因は?」

「私にわかるわけないだろ」

「でもある種の需要がありそうな症状だよね」

「耳がセットになってないだけまだマシ」

 彼女は肩をすくめ、チーズケーキの最後の一片を口に放り込んだ。

 黙々と咀嚼する彼女の膝で、灰色のふさふさとした尻尾が嬉しそうにぱたりと動いた。

 僕は小さくため息をついて、座っている椅子の背もたれを見下ろした。

 垂れ下がった尻尾がゆらゆらと揺れている。その尻尾は紛れもなく、僕のワイシャツの裾から覗いているものだ。

 全長五十センチの細くて黒い尻尾。短毛で、先端だけひこひこ動いたりする。三日前に突然出現した、僕の一部。

「……男に猫の尻尾がついても全然可愛くないから困るよ」

 ぼやきたくもなる。

「……確かに」

 一瞬僕の尻尾を見つめて首肯し、彼女は伝票を掴んで立ち上がった。

 それぞれが食べた分だけ支払って店を出た後気づいた。……これって僕が払うべき?

 相変わらず気が利かない僕と彼女、二人並んで歩き出す。

「今だに本物の毛皮と模造品が区別できないんだけど」

「そのうちわかるようになるって」

 僕たち感染者の背中では、きっと犬と猫の尻尾が揺れている。

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