吸血鬼と結婚なんて
「政略結婚とはいえ……吸血鬼と結婚なんて!」
結婚式前日、夫とその仕事相手の会話が彼の部屋から聞こえてきた。廊下に立っていた私は、そっと扉から離れた。夜空と廊下の燭台でこちらを反射する窓には、私の姿が映っている。牙はないが、れっきとした吸血鬼だ。
この国には多様な種族が存在している。全ての種族を束ねるのは人間で絶対王政が敷かれているが、国の要人は和平のために異種族と結婚することが多い。そして私はこの国で、政務官という王政の補佐をしている男と結婚することになった。
吸血鬼の次期長の妹だから。
人型をしている異種族の中で最も強力で理性的とされている吸血鬼は、その数こそ少ないものの、王家から代々公爵位を賜っている。
子供に説明するなら「少なくて強いので王族にえこひいきされているんだよ」だ。
ただこの国は6割が純然たる人間、2割が人間と異種族の混合、1割が私──吸血鬼や竜、妖精、ぱっと名前が思いつかないような人じゃない生き物だ。
畏怖されたり距離を置かれる。人じゃないので。
それでも結婚となるのは、「自分たちの血縁に混ぜたくはないが、和平の為に政略結婚等で繋がりは欲しい」という王族の希望だ。
なのである種、私の夫は……被害者なのだろう。
結婚式は慎ましやかに行われた。理由は私の気質と夫となる男の気質、双方の一族の気質の合致である。性格が暗い。内向的。それに尽きると思っていたが昨晩の盗み聞きで「望まない結婚だから」という理由が追加された。吸血鬼との結婚なんて人間から望まれるわけがなかったのに。聡明で冷静沈着と聞いていたから、お互い割り切って、対等な関係を築けるのでは、大恋愛は繰り広げずとも尊重し合える関係に……なんて思っていたが、そういうのは夢の見過ぎだろう。
「今日は疲れただろう。吸血鬼としての血が疼くのではないか」
結婚式が終わり初夜なわけだが、夫は私を冷たく見下ろす。
「全く」
「それほど疲れたのなら、今日は一人で寝ろ」
フン、と夫は寝室を出て行った。最初からこういうつもりだったのかもしれない。異種族同士の跡継ぎ問題は、多岐にわたる。お互い、子供の種族が確実に変わるのだ。そういう問題を嫌って、相思相愛同士でも自分の子供には家を継がせず、親戚の純血に譲ることもある。私たちの結婚もそれだろう。
結婚式翌日のこと。
初夜を想定していた為、予定を開けていたので謎の空き時間が発生した私は、屋敷を見回っていた。
この屋敷に到着したのは結婚式前日だ。理由は仕事が忙しかったから。
私は他国で犯罪に関わった、事件を起こした自国の異種族の調査、捕獲、国内に連れ戻す仕事をしている。王族から直接命令を受けるので固定の休みはなく、犯人というとアレだが犯罪者は立ち向かってくるか逃げるかで、大人しく投降する奴は0。あんまりいい仕事ではないので結婚を期に辞めた。夫の代わりにこの屋敷を切り盛りしようと考えていたが、昨日の初夜からして歓迎されてない気がする。もう色々無理そうなので昨日の今日だけど復職してしまおうか。
「あの」
辞表の取り消しと再就職どちらが楽か考えていれば侍女が物々しい面持ちで声をかけてきた。いびられるのかもしれない。そういう話流行ってるし。望まない政略結婚で家の侍女に虐げられる展開。
この国では多様な種族がいるからか物語が盛ん。小説や舞台、戯曲といった創作で財を成しており、輸出品の六割がそれだ。私もそこそこ読むので最悪な想定がそれになる。
「吸血族の男性は……ど、どういう場所に、おられるのでしょうか……」
緊張した面持ちで侍女が問う。
吸血族。
最近、「吸血鬼を吸血族と呼ぼう」という運動が発生している。理由は鬼という名前が良くないから。鬼は東にいるとされる怖くて乱暴な存在の呼称なので、吸血鬼に対して吸血鬼と呼ぶのは良くないのではと論争が発生しているのだ。
当事者としてはどっちでもいい。もっと露骨で規制されたほうがいいような差別用語もそこそこあるので、吸血鬼の呼称問題じゃなくもっと議論したほうがいい用語あります、のみ。
「普段いる場所……?」
「吸血族が集う……カフェや酒場は、あるのでしょうか……? あの、ヴァンしばみたいに……」
ヴァンしば。
それは昨今、とんでもない勢いで流行っている恋愛小説の略称である。
正式名称はヴァンパイアに縛られて。
実家で不遇な扱いを受けていた令嬢が俺様ヴァンパイア──吸血鬼に餌として見染められ、強引に血を吸われ翻弄される小説だ。老若問わず女性に絶大な人気を誇るもので、普段、推理小説や心理戦を伴う物語しか触れない私も、一応の起承転結を知っているくらい流行っている。
「私たち、あの、ヴァンしばの読者で……この間、引退って……」
侍女たちがこの世の終わりのような顔をする。
引退。
ヴァンしばの作家が引退宣言をしたのだ。ヴァンパイアものは今度出るヴァンしばで終わり。作家活動をヴァンしば終了と共に終止符をうつと。ヴァンしば読者は新刊告知と共に死刑宣告を受けたも同然で、周囲の読者は急激な精神負荷により各地で問題が発生した。虚飾ではなく、事実だ。実際に問題対応にあたったので。
「あの、まさか旦那様のお相手が吸血族のお方だなんて……聞いたとき、本当に驚いて……、ヴァンしばを私たちから奪った神は……私たちを見捨てていなかったと……」
侍女たちは感極まりながら近づいてきた。
まぎれもないヴァンしば効果である。
ヴァンしばの流行により、人間の吸血鬼への恐怖が和らいできている。吸血族呼び運動もヴァンしばの流行によってだ。
「あの、お時間、よろしいでしょうか、ぜ、ぜひ、お話を……お伺いしたく……」
侍女たちはドンドン近づいてくる。私は「まぁ、全然」と、冷静な吸血鬼の印象を崩さないよう、応じた。
侍女と話をし、この屋敷のことも色々聞いて、ちょっと浮かれ過ぎていたのかもしれない。
「このワイン……血を連想して本能が疼くんじゃないのか」
帰ってきた夫が夕食の席で、グラスを揺らしながら私を見据える。
「何かあれば大変だからな、給士は全員下がらせている、ニンニクも抜いておいた」
夫は冷たく告げた。私がワインの赤を見て襲い掛かると思っているらしい。
無い。
吸血鬼に対する偏見は多い。
実際のところ、別にニンニク料理を食べたところで問題はない。
朝日に当たろうが関係ない。
聖水で浄化されるというが、何も問題がない。吸血鬼に対抗する為の水は、人間に対抗する水でいい。汚い感じの水。雑巾の絞り汁とかかけられたら、普通に堪える。
私はしばらく悩んでから、「問題ございません」と答えた。
「随分長い沈黙だったが?」
あげ足を取るような言い方だった。
「現代の吸血鬼に、吸血衝動は、あまりないのです。子孫繁栄と共に、吸血だけではなく普通の食事で活動が可能となり、私の祖父の祖父の段階では既に、今代の吸血鬼と同等の水準かと」
「おかしい。ならば何故吸血鬼が存在する。血を吸うから吸血鬼ではないのか」
「今では、吸血をすることで一時的に能力を向上させることが出来る種族、という認識でいいかもしれません。吸血による能力向上をせずとも、他の異種族より能力は上回っておりますし」
「同族を、増やせるだろう……」
歯噛みするような表情で夫はこちらを睨んできた。
吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるという話だが、そんなものは途方もなく昔の話だ。
人間を吸血鬼にするというのは、種族を変えることに他ならない。「天才は一握り」「千人に一人の逸材」といった表現があるが、そう称されるような逸材しか出来ない。
「昔、例えるなら大国の騎士団の騎士団程度の人数です。そのうちの一人の血をひいていますけど、私にはそうした能力は無いですし、各々の子孫も同様に、祖の能力はそこまで継げていません」
申し訳ないが、人間の世界にあるような「親の七光り」や「親は偉大だけど子供は……」といった事例は吸血鬼という種族も該当する。というかほぼ全員だ。吸血鬼固有の能力は子孫繁栄と共にどんどん薄まっている。
なので噛んで同族に出来る吸血鬼はほぼいない。人間の遺伝子の組み換えが出来る人間が少ないのと同じことだ。
「それに無理に血を吸って、相手を吸血鬼にすることは──死刑ですよ」
「は……?」
夫は絶句した。
吸血鬼ではないので、知らないのも当然だろうが、現在、相手の合意なしに同族にすることは厳罰化されているのだ。
基本的に吸血鬼は人に紛れ過ごすので人間の法律が適用されるが、吸血鬼の種族間において弁護士や裁判官は存在しないまでも、別の種族と過ごす上で設けられた規則が存在しており、破れば死刑になる。
殺すのは周囲だ。
「規則を破った吸血鬼を見かけたら、殺すことが義務付けられているんです。一緒に隠蔽した場合も同様です。なので、殺します。この国で殺人は罪ですが、一旦捕縛されて司法に引き渡されるじゃないですか、その時に吸血鬼の法が照会されて、無罪になります」
基本は人間の法が適用なので、吸血鬼の規則となると大体死刑になる。
人間の法律の中にないような酷いことが該当するので。
相手の合意なしでの同族化は死刑。
吸血鬼の能力を用いて人を傷つけることも死刑だ。能力を傷つけることに使えば大抵人間は死ぬので、問答無用で死刑だ。
吸血鬼であることを明かし脅し言いなりにさせることは死刑。
吸血鬼は人の姿と区別出来ないため、人間の好感度を気にしているので、人に対し危害をもたらし、吸血鬼の印象を悪くし自分の暮らしを脅かす者を許さない。
同族だから庇うのではなく、規則違反者はよそ者として殺す。
「じゃあ、相手を同族にしてしまうから血を吸えないみたいなことは」
おそらく夫の挙げた例は、好きな相手だから血を吸いたいけど吸血鬼にしてしまうので出来ない……といったものだろう。ヴァンしばに出てきた。
「吸血鬼本人が相手を吸血鬼にしようと思わない限り無理ですし、今、それを可能とするのは本当に一人もいません」
「じゃ、じゃあ、今の吸血鬼が血を吸う瞬間は」
「無いですよ。普通に。食事で事足りますし。それに仕事の時に一時的に能力を強化する場合だって、現状そういう支援の魔法が使える、他国の魔法使いと連携したり、国際的に色々しているので」
世界には魔法という不思議な力を行使できる人々が存在する。魔法があると相手の身体を治癒したり、氷の剣で攻撃したり、物語のようなことが出来る。この国には魔法が無いが、魔法のある国と連携は出来るので、双方の可と不可を補い合っている。
「流行りの小説は、強引に迫ったり、血を吸ったりしてますが、一切出来ませんし、私もしたいと思わないので」
私は食事を済ませると、そのまま夕食の席を後にした。当然というべきか、その夜、夫は
部屋に戻ってこなかった。
「おはようございまああああああああああああああす! きゃああああああああああ!」
翌朝のこと。
侍女の集団が部屋に入ってきて悲鳴を上げた。
「大変です奥様! こんなに眩しい朝日が! 日の出!」
侍女たちは急いで部屋のカーテンを閉じた。
「大丈夫です。朝日も問題ないです」
普通に昼間出歩いていたし、侍女もその姿を見ていたはずだが、侍女たちの中では「朝一番の太陽は駄目」との解釈になったらしい。
「強大なお力をお持ちなのですね……」
侍女たちは感心する。日常で中々聞かない言葉だ。初めて言われた。
「いや、普通に、まぁまぁ……」
私は言葉を濁す。この部屋は夫婦の寝室だが、夫の姿は無い。昨晩、あの一件の後、湯あみをして寝室に戻っても夫の姿は無かった。別室で寝ていたのだろう。
「旦那様は」
「お仕事でございます。結婚式等で色々と予定の調整をしていたようですから、しばらくの間は、奥様にも影響が出てしまうのではと……」
「はぁ」
夫の仕事は政務官だ。本来、休みなんてないような仕事なのに、結婚式は丸一日あけていた。その分のしわ寄せが前後に来ているのだろう。
「奥様が今まで国の為に外交や治安維持に務めていらしたことは、存じ上げております。どうぞ、旦那様のことはお気になさらず、ごゆるりと」
侍女たちが、にたあ……と擬音がつきそうな笑みを浮かべた。「諜報員」「特殊部隊……」「王家直属」と各々呟く。国民性としてみんな物語を愛する。物語に登場しそうな仕事をしていたので、そういう反応になるのだろう。
「本日は旦那様のもう一方のお仕事の方が屋敷にいらっしゃいますので、ドレスもそのように……」
侍女たちの言葉に一瞬違和感を覚えた。
もう一方の仕事?
そんなことは聞いてないが……夫の言動からして、私には情報を遮断、侍女は情報の遮断を知らされていなかったのだろう。情報はただ秘匿すればいいというものではない。誰が知って誰が知らないかを全員に徹底しなければこういう事故が起きる。
とりあえず私は流れに身を任せ、侍女の指示に従った。
「初めまして、私、ヴィルゼクト先生の担当を務めさせて頂いております。編集のカインドと申します」
夫が書斎に立てこもったまま、仕事相手がやってきた。ただただ侍女に誘導されるままでいれば、玄関ホールで夫の仕事相手を迎え入れることになってしまった。
何……?
カインドと名乗る男は、「こちらヴァンしばに登場していたお菓子を……先生、買ってないって言っていたので」と侍女に渡す。
ヴァンしば?
「まさかヴァンしばを書かれていた先生が、吸血族の奥様と結婚されるとは……王家に無理を言ったのではなんて、我々としてはね、はははは」
カインド氏は照れくさそうに笑うが意味が分からなかった。
「仕事や嗜好に理解があるお相手とのご結婚、正直羨ましくもありますよ」
「ですよねえ!」
カインド氏の言葉に侍女たちが食い気味に返答した。
何?
夫はヴァンしば──男の吸血鬼が女の血を強引に吸う場面が毎話ある、女性向け小説のの作者なの?
混乱していると、ふっと肌がひりついた。夫がいる。遠くで、騒ぎを聞きつけやってきたらしい夫が愕然としている。
「でも奥様が、無理強いをされていないか、不安で……もし、先生がこう、変なことして来たら言ってくださいね。我々としては、先生の全面的な味方をするわけではないので。きちんと、お二人が幸せになるのが一番ですので」
「そうです奥様! 旦那様がもし度を過ぎた振る舞いをしましたら、すぐにおっしゃってください。私たちがお守りしますので!」
カインド氏と侍女が私を励ます。対して夫の顔色はドンドン悪くなる。
やがて、結婚式の誓いぶりに、夫と視線が合った。
夫が合流したあと、流れそのものに支障が出ることは無かった。カインド氏はせっかくだからと私同席で仕事の話をして、夫は冷静に対応していた。
その内容は、夫がヴァンしばの作者である証明だった。
寝台での吸血場面でのヒロインの台詞が成人向け過ぎる。
入浴中の吸血場面は成人向け過ぎる。
女主人公が血を吸われた時の場面で、成人向け表現が含まれている。
素人でも分かった。カインド氏が困っている。夫が成人向け表現をし過ぎて。
それも他の場面は叙情的、豊かな自然の表現を臨場感ある筆致で書けるのに、突然吸血場面で渾身の成人向けに急変するのだ。
「何で最後の最後までこうなんですか」
「最終巻なので駄目でしょうか」
「最終巻だけ十八歳未満購入禁止にして読者をふるいにかけるんですか?」
このやりとりから、カインド氏はおそらく編集者として夫がずっと吸血場面で成人向けに進路変更するのを止め続けてきたのが容易に分かった。そして最後に、カインド氏は言ったのだ。
「奥様、今は良くても、しんどくなってくることはあると思うので……俺は男ですけど、女性編集もいるので、相談相手になれば……」
と、いくつか女性編集者の名刺を渡しながら。
そしてカインド氏は帰宅し、私は夫の仕事部屋に呼びだされた。
カインド氏とのやりとりで、流れで入った部屋だが、中は吸血鬼ものの小説しかなかった。
そして壁にはヴァンしばの挿絵が額に飾られている。
吸血場面だ。
作家として挿絵を飾っている、大切にしていると思いたいが、先ほどのカインド氏の話からして、それだけじゃない気がする。
「黙っていて悪かったが……俺は、政務官の傍ら、作家をしている。本来副業は禁止だが、作家は文化活動の一環として出来るから」
夫は俯きがちに告げた。捕縛して自白させた犯人と話し方が一緒だった。
「俺はずっとこうなりたかった」
夫は壁に飾られた絵を指す。
挿絵には吸血鬼に噛まれ、困惑しながらも頬を染めた少女の姿があった。
「女の子になって、吸血鬼に噛まれたいということですか」
「違う」
夫は即答した。
「違う? ど、どういうことですか」
「吸血鬼の女性に、血を吸われたい。出来れば強引に、本能の赴くままむさぼられたい。嫌だって言っているのに、嫌じゃないのを見透かされたうえで、成すすべなく、密着する感じで」
「気持ち悪、法」
思わず考えが躊躇いや精査を通らず口から出た。状況が非合法すぎて受け付けられなかった。
「いずれ両想いになるんだ。気持ち悪いと言いつつも、頼めばしてくれる状態がいい。完全な拒否は嫌なんだ。倫理の線に触れる。仕方ないな、気持ち悪いなと思いつつも、妥協してほしい……俺にも」
申し訳なさそうな表情で、踏み込んだ注文が入った。この注文が謙虚で謙遜な願いなら、ある程度の問題児は慎ましく清廉だと言える。しかも自分の語る状況と、今の私との関係性についても絶妙に混濁しているので、ややこしかった。
「じゃあ、普通に、女吸血鬼の話を書けばいいのでは。それだとなにか、違うんですか」
「市場では、女吸血鬼に強引に血を吸われて翻弄されたい男の話なんて誰も読まない。しかし主人公と相手の性別を逆転させれば、多くの人に読んでもらえる」
「はあ」
「実際、沢山読んでもらえた」
確かに彼の小説は世代問わず女性から絶大な人気を誇っているし、「とりあえず吸血鬼と結婚したい」といった、種族に憧れる人間が増えている話も聞いた。
人間の世界で騎士が活躍する物語が流行れば騎士志願者が増える、騎士団に関する品物も出てきて経済活動に影響するというのは知っていたけど、吸血鬼も該当する。
彼の小説で、吸血鬼の親しみやすさは上がっただろう。
「なるほど」
「俺の書きたいものは、強引に血を吸われて翻弄されて、逃げられない状態で、愛情も感じたい、という状況だ。性別が変わっても、俺の書きたいものはちゃんと残ってる」
「なら何で引退を」
「結婚生活を暴露する小説は書きたくない。実話は書きたくないんだ」
風向きが変わった気がする。
怖い話になった気がする。
実話って何?
まだ起きてないですけど。
何?
「だから名前を変えて今度は、冒険や、戦い、軍記、内政ものを書いてみようと思うんだ。俺は、どうも体格がいいとは言えないから、筋肉隆々の騎士になりきって、色んな人間をなぎ倒す話が書きたい」
すごい欲望に忠実だ。自己投影して書かない作家のが多いと聞いたけど、対極をいっている。この人は自分の願望を描いているのか。
そこまで考えて、ハッとした。
結婚生活の暴露って何?
私は血を吸う気はない。この男はそういう結婚生活を期待しているということ?
──今日は疲れただろう。吸血鬼としての血が疼くのではないか。
──このワイン……血を連想して本能が疼くんじゃないのか。
あれは、普通の人間という前提なら、吸血鬼の衝動を疑う人間の試しの言葉だ。
でも、あれが、吸血鬼に吸われたい性癖の人だとすれば、話は変わってくる。
「次の小説は、初夜に魅力がないと言われた令嬢が、やり返す話とか、いいかなと思って」
吸血鬼は恐ろしい存在と言われているが、人間のほうがよほど恐ろしい。
普段は和風ファンタジー(主人公が変)とホラー(怖くない)を書いています。




