科長さんちの日常~安全係数と保有基準に基づく計画的調達~
コメディ自衛隊のパロディみたいなものです。
買い物の前になると、うちの夫は決まって台所に立つ。
冷蔵庫を開けて、戸棚を見て、引き出しを確かめる。
それからメモ帳を片手に、ぶつぶつと何かを言い始めるのだ。
結婚したばかりの頃は、何をしているのかさっぱり分からなかった。
今ではもう、季節の行事みたいなものになっている。
「味噌……消費見積〇・五三箱/週。使用中在庫〇・三三箱。未使用予備一箱」
始まったな、と思いながら、私はリビングで洗濯物を畳む。
「ふむ。今週中に予備が使用開始。安全係数一・〇として、一・〇三箱あれば足りますね。過剰在庫を抱えないためにも、補給は来週末で可」
味噌ひとつに、そこまで考える必要があるのかは、正直よく分からない。
でも、そのおかげで我が家の台所は妙に安定していた。
急に何かが切れることもない。
同じ物をうっかり三つ買ってしまうことも、ほとんどない。
私が大ざっぱな性格だからこそ、余計にそう思うのかもしれない。
「濃口醤油……消費見積〇・二五本/週。使用中在庫〇・七五本。未使用予備〇本」
そこで夫の声が、ほんの少し低くなった。
「来週末までは持ちますが、予備ゼロは落ち着きませんね。一本補給」
さらさらとメモを取る音がする。
予備がないと落ち着かないのは、もう性分なのだろう。
私はそこに口を挟まない。たぶん挟んでも意味はないし、本人は至って真面目だ。
たいていは、そのまま静かに点検が終わる。
でも、その日は違った。
「昆布だし……使用見積十四本/週。使用中在庫三本。未使用予備一袋……八本入」
ぴたり、と空気が止まった。
ああ、これはまずいな、と私は思った。
「ぐっ……」
案の定、夫は低くうめいた。
「あれほど十四本入を調達するよう伝えたのに、また八本入りが……。先週末は当直で不在、買い物を頼まざるを得なかったとはいえ……。しかも、一見安く見えても、グラム単価で比較すれば十四本入の方が低コストだというのに……」
そこから先は、もう止まらない。
夫は昆布だしの袋を手に、何かに裏切られた人みたいな顔でぶつぶつ言いながら、凄まじい勢いでメモを取り始めた。
棚を見て、引き出しを見て、もう一度袋を見て、さらに何かを書き足す。
昆布だし相手に、そこまでの熱量が必要なのか。
たぶん必要だと思っているから、ああなっているのだろう。
その様子を見ていた娘が、私の袖をそっと引いた。
「ねえ、お母さん」
「なあに」
「お父さん、なんで買い物の時だけああなるの?」
私は洗濯物を畳む手を止めて、少しだけ考えるふりをした。
考えるまでもなく、答えはもう知っている。
「あれはね、買い物じゃないの」
「え?」
「作戦計画」
娘は目を丸くして、台所の方を見た。
夫はまだ昆布だしに対する敗因分析を続けていた。
「台所で?」
「台所で」
「変なの」
「そうねえ」
私は笑って、娘の頭をひと撫でした。
「でも、ああしてると、あとで困らないのよ」
「なくなったりしないもんね」
「そう。味噌も醤油も、気づいたらちゃんと補充されてるでしょう?」
娘は小さくうなずいた。
それから少しだけ夫を見て、ぽつりと言う。
「じゃあ、いいことなんだ」
「いいことではあるの」
「ではあるの?」
「ただし、ちょっとだけ面倒くさい」
娘が吹き出した。
つられて私も笑う。
すると、ちょうどそのタイミングで夫が振り返った。
「次回の買い物ですが、昆布だしは十四本入を優先でお願いします」
「はいはい」
「“はいはい”ではなく、これは重要事項です」
「分かってるわよ」
「本当に分かっていますか」
「分かってるってば」
私がそう返すと、夫はまだ少し納得していない顔のまま、メモ帳に大きく何かを書き足した。
娘が小声で聞く。
「何て書いたの?」
私は目を細めて、少し身を乗り出した。
「……“昆布だし、最優先”」
「そんなに?」
「そんなになのよ」
娘はまた笑った。
夫は真面目な顔のまま、次の点検に移っていく。
たぶん本人は、自分が家族に少し笑われているなんて思っていない。
ただ、いつも通りに必要な物を確認して、必要な分だけ備えようとしているだけだ。
でも、その真剣さのおかげで、うちの台所は今日も平和だった。
味噌が切れることもない。
醤油がなくて慌てることもない。
昆布だしに関しては、たぶん次からしばらく最優先扱いになる。
それでまあ、家族が困らずに済むのなら、少しくらい大げさでも構わないのだと思う。
買い物前の台所で、夫は今日も真剣である。
そして私はたぶん、これからもその様子を、少し呆れながら見ているのだろう。
コメディ自衛隊の舞台を活用して、日常系のお話を書いてみました。
作者の個性で、日常系作品は難易度が高いので、修行したいと思います。
ご拝読ありがとうございました。




