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科長さんちの日常

科長さんちの日常~安全係数と保有基準に基づく計画的調達~

作者: リフェリア
掲載日:2026/04/11

コメディ自衛隊のパロディみたいなものです。

 買い物の前になると、うちの夫は決まって台所に立つ。


 冷蔵庫を開けて、戸棚を見て、引き出しを確かめる。

 それからメモ帳を片手に、ぶつぶつと何かを言い始めるのだ。


 結婚したばかりの頃は、何をしているのかさっぱり分からなかった。

 今ではもう、季節の行事みたいなものになっている。


「味噌……消費見積〇・五三箱/週。使用中在庫〇・三三箱。未使用予備一箱」


 始まったな、と思いながら、私はリビングで洗濯物を畳む。


「ふむ。今週中に予備が使用開始。安全係数一・〇として、一・〇三箱あれば足りますね。過剰在庫を抱えないためにも、補給は来週末で可」


 味噌ひとつに、そこまで考える必要があるのかは、正直よく分からない。

 でも、そのおかげで我が家の台所は妙に安定していた。


 急に何かが切れることもない。

 同じ物をうっかり三つ買ってしまうことも、ほとんどない。

 私が大ざっぱな性格だからこそ、余計にそう思うのかもしれない。


「濃口醤油……消費見積〇・二五本/週。使用中在庫〇・七五本。未使用予備〇本」


 そこで夫の声が、ほんの少し低くなった。


「来週末までは持ちますが、予備ゼロは落ち着きませんね。一本補給」


 さらさらとメモを取る音がする。


 予備がないと落ち着かないのは、もう性分なのだろう。

 私はそこに口を挟まない。たぶん挟んでも意味はないし、本人は至って真面目だ。


 たいていは、そのまま静かに点検が終わる。


 でも、その日は違った。


「昆布だし……使用見積十四本/週。使用中在庫三本。未使用予備一袋……八本入」


 ぴたり、と空気が止まった。


 ああ、これはまずいな、と私は思った。


「ぐっ……」


 案の定、夫は低くうめいた。


「あれほど十四本入を調達するよう伝えたのに、また八本入りが……。先週末は当直で不在、買い物を頼まざるを得なかったとはいえ……。しかも、一見安く見えても、グラム単価で比較すれば十四本入の方が低コストだというのに……」


 そこから先は、もう止まらない。


 夫は昆布だしの袋を手に、何かに裏切られた人みたいな顔でぶつぶつ言いながら、凄まじい勢いでメモを取り始めた。

 棚を見て、引き出しを見て、もう一度袋を見て、さらに何かを書き足す。


 昆布だし相手に、そこまでの熱量が必要なのか。

 たぶん必要だと思っているから、ああなっているのだろう。


 その様子を見ていた娘が、私の袖をそっと引いた。


「ねえ、お母さん」


「なあに」


「お父さん、なんで買い物の時だけああなるの?」


 私は洗濯物を畳む手を止めて、少しだけ考えるふりをした。

 考えるまでもなく、答えはもう知っている。


「あれはね、買い物じゃないの」


「え?」


「作戦計画」


 娘は目を丸くして、台所の方を見た。

 夫はまだ昆布だしに対する敗因分析を続けていた。


「台所で?」


「台所で」


「変なの」


「そうねえ」


 私は笑って、娘の頭をひと撫でした。


「でも、ああしてると、あとで困らないのよ」


「なくなったりしないもんね」


「そう。味噌も醤油も、気づいたらちゃんと補充されてるでしょう?」


 娘は小さくうなずいた。

 それから少しだけ夫を見て、ぽつりと言う。


「じゃあ、いいことなんだ」


「いいことではあるの」


「ではあるの?」


「ただし、ちょっとだけ面倒くさい」


 娘が吹き出した。

 つられて私も笑う。


 すると、ちょうどそのタイミングで夫が振り返った。


「次回の買い物ですが、昆布だしは十四本入を優先でお願いします」


「はいはい」


「“はいはい”ではなく、これは重要事項です」


「分かってるわよ」


「本当に分かっていますか」


「分かってるってば」


 私がそう返すと、夫はまだ少し納得していない顔のまま、メモ帳に大きく何かを書き足した。


 娘が小声で聞く。


「何て書いたの?」


 私は目を細めて、少し身を乗り出した。


「……“昆布だし、最優先”」


「そんなに?」


「そんなになのよ」


 娘はまた笑った。

 夫は真面目な顔のまま、次の点検に移っていく。


 たぶん本人は、自分が家族に少し笑われているなんて思っていない。

 ただ、いつも通りに必要な物を確認して、必要な分だけ備えようとしているだけだ。


 でも、その真剣さのおかげで、うちの台所は今日も平和だった。


 味噌が切れることもない。

 醤油がなくて慌てることもない。

 昆布だしに関しては、たぶん次からしばらく最優先扱いになる。


 それでまあ、家族が困らずに済むのなら、少しくらい大げさでも構わないのだと思う。


 買い物前の台所で、夫は今日も真剣である。

 そして私はたぶん、これからもその様子を、少し呆れながら見ているのだろう。

コメディ自衛隊の舞台を活用して、日常系のお話を書いてみました。


作者の個性で、日常系作品は難易度が高いので、修行したいと思います。


ご拝読ありがとうございました。

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