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第22話:王都に広まる「黄金の精霊」の噂

 エリザベートとシルフィという、王国最強の二人が敗走した。

 その事実は、黄金の領土――『アレン領』にとって、勝利の余韻に浸る間もなく、巨大な激震となって外部へ波及していった。


 温泉場を粉砕した黄金の輝き。それは、辺境の深い霧さえも一時的に吹き飛ばし、遠く離れた中立都市や、果ては王都ルミナスの占星術師たちの観測にまで届いていたのだ。


 数日後、王都の酒場や広場では、まことしやかな噂が飛び交っていた。


「聞いたか? 辺境の『黄昏の森』に、伝説の黄金聖獣が現れたらしいぞ」

「いや、俺が聞いたのは違う。聖獣を従える『黄金の美しき王』が、あの第一王妃様の軍勢を一人で退けたって話だ」

「その御方は、一振りで山を砕く雷の騎士や、国を滅ぼす大蛇を侍らせているらしい……。一体何者なんだ?」


 噂は尾を引くごとに肥大化し、アレンの「もふもふマスコット」という真実は、「神秘に満ちた超越者」という虚像に塗り替えられていった。

 この噂は、三種類の人間を動かすことになった。

 一人は、一攫千金を狙う冒険者。一人は、その力を利用せんとする隣国の野心家。

 そして最後の一人は――。


「……ふん。黄金の王、ですか。笑わせるわね」


 王城の一室。藍色のローブを揺らし、かつてのルナが座っていた宮廷魔導士の席を代行する若手魔導士たちが、震えながらその報告を聞いていた。

 報告の主は、エリザベート。彼女は温泉場での敗北を微塵も感じさせない優雅な仕草で、自身の爪を磨いている。


「アレン坊やが、自分から『王』を名乗ったのね。……嬉しいわ、ようやく反抗期が終わって、独り立ちする準備ができたのかしら。……ならば、その『国』ごと、私が飲み込んであげましょう」


 彼女の瞳には、かつてないほどの濃密な「愛の毒」が宿っていた。


 ――その頃、黄金のログハウス。


 アレンは、ルナに抱えられながら、山積みになった「書状」を見て白目を剥いていた。


『……ルナ、これ、全部僕宛てなの?』


「そうよ、アレン。中立都市の商会からの祝辞、隣国の小領主からの同盟打診、そして……『黄金の王に謁見したい』という命知らずな冒険者たちの嘆願書。……貴方が温泉であんなに派手に『限界突破』しちゃったからよ」


 ルナが溜息をつき、アレンの黄金の毛を乱暴に、しかし愛おしそうにかき回す。


「おかげで、私の結界は二十四時間フル稼働。……怪しい奴らが森の境界をウロウロし始めてるわ。……アレン、貴方の姿が『マスコット』だってバレたら、別の意味で誘拐犯が押し寄せるわよ。……『史上最高に可愛い王様』をコレクションしたい変態どもがね!」


『うぅ、それは勘弁してほしいよ……』


「……安心してください、主殿。……境界を越えようとする不届き者は、アタイの雷で一匹残らず黒焦げにしてやったぜ」


 フェリスが誇らしげに胸を張り、アレンの膝元に座り込んだ。彼女は前回の戦いでアレンと「魂を繋いだ」ことで、身体能力がさらに向上し、全身から微かな黄金の放電が漏れ出している。


「主殿、あんたは『王』なんだ。……だったら、アタイはその第一騎士として、もっとあんたにベタベタ……じゃなくて、密着して守らなきゃならねぇ規律だろ?」


 フェリスはそう言いながら、アレンの背中に自分の鼻先を押し付け、スンスンと深く匂いを吸い込んだ。


「……あ、あの、フェリス? 近いよ、それに、くすぐったい……」


「……だめだぜ。……主殿の匂いを嗅いでねぇと、アタイの雷が安定しねぇんだ。……ほら、もっとこっちに来いよ、主殿」


 フェリスはアレンを抱き上げると、自分の頬にアレンを強く押し当てた。

 彼女の尻尾がドコドコと床を叩き、その表情は「忠義」という名の「愛欲」に完全に溶けきっている。


「……あら。……野良犬さんは、相変わらず躾がなっていないわね」


 ミーシャが、温泉での傷を癒やしたばかりの真珠色の肌をくねらせ、部屋の隅から現れた。彼女の尾は以前よりも太く、力強く、そして黄金の紋章が刻まれたアレンを、いつでも絡めとれるように準備されている。


「……アレン様。……王都では、貴方様を『黄金の聖獣』と呼ぶ者もいるそうです。……ならば、その伝説に相応しい『巣』を作りましょう。……誰も入れない、私と貴方様だけの、深い、深い迷宮を……」


「……それ、ただの監禁部屋じゃない! 却下よ却下!!」

 ルナが絶叫し、ミーシャとフェリスの間に割って入る。


「アレンに必要なのは、王としての『威厳』と、そしてそれを支える私の『管理』よ! ……いい、今日からアレンのスケジュールは私が分単位で決めるわ。……午前中は私の膝の上で魔導の勉強、午後は私の腕の中で昼寝、夜は私のベッドで――」


『ルナ! それ、全部ルナの願望になってるじゃないか!』


 アレンのツッコミは、女たちの熱狂にかき消された。

 

 だが、内政の混乱をよそに、領地には着実に「新住民」が増えていた。

 アレンの強さを目撃し、彼の魔力による豊穣に惹かれた弱小モンスター娘たちが、続々と国境へ集まっているのだ。


「アレン様! 新しく『雷鳥サンダーバード』の娘たちと、『鉄蠍アイアンスコーピオン』の娘たちが、臣従を求めてきました!」

 クゥが報告に来る。


『……わかった。……でも、一つだけ条件を出して。……僕を食べる目的や、もふもふする目的じゃなく、共にこの地を守る意志がある者だけを受け入れる、と』


「……主殿、それは無理だぜ。……あんたのこの『黄金の魔力』を見た奴が、あんたを『もふもふ』したくならねぇはずがねぇ……」

 フェリスがアレンの腹部に顔を埋めながら、もっともな正論を吐く。


 アレンは、天を仰いだ。

 

 王都での噂、迫りくる刺客、増え続けるモンスター娘たち。

 そして、それらをまとめ上げ、守っていかなければならない「王」としての重圧。

 

 その時、アレンの首の鎖が、一瞬だけ鋭く冷たく、脈打った。


(……この感覚。……エリザベート義姉様が、動き出したんだ)


 鎖を通じて伝わってくるのは、敗北の怒りではなく、獲物を追い詰める猟師の愉悦。

 エリザベートは、アレンを「力ずくで連れ戻す」のではなく、「アレンの居場所(国)ごと、彼を孤独に叩き落とす」作戦に切り替えたのだ。


「……ルナ。……みんな。……遊びは終わりだ」


 アレンがマスコットの姿で、凛とした声を放った。

 

『王都から、軍が来る。……それも、ただの軍じゃない。……僕を『反逆者』として、君たちを『害獣』として、一掃するための大軍が』


 ログハウスの空気が、一瞬で凍りついた。

 

「……上等だぜ。……アタイたちが作ったこの場所、誰にも渡さねぇ。……王都の奴らも、あのヒロインどもも、全部アタイの黄金の雷で塵にしてやる!」


 フェリスがアレンの前に跪き、忠誠の雷を散らす。

 

「……ええ。……アレンが王なら、私はその盾になる。……宮廷魔導士なんて、もう捨てたわ。……私は、辺境の魔導妃として戦うわよ」


 ルナが杖を高く掲げ、領地全域に渡る巨大な防衛結界を展開し始めた。


 黄金の領土、アレン領。

 

 もふもふの王を頂点に、愛に狂い、忠義に燃える乙女たちが結集する。

 王国全土を巻き込む、史上最も「重すぎる愛」の戦争。

 その幕が、ついに上がろうとしていた。


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