ルイ16世に対するラブレター (感想)
最近自分のオタク性を理解しました。ルイ16世のオタクです。
誰にも求められていないのに、さんざんtwitterで彼について一人で騒ぎまくり、一人で勝手に疲れ、そろそろ熱も落ち着いてきたような気がするので、彼についてここで語って終わりにしたいと思います:)
ルイ16世は政治や王政と切っても切れない人ですが、あくまで歴史という物語を生きた人間として、「物語の人間」としての解釈をしたいと思います。
(現実の人間として考えると胃が痛くなるので)
全部、妄想です。
歴史的な厳密さはないです。
彼は王政という仕組みに囚われながら、
-啓蒙思想の影響を受け
-拷問の廃止
-宗教的寛容政策を実施し
-私生活では愛人を持たず
-子どもの教育にも関心を示しました。
王という立場で愛人も囲わず、子どもの教育を気にする。現代日本の父親でもここまでできる人がどれだけいるんだろう。
ただ、その気質が圧倒的に指導者に向いていない人だった、という印象があります。
だれかを傷つけることが苦手で優柔不断。意見を押し通すことができない。
ものすごく月並みな見解を述べますが、情緒的安定基盤の弱い幼少期を過ごしたことに理由があるのではないでしょうか*。
ルイ16世は第二男児で、王位につく予定がなく、受けた教育も第一継承者としてのものではありませんでした。その教育を受けて人格が固まりつつある時期に、兄である王太子が死に、未来の王になることが決定しました。
一連の流れは、自らの存在の正当性を疑問視させ、自己肯定感も自己効力感も損なわせた。自分の正当性を疑っている人間は、自分の判断を信じることはできません。まちがった人間の下す判断は、間違っているからです。その結果として判断を下すことが苦手な人格を作り上げたのではないか。
折しも、フランスでは啓蒙主義が広がっていきます。それは血統や伝統によって支えられてきた王権の根拠を揺るがすものでした。
だから、彼はその考えを理解し、自らの正当性を疑問視しながらも、受け継いだものを守るために、受け入れることができなかったのではないか、と思うのです。もし自らの正当性を強く信じ切れていたなら、あるいはより強硬な手段を選べたのかもしれない。
こうして、生まれ持った気質と、指導者になるのに充分でない環境、容易でない時代、そういった様々な要素が空回りし、自己肯定感も自己効力感もじわじわと削られていき、なにをやってもうまくいかず、最期に向かうにつれてどこか抑うつ的な疲弊が見えるような気がします(仮説)。
狩猟中毒のようになっていたのも、その抑圧から逃れるためだったのかもしれません**。
ヴァレンヌ逃亡事件も、もちろん自分が捕まった結果殺されると思っていなかったのだとは思いますが、役割に縛れられているような、なにか自分の正当性を確認したいような、裁いてほしいかのような手際の悪さを感じます。
本気で自分の命が危ないと、なんとしてでも生き延びようとしているのならば、ピクニックなんてしないで、ルイ18世みたいにちゃちゃっとやったはずです。
悪い人ではないんですよね。むしろいい人である。
一緒に働くのは、特に上司にはなってほしくないですが、道端で挨拶したらあら朴訥な雰囲気のご近所さん、となるのではないかと思うのです。多分研究者とか職人とかの方が向いていた。それか王弟。
でも、人を傷つけることが苦手、というと聞こえがいいですが、それは「傷ついた人間を自分が見たくない」「人を傷つけても大丈夫なほど自我の耐久性がない」というのと表裏一体です。
国民を誰も傷つけたくない。家族を本気で守りたい。
それらは時代的に、中途半端な決断ではできないものだった。決断すると誰かを傷つける。そしてルイ16世はその決断をしきれなかった。その決断の遅れが、誰も守れない方向へと流れていったのかもしれません。彼の死後、国民は粛清に次ぐ粛清になるし、家族もほとんど生き残れませんでした。
おそらく彼は聖人と呼べるほど善人ではなく、ただ王政を自らの内側に組み込んだ結果、自縄自縛の檻に囚われた普通の人、なのではないでしょうか。
『国民を許す』旨の発言をして死ぬましたが、少なくとも涅槃に至った大仏のように全てを悟って、全てを手放した人ではありません。
印象に残っているエピソードがあります。ヴァレンヌ逃亡事件に失敗し、テンプル塔に監禁されていた時のこと。
ルイ16世が塔の大工仕事をしていて、そこで職人さんと会話するんですよね。
『
石工は王がこのように働いているのを見て心を打たれ、陛下に言いました。
「この塔から出たら、自分で自分の牢屋の手入れをしたって言えますね!」
「へえ!」
王は答えました。
「いつ、どうやってここから出るんだい?」
皇太子殿下は涙を流しました。王はのみとハンマーを落とし、自室に戻ると、大股で歩き回りました。
』
( 原文 : Le maçon, attendri de voir ainsi le roi travailler, dit à sa majesté: « Quand vous sortirez de cette tour, vous pourrez dire que vous avez travaillé vous-même à votre prison. — Ah! répondit le roi, quand et comment en sortirai-je?»
M. le Dauphin versa des larmes: le roi laissa tomber le ciseau et le marteau, et, rentrant dans sa chambre, il s'y promena à grands pas. ) ***
ここだけじゃないですが、監禁中のクレリーの手記を読むと、ルイ16世がこういうふうに皮肉を言ったり、意固地になったりする瞬間が見えるんですよね。
立憲君主制に移行した英国史の本を読んでいたり。
感情が死に切っているわけじゃないんです。
ただ、疲弊に疲弊を重ねて、気力が抜け落ちたような、学習性無力感に囚われてしまったような。
だから、不満があっても、行動することができない。
思考停止をした結果、自らの人生を結果的に、放棄してしまう。
ルイ16世は国民を許して死にました。その寛容さは尊いことですが、それは命を手放す理由にしてはいけないものです。
それでも、彼を悪人の枠に当てはめることは難しいでしょう。
だから、時流の必然であったにせよ、公正世界信念が脅かされている、つまり、世界が(善人なんてこの世にいるのか?)悪くない人間を報いなかったことに、歯痒い思いになるのです。
生きていても、がんばっても必ずしも報われるわけではない、なんて、そんなの誰でも知っていて、歴史を見ていればそんな例いくらでもありますが(同じ理由で私はアンネフランクの日記が読めません)、
なまじ権力を持っていた分、もしかしたらなんとかなったかもしれないのに……!と腹立たしささえ感じます。
ルイ16世の人生を、興味が出た時に時折覗いて、なんとなく感じたことがあります。
一緒に監禁されて処刑された妹エリザベートも、ルイ16世にそっくりなんですよね。よく躾けられている。というか教育が効きすぎて自我が役割に回収されているように見える。
平和な時代ならそれでも生きていけたかもしれないけれど、時代の荒波がやってきた時、その受容する生き方では乗り越えていけないのではないかな、と。
どんどんストレスフルな状況が向こうのほうからやってきた時。
どんなに苦しくても。どんなに判断する主体としての自分を手放してしまいたくても。
絶対に、状況の方に自分の方を合わせることをしてはいけないのではないか。
たとえ失敗したとしても、自分の人生を手放してはいけないのではないか。
最後まで自分自身として抗い切ったのなら、そっちの方が納得のいく人生である可能性はないのか。
でも、後世に生きる私が言うのはああだこうだ言うのは簡単なんですよね。ぜんぜん違う価値観で生きているし、どうしたら良かったのか、がもう少し俯瞰して見えているし、実行するのは私ではないから。
たぶん自分が彼の立場に生まれても、きっと処刑されたと思います。もっとひどい状況に陥ったかもしれない。
そして、その立場を生きるのは、あまりにしんどいことでしょう。
でも、適応障害から鬱のルートを辿る人って現代でもたくさんいて。
支配的な親。噛み合わない友人関係。厄介な上司。
どこにでもある理不尽でしんどい構造。
そういうにっちもさっちもいかない状況にいる人たちに、彼の人生は「あるある」って共感させ、「もしかしたらこうしたらいいのかも?」という示唆を与えてくれるような気がします。
余談なんですけど、ルイ16世ってどこかオタクな男の子的で、クラスの中心にいるマリーアントワネットってどこか眩しくみえていたのではないかと思ったりして。
*愛情欠乏についての可能性 : https://youtu.be/uknL-hY3CkY?si=BooJEwlKTe6xdsEe
**https://www.psychologytoday.com/us/blog/checkpoints/201905/did-louis-xvi-lose-his-head-over-hunting-addiction
(ドキュメンタリーとブログなので学術性は薄いですが)
***Cléry, J.-B. H. (1798). Journal de ce qui s'est passé à la Tour du Temple pendant la captivité de Louis XVI, roi de France.Londres: Chez Baylis.
そういえば最近どうして明治維新の方は割合流血が少なくて済んだのか気になって本読んでいるんですけど、慶喜も海舟もかっこいいね。
漢字しか知らなかったから、ずっと心の中でけいきって読んでたけど、よしのぶなんだってさ。




