第4話「白夜」
戸をくぐった客は、
外の賑わいを背にしたまま立ち止まり、
帳場の鈴を見た。
少しだけ、驚いたような顔をした。
まるで、
鈴の音を待つように。
だが、何も言わず
ぽつりと口を開いた。
「何か、出してくれ」
「お泊まりは?」
「腹が減ってる」
客はそう言うと、
返事を待たずに卓に着いた。
祭りの音が、
戸の向こうで弾んでいる。
跡継ぎは、
一瞬だけ迷ってから、
帳面の保管庫へ向かった。
帳面は、どこにも落ちていなかった。
鈴も鳴らない。
棚は静まり返っている。
立ち尽くしていると、
白い鈴が、
どこか遠くで鳴った気がした。
——迎えろ。
そう言われた気がした。
跡継ぎは、
帳面を探すのをやめた。
鍋に水を張り、
余っていた野菜を刻む。
祭りの夜に出すような料理ではない。
それでも、
火を入れると、
湯気が立った。
客は黙って食べた。
外では太鼓が鳴っている。
その音に紛れて、
椀を置く音が小さく響いた。
「……ああ」
客は、短く息を吐いた。
その瞬間、
煤けた外套の奥が、
月明かりを宿したように、
ほのかに明るくなった。
「良き宿屋だ」
と、
どこか遠くから聞こえた気がした。
眩しさに目を閉じ、
次に目を開けたとき、
卓には誰もいなかった。
祭りの音が、
途切れなく戻ってくる。
「……今のは、いったい……?」
そう思った矢先、
扉が勢いよく開いた。
「やってるかい!」
「今夜は飲めるか?」
町の衆が、
笑い声と一緒に流れ込んでくる。
跡継ぎは、
ひとり帳場に立ったまま、
ふと思った。
この宿は、何かおかしい。
……オヤジの遺したものを、
開いてみるか。
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次回更新は14日を予定しています。
第5話「先代の記録」へ続きます。




