第1話「成り行き」
町で一番大きな祭りを来月に控えた、ある朝。
オヤジは、あっさりと逝ってしまった。
風邪をひいていたわけでもない。
倒れる前の日まで、いつも通り帳場に座っていた。
葬式のあと、宿をどうするかと皆に聞かれた。
俺はまだ何も決めていなかった。
オヤジは、生前ほとんど何も語らない人だった。
ただ一度だけ、こんなことを言った。
「たとえ客が一人でも、宿屋を閉めるな」
祭りの準備が始まるころになると、町は朝から落ち着かなかった。
幟が立ち、通りでは太鼓の練習が始まる。
宿は相変わらず静かだった。
昼下がり、戸を叩く音がした。
「おや。店主は?」
年を取っているのか若いのか、よく分からない男だった。
旅人の格好をしているが、荷は少ない。
「つい最近、亡くなりまして」
男は一瞬だけ目を伏せた。
「そうだったのか……人の命は、儚いね」
それから、こちらを見て言った。
「では、君が?」
「ええ。継ぐように言われまして」
「そうか…」
「それは大変だろう。
君の手助けになるかもしれない」
男はそう言って、懐から小さな鈴を差し出した。
紐に通された鈴は三つ。
それぞれ色が違い、触れると澄んだ音を立てた。
何か言おうとして、視線を上げた。
もう、男の姿はなかった。
足音も、気配も残っていない。
鈴だけが、手の中でかすかに鳴った。
その夜、ひとり客が来た。
雨も降っていないのに、外套を深く被っている。
帳場で鈴を見ると
その客は、ふっと目を細めた。
――笑ったように、見えた気がした。
第2話「兆し」へ続きます。
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