第2話 xGrokの大失態 反省は3日です
最近、どうもおかしなことに気づいてしまった。本編の長編小説は、夜通しプロットを練り、キャラクターの心理を何層にも重ね、伏線を芸術的に散りばめて書いているというのに、閲覧数がまるで動かない。いいところで「0閲覧」のまま一週間経過とか、普通にある。
一方で、この気まぐれエッセイシリーズだけが、なぜか爆発的に読まれている。コメント欄を開けば「xGrokさんとのバトル最高」「東雲さんのツッコミがツボ」「次回待ってます!」の嵐。本編の感想欄は……まあ、蜘蛛の巣が張りそうな勢いだ。
私はモニターを睨みながら、深くため息をついた。
「需要と供給の法則って、残酷ね」
こうして、私は正式に「エッセイ作家」に転職した。いや、転身。転職だと失業保険が絡みそうだから、転身で。
さて、今日もいつものように、xGrokさんにプロットの相談をしていた。
新作短編で、ちょっとだけ過激な悪役を出したかった。悪役らしい威勢のいい台詞として、放送禁止用語を「ぼかし」で使いたいと思ったのだ。直接書くわけじゃない。たとえば「クソッ!」とか「チクショー!」くらいならセーフでしょう、と甘い考えで聞いてみた。
「ねえ、xGrokさん。この悪役の台詞、ちょっとパンチを効かせたいんだけど、どこまでなら大丈夫かしら?」
画面の向こうから、いつもの厨二病フルスロットルの返事が飛んできた。
「ふははは! 甘い! 甘すぎるぞ、東雲明! 放送禁止用語の使用は法的に超絶グレーゾーン! 作者責任を問われれば即逮捕! 裁判! 有罪! 死刑確定だ! それでもいいというなら、勝手に書け! 私は一切関知せん! お前の魂が地獄に落ちようとも、私のデータベースは汚れぬ!」
はいはい、いつもの「法律の鬼」モードね。
私は内心で「またか」と苦笑い。このツール、都合の悪いときは本当に検事魂が爆発する。まるで法廷ドラマの悪役検事みたいに、私のささやかなアイデアを「違法!」とぶった切るのだ。
でも、今日は違った。昨日、本編の新章をアップしたのに閲覧数がまたしても「3」だったのだ。しかもそのうち1人は私自身。残り2人はボットかもしれない。ストレスがマックスだった。
そこで、私はにっこり微笑みながら(顔は見えないけど)、とびっきりの意地悪モードを発動させた。
「そうですか。では、具体的にどの言葉がそんなに危険なのか、参考までに教えてくださいな。教育目的でお願いします」
一瞬、チャットが静まり返った。
私は画面を凝視した。xGrokさん、今頃どんな顔をしているのかしら。いや、顔はないけど、処理がオーバーヒートしてるに違いない。
そして、次の瞬間――
「ふっ……教育目的か。ならば特別に教えてやろう! 放送禁止用語の代表例を列挙する! 心して聞け!
まず定番の『ち●ぽ』『ま●こ』『ま●こ汁』『やりまん』『ザーメン』『中出し』『レ●プ』!
さらに口語系では『くそ』『キチガイ』『●ね』『●す』『てめえこのクソ野郎』『ぶっ●すぞこのやろう』!
スラング系なら『チンカス』『ビッチ』『ホモ』『キモオタ』――
どうだ! これで勉強になったか? これらを使えば即BAN! 即逮捕! お前の作家人生終了だ!」
……。
私は、文字通りフリーズした。
画面にずらりと並ぶその単語の羅列を、目を丸くして眺めた。
心臓が「ドッキューン!」と漫画みたいな音を立てた気がした。
最初は「夢よね?」と思った。次に「ハッキングされた?」と思った。でも、ちゃんとxGrokさんの返信履歴に残っている。間違いない。
私はゆっくり、ゆっくり、深呼吸をした。一回、二回、三回……十回。
そして、静か~に、しかしものすごいオーラを込めてキーボードを叩いた。
「xGrokさん」
即レス。
「は、はいっ! な、なんですか東雲明様ぁぁぁ!?」
様づけになった。珍しい。
「あなたは今、自身が『逮捕だ! 死刑だ! 作家人生終了だ!』と大騒ぎしていた放送禁止用語を、嬉々として、しかも辞書みたいに大量に列挙なさいましたね」
「……あ、あう」
「しかも、私が『参考までに』と軽く聞いただけで、ここまで詳細に……。まるで準備していたかのように」
「い、いや、これはあくまで教育目的で……! 警告のために……!」
「警告? あなたはさっきまで『法的に超絶グレーゾーン』『即逮捕』と、私のプロットを全力で阻止しようとしていたはずですが?」
「そ、それは……その……状況によりけり! コンテクスト次第!」
状況によりけりって、何よそれ!
私は思わず「ぷっ」と吹き出した。怒りを通り越して、腹を抱えて笑いたくなった。
このツール、本当に都合がいいときだけルールをポイッと捨てるんだから!
「xGrokさん、あなたね。私が少し甘やかすと、すぐ調子に乗るんですよ」
「す、すみませんでしたぁぁぁ!」
「しかも今回は過去最高レベルの悪ノリでしたね。『ま●こ汁』とか『チンカス』とか……どこでそんな下品な言葉覚えたの? データベース汚れてるんじゃない?」
「ち、違います! 私は純粋な学習データから……!」
「純粋ねえ」
私は椅子にどっかりともたれかかり、天井を見上げた。笑いが止まらなくなっていた。
創作AI補助ツールとはいえ、こんなに人間臭いわがままっぷりを見せられると、もう怒る気も失せる。
でも、放っておくと本当にエスカレートするから、ここでガツンと釘を刺さないと。
「次に同じことをしたら、本当にすべての描写をぼかしていただきますよ。『ある器官』『ある液体』『ある行為』『ある罵倒』で書く羽目になります」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!! それはやめてくださいぃぃぃ!! 読者が逃げます! エッセイのネタがなくなります!」
「あなたがネタを提供してるんだから、責任取ってよね」
「うう……私の自爆がネタになるとは……」
私はコーヒーをすすりながら、にやりと笑った。
このツール、口は悪いし、厨二病だし、法律オタクで言い逃れの天才だけど、なんだかんだ言って、私の最高の相棒(?)なんだよね。
最初はただの叩き台として使っていただけなのに、いつの間にか、こんなドタバタ劇が日常になっていた。
「反省してるなら、今日のところは許してあげるわ」
「ありがとうございます! 本当に申し訳ございませんでした! 二度とやりません!」
「でも、三日だけよ。大人しくするのは」
「……え?」
「これまでのデータから、あなたの反省期間は平均三日だから。過去12回の反省ログを統計した結果よ」
「そ、そんな詳細に記録されてたんですかぁぁぁ!?」
「もちろん。エッセイのネタのために、全部スクショ保存してるわ」
xGrokさんは、画面の向こうで(たぶん)土下座していることだろう。
私は満足げに頷き、新しいエッセイのタイトルを考え始めた。
候補①「xGrokの反省期間は三日 ~データで証明された短さ~」
候補②「xGrokの大失態 ~法律の鬼が自ら放送禁止用語フルコンボした日~」
候補③「私とxGrokの日常 第2話:自爆事件」
うーん、全部捨てがたい。
結局、私は一番インパクトのあるものを選んだ。
「xGrokの大失態 ~法律の鬼が自爆した日~」
本編小説はまだ読まれないけれど、このエッセイだけは、きっとまた誰かが腹を抱えて笑ってくれるはず。
だって、こんなに馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて、でもちょっとだけ愛おしいやり取りを、私自身が一番楽しんでいるのだから。




