第9話 無理なものは無理
今回の主人公、冷静に振る舞おうとしているけど、実際にはかなり余裕が無い状態です。
そのズレも含めて読んでもらえると嬉しいです。
(全身発光モードONっ!――よし、今度は成功っ!)
何度か失敗しておかしなことになり掛けたけど、意外と慣れるもんだなぁ……
今の俺、ズボンは履いたままだけど、緑色にぼんやり光りながら、両手を前に出して歩いている。
僅かな隙間から覗く星空と、重く湿った空気。この場所には、妙にしっくり来る姿だ。
キノコの天国とも呼べそうなこの丸い広場で体全体を緑色に光らせる訓練をした後、あの洞穴に戻って足音を立てないようにゆっくり歩く。洞穴だけにホラ~な……ゴホン。
最初に狙うのはお頭だ。俺に繋がっていた鎖を手に巻いているので、俺から一番近い場所に居るからね。
イビキをかいているお頭にゆっくりと近寄ると、抱えている剣の柄に手を伸ばす。
さすがにここまで近寄れば、酒を飲んだわけでもないお頭の目が覚めてもおかしくない。
気配を感じて目を開けたお頭の視界には、近すぎる距離に緑に滲む何かが映った。人の顔だったはずの輪郭が、どうしてもそう見えなかった。
「ウグォッ」
お頭が短く悲鳴を上げたが咄嗟にクチを左手で塞ぎ、体を起こそうとするのを阻止する為に膝を胸に置いて体重を掛ける。
しかしお頭が目を見開いてガハッと息を吐き、痛みを訴えた。折れたとは思わないけど、肋骨にヒビぐらいは入ったかも。
暴れられちゃ都合が悪い――ここで失敗したら、俺が終わる。
右手でお頭の左腕を押さえ、左手はクチを押さえたままだ。無意識のうちに格闘家みたいなことが出来るなんて、俺の秘められた才能が開花したのか?
お頭の右手が何とか動き、バンバンと地面を叩いた音で手下の2人が騒ぎに気付いて目を覚ました。
一瞬そっちに気が取られたうちにお頭の頭が俺の手から逃れる。
「ロン! ヤス!」
お頭が俺の名前じゃなく、部下の名前を呼ぶお頭の声が洞穴に響いた。
それが助けを求める声……かどうかは分からない。
だが二人は、緑に滲む俺の姿を視界に入れた瞬間――
「ばっ……化け物が出た!」
「やべぇ、アイツ……何かに取り憑かれてる!」
言葉が揃わない。
視線だけが、俺を避けるように泳いでいる。
「胞子だ! 吸ったら終わりだぞ!」
「外っ! 早く外へ出る!」
二人はそう叫ぶとそのまま外へ飛び出して行った。
……なるほど。
この暗さで、これなら――そう見えるかもしれない。
ぼんやりと緑に光り、輪郭は曖昧、正体は……人の形をしているが、人とは限らない何か。
こんなダンディ&プリティなツキヨタケボディを見て化け物扱いとは失敬な話だ。
とはいえ、ホラー気分でノリノリだったのは否定しない。
予定とは違うが、結果オーライ。
二人が居なくなったのだから――いや、後で俺を追い掛けて来るかも知れないから、逆に面倒になったのか?
手下が居なくなって敗けを悟ったのか、
「たっ、助けてくれ!」
とお頭が俺に命乞いをする。
「悪いがソイツは出来ない相談だ。
俺には今のうちに人殺しに慣れておく必要がある……んで」
その時の恐怖に満ちた顔のままで冷たくなっていくお頭の様子が頭に浮かぶ……だが、それでもこの世界で生き残る為には必要な……そう、これは儀式なんだ。
「それに、お前は今までに命乞いをした人達を見逃したことはあるか? 無いだろ」
一度言ってみたかったセリフがやっと言えた……これがリアルでなければ良かったのに……。
——いや、違う。
これは遊びじゃない。今ふざけたら、俺は一線を越えられなくなる。
「金貨3枚、有り難く戴くぞ」
そう決意し、お頭が手に取るのを諦めていた剣を奪うと逆手に構えて胸に切っ先を押し当てる。僅かに手が震えた。
「じゃあな、サンラータン……」
――ふざけないと、確実に手が止まる。
そして手を止めたら逆に俺が殺される。
左手で十字を切り、ゆっくりと剣を押し込もうとするが、水平方向に寝かさないと肋骨に当たって入らないのか……決心がぐらつきそうだ。
「やり直し。えーと、ヤキサバラーメン」
ググっ! 入ったのは先っぽだけ! 剣の切っ先を押し当てられたお頭が痛みに悲鳴を上げる。
「うぅ……お前……初めてだろ……」
「当たり前だろ、俺の世界は童貞ばっかりなんだよ!」
人殺しなんて体験してるのは紛争地域に行ったドンパチ経験者か戦争体験者だけだろ、うちの地元民には一人も居ねえよ。そう言う年代は歳でポックリ逝ってら。
「……ならどうやって産まれてきた?」
「そんなの……コウノトリがキャベツに包んで運んでくるんだろ」
「……あぁ、俺も死ぬ前にもう一度……くっ、さっさと心臓を突け。山賊の情けだろうが」
「思わせぶりに言うなよ、続きもウェブもねぇんだぞ」
駄目だ、やっぱり俺には無理だ。刺そうと思ったがとても無理だ。諦めて剣を放り投げる。
どうやら死を覚悟して無抵抗になった人間を殺せる程、俺はまだ覚悟が足りていないんだ。
それに下手に話をしたせいで決心がボロボロと崩れてしまった。一言も喋らせずにさっさと始末しておけば良かったのに。
「くそっ、お前……俺を馬鹿にしているのか!」
「はぁ? だから童貞に人殺しは無理だっつうの!」
平気で剣をぶっ刺すような図太い根性持ってたら、どこかの国の外人部隊に入隊してら。
「人を殺すのに童貞など関係無いだろ!
女を抱いたら殺せるようになるのか!」
「……んな訳ねぇ……彼女と一回……酒だけな。飲んで酔っぱらって……何も分からんうちに終わったらしいけど」
「その女はお前を酔わせて有耶無耶で終らせたんだろう。
それから連絡は無いだろ?」
「何で分かんだよ?」
「悪いことは言わん、最初は店で経験しておけ。その方が女のためにも良い」
「先輩ぶるなよ、髭面ブサメンのくせしてよ……ちくしょー、殺すのはヤメだ」
「そんな甘いことを言ってて、お前はこれから生き残れると思うのか?」
……そんなこと言うのって、ずるいだろ。
俺だって自分の甘さがいつかこの身に跳ね返って来ないか、不安なんだから。
剣を捨ててもまだ震えが完全には止まらない。
「お前みたいな甘えた若造が一人で生きていける程、優しい世界だと思うなよ」
「うるせぇよ、だけど……忠告ありがとさん。それでも何とか生き残ってやる」
「お前、顔と口先だけは一人前だな。
……お前みたいな変態じゃなかったがな……あいつもお前に似て甘かった……」
お頭が過去のことで何か思い出したのか、うっすらと目に水滴が溜まっている。俺はそっとお頭に背を向ける。そして短い間だが、何も音の無い時間が過ぎる。
最初は脅されたけど、それから後は特に酷いことをされてないので、コイツらが根っからの悪党だと思っていなかったのがそもそもの間違いだ。
過去に人を襲ったのなら、また襲う可能性があると考えるべきだ。更生施設なんて無いだろうから再犯率は100%と思っておかないと。
そう理解はするが、意志疎通の出来る相手を殺すのは俺には無理だ。殺るならもっと相手に憎しみを持たないと無理なものは無理なんだよ。
「あぁ、そうだ、町への行き方を教えてくれ。
それと町に入る時の金をくれ……ついでにまともな服を一式。それでここのことは少しの間だけ内緒にしといてやるから。
どうせ居場所がバレないように移動するんだろ」
「服なら好きなの持っていけ。何ならブラジャとパンティでも構わん」
「そんな変態みたいな趣味はねぇよ!」
「全身光ってるお前が言っても説得力はねぇよ」
それは確かにそうかも。
親方が照明として使う灯輝石を出して荷物を照らす。
その石もお頭より俺が持つ方が強く光ったので、やはり魔力の強さか量かが俺の方が上なんだろう。
ちなみに灯輝石が発するのは緑色ではなく昼光色だった。こっちの方が照明として使うなら絶対良いに決まってる。
緑色に光る必要が無くなったので全身発光モードを切る。色は微妙だけど、意識するだけでON/OFF切り替え出来るのが便利だね。
略奪品の中から体のサイズに合う男性用の服を探すと、名探偵の少年みたいな青のスーツに白のシャツ、灰色の膝丈のズボンになった。
下着も紐で調整するタイプのダボダボなトランクスみたいなやつを履く。女性用下着はゴムを使ってるのに男性用は手抜きだな。
靴下と革製の靴も履く。ふぅ、これでやっと現代人になれた気分だ。
それからお頭を見捨てて逃げていった2人が洞穴に戻るのを待つ間に町への行き方など、色々なことを教えてもらう。
暫くして手下の2人が怖々と洞穴に戻って来ると、俺が普通にお頭と話していたことを不思議そうに見ていた。そりゃそうだろう、売り飛ばすつもりだった男が全身光る化け物になったと思えば、今度はまともな服を着てお頭と普通に会話をしているのだから。
「お頭、申し訳あ――」
謝ろうとした2人の頭をバコッと、お頭が殴った。
「間違ったことはしてねぇ、いつも言ってんだろが」
お頭がそう言うと、胸を押さえつつ毛皮の上に座る。
胸を押さえる理由を聞いた2人がお頭の胸に怪我をさせたことに腹を立てるが、そこもお頭が仲裁してくれた。
俺が熱で切断した鉄の鎖を見て、俺を監禁・拘束しておく術が無いことに気が付いた2人は、お頭が俺を洞穴から追い出すと言ったことに賛成した。
どうやら化け物みたいな俺とは居たくないらしい。
ちょっと光るぐらい、ネオンみたいに色を変えながら光る深海魚に比べれば可愛いもんだと思うけど。




