第8話 魔法は薬指で?
俺の体が怪しげな緑色に光る、性能の悪い照明器具になった。キノコから人間に変化した時に得ていた能力なのだろうか?
しかし、この世界のキノコは地球のキノコとは似て異なる性能を持っているのだと思われる。地球でのツキヨタケは光ると言ってもハッキリと光る訳ではなかったはず。しかし、こちらの緑光茸は結構ハッキリと光って見える。1本の棒に緑光茸を隙間なく生やせば、何かの活劇で使用された光剣のように見えそうだと思えるぐらいにね。
そんなことより山賊どものことだ。明日になれば商人がここに荷物を取りに来る。その時に俺が売られるのだから、それまでに逃げるか3人を倒すかを選ばなければならない。
逃げるのはともかく、倒すと言うのは殺すとほぼ同じ意味だ。今までネズミさえ殺したことの無い俺に3人、それに後から来る商人も殺せるか?
山賊達は俺を殺そうとしたのだから、逆に俺が殺すことには問題ない。ここはきっとそう言う世界だ。
命の重さなんて哲学的な話に興味は無いし、殺るか殺らないかの二択を迫られた時は、殺れるはずだと自分に言い聞かせるしかないだろう。
しかし今の俺にとって問題なのは、そんな哲学や精神論的なものではなく手段である。体育の授業で格闘技の訓練を何回か体験したが、下手すぎてなかなか進めなかった運動音痴だ。
しかもこの体はキノコから進化? それとも植物人間化? しているのだから、何がどうなるのか分からない。
植物人間で合ってるのか? なんか意味が違くね?
病気なんかで寝たきりになるのは植物状態と言う筈だから、それなら植物人間化……と言うかキノコ人間化で合ってる気がする。
とにかく荒事とは無縁な人生を送ってきたのに、徒手空拳で山賊退治か……無理だとしても、やらないと奴隷にされてしまう。
こう言うのを絶対に負けられない戦いって言うのだよ。
覚悟は決めたが、そうなると武器が欲しい。3人とも武器は身に着けたまま眠っているのは俺に奪わせない警戒からだろう。それなら落ちてる石でも拾って投げるか?
俺は豪腕投手じゃないから当たっても痛い程度だろうな。そもそも床に石どころかゴミも落ちていないし。お前ら山賊辞めて清掃業者に転職しろよと本気で思う。
それなら鎖を何とかして外せないか?
錆びているみたいだし、実は引っ張ったら簡単に切れないかな?
でも試そうとしても、それだけで音がする。3人が眠っている間に無力化するのが理想だから、これは選択肢から除外しよう。
そうなると他に何がある?
そうだ、根拠は無いけど、ロンやヤスよりも多い魔力があるんだったら魔法が使えるかも。だってここは異世界だから、魔法が使える人が居る筈だ。
キノコだったせいで今まで魔法を一度も試してなかったけど、水迸石で水を出したり火炎石で加熱調理するだけで驚かれたってことは、そう言う才能が人よりあるって証に違いない。
そうそう、神様に先に言っておくけど魔法関係の能力が欲しいって言うより、あって当然の権利だから。むしろ無かったらこの世界をキノコで埋め尽くしてやるぐらいの気持ちで暴れても良い。
実際にやると、とても疲れそうだし半分行かないうちに飽きそうだからやらないと思うけど。
てな訳で、
(水よ、我が手からチョロチョロで良いから出てこいやーっ! こいやーっ いやーっ やーっ!)
と呪文を念じてみる。
おっと、ずっと変則狐ウィッチュのままだった。
これじゃ見た目も酷すぎる。せめて狐踊りみたいな手の動きをやりたいところだ。
別に狐推しじゃないから、取り敢えず人差し指と小指を立てて歌手みたいな気分になってみる。
人差し指1本だと光線やら霊気やら打ち出すカッコいい登場人物になるから遠慮したけど、既にアウト?
ポーズは何だって良い。魔法を使うには水が出てくるってイメージが大事なんだろう、多分ね。
お腹の辺りから手に向けて神秘の力の源である魔力を導くことで、魔法の発動準備が整うのはきっとこの世界でも共通の筈。
今日までキノコやってた俺に、一回でそんな芸当が出来るなんて思っていない。もし出来たらワライダケを食べてひきつった笑いを浮かべてやるよ。
そんな馬鹿なことを考えていたら、次第に手に熱量が溜まってきた。
「これはもしかして?」
そう小声で呟いてから、暫くその状態をキープしているとジワジワと掌が湿ってくるのを感じ始めた。
「問題は……なんで薬指からだよ? ってことだ」
掌を開いてみると、何故か水が出ているのは薬指からだ。心臓と関連している指だから?
これならまだ人差し指と中指の2本を立てて、額に当てた方が遥かにマシだぞ。やらないけどさ。
その殺砲は関係なくて、薬指は動かしにくいんだから咄嗟の時に困るだろ?
試しに拳を握り、薬指の1本だけ立てて……は? ……俺の薬指は自由自在に動く特殊能力らしい。元がキノコだと手までおかしくなるのか?
試しに親指から順に水が出るか試し、予想していたが結果薬指だけ――微妙なハズレ能力だ。
水が出るなら次は炎。両方使えればサバイバル生活でもアドバンテージになる。
(炎よ、我が薬指から熱くならないように出ろ)
立てた薬指の先から何かが出ていったと思うと、指先から数センチ離れた場所に小さな炎が出現した。指先と炎の間に微かにキラキラしてる物が流れている。
キラキラを止めるよう意識をすると火も消えた。魔力か? 何か違う気がする。
キノコに関係する能力かも。今は仮でも良いからキラキラ光るのは胞子力と名付けてやろう。本当に胞子で魔法が使えるなら、夢の次世代エネルギー爆誕か。
胞子力で火が出せるってことは、鎖を炙り続ければ鉄の溶解温度に達して切断が可能かも知れない。わ
異世界生活でも、なろう運転……じゃなくてだろう運転はNGだ。慎重に慎重を重ねて生きていかなきゃね。山賊に捕まるようなヘボ転生者のくせして、今更どのクチが言ってるかは気にするな。
鎖に炎が当たるように薬指を立て、(ファイアーっ!)と心の中で叫んでみる。先程のマッチの火より勢い良く燃えるイメージだ。
だけど、最初からそう上手くはいかないものだ。魔法初心者の俺が出す焚き火みたいな弱火じゃ、表面が赤くなるだけでも数分を要す。
胞子力はほんの少し減った感じ。炙るだけなら長い時間でもやっていられそう。
知らないうちに加熱専用『アブルダケ』なんてキノコでも食べていたのかな?
炙るのに飽きたら火力を増してみる。
火が勢い良く吹き出すイメージを持ち、火が燃える仕組みを考えていると、それらしき記憶がゆっくり戻ってくる。
ただ、頭では理解が出来た気がするけど、何故か体の奥が拒否している気がする。
そんな高度な物、魔法で再現が出来るかやってみないと分からないけどダメで元々。やっても損するものは多分無い?
そう割り切る。まずは指から出す胞子力の勢いを強めてみよう。
ツマミを捻る感じで徐々に胞子力の流量を増やしていく。こう言う細かなイメージは、失敗を繰り返すうちに上手くなってきた……こう言う地味な検証は苦手ではないみたい。
でもそれだけだと火は大きくなるけど、勢いは変わらなかった。それなら出口のサイズも少し狭く縮めて行けば速度アップに繋がりそうだ。クチから吐く息もそうだから。
薬指にそんな便利な機械的な装置が組み込まれた様子をイメージしつつ、炎を弄ってみる。
ボォッ!
「アチッ!」
調節に失敗したのか指先を少し火傷したので、急いで水の魔法で冷やす。
処置が早かったからか、赤みはすぐ引いた。触ると少しだけジンジンと痛むが、これぐらいなら多分大丈夫だろう。
「――ッヘクシュッ!」
ヤスが突然くしゃみをして目を覚ます。
地面は柔らかく分厚い毛皮だし、土を掘って作った洞穴だから反響は少ないけど、周りには音のするものが無いから音は結構大きく感じる。
ムニャムニャと何か言ったようだが、特に何事も無い……壁の置物に徹して様子を見るが、誰も起きない。
でも、ここはやはり敵地のど真ん中だって思うとぞっとする。
暫くしてから再開する。どこまでやったっけ?
そうそう、やけどして冷やしところだ。
思い出す、さっきの炎はまるで……そう、ガスバーナーみたいだった。
これをやるときは、もう少し指先から離して点火しないと火傷してダメなのかも。先に水で成功してたから、魔法に危険があることなんて忘れて慎重さを欠いたのかも。しかも、これは『炎』だからなぁ……。
指先のヒリヒリする感覚が弱まってから、恐る恐るガスバーナーの再現を試してみる。そこから更に3回は指先を燃やしそうになって瞬時に火を止める。燃やすより先に火を止めるのだけは上手くなった気がする。
何度目かの挑戦で意識がふらつき出した。火を出しているのに、何故か体が内側から冷えていくような気がしてならない。
それでも結果的には上手くいき、ガス切断に使うような強い炎が立てた薬指から噴出を始めて、感動と共に恐怖を覚えて額に汗を流す。
そのまま間違えて指を畳んだら大火傷しそうで怖い。それぐらい炎に勢いがあって、鎖もなんとか焼き切れた。だけど、これ以上続けたら何か取り返しがつかなくなる気がした。
加熱された鉄の独特な匂いが洞穴に広がっていくが、3人が起きる気配は無いな。
足の拘束はこれで外れたが、次は3人をどうやるかだ。
洞穴から逃げる、という選択肢が一瞬頭をかすめ、改めて入口の方を見てみる。
残念なことに、ロンとヤスは狭い入り口を塞ぐ棒のように2人が並んで寝ている。俺が何とかして逃げる選択肢を選ぶことなどお見通し、とでも言っているようで腹が立つ。
忍び足で二人の上を通過する、そんな危ない橋を渡りたくはない。もし2人の目が覚めたら、走って逃げる俺の背中をためらいなく斬るだろう。
別の方法を考えよう。
さっきのガスバーナー擬きの炎で人を炙ったとしても、即死に至らせる程の火力は無いと思う。炙っているうちに起きて暴れるに違いない。
それだと逆に俺の命が危ないから、確実に大ダメージを与えられるぐらいの魔法があると良い。
となると、緑光茸で光の剣か? いや、あれって光るだけで攻撃力は無いだろ。
それなら毒? 緑光茸は猛毒って言ってたから、何とか確保して手元に隠しておこうか。でも履いているズボンにはポケットが無いから隠せないな。
脚錠と呼ぶのか、Ωみたいな形の金属部品で脚を両方から嵌められているが、これを熱で何とかして武器に加工出来ないかな? 恐らく鋼で出来ているから、さっき鎖を切ったみたいに熱してやったら形を変えられるかも。よし、やってみよう。
音を立てないように、ソロリソロリと忍び脚で炊事場のあった奥へと移動する。
急な斜面や岩や大木が複雑に絡んでいて、ここは本当に不思議な場所だ。神様が暇潰しに丸い地形を作ってみた、と言われたら信用しそう。
そうか、入口からの脱走は無理そうでも、別の逃げ道なら話は違う。
もしこの岩か斜面を這い上がることが出来たら、脚錠の部品を無理までして加熱して形を変えるなんてことをしなくて良いし、別に奴らを殺さなくても済む訳だ。
ただ、トイレに行った時にも思ったけど、あの3人が俺はここから逃げないと確信していたように見える。
俺を信用してたんじゃなくて、ここは天然の脱出困難なトラップだと信じてのことだろう。
確かに改めて良くみると、岩も斜面も這い上がるのがちょっと大変そうだ。それでも成功した後の事を考えればやる気も出てくる。
もしここから脱出が出来たら、人里を探して歩こう。その人里がどこにあるかが問題だけど、俺の体はキノコを食えば生きていられそうだから、少しぐらい遭難しても大丈夫な気がする。
そう言ってしまうと、自分が少々人間を辞めてる生物みたいな感じがしてくるが、俺はきっと環境適応型なんだと思う。
その場しのぎと言うか、場当たり的対応とも言うかも知れないが、深く考えるよりまず体を動かそう。
こっちに来る前はもっとアレコレ考える人間だった気がするが、今は非常事態だし。
ん? 非常事態だからこそ良く考えて行動すべきではないのか? どっちでも良いか。
とにかく今はこの場からなるべく離れよう。そして町を見つけて保護をして貰うようにお願いする、これしかない。
試しに岩を登ってみようと試みたが、一面にびっしりと苔が生えていて、何度試してもツルツルと滑るだけだった。
岩を登るのは諦めて斜面を狙ってみるか。
落ち葉が堆積している深さが分からないから本当は避けるべきなんだけど。少し試しに手を差し入れ、カサカサ、ニョロニョロ――何かが手の上を通った感触があって即座に引っ込める。アレは絶対に見てはダメなやつ。斜面も諦める。こう言うことか。
ズズ……
さっき俺が手を出したせい?
斜面に積もっていた落ち葉がズルっと一塊になって滑り落ちてきた。恐る恐る見てみると、落ち葉の上を脚の多い生き物が慌てたように斜面に向かって走り去って行く。噛まれなくて良かった……
更に別の方法を考えてみる。
目の前のは落ち葉だね。この斜面にある落ち葉を燃やしたらどうなる? 凄い煙りが立つんじゃない?
試してみたけど、かなり湿気てるから簡単には燃えなかった。
それなら……ここでふと気が付く。
そう言や、俺ってなんで真っ暗なのに目が見えるの? 暗視能力なんて希望していない……と思う。だったら、この体に元からある能力なのかな?
緑色に光るようになったのがキノコを食ったお陰だとしたら、いつの間にか目が良くなるキノコを食べていたのかも。
キノコの成分が目に良いとかあるのか知らないけど、きっとキノコのお陰だろうと思うことにする。
良いこと考えたっ!
全身が不気味に光る人間に真っ暗な中で襲われたら人はどうなる?
ちょっとしたホラーかも知れないけど、よし、脱走はやめてこれで試してみよう。




