第5話 夕食前のひととき
悪党の割には普通にこの世界のことを教えてくれた山賊の3人だが、たぶん人を殺してるんだろうし、まともな生き方じゃないのは確かなんだろうな。
いつか誰かに裁かれるとしても、それは俺の知らない世界でやって欲しい。
それより、どうやってここから逃げるかが問題だ。
一対一でも自信が無いのに、逃げながら3人相手に戦うなんて自殺行為だし。
取り敢えず怒らせないよう気を付け、上手く言いくるめながらこの世界のことを教えてもらっているうちに時間は過ぎていく。
そろそろ俺の腹時計で1時間が過ぎようとした頃か。
「コイツ、まだ死にそうにないな」
と、お頭が俺の腹をツンツンと斧の柄でつつく。ばっちいもんでも触るみたいにするなって。
「まじであの緑光茸が食えるのかも。まさか、生だと毒にならなくて食えるのか?」
「そんな話は聞いたことがないっすよ。毒キノコでも塩を入れて煮込んだり、塩漬けにすると食える物もあるって話っすけど、そこまでして食うものでもないっしょ」
「そうそう、命懸けのギャンブルなんてお頭に任せとけば充分だし。
それに魚も肉も野菜も生食はなんだってヤバいって言われてるし。果物と野菜の一部が生で食えるだけって話だと聞いたっけ、アタッ!」
つまり、この世界では刺身は食わないのか。それともこの周辺だけなのか?
「キノコも木に生えるんだから野菜の一種だろ。それなら生で食っても大丈夫大丈夫」
「そんな訳はねぇと思うが」
確かに、言った俺もその理には無理があると思う。何気にヤスがお頭ディスって無言で殴られてら。無視無視。
「キノコはたくさん生えてるから食料自給に最適だぞ。塩でも掛けて食ってみなよ」
「お前、随分キノコ推しだな。ナントの回し者か?」
「ナント? 残念だけど、こっちに知り合いなんて居ないし」
ナントって誰なんだろ。キノコ博士かキノコ販売の専門業者が居るのかな? それなら是非会ってみたい。
「もしお前の食い方でアレが安全に食えるとして、味はどうなんだ?」
「お頭、マジっすか? あんなの食うのヤバいって!」
「食って良いキノコは栽培されてるやつだけだって。
ここらで食えるキノコはシイタケ、マイタケ、シメジ、エノキ、エリンギ、ヒラタケ、ナメタケ、マッシュルームぐらいだぞ」
折角お頭は乗り気になってきてるのに、手下が制している。邪魔な奴らだな。
手下其のに弐のヤスが言ったキノコはどれも食えるやつだな。それだけの種類が栽培されてるなら、俺も安心して生きていけそう。
でもさっき食ったキノコには嫌な苦味や刺激がなかったけど、こっちの人の味覚と俺の味覚が違うのかな?
それか、俺がキノコだったから特種なだけなのかも。
「食うのが怖いなら小さく切ってパンに挟んで食ってみろ。見えなきゃ食っても大丈夫だ」
「見えなきゃって問題か?」
「きっと見た目で損してるだけだ。俺の地元じゃ――釣り上げたら膨らむ魚も食う。アレも見た目は酷いだろ」
「フグかっ! お前の地元のやつら全員、毒が効かねえ体質だろ!」
「あっ、言い方が悪いな。
そいつは血が猛毒だから、調理の仕方さえちゃんとしたら食える。安全に食えるようになるまでに何人も死んでるらしいぞ」
うーん、フグって何だろ? 死ぬ前に居た世界では食ってたんだろうし、こっちの世界にも居るみたいだし深く考えまい。ピンポイントで思い出したい記憶はスッと出てこないのに、どうでも良い記憶がこうやって出てくるのはちょいと鬱陶しいな。
「捌き方で食えたり食えなかったりか」
「まさかフグも生でか?」
「そうだぞ、高級品だから滅多に食えないけどな」
「アレが高級品とかあり得ん。海に行けばイヤになる程泳いどる」
「そんなの地域によって違って当たり前だ。それにフグにも何種類かあるし、食用は一種類か二種類ぐらいだろ」
「そうなのか。食えるフグか……」
お頭がハッと気が付いたように鉈を手に取り俺に向け一言。
「余計なこと考えてねぇで、じっとしてろ」
……あ、フグの話はアウト寄りだったか。
良く分からないが、話していると食いたくなってきたな。お頭達がフグを知ってるなら海が近いってことだ。
それなら食えるフグを探しに旅に出るのも悪くない。今はお金が無いから暫くは自給自足になるかも知れないけどね。
あっ、刺身にするなら……ショーユとワサビ! 鍋にするならミソ! 無かったら困るぞ。
「こっちにショーユとかミソとかある?
ショーユは黒い液体調味料で、ミソは大豆を発酵させて作ると思う」
「一度だけ食べたことがある輸入品の大豆ソースのことかも知れんな。独特の匂いで好き嫌いが分かれるやつだ」
「南の方の蒸し暑い国のやつらが作ってるやつっすね。変な物を食う頭のおかしな連中って噂っすよ」
「じゃあ、お前もそっちから来たのか?」
「そうかも知れんね。
けど頭を打ったのか、どこに住んでたのかとか記憶が無い。こうやって話していたら食い物の記憶は出てくる」
さっきのキノコもショーユ掛けて焼いたらもっと旨いかも。くぅ~、食いたくなってきたな。
恐怖はまだあるけど、食べ物の話をしてるとこの山賊達も普通の人間に見えてしまう……これは恐怖に慣れたと喜ぶべきか、それとも緊張状態が途切れて油断しているのか――
「そろそろ晩飯の支度をするか」
とお頭が腹をさする。
「コイツが2個も食って平気ってことは、本当に食えるのかも」
「子供の時から少しずつフグを食って毒に慣れてく訓練したとかじゃねえっすかね?」
「おい、ヤス、それってどこの暗殺者一族だよ? ちょっと憧れるぞ」
「昔の王族がそれで殺されたから銀の食器を使うらしいぞ」
「ヤスって意外とインテリアっす」
そんなので毒の耐性が本当に付くなら儲けものだろ。少しずつでも体内に蓄積されて、キャパオーバーで一気に爆発するかも知れないから、そんな訓練したくないよね。
でも毒にも種類があった気がする。生き物由来のやつと、石とか金属っぽいやつ。どこで聞いた話かは覚えてないし、正しいかどうかも分からないけど。
あとロンよ、それを言うならアは不要だからな
3人の山賊が掘った洞窟の更に奥に進むと出口があって、出た先はわりと地均しされた内庭みたいな場所だった。
四方は崖、岩、急な斜面とそこから伸びる木の枝でブロックされていて、小さな盆地と言うか、大きなフライパンか鍋の底に立っているような気分になる。
でもここは湿気が多くて俺には快適な空間だ。椅子やテーブル、石で組んだ竈、鍋、食器類が置いてある。どうやらここで調理して食べているらしい。
隅っこには解体した鹿らしき物も吊り下げられているので、専業の山賊ではなく真面目に猟師もやっているようだ。
この人達が山賊……少しだけ何かがモヤモヤする。
ロンが鍋の上で水色の拳程のサイズの水晶にキラキラ成分が混ざったような石を手を当てると、少量だが水が出てきた。
「それが水迸石か。俺もそれやりたい!」
こんな面白いの初めてみたし、これは是非とも体験せねば!
「よし、お前に任せた。死ぬ気で捻り出せ!」
「え? なんで?」
まさかこの石を使うと、少しずつ命を吸い取られるような仕様なの?
それじゃ1歩進むごとに体力が微量に減っていくような呪いのアイテムみたいだろ。でも初めて見た物だし楽しそうだからやってみるけど。
水迸石に手を当てると、何か吸われるようにムズムズ。するとチョロチョロと石から本当に水が出てくる。なにこれ! めっちゃ楽しいよ!
水源から水を管で引いてくる必要も無いし、井戸からギッコンバッタンと汲み上げる必要も無い。水を得る為に争う必要も無くなる最高のアイテムだよ。
「お前、凄いな」
「そうなの? 何が?」
ロンに褒められたけど、凄いのはこの石であって俺ではない。
「その石は大きさによって出せる水量が変わるが、デカけりゃデカい程、起動時に大量の魔力が吸い取られる代物っすよ。
俺じゃ起動させるのに精一杯で、ヤスは水を出す係って感じで、普段は分かれて使っているっす」
「じゃあ、俺はたまたま相性が良かっただけかもな。
さっき食べたキノコと関係あるのかは知らんけど」
「キノコ食って魔力が増えたなんて聞いたことがねぇし」
そうなのか?
キノコを食べたらデカくなったり無敵になったり、それに炎で攻撃も出来ると思うぞ。こっちの人には無理なのかな?
「ま、水が出せたんだから問題無い。水の他に火も出せる石があるの?」
「それがねぇと、ここでは暮らしていけねえしな。火を炊いたら煙で居場所がバレんだろうが」
「それならバレたら困るようなことするなよ。
フグの養殖とか、当たったら儲かるぞ。餌に何が良いのかは知らんけど」
「毒のある食いもんから少しは離れろや」
「当たったら死ぬの間違いっしょ」
ねぎま鍋じゃないだし。違う、鉄砲鍋だっけ。旨ければ何でも良いや。
「旨いもんに毒は当たり前だろ。酒もそう、甘いもんもそう。塩だって油だってそうだ。なんだって摂りすぎは体に悪いんだし」
「食いもんに妙に詳しいな。地元で料理人でもやってたか?」
「多分、経験は無いと思う。こう言うのって一般教養レベルじゃね?」
でもどうやって覚えたんだろね? 何かの本で?
娯楽以外に本は読んだ記憶が無さそうなんだけど、大した問題じゃない。
「俺ら平民には学に触れる機会もねぇよ。
お前、やっぱり良いとこのボンボンだな」
「そんなことないぞ。家族は居ないし、木から産またし。仲間はそこそこの数が居たけど、アイツらとは最後まで一口も喋ったことはないし」
「そんなのは仲間とは言わねぇだろ」
「……ボッチだな」
「だな。売られても生きてりゃ良いことあるかも知れん。しっかりしろや」
何故か山賊達に同情されてしまったけど、普通のキノコが喋るわけないだろ? まぁ、殺されるよりマシだから黙ってよっと。
「ところで晩飯は何を食うんだ?」
「干し肉を茹でて塩抜きして、その汁にパンを浸して食う。旅の飯の定番だろ」
「そうなんだ。干し肉の戻し汁がスープになるんだ」
「お前の分はねぇからな」
「いらないよ。キノコさえ食えりゃ充分だ。ひょっとしたら干し肉より旨いかも知れないよ。
干した方が栄養価も上がるし旨味も増すと思うけど、贅沢は言ってられないし」
「コイツ、ホントにキノコ食うことしか頭にないんだな」
「そんなに褒めんなょ」
「褒めてねぇしっ!」
そうかな? 最高の褒め言葉だと思うんだけど、世界が変わるとコミュニケーションが難しいね。




