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第44話 トラ・マッシグラ

 強奪を終えた山賊の頭は、手下より一足先にアジトである洞穴に帰還する。

 体の中から何かを吸い取られるような気分の悪さには未だ慣れないが、この裏技の行使は彼にしか出来ないのだから手下に任せることがで出来ない。

 木箱を一つずつ倉庫代わりにしているエリアに移動させると、蓋を開けて中の物を軽く確認する。


「この生地の手触りは非常に良い……が、これは服か? 汗を拭うものにも見えん。

 凡人にはアバレルブランドの考えがまるで理解出来んが、これを横流しするだけでも儲かるとはのぉ」


 ブラを手に取り、真剣な眼差しで用途を考える。ポケットがあればナイフでも差せるが、その線は薄そうだ。頭か首か?

 手下が戻るまでの時間を、見たことの無い商品の用途と価値を想像しながら潰す。

 それでも決してブラではいくら拭いても拭い去れない疑問が残る。


「あの傭兵が本気を出せば、誰か1人は巻き添えになった筈。群れが大きければ援軍を呼ぶところだが、護衛が3人と侮ったのはまずかったかもな。

 あの引き際の判断は逃げ慣れた者だろう。追えば食われたのは儂らの方じゃ。

 虎か……まさかあのふざけた絵は、儂らを追い詰めてやると言う皮肉かも知れん」


 当事者に聞けない疑問をこれ以上考えて無意味だと考えをやめ、ブラを箱に戻す。


「……これも商品の1つだったな。頭を拭くのに使ってしまったわい。汗臭いと文句を言われてもかなわん、洗濯するか」



 荷馬車を山賊に襲撃され、宿場町まで戻ったタロナワーノの御者と傭兵、それに護衛1人。

 

 山賊達が、護衛が3名しか居なかった彼らをみすみす逃がしたのは、彼らが小規模な集団であり、殺しより荷物の回収が優先だったからだと傭兵は推測している。


 御者に荷馬を離す余裕を与え、ブルブルと震えていた役立たずを放置し、始末したのは向かって来ようとした血の気の多い馬鹿の1人だけ。殺すのが目的であれば、一番強そうな傭兵に左右から矢を射るのが最適解であったはず。


「この町に、本部に連絡が取れる設備はあるか?」


 さほど大きくない宿場町に、高価な魔水晶通信装置が設置されているとは誰も思っていない。


「どうでございやしょうね?

 無ければ無いで、私らが戻って話せば済むので問題は無いでしょう。今日は全滅しなかったことを誇りとしましょうか」

「あの……荷物を取られて大丈夫なんです? 怒られません?」

「それは君が考えなくても良い話だ。今回の依頼主は、荷物より我々の安否に重点を置いていたと思っていれば良い」

「……分かりました」


 傭兵の圧に負け、気弱な護衛は疑問をもちつつ深入りをすることを放棄した。自分のミスを責められないのなら次のチャンスを待てば良い、そう気軽に考えることにしたのだ。


(ナウなヤングのニュートラル?……タロナワーノ……刑期が終われば雇って貰えるかな? 虎の絵はダサかったけど)



 どこかの山中で悲劇が起きた数時間が過ぎた頃。

 6畳もない作業部屋で服のデザインをしている女性の元に、小さな紙が届けられた。


「お嬢様、先程通信が入りましたよ」


 女性執事の声に、鉛筆のような筆記具を一度テーブルに置くと続きを促す。

 

「内容は?」

「……トラ・マスク・ハガサレタ」

「そう。やっぱり失敗ね。負けたみたいな気がする」

「失敗? いえ、この暗号は作戦成功の――」

「そうじゃない。ドラ・ドラ・ドラの方が良かったかなって。それか、カン・カン・カン」


 お嬢様にとって、虎の覆面を剥がされることは敗北と同義らしい。主の持つ独特なセンスに理解が追い付かない時は、曖昧に微笑むか、

「さすが、敵を担いで背骨を折るのが大好きなお嬢様でございます。次の機会があれば、私の案『トラ・マッシグラ』を採用されるべきかと」

と毒舌を吐くか。


「……何よそれ。虎が猛烈な勢いで、オヤツをおねだりしているみたいじゃない」

「ええ。獲物の首をまっしぐらに狙う、飢えた虎。

 実にあなた様らしいではありませんか」

「……不採用」


 否定されたことに少しショックを受けながら、主のスケッチを覗き見る。


「膝上までのスカートですか? ハレンチです」

「そうかしら? 私から見れば、やたら裾の長いドレスを作ることに比べたら、生地の量が半分に減らせる合理的選択だわ。それに脱がせるのが前提なんだし」

「そこに至る過程に深い意味があるかと」

「そんなの知らないわ。私はクライアントから新しいスタイルを要望されただけ。提示された用途を考えても間違えてないわ。

 倫理的問題から士官服にはアウトの判断をしたんだから、文句言わないで」


 それをやれば主は確実に……、止めて正解だと安堵する。

 いつも主の発想は時代を先取りし過ぎていると思うものの、今回の案に最終判断を下すのはクライアントなので、この場では何も言わないことにする。


「ところで、その黄色の食べ物に掛ける呪い『モエモエキュン♡』は必要ですか?」

「そう、これは必須ね。両手でこうやってハートを作るの。パメラ、やってみて」


 全力で拒否する女性執事に、やらないならクビね、と軽い威圧がかけられ……キュー。


「それより、ノックスにギルド経由の荷物は届いたのかしら? それが無いと盗られ損よ」

「そちらも問題ありません。チーズ・ハ・カケラレタと通信があります」

「それは良かった。で、虎はチーズを食べるのかしら? ネズミの方が良かったかしら?」

「マタタビの方が良かったかと」

「それ、次は採用。失くなったあの服、誰か着てくれるかしらね。着てくれたら感想を聞かなきゃね。楽しみだわ」



 同じ頃、パッデスにも連絡員からの報せが届く。


「今回も襲撃は成功です。ただ、タロナワーノと言う初耳のブランドだそうです」

「タロナ……? 次々に新しいブランドが出てくるとは、王都は余程儲かると言うことか、それに引き換え我が領地の情けないことよ。何故この地は作物が育ちにくい?」

「肥料を撒いても効果が薄いとなると、古代魔法文明がもたらした魔力汚染の影響かも知れません」

「そんなの作り話に決まっとる。ネックレスの転移機能は古代遺産かも知れんが」


 この地の悩みは痩せた土だ。幾ら肥料を撒いても野菜も麦も大きくパッデスの父も祖父もその対策に乗り出したのだが、目立つ成果を上げられなかった。

 他領から良質な土砂を運び入れ、気の遠くなるような年月をかけて客土(きゃくど)を施し、新たな作土層(さくどそう)を積み上げる。そんな農地造成の大事業ですら、この地の毒素を浄化するには至らなかった。

 その血の滲むような苦労を間近で見てきた執事には、あれほどの献身が実を結ばぬのは、もはや魔力汚染か呪いが掛けられているとしか思えないのであった。


 執事にとって何よりも報われないのは、その先代の意思を受け継ぐべき現当主が、自ら司法に首を差し出すような愚行を重ねている現状であった。

 先代への義理と、現当主の未来。選択を先送りする猶予はもうない。

 ヒタヒタと忍び寄る司法の手の臭いを主より先に嗅ぎとった執事は、自らの意志で道を選択することを決めていた。


 

 

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