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第43話 トラって……?

 ここで時間は少しだけ巻き戻る。


 某月某日、王都のとある商店から西方都市へ向けて極小規模な商隊が出発した。


 馬一頭立ての幌馬車に御者を除くと護衛が3人だけである。その幌馬車には小さな文字で『ナウなヤングのニュートラディショナル』、その下にブランドロゴ『タロナワーノ TARONAWANO』と大きく書かれている。

 擬人化された虎がマスコットらしく描かれている。

どういう意図でこれを選んだのかは、知る者はいない。


「ナウな……? この意味の分からん言葉はなんだ?」


 馬車の右側を歩く護衛が御者に質問する。


「あっしはそっちの意味は聞かされちゃおりませんね。

 もし襲われたら時は命を優先せよ。それしか命令はなかったもんでね。

 お宅らもそうなんでしょ?」


 人の良さそうな初老の男性が手綱を支えたまま、何でもないと言った雰囲気を醸し出す。

 護衛の3人が本来の用途で使用されてはいないことを知っているが、それを言ったところで何も良い方向に転びはしない。


「そっちはそうかもな……」


 自分には死んでも荷物を守れ、と言われて送り出されたのだが。護衛の途中で命を落とすか、それとも過酷な鉱山労働で命を落とすか。

 選択肢があるなら、誰でも前者を選ぶだろう。自分は歩くだけなら不安は無いが、争いとなると足が震えて動けなくなる。逃げても良いと言われても逃げることなど出来ない、損な性格だと自己評価を行う。


 左側の護衛も立場は変わらない。だが、人を殺せるか殺せないか、そう質問されれば迷わず前者だと答えるし、今この場に居るのは人を殺した罪を償う意味がある。無事に西方都市に到着すれば、鉱山労働よりまだラクな田園での強制労働が待っているのだ。

 元々は農家の仕事を手伝っていたので苦痛にならないし、強制労働だとしても死ぬことは無いだろう。


 荷馬車の後ろを歩く護衛は傭兵で、左右の護衛を見張る役目を負っている。紛争地域で剣を振った方が稼ぎにはなるが、こうやって町から町へと歩く仕事もたまには良いものだと気楽に構えている。


 年齢的にも前線に立つより、後ろから指揮を執ることを任されるが増えてきた。こうなると、そろそろ傭兵稼業からの引退か、軍事顧問やアドバイザーへ転職を考え始める良いタイミングだ。

 相手が暴力で打ち倒す人間から言葉で理解させる貴族へと変わる、その切り替えが出来るか出来ないかだ。

 

 貴族の中にも色々な人種が入り雑じっていることは理解しているが、話の分かる貴族には既に優秀な先輩がその座を確保している。つまり、今募集があるとすれば、その席に座るのは利口な者がすることではない、そう言う席だ。

 それなら、このまま服を運んで歩く人生を選ぶ方が余程まともで面白おかしく生きられる。



 そんな4人が王都を離れ、西進すること一週間。このルートでも最難関と呼ばれるトール領に差し掛かる。

 幾つの山越えは必要だが、ここが特別に道が険しい訳ではない。

 この地は何故か遥か昔から農業には向かず、農民達の流出が止まらず一時は放棄された過去がある。だが、何も対策を取らなければ人に害なす魔物の聖域と成り下がることは自明の理である。


 現在の領主であるパッデス・アン・トールの祖父グルプは武門の誉れ高く、国王にその才を認められた。

 国王はフェトル伯爵の領地の一部である現トール領を割き、パッデスの祖父をその地の男爵に封じた。

 王はグルプの功績に報いるという体裁を繕い、フェトル伯爵が持て余していた地域を切り出したのだ。


 フェトル伯爵にしてみれば、その地は維持費だけが垂れ流しになる『空洞の街道』に過ぎず、公的に切り離す絶好の好機だったのである。

 グルプは自分が体裁を整えるために『街道伯』という名の番人として、その地に置かれたことに後から気が付くが、時既に遅し。

 そこからトール家の苦難が始まった。


 その苦難の歴史が山賊を利用すると言うパッデスの短絡的な経営戦略のせいで終焉を迎える日が近付いている。



「そろそろトール領に差し掛かる頃かしら?」


 ディオメス本店の入る豪華な商業施設の一室で、一人の女性がカレンダーを目にそう呟いた。

 トール領は山地が多く、出来れば避けて通りたいルートであるが、ここを迂回すると更に険しい山道のルートしかない。

 西方都市ザイルズ伯爵領ノックスの町はトール領のすぐ隣にあり、迂回すると運送日数が倍は掛かる。

 彼女が取り扱うのは食品ではなく衣類なので、品質は低下しないが運送コストが倍になる。


「餌に食い付いてくれたら嬉しいけど、期待はしないでおくわ」

「それが良いでしょうね。

 では、お嬢様、次のプロジェクトの打ち合わせに参りましょうか」

「分かってるわよ。でも娼館で働いている女性向けの服を作りたいんでしょ?

 それなら私じゃなくてドレスメーカーに頼むべきじゃないの? こちらは『ハイ』しか言えない身分だから、やりますけどね」


 おかしな依頼である。

 娼婦の着る服と言えば、貴族の女性が着るようなドレスの胸元を大きく開いた物、それに黒いチョーカーを付けるのがここでは主流である。

 しかし、何故か今回はそれとは全くコンセプトの違う要望が来たのだ。


「貴族の考えることは、いつも突拍子も無いものね。

 そのうち、うちに囚人服の発注を出すかも知れないわ」


 ゴホン


 中年の女性執事が余計なことを口に出すなと、わざとらしく咳払いで注意する。

 自分の仕えている主は服飾方面に於いては天才と言っても良い才能の持ち主であるが、主の中にある芯とも言うべき何かが少し違うのである。

 これが上流階級の者達と対話の場を持つことの無いただの市民であれば、その芯がどちらに曲がっていようが問題はないのだが。


「パメラ、私だって場所ぐらい弁えてるわよ。これでも常識人枠なんだから」

「一度鏡をご覧になられては? そのようなことは申さないかと」

「鏡の反射率、もう少し上げたいと思ってた所なのよ。誰か技術革新してくれないかしら」

「鏡を覗いて『綺麗に映りたい』ではなく『技術革新が必要』と考えるお嬢様は十分な非常……いえ、私の給料が上がりそうな予感しか、この胸にはありません。

 期待致しております。さぁ、商談へ参りましょう」

「……そうよね、持つ者の余裕ね。

 はぁ……パットの販売始めようか」

「その『常識的な』お悩みから生まれる利益がボーナスになることを信じております。

 では、ロビーでお待ちください」


 にこやかに出ていくパメラの後ろ姿を見送りつつ、

「……私の周りには常識人なんて一人も居ないじゃない。私がしっかりしなきゃ」

と、彼女は軽く拳を握ると、パットに使う素材を頭の中で組み立て始める。


 その様子はこのテナントでは見慣れた光景であり、誰も彼女に何も言わなかった。



 一台の荷馬車が登り坂に差し掛かっていた。宿場町を発ってからの道程は、今のところ予定通りに運んでいる。


「護衛の皆さん方、この坂を登りきったところで少し早いですが昼休憩にしましょう」

「やった、昼飯!」

「ふう、けっこう歩いたな。メシ、メシ」


 御者の言葉に護衛の二人が喜びをクチに出す。

 街道の両脇には背の高い草が絨毯を作り、その奥は木々が生い茂っている。

 速度を落とした馬車を、湿り気を孕んだ重い風が撫でる。その静寂は、まるで獲物を待つ獣の吐息のようであった。


「嫌な予感しかしねぇってのに……」


 馬車の後ろを守る傭兵が、護衛の経験皆無の2人の様子に呆れたようにそうひとりごちた。


 その時だ。突然森の中から護衛に向けて何かが放たれた。

 気を抜いていた若者の左腕に深々と矢が突き刺さり、 悲鳴をあげたものの、気丈にも矢を引き抜くと、

「ちくしょー! 出てこいっ!」

と、森に向かって大声を出す。


「馬鹿やろう! 撤収だ!」

「そうですよ、今回は逃げましょう! 急いで!」


 傭兵が片手で剣を構えながら御者の手を引く。


「やられっぱなしで逃げろってか!」


 戦場で冷静な判断の出来なくなった仲間の末路は決まっている。襲撃にあった以上は今回の荷物は素直にくれてやろう……そう判断した傭兵は、ぶるぶる震えるもう一人の護衛の頭を軽く殴ると、来た方向を指差した。


 山賊の姿が傭兵の視界に微かに映ったが、今は戦う時ではない、後は無事に逃げきることが出来れば作戦は成功だ、とほくそ笑むだ。

 自分の本当の任務は、ここから御者の爺さんを町まで連れ帰ることだけである。荷物が奪われても構わない。2人の護衛が殺されても構わない。そう言う契約だったのだ。


「だが……今回の依頼主は……仕事はウマイが、これ以上深く関わるとロクなことにならん」



「今日の護衛は随分腰抜けだったっすね」

「人数も少なかったし、大した荷物でなかったのかも知れん。

 儂らは指示通り、来た獲物を襲い奪うだけ。死に急ぐ者でなければ、殺さんと言うのに……」

「まぁまぁ、コイツは血気盛んなお年頃だったんですよ」

「お頭、もう積み荷の回収終わったんすね」


 荷台から降りた1人が三角の布地を中間に見せる。


「おうよ……王都には景気の良い商人が多いらしい。

 見てみろ、この布キレ。やけに手触りが良い」

「ツルツルっすね。こんなの見たこと無いっす」

「見たこと無いと言や、これ、何なんですかね?」


 一人が荷馬車の幌に書かれた、擬人化された虎のキャラクターを指で示す。


「ナウなヤング? どう言う意味か分からんし、その服を着たのはタイガーマンか? 随分と顔が動物臭いが」

「タイガーマン?

 だいぶ昔に流行った、悪の組織の追っ手と密林で戦う戦士の話ですかい?

 敵を頭と肩の上に担ぎ、背骨を折る決め技が超クールで好きだったんで……試してみる?」

「やらさるかっ!」


 彼らが去った後には、荷台から積み荷が丸ごと奪われた荷馬車が残されていた。

 その傍らに、まだ若い男性の遺体が1つだけあった。

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