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第38話 初めてのアイテムボックス

「せいれーつ! 番号1っ!」

「キャンッ」

「番号2っ!」

「キャン!」

「番号3――」


 ゴーショー元将軍の屋敷では、今日からティリーの気分次第で点呼を取ることになったらしい。

 一列に並んだジリス達が後ろ足立ちし、キャン、キャンと短い前足を上げて応える。

 ジリス担当メイドのミリーとエミーは、世話は大変だが牧場担当で良かったと胸を撫で下ろす。


「ティリー様、番号では可哀想なので名前を付けてみませんか?」

「お名前? うん、付けるのっ!

 こっちからスー、へー、リー、ベー、ボー、クー、ノー、フー」

「私はノーじゃなくてミリーです!」

「私もフーじゃなくてエミーですよ!」


 この牧場は放置しても問題無さそうだ……と、筆頭執事は安心していて仕事へと戻っていく。それから暫くして、執事達がこの牧場で良く見掛けられるようになったらしい。



 キトラの使っていたネックレスにリークが魔力を流すと、ゴーショー達の前から虹が消えるかのように音もなく姿を消した。

 その様子を初めて見たゴーショー、オレリア、ザレックの3人は夢でも見ていたような気持ちになるが、パサッと音を立てて地面に落ちた服がそこにリークが居たことを証明した。


 キトラがリークに嘘を教え、体一つだけでキトラが暮らすアジとの近くへ転移させたのだ。

 リークがお頭の持つネックレスを受け取っていれば、転移先からこちらのフェアリーリングへ戻ることが出来たのだが、好奇心がその判断を邪魔したのだ。


 笑みを浮かべたキトラにゴーショーが怒りの拳を落として気絶させる。だが、ここでキトラを処分したところで何も進展しないことに変わりはない。


「やはり、アイツは少し抜けているな」

「俺らの前に出てきた時も裸だったし、アイツは裸の神に好かれてんすね」

「どこにそんな神が居る? そもそもだな、男の裸に需要は無いだろ。若い女ならまだしも」


 山賊の3人組はリークの間抜けぶりをネタにして、自分達の今後を考えることを放棄する。


「けど、お頭があのネックレスの呪いから解放されたんなら、この山から出られるっしょ、早く試さないと」


 ロンが期待に満ちた顔をしていることで、山賊達が嘘をついていないとゴーショーは判断した。


「山賊ども、呑気に話しているがお前らはこれからノックスへ連行する」

「ここはパッデス・トール領だ、領地を跨いで軍を派遣することは出来んぞ。

 政争の火種を撒きに来たのか?」


 お頭が不輸不入権を盾に、建前と分かりつつ言葉で抵抗する。


「ほぉ、ならば聞くが、どこに軍が居るとな?

 儂らは少々間抜けな知り合い……を拉致していた、間抜けな山賊に制裁を加える為に来た民間人に過ぎんのじゃが」

「それでも、ザイルズ伯爵領の者がスバンプ伯爵領の出来事にクチを挟んで、ただで済むと?」

「それなら心配はいらん。

 クチの立つ知り合いに話を付けるよう頼んでおるわい。眉間に皺がよっておったが、イヤとは言われんかったぞ。

 それより貴様……いや、取り調べれば分かるかの」


 リークから聞き取っていた話しからも、お頭がただの山賊ではないと予想を立てていたゴーショーは、今のやり取りでお頭の過去をある程度推察した。

 だが、今は軍から身を引き、ただのジジイの1人だと自称する彼はそれ以上の追及を避ける。それは現役に任せれば良い。

 軍人ではなくなったが、ゴーショーはまだ男爵位の貴族である。他領で公な警邏活動など実施するには特別な許可が必要である。


 その手続きは全てラドの父親であるギラス子爵に、

「ちょいと絞めに行くから、宜しく頼むわ」

と丸投げしていたのだ。


 それに、このお頭の行動があまりに不自然でもある。

 常識で考えれば、リークを逃がさず殺すことが自分達の安全に繋がる筈である。

 リークがノックスで時間を浪費し、その間に別の場所に移動するつもりであったとしても、そんな不確実な作戦を立てるとは思えないのだ。

 それに貴族のルールも熟知していることが、先程の会話で判明している。人から聞いて知っている、そんなレベルではない。しっかり学んだことがある者の対応である。


 お頭の過去に何かがあったのは間違いない。

 だが、この山を拠点に山賊として活動していたことも間違いはないのだ。

 オレリア、ザレックに3人を任せ、ゴーショーがキトラを叩き起こす。


「アタタタッ! 何度も叩くな! この、暴力老人!」

「起きたなら、お前のアイテムボックスとやらでここにある荷物を全収納してみせよ。話はそれからじゃ」

「へんっ! 見て驚くなよ! 纏めて収納、イエロータイガーっ!」


 キトラが自信満々の様子でリークの服の他、お頭達の略奪品を瞬時に収納する。

 初めて見たゴーショー達が驚くのは無理も無い。知識として聞かされていたが、そのような人外の技が実在するとは信じていなかった。

 だが、それを顔には出さず、

「ここを出るぞ」

と、ただ静かに号令を掛けただけである。


 それから殆んど無口で山道を降りて行く。

 街道に出る少し手前付近で、キトラに荷物を取り出すように指示すると、

「俺の能力が正しいと、これで分かっただろ!」

とキトラが自慢気に言い放った。


 それに対してゴーショーは眉をひそめると、

「便利であるが、それが正しいかは別の問題じゃな。

 それが分からぬか?」

とキトラに無意味と分かりつつ問いかける。


「はぁ? 意味が分からん」


 前世と今世との合計年齢では還暦を過ぎたキトラだが、頭の中はまだ成人式を迎えたばかりのままであった。


「君は子供が包丁で肉を切っていた時に手を切ったら、包丁が悪いと言うか?」

「そんなの、包丁の使い方が悪いに決まってるだろ。馬鹿にするな!」

「それと同じことだ。

 確かにアイテムボックスの能力自体は便利である。

 だが、それを君は悪用した……だから裁かれる」


 歴史上、確認されてきた異邦人は悉く異能とも呼べる能力を持つ。

 そして半数以上の者が力に飲まれ、悲惨な末路を辿っている。


「俺は転生神にこの力を与えられた! 神が間違えたの言うつもりか」

「生憎、儂は神など一度も頼ったことはない。

 もし神がこの世界に実在し、神話の通りこの世界の全てを創造したと言うのなら……神とは真に愚か者なり」

「えっ……?」


 ゴーショーの言う意味をキトラは理解出来なかった。

 彼だけでなく、同行しているオレリア、ザレックの2人にも真意が掴めなかった。これは幾つもの過酷な戦場を生き延びた武人故の笑えないジョークか? 

 

「人間には、我ら軍人と言う職業が必要なのだ。

 もし神が愚かでなければ、軍人など要らぬ世界が作れただろう。

 なに、難しく考えんで良い。

 神は『キチガイに刃物』を渡した。明らかなミスだろう」

「……ふざけるな!  誰がキチガイだ!

  この力が、どれだけ特別か分かってないのか!?

 あんたみたいな古臭い老兵には、一生かかっても手に入らない力なんだよ!」


 キトラの罵声を受けながら、ゴーショーは自分もまたキトラと同じようにアイテムボックスの利便性に惹かれてはマズイ、力を持てば人は力に溺れるのだ、そう自分に言い聞かせる。


「儂も一度、君のように己の力に溺れたことがある」


 キトラが何か反論しかけるが、上手く言葉に出来ず口ごもる。


「だが、儂は力を得る代償を支払ったが、君はどうだ?

 ただ与えられた力を過信し、神を盲信し、あげく囚われとなった己をよく見直すが良い。」


 ゴーショーの過去を知るオレリアとザレックが、その言葉の裏にどれだけの思いが込められているのかを理解し心を縛られた。


「異世界から訪れる者がこの国で危険視される理由、それは与えられた力の意味を理解していないからだ」

「えっ……な、なんだよ、その言い方……。

 俺はただ、便利だと思って……。

 神様がダメって言わなかったんだから……」


 その声は、先ほどまでの傲慢さが嘘のように弱々しく響いた。

 目の前の老軍人が突きつけた、血の匂いのする『現実』に対し、キトラが縋れるものは、一度も返事をしたことのない神の沈黙だけだった。

 

 ここでゴーショーがポケットからカツンと音がすることに気が付いた。右手を差し入れ、取り出した物を少し眺めると徐に拳を握る。


 ガッ! と手の中で何か硬いものが砕ける音がしたが、大したことでもないような顔でその掌をキトラに差し出す。


「食うか?」


 そこには砕けた胡桃の殻と、薄茶色をした実が載せられていた。

 キトラは暫く呆然としたが、震える手で差し出された胡桃の身を摘まみ上げた。


 殻が砕かれた時の鋭い音が、まだ耳の奥にこびり付いている。あの胡桃は、ゴーショーに逆らった時の自分の姿だ。

 口に放り込んだ実は、まるで乾いた砂のように味気がなく、ただ喉を焼くような威圧感だけを伴って胃に落ちていった。


「……行くぞ。これ以上、時間を無駄にするな」


 ゴーショーが背を向けて歩き出す。

 キトラはその後ろ姿に逆らうことなど、もう考えもしなかった。

 その拳が次に何を砕くのか、考えただけでも足がすくんだからだ。


 その様子を後ろから見ていたお供の2人は、ゴーショーがその気になれば……キトラ『切り札』に対抗出来るかを考えていた。

 衰えてなお『最強の軍人』の1人として名を馳せたゴーショーである。

 だが、異邦人の強さはこの世界の人間とは基準が違う、そう確信したことでゴーショーの油断を気にしていたのだ。

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