第2話 確かに埋もれてる
ふと気が付く。
頭の上を見上げると、大きな木の幹が見えた。まあ、空じゃなくて木が見えるぐらいならまだ許容範囲だ。
俺の上にいるキノコのお陰で、空から何か落ちてきても大丈夫そうだし……ん? 何を心配してるんだ?
俺の目が網膜に間違いを映していなければ、椎茸のようなキノコを下から見上げている。椎茸が嫌いじゃないから見るのは別に構わないけと、視界が異様にクリアだ。意識すればヒダの一枚一枚が、拡大されたみたいにくっきり見えてくる――俺、こんな目だったか?
左右に目をやれば、どちらにも茶色のキノコが仲良くコンニチワだ。ただし挨拶の言葉がクチに出ている訳じゃない。
今度は下を見下ろしてみれば、お隣さんと同じようなキノコが幾つかいらっしゃる。十字の切り目を入れて鍋の具材にしたら旨そうだ。
フムフム、どうやら今の自分の体がそんな食用キノコの群れに埋もれているようだ。
少し動いてみるかと力を入れてみたが、金縛りにあったように動けない。そりゃそうだ、俺の根っこが木から生えてるのだから動ける訳がない。どうしたものかと顎に手を当て考えたいのだが、その手すらもない。これは困った。
どうしてこうなった?
言っておくが、俺はタケノコ派に所属してたからな。タケノコってなんだっけ? 単語はすっと頭に浮かんだけど、その形が思い出せない。
取り敢えず、目覚める前に何が起きたか頑張って思い出してみよう。精神統一、チキンプイプイ、六根清浄、どっこいしょ~。
あ、効果あり……おぼろげに笠の中のニューロ細胞に浮かんできたのは、何か瓶のような物が落ちて来る映像だ……このままだと当たるかな? なんて見上げていたのが運の尽き……いや、命の尽きだ。
つまり俺は瓶を頭に受けて死んだらキノコになって復活したと言うことだ。
フムフム……よし、どうにもならん現状だと言うことが把握が出来た。しかしキノコ転生か……出来れば所属派閥であるタケノコの方が良かったよ。
そう言やまだ鼻垂れ小僧の頃に婆ちゃんちで食べたキノコ鍋が旨かったような記憶があるが、婆ちゃんって誰だっけ?
頭がキノコの笠となったせいなのか、記憶が曖昧過ぎてハッキリと思い出せない。俗に言う記憶障害の一つかな?
何かキノコ転生なんて意味不明な目に遭う切っ掛けになるアンビリバボーがあったのか、それとも単なる痴呆なのか。呆けるにはまだ早かったと思うから、恐らく落ちて来たあの瓶が原因だ。誰が瓶を落とした?
あの辺りに高い建物なんて無かったよな。それならカラスか、もしくは神様が落としたか。
まあね、キノコになったんなら痴呆でも何でも良い。動けないから徘徊して誰かに迷惑掛けることもない。
このキノコの体がこの世界から無くなるまでにどれぐらい生きていられるのか分からないが、取り敢えず今世はこのままキノコで一生を終わらせよう。枯れるか何かに食われりゃ、こんな意味不明な菌生もそこで終了するだろう。
それまで寝て待つか。お隣さんもきっとそう思って黙っているのだろう。
果たしてそうだろうか?
このキノコのコロニーの中で、自分1人だけが周りをきにしてアレコレ考えられる存在だとしたら……いや、きっとまだキノコとしての生活に慣れていないだけだ。
もう無いと思うが、もし次に神様に呼ばれた時にはキノコじゃなくて、ちゃんと歩ける体を頼もうと思う。
手足があって、声が出て、人と話せるやつをね。
その時には神様としっかり話しあってさ。
一瞬体が光りかけたけど、慌ててスイッチを切ったかのようにすぐに消えた……ように見えた。気のせい?
それから日が沈んでまた日が出てを延々飽きる程に繰り返す。たまに雨が降ったと思えば可愛いリスに仲間を食われたり。動けないからいつか俺が食われるんじゃないかとハラハラし……遂に今日が俺の番らしい。
クチュクチュと咀嚼音を立てながら噛られていても痛くない。キノコだから……で納得出来た自分が怖い。
黙って食われる自分を眺めながら菌生終了ってのもなんかヤダな。大型の肉食獣に喰われるのならまだ何となく諦めが付く。だが可愛いリスが死亡原因なんて納得出来そうにない。でも肉食獣がキノコを食べる筈もない。
そうだ、贅沢は言わない、もし生まれ変わるれるなら18歳ぐらいのイケメンで、頭脳明晰じゃなくて良いから死ぬ前の俺ぐらいの頭の良さで人間になってみたい。
誰だって死ぬ時はキノコより人間で居たいでしょ?
そう思った瞬間、俺の体がフワッと浮いたような気がした。いや、気がしたんじゃなくて、木に埋まっている俺の菌糸がスポリと木から抜けたのは間違いない。ほんの少しの時間、自由落下を体験する。
ポテッ
軽く地面に落下した俺は尻餅をついて瞬間、尻をぶつけた『痛み』を感じた。
無意識にイテテと尻に手をやり……
「なんじゃこりゃっ!」
何故か分からないが、いきなり手が生えた。なんで? 手だけじゃなく、足も股間のぶらぶらも……。
なるほど、最近の異世界人ってこうやって産まれる仕組みなのか……きっとそうだ、よし、深くは考えまい。
いや、ちょっと待て。
キノコが人になるのは案外異世界アルアルなのかも知れないから受け入れるよう。
問題はこの世界が裸族も歓迎かってこと。だって俺は今、絶賛全裸の真っ最中っ! いや~ん。
もし裸族が普通だとしたら、寒い時のことも心配だけど、異性と会った時にどこに目をやれば良いのか非常に困ることになる……凄く心配になってきた。それに人に裸を見せる趣味は持っていないけど、知恵の実を食べた人間の子孫だから、最低限の羞恥心なら持ってるし。
ここには鏡も水も無いから自分の顔は見えないが、菌肉の付き具合なら良く分かる。見よう見まねのサイドチェストでナイスバルクっ?
オー、パチパチパチと自己完結型脳内拍手。ギャラリーはキノコの皆様だけだから、リアクションが薄いのよ。
ちなみに見える範囲では普通の人間の体。まさか、ぶらぶらを引っ張ったらポコっと取れる仕様になっているとか……試すのは怖いからやめておこう。
しかしキノコから進化? それとも変化?した人間って、ほんとに本物の人間なの?
歩いた跡に胞子が落ちてるとか……ほっ、大丈夫、粉は落ちてないみたい。
ほっぺたをペチペチやってみる……うん、普通だな。
ふと、無意識に鼻を摘まんだり息を止めたり、手首を押さえている自分に気付く。
「……まあ、人間っぽいな」
考えても意味がない気がした。
息を止める前にやれよと思ったがもう遅い。Take2をやる時間的余裕は腐る程あるけど、気分が乗らないのでやめておく。
とりあえず現状確認のため、周囲を見渡してみる。
目に写るのは草蒸した地面、転がる小石、それと俺を取り囲むように生えている樹。
振り返ってみると、キノコの生えた大きな枯れ木が一本立っている。俺の居た所が白く変色している。
大きい樹でもキノコが生えたらもうダメだもんな。後は朽ちていくだけだ。
分かるのは、どこかの森の中に居ると言うことだ。少なくとも見覚えはない。動けないキノコだったから、尚更か
ここにいても答えは出ないことが分かったのだから、次の行動に入ろう。キノコの兄弟達に、じゃあな、と別れを告げておこう。
とは言ったものの、これから一体どうすれば良い?
こう言う意味不明な状況下では、襲われている馬車を助けに行くところからスタートするのが理想の形……?
だが、あいにく聞こえる範囲に該当しそうな音はしない。
それか狼か熊か猪に襲われるパターン?。
耳を澄ます……遠吠えとかは聞こえないけど、もし聞こえたら菌生詰んでる可能性の方が高いから安心しよう。
熊の遠吠えとか聞いたこと無いから無意味な安心だけど。
どうも俺の記憶はおかしな方に片寄ってるみたいだ。前世の俺は何か知らないが、頭がどうかしていたのかも。
俺の話はどうでも良くて、聞こえてくるのは鳥の声、虫の声、木々の葉が擦れる音……いたって普通。
仕方ない、蔦に掴まってあ~ああ~の練習でもしながら、石器でも作って究極のスローライフを始めてみるか。
菌類があるってことはそこそこ雨が降ってるわけで、腐葉土の積もった地面も湿気を含んだ感じがする。今の俺は元キノコだからか、寝床はここでも良いと思う自分が怖い。
時間は分からないけど、寝る前に火や水の確保を済ませておきたい。この体に木から水分を摂取出来る能力とかあったらイヤだ……便利そうだけど……試すのは最終手段としてだな。
せっかく奇跡のメタモルフォーゼを果たしたのだから、これからは菌肉マンとして、いや、人間として生きていこう。
そのためにはまずパンツかな?
人に会う前にすっぽんぽんな姿だけは何とかしておこう。最悪、何かの動物の角を被せて誤魔化せって?
それはさすがに精神的難易度が高すぎるだろ
しかし、あまりにも簡単に人間になれたからな。
まさかと思うけど、俺って欲しいと思った能力がすぐ手に入る凄い人?
それなら衣食住を揃えられるような能力を、と行きたいところだが。なんか都合が良すぎて逆に怖い。
実はもうそんな能力は残っていないとか、得られる能力に限りがあるとか、きっと何かとんでもない落とし穴が在ると思って思考すべきだろうね。
実は願いが叶って人間になれたんじゃなくて、『最後に強く思ったことが一回だけ反映される』サービスを神様が与えてくれてたのかも。
事実は何も分からない。
だから何事も慎重に。石橋は叩いて壊して鉄筋で、ってね。
よし、まず水場を探そう。せせらぎの音でも聞こえれば良いのだけどと思いつつ移動を始める。暫く歩いて足を止め耳を澄ますを繰り返すこと数回。
「あっちに何か見えたぞ」
「鹿っすかね」
「最近こっちに来なかったから戻って来たのかもな。よし、追うぞ」
おや? 人の声だよ。何人かで獣を追いかけているような会話だな。それならこんな場所で無理にサバイバル生活を送るより、保護してもらうことを選ぶべきだ。
根拠は無いけど、猟師さんならきっと真っ裸の俺でも保護してくれる。
菌肉マンになってから随分と早く人の存在が確認出来たのは幸運だ。
声の聞こえた方向に進んでいくと、
「誰だっ!」
と誰何された。
両手を上げ、
「俺だよ俺」
とゆっくりフルチンを隠さず木の茂みから出ていくと、ワイルドな毛皮を来た怖そうなおじさん達三人に囲まれた。弓、鉈、ナイフにズタ袋、見た目は怖いが猟師だな。
「お前、オレダ・ヨレオって名前か?」
「そんな訳ないだろ、どんな壊滅的なネーミングセンスの親だよ。俺の名前は……あれ? 名前が出てこない」
うーん、ダロウ? ジゾウ? サボロウ?
どれも違っているような気がする。
「ヤバい、記憶が無くて名前が分からない。
取り敢えず『ジュエルデュエル・怒涛の切れきれ・歯医者に推奨・水餃子』と呼んでくれ」
はて……何だコレ? 知らない言葉が勝手にクチから出てきたよ。キノコになる前に覚えていた言葉かも知れないな。
肝心な人の名前や顔は霧が掛かったみたいに思い出せないのに、どうでもいい言葉だけが妙に鮮明だ。
これじゃ少し会話に困る。少しずつ思い出せると信じよう。
「はぁっ? 長過ぎるだろ」
「そうか? 俺の故郷じゃたぶん普通だぜ。知らんけど」
やっぱり長かったのか。言いながら途中でそんな気がしたんだよ。それだけ長かったらテストの時に名前を書くのが大変そうだ。
「嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ!」
「なら、菌から産まれた菌根カーン! 記憶無いのはホントだから!」
ゴツッ!
ホントのこと言ったら思いっきり殴られたっ! 暴力反対っ!
こう言う時、右のほっぺをぶたれたら左のほっぺに倍返しって誰かが言ったような、言ってないような。
でも3人は武器を持ってるから大人しくしてよっと。
でも、これで分かった。ここは冗談があまり通じない世界なんだと。
「しかし、お前……何者だ? おかしなことばかり言いやがって。急に何処かから湧いてきたとか言わないよな?」
「そう言や、キトラさんも最初の頃は変なことを口走ってたっす」
「あぁ、確か……テンプレがどうとか、右腕に宿る魔の何とかって馬鹿みたいな呪文を唱えて喜んでたな」
「ロンもヤスも、仲間のことは悪く言うな」
「へい、すみません」
「はい……ですが、コイツは別でしょ?」
3人はまだ俺を怪しいヤツを見るような目をしているが、俺の方こそ聞きたいよ、自分はいったい何者なんだ? ……と。
第7話で神界での裏話を書いています。




