第16話 お得な物件
「さてさて、リー君が着てたこの服だけど。『ディオメス』って……訳ありの子が立ち上げた最近人気のブランドじゃないの。
私だってまだ持ってないのにリー君ずるい。
クンクンするような趣味は無いからね……洗濯、洗濯っと」
洗濯籠の中にあった肌着をぽいっと洗濯桶に放り込む。こう言うところは何故かしっかりしている。
リークが着ていたブランド服は、ブランド名こそ知っていたものの実物は初めてだ。こんなスベスベで手触りが良い生地も初めて見る。
リークが雑に服を脱いだらしく、上着が裏返しになって置いてあった。
「何? こんなの初めて見た」
裾の方に見慣れぬ小さなタグが縫い込んであるのがトミーの目に止まり、好奇心からそれをじっくり眺める。
「最新の服は親切なのね。記号の意味が分からないけど」
トミーが真面目に洗濯の仕方の書いてあるタグを一枚一枚目を通していく。そして一番下の三枚目で違和感を覚えた。
「この内容、どう言うこと?
正規流通外での再販売禁止、識別番号……」
普通の者なら素通りするであろう小さなタグには、意図不明な文字が書かれていたのだ。
「服屋の子に聞いてみよっと」
洗濯籠に服を戻すと、そのまま馴染みの服飾店へ向かった。
「カロ君、カロ君、これ見て」
「トミーさんかぃ、いらっしゃい。たまには綺麗な服をたくさん買ってくれたら嬉しいぞ」
「服は最低限で、着回しすればいいの。それより、これ見て」
「はて、手相は専門外での」
「知ってるよ。次は、籠は専門外って」
「……年寄りの楽しみを奪わんといてくれ。
で、この服は……」
カロ君、御年60歳がトミーが持ち込んだ服を受け取ると、ブランド名、デザイン、生地、縫製について長々と語る。
確かに服を見て、と頼まれたのだから間違いではない。なかなか終わらない蘊蓄を我慢して全部聞いたトミーは褒められるべきかも。
カロはトミーの女装の師匠であり、良き理解者でもある。付き合いも長く、カロの話が脱線した時には自動頷き聞き機能を作動させて、勝手に紅茶を淹れて飲む芸を習得している。
「このタグに書いてることを教えて。洗濯の仕方を記号化してるのは分かったんだけど」
「これかい……あぁ、これは2ヶ月ぐらい前にギルドから通知が来ておったのぉ――これこれ」
カロが小冊子を棚から取り出すと、記号の意味が載っている表をトミーに見せる。
手洗い、漂白禁止、魔法乾燥禁止、平干し、低温アイロン、スライム液不可に該当することがこれで理解出来る。
トミーはウンウンと頷きながら全て聞くと、2枚目を見せる。
「型式とサイズ、それに非売品であることを書いとる。
貰い物の服かいの?」
「ええ、運の良い知り合いが貰ったらしいの」
その答えは嘘ではない。
続けて、3枚目をのタグを見せる。
「最近、どうも目が悪くてのぉ……」
「小芝居いらないからね」
「これじゃから最近の若いもんは……」
何もリークのことを正直に話す必要が無い、それぐらいの判断はトミーも出来る。
「ブランド服を貰ったなら貴族の子じゃな。
で、3枚目は儂もこんなのを書いたタグは知らん。
リセール品なら来歴を書くこともあるがの、わざわざ再販禁止とは書かん。
服は着なくなれば中古服の店に売るのが常識じゃ。禁ずるのは明らかに無意味。裏の意味があるんじゃろ」
「うん、それを聞きたくて来たんだよ」
「ディオメスの商隊が襲われたのは知っとるじゃろ?」
「トール領で何度も商隊が襲われてる話?
それとも、盗品を捌く貴族の話?」
「王都の上の連中も、お隣さんには闇がある前提で動いておるじゃろ。それ以上は儂は知らん」
普段から女装しているだけに最新ブランドの情報に詳しく、大手アパレルブランドの動向に注視しているトミーである。
貴族や情報屋とも仕事上での付き合いもあり、その筋からの噂レベルの情報から推理する。
知らんと言いながらトミーの淹れた紅茶を美味しそうに飲むと、カロが何か思い出したように戸棚から紙を一枚取り出してトミーに手渡す。
「そう……あるなら先に見せてよ」
紙に目を遠し、
「力のある人達が絡んでたら面倒だし、然るべき部門へ相談する案件ね」
と呟く。
盗賊を利用し盗品を売買しているのでは、と噂されている貴族家は国内に幾つかある。
リー君が犯罪者じゃないとしても、利用された可能性は有るわけだし、面倒な匂いがする。こういうのは、詳しい人に投げるのが一番だ。
あくまでもトミー目線だが、あの子は嘘を吐くのが下手だ。それだけで十分、放ってはおけない庇護対象と感じている。
しかもエルフである自分とも遜色のない魔力を有しているのだ。便利屋として彼を利用しない選択肢などないのである。
そうと決まれば然るべき部門の然るべき人物と連絡を取る必要がある。リークが何か隠し事があることは彼も気が付いているのだし、悪いようにはしないだろう。
カロに礼を述べて店を出ると、門番小屋の前でラドが出てくるのを待つ。そして――
「ラド君、何時間ぶり?」
「知るか……4時間か?」
仕事終わりのラドを手招きする。知らない者が見れば美少女に呼ばれるラドを羨ましく思ったことだろう。
「お前なぁ……何か厄介事を持ってきたのか」
「失敬なことを言わないの。持ってきたのは服だよ。
ちょっと君んところの権力を借りるだけだから何も痛くないわよ」
「通行人からの視線が痛いわ」
トミーはラドと通行人達を無視してラドの腕を取る。この行為に特にこれと言った特別な意味が無いのがトミーの恐ろしさ。
さすがにいつまでも腕を取られていては恥ずかしいと思ったラドがトミーの腕を外すと、通行人達から非難の声が上がったのだからこの世は理不尽だ。
「で、うちに来てノーアポでオヤジに会えるのか?」
「そうね、行ったら何とかなるものだからね」
「やっぱ、お前の方がリークより怖いぞ」
城門からラドの屋敷まではそこそこの距離があるが、トミーは何も言わずにラドに付いてくる。そして到着した屋敷はゴーショー元将軍の屋敷にも負けてはいない。
「中途半端な四男でも子爵家の息子だもんね」
屋敷を見たトミーの感想がこれでは、ラドも苦笑いするしかない。
リークからは最初に怖そうなおじさんと評されたラドだが、ギラス子爵家と言うザイルズ領で代々続く名家の出である。今年で25歳、おじさんと呼ばれるにはまだ少し早い。
「あっ、そうだ、もうすぐ産まれるんでしょ?
馬の赤ちゃん」
「覚えてたのか。そうなんだよ、名前どうしようか悩んでてな」
ラドは一瞬、あの時のリークの受け答えに引っ掛かりを覚え、勘違いしてないかと気になったのだが、すぐに門の方から声を掛けられその話はそれで途切れた。
「ラド坊っちゃま、お帰りなさいませ。
トミー殿、ようこそお越しくださいました」
「ベーエル君、こんにちわ。ギラス君は会えるかしら? ちょっと訳有りな件があるの」
子爵家の執事に軽く挨拶し、アポ無しで子爵に会いに来るエルフがトミーである。
エルフと人間とでは基本的な部分で思考回路に違いがあるのは、長い付き合いの中で知られた事実である。トミーの便利屋で働く者が長続きしないのも、実はそんなところに理由があるのかも知れない。
「お館様がお会いになるそうです」
「ん、ありがとう、いつも急に来て悪いね」
「馴れておりますので」
「馴れてるって?
トミーってウチに何回も来てたのか?」
ベーエルとトミーの会話を聞いてラドが初耳だと驚いた。
「ご存知無かったので?
ラド坊っちゃまが二十歳を過ぎても結婚しろと煩く言われないのは、トミー嬢のことがあるからなのですが」
「嘘っ! マジか?」
「左様でございます。決して結ばれることのない片想いによる失恋で自暴自棄になり、それ以来女性が嫌いになった……と噂が流れておりますので、坊っちゃまには縁談が来ないのです」
「なんだ、ラド、そんなことだったんだ。女っけが無いから私も心配してたんだぞ」
執事のベーエルとトミーに笑われ、ショックを受けるラドとベーエルを玄関に残して、トミーが当主の部屋に向かう。
以前、ノックも無く部屋に入って怒られたことを思いだすとコンコンコンとノックをして、どうぞ、の返事を得てから執務室に入る。それなりに学習能力はあるらしい。
「ギラス君、久し振りです。
そっちの怖そうな人は……ゴー将軍ね、1年と2ヶ月ぶりかしら?」
50歳の男性に対しても君呼び出来るのは、ノックスの中でもトミーただ1人であろう。
普通ならこのような態度を領主に取るなど不敬も甚だしいのだが、この場では誰も咎めない。エルフには人間の常識が通じない、と言う理由もあるが、アント・ウォーカーともう1つの二つ名がトミーの異常さを物語るからだ。
「ゴー将軍ではない、今はただのゴーショーだ。先月、軍を退役したからな」
「それは定年と言うシステムかな?」
「そうだ。満50歳で老兵は退き若者に道を託す。よく今までに大した傷を負わずに生きてこられたものだと自分自身に感心しておるわい」
トミーは便利屋の仕事を通じてゴーショー元将軍ともと顔見知りであった。冒険者ギルドに出すにはマズイ依頼でも、トミーなら任せられると子爵も元将軍も信頼を置いているのである。
「トミー、今日はどんな厄介事かな?」
とギラス子爵が用向きを述べるよう催促する。彼も決して暇ではない。
「うちで預かるつもりの子がちょっとした訳有りみたいで、流通に詳しいギラス君に聞こうと思ってね。この服がその子の着てた服ね」
トミーが洗濯籠から青色のスーツを取り出しテーブルにそっと乗せる。
「新ブランド、ディオメスの最新作、非売品。着てた子は水晶チェックで犯罪歴無しと判定されてるから、本人が盗んだものではないわ」
「見せてもらおう」
ギラス子爵がスーツを手に取ると胸のロゴを見て頷き、それから1枚の紙とタグを見比べて難しい顔になる。
「間違いない、識別番号が一致した。つい先日奪われた品だな。商隊が賊に襲われたのはパッデス・トール領オンファルト山麓だ。ここからわりと近いな。
護衛が1人殺されたが、鉱山労働刑免除の代わりに護衛として雇った者なので問題無いと聞いている」
「護衛なんてどうでも良くて、その服を着てたってことで相談よ。恐らくリー君がその賊と接触して、騙すか取引きをしたか、だね。
あの子が私にもラドにも賊のことを言わなかったのは、恐らく賊との繋がりを警戒してだと思うわ」
根拠はトミーの勘である。ギラス子爵とゴーショー元将軍が少し考えてから頷きあうと、
「仮にラドか君が賊と繋がる者だとしたら、賊と何かあったことを話した瞬間に、捕えられるか殺されると警戒したと言うことだね?」
とギラス子爵が確認する。
「はい、結構ビビりでおっちょこちょいなところも有るけど、実直で善悪をハッキリさせる子だわ。
私達が賊と関係ないと分かれば、きっと素直に話してくれると思う」
ギラス子爵は治安維持には直接関わってはいないが、商業、流通の面からも治安維持の重要性を充分に認識している。ゴーショー元将軍はその真反対だ。
「その者は今何処に?」
「うちに来て、魔力制御の訓練させてからジリスを探しに行かせたの。今日から二泊したら戻ってくる予定ね。
そうそう、リー君った魔力量が凄いの。漏らしたままで来たから殴り込みかと思ったぐらいよ」
トミーが黒く染まった魔石の詰まった箱をバッグから取り出す。
「チャージャー無しの垂れ流し魔力で、ここまで出来ちゃった」
「掛かった時間は?」
「3時間よ。ね、お得な物件でしょ?」
「そのサイズでチャージャー無しの3時間で黒100個か。その者なら魔石を赤まで育てられるかも知れんな」
「エルフにしか出来ないと言われる赤魔充石か。欲しがる奴をすぐに5人以上は思い付く。人間の業とは尽きぬものよ」
時間を掛けて赤まで育てられる人間は滅多にいない。
だから、狙われる。ゴーショーが魔道具の専門家から聞いて話だ。
軍事絡みで赤色魔石の需要が高い。だからリークが出来ると知られると、延々チャージャーとして使われることを危惧したのだ。元キノコの菌肉マンは菌を産む……金を産む鶏なのだ。
「そう言う訳なの。リー君を変な奴らに渡さない。保護する方向で動かないとダメなの」
「そう言う君がその者を1人で草原に行かせたのだろ?」
言ってることと、やってることが違うのは、エルフの世界では珍しくないとギラス子爵が言ってから思い出す。
「ええ、可愛い子には仕事をさせよ、でしょ。
あっ、ゴーショー君、ジリスを飼わない?
お孫さんへのプレゼントに良いと思うけど」
「ジリスか……プライゼン領方面で流行っていると言うのは聞いているが、飼うのが難しいのではないか?」
「棲む環境さえ整えれば問題ないわ。
穴を掘るのが好きなので脱走防止用の工事が必要なだけね。その資材もウチに在るから、すぐに工事が出来るわ」
「ティリーに聞いてみるか。何か飼いたいと言っておったしの。
さて……退屈しておったが、楽しめそうじゃ」
こんなことがあり、リークの努力は無駄になることはないのだ。
それと、次の日からリークがいつ戻ってきても良いようにゴーショーが策を巡らすことになるが、それはまた後日の話。




