第10話 町に向けて出発
お頭に見送られながら山賊達が隠れていた洞穴を出る。頭の中ではまだ整理され切れていない体験と、これからどう生きるのが理想なのか、そんな考えが複雑に絡み合う。
お頭を刺せなかった事実に安堵しながら、それでいて結果的に逃げた自分が不安になる自己矛盾。
体は疲れていないのに、過去の生き方では通用しないかも知れない現実が、精神的な疲労を引き寄せている気がしてならない。
剣を握った時の感触と、お頭の胸から伝わった手応えが何度も脳裏で再生される。だが、この感触がまだあるうちは俺は俺のままで居られる気がする。
甘くて弱くて……優しい自分。
それでも前に足を進める。今は少しでも彼らと距離を取ろう。いずれ再開することになった時、俺に迷いが生まれないように。
足は前へ出ているのに頭の中が洞穴に置き去りにしていては、俺はこの世界で生きていくための本当のスタート地点にすら立てない、そんな気がする。
しばらく歩いてうちに、ようやく呼吸が整ってきた。
自分の生命が最優先。これだけは譲れない。
無傷で生き残れた上に、ちゃんとした服も町に入る為のお金も手に入ったことだし、もう難しく考えないことにしよう。
うんうん、レッツ ポジティブ シンキングっ!
まだ暗い夜の山道を時々ズルっと滑りながら歩く。暗くても見えるキノコ眼は非常に優秀だけど、木の葉が厚く積もった地面は段差がステレスしていて歩きにくいのだ。
しかし、あの山賊達が本気でいつまでも俺を生かしておくとは思えないし、俺が奴らのことを誰にも喋らないとは思っていないだろう。
事前に摘み取れる犯罪の芽は極力摘み取るべきかも知れないけど。お頭に暫くの間は山賊のことを黙っててやると言ったが、そんなのは状況次第で変わる口約束だ。
手下の2人が戻る前に、痛む胸を押さえながらお頭が山賊稼業から手を引くことの難しさを語っていた。
一度犯罪に手を染めた者は、弁護士も居なくて科学的捜査の出来ないこの世界では、下手をすれば私刑で簡単に殺されてしまうらしい。
それが例え生き残るため正当防衛で犯した殺人であってもだ。
私刑執行するような者に情状酌量などと言う言葉はない。自分より下の者はゴミ扱い、自分より上の者にはゴマスリを信条に生きている人間のゴミ屑が治安維持を勤める地域があるそうだし。
お頭の言葉を信じるなら、運が悪ければ一度貴族に逆らっただけで賞金首になることがある。全ての貴族がそんな馬鹿をするわけではないが、代が続けばそれだけ貴族家の中にバグが発生すると言うだけの話。
そんな話を聞かされて、思うところはあるものの緑に光る以外に何も光るものが無い俺にはどうしようも無い。魔力が山賊達より多いぐらいで自惚れるような安い男じゃないからな。
災難に巻き込まれないよう、目立たず騒がず、ひっそりと野生のキノコのように生きていくのが正解だろう。
町に着いたら次の町に移れるだけの金を稼いで、ここから少しでも遠くへ行くのも良いかもね。
どうしてキノコになって産まれたり、急に人間になれたのかサッパリ分からないけど、きっとキノコ転生したこと自体が何かのアクシデントで起きたに違いない。
それに気が付いた神様が慌てて俺を人間の体に修復したんじゃないかな? そうでなきゃ、キノコの能力を吸収出来る能力を持った人間なんかに生まれ変われる訳が無い。
神様なんて本当にいるのか知らないけど、転生したってことは神様が居て、あれやこれやと操作している筈なのだ。それ以外にこんなオカルト現象は説明が付けられないと思う。
魔法がある世界だから、俺の生きていた世界より奇跡は起こりやすいのかも知れないが、奇跡ってのは滅多に起きないから奇跡なんだろ。
何度も起こせるなら、それはもう現象だ。
うん、分かっていたけど俺には哲学的思想は向いていないな。
……とは言え、そんな理屈を並べても、今この暗い山道で襲われたら、俺は簡単に死ぬ。
◇
「お頭、あのフルチン野郎、本当に行かせて良かったんすか?」
「そうっすよ、あの変態、町に着いたら俺らのこと喋っちまいやすぜ」
そう言ってロンとヤスがお頭に詰めよる。
もしあの優男がノックスに着いてから山賊に襲われたことを話せば、すぐ山狩りが行われるかもと恐れているからだ。
「それは無いだろ。あの変態、馬鹿なくせに妙に義理堅いし、おかしなところで慎重だ。
町には真っ当な貴族だけでなく、儂らのバックに繋がる腹黒貴族が居ると言い含めておいたからな。あの変態なら儂らのことは極力悪人側の貴族には話すまいと、関わった相手を見極めようとするだろうよ」
そこでクククとお頭が笑う。
「そうだったんすね、さすがお頭!」
「ノックスにはバッカニアの連中も居る。儂も奴らが誰とパイプがあるのかは知らんが、ドブみたいな貴族と繋がっておるのは間違いない。
あの変態は自然とバッカニアとも接触を避けるように動くに決まっとる」
「つまり、変態フルチン野郎が善悪の見極めをしている間がアッシらの時間稼ぎになるから、その間にここを離れるって寸法っすね」
「そうだ、アジトは幾つもあるからな。
もし奴が運悪くパッデス側の誰かに儂らのことを話してくれたなら、こっちとしては一番ありがたい。話した瞬間、あの変態は難癖付けて捕えられるだろうな」
「腐った貴族があっしらを守ってくれてるんすね!」
「ノックスにもそんな腐った貴族が居るもんなんすね」
「当たり前だろ、貴族なんてものは真面目にやるだけ馬鹿を見る。昔からそう決まっておる」
お頭がそう悪ぶいて少し痛む胸に手を当てる。あのまま剣を押し込められれば自分はあの時に死んでいた。山賊に掛ける慈悲など誰も持たぬ筈なのに、自分達の過去に何があったのかと聞いてきた。
この時代にあんな甘ちゃんが居るとは今でも信じられない。出来れば酷い目に合わせたくないと思える男だが、自分の身の安全には変えられない複雑な気持ちがあった。
「この山って、一応パッデス男爵の所有なんすよね?」
「そうだが、どうした?」
「ノックスの町はザイルズ伯爵領じゃないですか。パッデスとザイルズは確か仲が悪いって言ってやしたよね?」
「そうだ、ここはザイルズ領ではないから我らが好き勝手にやれるのだ。
男爵領と言え、他の貴族領にザイルズが兵を入れる訳にはいかんからな」
「それなんすよ、ザイルズ領は治安が良いのに、パッデス領ではよく山賊に襲われるってことでしょ。やってる俺らが言うのも何すけど。
これが続くとパッデスが能力不足でそのうちすげ替えられるんじゃないすか?」
「それはないだろ。この辺りは畑作に向かないうえ、目立つ産業も資源もない。だだっ広いだけの不良債権のような土地だ。ここを治めようとする貴族はそうは居らんからな」
「罰ゲームの景品みたいなもんすか」
「そうだ、だから儂らみたいな者を使わんと懐が温まらんのだ」
「けど、商人からすりゃパッデスは当てにならん、無能だ、やめろと思ってるっしょ。
主要街道に普通に山賊が出るのはどうなんです?」
「この国はかなり広いらしいからな、中々全部には手が回らんのだろ。それに魔物だって襲ってくる。人に襲われるか、魔物に襲われるかの違いに過ぎん。そう割り切らんと山賊家業は勤まらんぞ」
「うひゃー、さすがお頭、良いこと言うっす!」
◇
道中、目新しいキノコを見つけると試しに食べてみる。
特に腹が減った感覚は無いが、本当にキノコを食べることで能力アップするなら食える時に食っておくべきだ。
笠を破ると赤い血みたいなものが流れ出てくる面白いキノコや、触ると手がヌルヌルになるけど普通に食べられるキノコもあって、森の中の散策はなかなか楽しく味覚的にも美味しいものだった。
ただ、暗闇でも見えると言っても落ち葉の下や脇の茂みの奥までは流石に分からない。何度か躓いて手を付いた。一度タイミング良く躓いたお陰で、後ろからフクロウに襲われるのを避けれたのは偶然だろう。
森をひたすら進み、空が白けてくる頃に整備された街道に出た。もっとも、この街道が安全だと、誰が保証してくれるわけでもないが――。
ここを左手に進めば半日程で最寄りの町ノックスに到着し、右手に進めば半日と少し歩いて農村に到着するそうだ。
別に急ぐ旅をしている訳ではないので、最寄り町に入る必要は無い。必要は無いが町に入った方が村に居るより金が稼げる可能性は高い筈。なので少し迷って町に向かうことにした。
歩いているうちに夜が明け始める。
この地には明確な四季はなく、年間を通して比較的穏やかな気候らしく早朝でも寒くはない。寒さが苦手な俺にはとてもありがたいことだ。
街道には幾つかの村へと続く脇道もあって、曲がり角には『何とか村はこちら』みたいな立て札も出ている。
そう言った村から出てきたのだろうか、早朝に収穫した野菜を町に運ぶ荷馬車や背負子を背負った農家さん・商人さんを追い抜いて行く。ほぼ手ぶらなので俺の方が速く歩けて当たり前。
そうして歩くうちに城壁が視界に入るようになり、歩みを続けるうちに並んだ何人かを視界に入れた。
◇
2人の手下がお頭の評価を爆上げしてから数時間後、アジトに1人の連絡員がやって来た。
「おう、キュウボウじゃねぇか、キトラさんはどうした? 今日来る予定だったろ」
「それが悪いもんを食ったみたいで、腹を下して動けないんですよ」
「あの人が? 有りそうで有り得なそうな話だな。生もんでも食ったんじゃねえか?
確か牡蠣が好物って言ってたしな」
「当たって以来、海産物は食ってない筈なんすけど。
まぁ、そう言うことで取引は3日後ぐらいになりそうだってことで」
「食料を期待していたんだが」
「アッシはスキルも道具も持ってないんで、自力で頑張ってくださいよ。干し肉持って来ただけ感謝して欲しいんですから」
「キトラさんに、次来る時はパン多目で持ってくるように頼んでくれよ」
「承知した」




