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第1話 えへっ、やっちゃった

お約束のテンプレスタートです。

 寒い……寒すぎる……。

 時おり寒風吹き荒む十二月のどんよりとした空から雪が舞い始めていた。思わず肩をすくめ、ポケットに手を突っ込む。

 ――そのときだ。

 この寒空の下では不釣り合いなほど、妙にハッキリとした音が耳に届いた。

 ヒュー――。

 文字にすれば、どこにでもありそうな“何かが空を切る音”。

 だが、その音は確実にこちらへ近づいてきている。

 嫌な予感が背筋を走り、その場で自然と脚の動きが止まる。反射的に空を見上げてしまったのが運の尽きだった。


 視界の端に映ったのは、どこかで見覚えのある輪郭。

 瓶の底――にしか見えない。どうしてこんな物が空から?

 次の瞬間、頭部に走った激しい衝撃と共に、俺の意識はプツリと途切れた。


 ――コポコポコポ

 何か温かく良い香りが鼻腔をくすぐり、途切れた意識を取り戻す。

 視界に飛び込んだのは、化粧合板の木目がそれらしさを演出する和室の天井だ。

 体を起こすと床は畳だった。ここは良い。

 すぐ隣に丸い卓袱台、編み籠に乗せられたミカン、それと湯気を立てる湯飲み茶碗。うむ、ここも良い。

 そして卓袱台を前にして座り、ニコニコと笑顔を浮かべる旅館の若女将のような出で立ちの洋風美女がパチリとウィンク……違和感が違和感過ぎるともう普通に思えて来るのが不思議なことだ。


「お茶をどうぞ」


 旅館でしか見ない曲げ木の座椅子に座ってお茶をズズズ……黄色の持ち手が付いたティーバッグが持ち手ごと湯飲みに浸かっている。しかも何故かしょっぱい。塩の入った紅茶なんて初めてだ。間違える訳がないよね?


「……」


 敢えて何も問うまい。


「何かご質問は?」

と、彼女の方が先に折れたらしく訊ねてきた。当然聞きたいことは色々ある。だが、聞いてはダメな奴だ。


「あいにくとザラメを切らしておりまして。

 代わりに形の似た岩塩など1つ入れてみたのですが」


 どおりで不味い訳だ。これは単に味の問題じゃない、形が似ていれば同じだろうという何処から出たのか分からない彼女の安易な発想に違和感を覚えた。


「形が似ていても安易な転用はダメですよ」

「やっぱりダメですか。でも私、毒キノコでも生で美味しくいけちゃう派なので、多分貴方もそうなのかと」


 どう言う理屈だ? 人間はキノコを生では食わないぞ。


「今後は自分と同じ食生活を人に押し付けないようにした方が良いと思います。では、私はこれにて」


 俺には分かる。この女神は“ハズレ”だと。

 だって何度もこう言うシーンをコミックで見たことがあるからさ。


「あっ、お茶菓子が無いから怒ってるんですよね?

 マヨネーズエノキとかどうです?

 ちょっと歯の隙間に引っ掛かるのが難点ですけど、マヨネーズ掛けると生でもイケますよ」

「それがエノキの石突きのステーキならいただくところなんですけど、残念です」


 手品のように皿を出す様子はさすが女神様だと思うのだけど、神の威厳も何も感じられない……やはり、この人に任せて大丈夫なのかと心配になる。いかにも神様って感じの人より相手をするには気が楽だけど、味覚だけじゃなくて生活や感性が人間とまるで違う気がする。


 それにしても……どうしてこうも菌類推しなんだよ? 人じゃないけど。

 部屋の壁には赤いキノコをモチーフにした可愛いぬいぐるみが飾られている。


「ごめんなさいね。私がなめ茸を落っことしたせいでポックリさせてしまいました」

「なめ茸ね……そりゃまた随分マニアックな逝き方しちゃいましたね……まぁ、別に理由は何でもいいです、さっさとチート下さい、それでチャラにするのでオールオッケーです」


 交渉するのも面倒だけど、死んだ俺を連れて来たってことはそう言う用意があるってことだろ。貰うものだけもらって素直に第二の人生に旅立つだけだ。


「随分達観してると言うか何と言うか。

 私、長年転生者を導く仕事をやってきましたけど、頭になめ茸被って死んでも怒らない人、初めて見ました。

 なめ茸被って死んだ人も初めて見たんですけど」

「そうでしょうねぇ……私もなめ茸ご飯に乗せて食べるのが好きなんですけど、頭に被ったのは初めてなんで。

 そんなことはどうでも良くて、言語理解と鑑定とアイテムボックスの異世界基本三点セットは必ず漏れなく下さい。

 それから詫びチートとして、全属性魔法適正と剣術と錬金術とあとテイムスキルとそれから……えーと――」


 こんなことなら普段からもっと真面目に貰うスキルを考えておけば良かったな。


「あの、何もしなくて良いので何も与えられません」


 聞き間違いかな?


「もう一回言ってくれ」

「あの、何もしなくて良いので何も与えられません」


 彼女は表情を一切変えることなく繰り返す。聞き間違いではないようだ。

 役所の窓口でもこんなひどい対応はないだろう。


「何も与えられないって、どゆこと? ふざけてるの?」


 間違って殺しておいて詫びチート無しで追い出すとは、随分ヤクザな女神様だな。


「真面目に言ってますよ」


 確かに彼女の目は笑っていない。


「貴方が転生する異世界で特に何もしなくても暮らしていけるよう手配しますので、能力は必要ありません。

 転生するので周囲の言葉は自然と身に付きますから不要ですし」


 何もしなくても暮らせるってことは、つまり裕福な貴族の三男坊とか?

 

「先に異世界に送った人達が好き放題やってしまい、幾つもの世界が大変なことになりましたからね。魔力大暴発による土壌汚染で泥鰌さえ住めなくなったり……他にも例を挙げましょうか?」

「あ、いぃえ、つまらないので不要で――」


 ギロりと睨まれ、一瞬心臓が凍るかと思ったよ、次から本音はオブラートに包んで出そう。


「ゴホン……なので、もうチート転生制度はありません。

 転生する人には何もせずに余生を送って頂ける環境を、自動世界転送システムが用意するように改善されましたので」


 効率優先なのは理解するけど、細かな部分の調整をはしょってるよね?


「お陰でチートを与える度に申請書類を出す苦行から解放されました」 

「なるほど、働かなくても衣食住が保証されているから何もしなくて良いと。

 悪くはないけど、でもそれじゃ全然異世界を満喫出来ないよね?」


 波乱万丈な人生を求めたい訳ではないが、それではメリハリの無い詰まらない生き方だ。

 出来れば常に平均以上で時々ブワッと盛り上がるような人生を送りたい……まあ、その「盛り上がり」が多少周りを巻き込むことになっても、後で謝れば何とかなるだろうし。


「あの、そう言う風に異世界を楽しもうと考えた方々が、先程申したように世界を目茶苦茶にしたことを理解して貰えませんか?」

「それは今まで異世界送りになった奴がやったことで、俺は関係ないでしょ」

「……ええ、そう皆さん仰るんです。

 『大丈夫』『自分は違う』『加減は分かっている』って……確かに最初の頃は生きるのに精一杯でも……それがいつの間にか……そう、人間とは力を自覚するとダメな方へと変わってしまうのですよ」


 優しく諭すように……そして、溜め息を吐く。


「おかげで幾つの世界と国が滅びかけたことか。試しに数えてみます?」


 ズズズっと岩塩入り紅茶を啜り、湯飲み茶碗を俺の方に押しやる。そして唇に指を当てるが騙されねぇよ。

 美人女神と間接キス? 甘いレモンティーなら歓迎だったさ。

 それにしても、世界を滅ぼしかねないヒャッハーって一体どんなことをしたんだろう?

 そうならないように気を付けるよ。


「数えるのは結構です。

 それなら、最初は『目立たず世間に埋もれるか埋もれないぐらいの感じ』で転生させて下さいよ。

 転生直後に戦いに何かに襲われるのも真っ平ごめんです。俺、こう見えて平和主義者のつもりなので、なるべく戦わずに上手くやり過ごしたいんです。

 女神様だって痛いのはイヤでしょ?」

「えぇ……それは確かに……」

「なので、向こうに行った時に『どんな能力が必要になるか分からない』ので、今ここで決めずに異世界に行ってから『必要になった時に、欲しいと強く願った能力を自動インストールする感じ』でお願い出来ます?」


 チートをやらないと言ってる相手に対して、この条件を要求するのはさすがにムシが良すぎるか?


「……そうですね……少々厳しいですが……それで良ければそのようにしましょう。

 ですが勿論、無制限にとは行きません。与えられる能力は3つまでですよ」


 3つね……ゼロベースからここまで引き上たんだから成功と言えるのか?

 決して多いとは言えないが、目立たず地味に生きて行けば、これで足りるかもな。


 俺の思考が長過ぎたのか、ここで彼女がチラリと壁時計を見る。これもキノコの形だよ。その形はともかく、とにかく急いでる感じが伝わってくる。


「どんな能力であれ、貴方が欲しいと思った時に自動ダウンロード出来るようにしておきます。では、そう言うことなのでサヨウナラ……やっと行ったわね」


 最後の方のセリフが途中から随分と早口になったと思えば、視界が急速にぼやけ始めた。

 さしてサヨウまで聞き取れたところで、何か強い力で黒い空間に引き寄せられて意識を無くした。 


 

「何よ、あれ? あんな気味悪い人間、初めて見たわよ」


 下界に落としたなめ茸の代わりに新しいなめ茸を天存で注文する。カートに入れて数秒で手元に届く便利機能だ。


「まだ皆はテレビでベースボール見てるから気が付いてないわよね?」


 新しいなめ茸の瓶を持って食べ掛けの食事の前に座る。丁度そのタイミングで誰かがホームランを打ったらしく、テレビを見ていた神々が一斉に盛り上がった。


 彼女は慎重に瓶の蓋を開け、たっぷりと白米の上になめ茸を乗せて掻き込むように食べる。

 一仕事終えて至福の時を過ごした彼女は、この後まさかの理由で制裁が加わることになるのだが、その話は別の機会に。

女神がキノコ推しかニンニク推しかで迷った。

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