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『隣人』

子は親を映す鏡、とは限らない

作者: 鈴木

 その魔法学校の最終学年の生徒達は、発表された卒業の為の最終課題の一つである魔道具制作の素材指定に困惑せずにいられなかった。

 よりにもよって思惟の森の資源を素材にせよというものだったのだ。


「なんでそーなるー」


 けたけた不謹慎(・・・)に哄笑しながら言われても、聞かされた内容が内容だけに善人でも常識人でもないカナンも尖った視線を愉快犯へ向けることはせず、遠慮なく辟易を表情に滲ませた。





 事の経緯としては、前の校長が不祥事を起こして首になり、


「首になっただけー?」

「文字通りだ」


 利権問題から他の都市より新しい校長が赴任してくることになったのだが、その校長が移動途中、思惟の森の前を通過した際に思いついたのだという。


「誘った-?」

「誘っていない。そいつが見たものは全て、あの地域では有り触れた生物ばかりだ」


 思惟の森の周辺一帯に常住している、してきた者達にとっては。


 時に敢えて辜負(こふ)族にとっては稀少価値のある生物を森の外周に配し、禁忌を軽んずる者の不法侵入を誘導することもある禁域だが、今回はそれほどの気紛れ?怒り?もなかったらしい。

 但し、


「――でも、他都市から来た新校長には物珍しかった、ですか?」


 それを見越してなんら手を加えなかった可能性も無きにしも非ず。

 禁域の過去の、人間が言うところの無情非情な振る舞いを思い返すに、そこをスルーすることは出来ない。

 そして、案の定、


「そうだ」


 苦笑と共に肯定された。




 ただ、新校長はそうでも、その町の住人達は禁域の禁域たる所以を知っていた。

 幸いにして?実感としてではなく、知識としてではあるが。

 勿論、住人の全員が全員ではない。人の数が多ければ多いほどイレギュラーは増す(少数が全て、の例はこの際置いておく)。

 全く知らない者も、知っていて尚存在否定をする者もいる。

 しかし、これまた幸いなことに(主に当事者達には)学校の最終学年の者達は禁域の非情をその身で体験しておらずとも思惟の森を恐れ、または畏れ、新校長の指示に従わなかった。

 卒業をする為に魔道具の制作に着手はしたが、材料は無難に己の住む町の中、或いは町の外でも思惟の森以外の採取を許可されている場所で調達した。

 そして、その事実を隠さず学校側へ申告した。

 どうせ出所など分かりはしないのだから、と安易に嘘をつく者はいなかった。

 それは、学校側を侮らなかったからではない、思惟の森を恐れたからだ。応報を恐れ、応報のあることを知っているからこそ、教師達も何も起こらない(・・・・・・・)ことで "思惟の森の素材である" と主張されるものが偽物であると容易く気付くと思ったからだ。


 ――――とはいうものの、その生真面目を押し通せたのも新校長に権力がなかったからこそではあるが。

 文字通りに前校長の首が切られた程の不祥事の後だ、独裁者になり得る者を新任の校長に据える愚行は上もしなかったそうで(化ける可能性を全く考慮しない迂闊さの有無までは一々調べなかったらしい――アウレリウスは)、我欲を主張するだけはする稚気というには毒の濃い面倒な性格をしてはいるが、執着も薄く、己の指示を悉く無視されてもあっさり引き下がったらしい。

 提出された魔道具が合格とするに足る出来だった者はみな、無事卒業して行ったという。


「今年はそーでも来年はどうなんかなー」


 (げん)の何割かは本気なのか、愉快がる表情でもなく不吉なことを呟いてくれたジョシュアに咎める目顔を向けかけたカナンは、隣から聞こえてきた「今年は、か……」という苦い声にそちらへ視線の先を変更した。愉快犯相手とは違って気遣わしげな表情で(その差に文句を言う資格はない、と共有域から愉快犯へ送りつつ。いや返しつつ)。


 カナンの無言の問いにアウレリウスが答えて言うには、一人だけ、いつの間にか行方不明となっていた生徒がいたのだそうだ。


 ただ、目に見えない力が働いているかのように誰もそのことには気付かなかった。誰一人としてその生徒の不在に意識を向けることはなかった。

 身内でさえ。


 ―――言うまでもなく、思惟の森の細工だ(とはいっても記憶を消したわけではない――禁域といえどその力はない。忌避結界の応用とのこと)。

 何故、そのようなことを?

 それは、カナンもジョシュアも聞かなかった。

 必要性を感じなかった。





 最初に愉快話としてカナン達に振ってきたのは[ホーム]へ遊びに来ている<あちら>の精霊達だったが、以降をアウレリウスが代わって解説するに至ったのは、彼らが気紛れで自ら話を振っておきながら詳細説明を面倒臭がったことに加え、アウレリウスも多少なりとかかわっていたからだった。――行方不明になった生徒絡みで。

 ただ、その点に関しては二人が聞かなかったからだけでなく、アウレリウス自身も辟易混じりの溜め息をついただけで率先して言及するようなことをしなかった。

 ありがち過ぎて語るまでもない、その為に割く時間が惜しい、そんな食傷の窺える溜め息だった。






「そういや、その一人って実行したのは一人でもきっかけ作った奴いるよな? そっちは放置なん?」


 誰かは言うまでもない。

 聞いた範囲では確かに未だ生存していそうだ。


「そいつの痛発言を放置した連中とか?」

「……」


 問いを受けたアウレリウスは暫しの沈黙の後、この男にしては珍しい凶悪な笑みを浮かべた。


 そういうことらしい。







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