108アイスクリーム
蜃気楼が立ち上る真夏の日差しの下。
町の一角では、涼を求める人々が行列を作っていた。
そこには最近できたばかりのアイスクリーム屋が軒を構えていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい。108アイスクリーム、開店です!」
店員たちの爽やかな笑顔に、瞬く間に注文は殺到、
人々は美味しそうにアイスクリームを頬張っていた。
「美味しい!」
「かき氷の上にアイスクリームが乗ってるなんて、贅沢だなぁ。」
「こんなに美味しいアイスクリーム、初めて食べたよ。」
「それだけじゃない、かき氷の中には果肉がたっぷりだ。」
108アイスクリームというそのアイスクリーム屋の行列は、
今日も一日中、途切れることがなかった。
町に新しく開店した108アイスクリームは大好評。
店には連日行列が長く連なっていた。
その噂は世間にも広まって、テレビ局の取材もやって来ていた。
アナウンサーらしき若い女が、テレビカメラに作り笑いを向けている。
「今日は、評判の108アイスクリームに取材にやってきました。
皆さん御覧ください。
暑い中、行列がぎっしりです。
お忙しい中、108アイスクリームの店長さんにお越し頂いています。
店長さん、ズバリお聞きします。
108アイスクリームの美味しさの秘訣は、何なのでしょうか?」
すると、店長と呼ばれた中年の男は、
でっぷりと突き出た腹を揺らし、脂ぎった顔で笑って答えた。
「はっはっは。製法は企業秘密なので教えられません。
ですが、材料は、ありふれていながらも手に入れるのが難しいものを、
こだわって使用しています。
人間の欲望の根源を引き出す、それが秘訣でしょうか。」
「なるほど、それが108アイスクリームの美味しさの秘訣なんですね。」
大袈裟に驚いて見せるアナウンサーの姿を、
影から恨めしそうに見つめる人達がいた。
大好評の108アイスクリーム。
それを憎々しげに見ていたのは、
他所のアイスクリーム屋や、かき氷屋の人達だった。
何せ108アイスクリームが開店してから、同業他社は閑古鳥。
お客を全て取られてしまったのだから、愉快なはずもない。
「くそっ、後からできた店に客を取られるとは。」
「108アイスとやら、赤字でやってるんじゃないのか。」
「あいつらばっかり儲けて、共存共栄を考えとらん!」
同業他社の店主たちは、恨みがましい目で取材の様子を睨んでいた。
すると、髭面の男が膝を打って立ち上がった。
「そうだ、そうだよ。
同業他社が客を奪い合ったら、共倒れになってしまう。
共存共栄って精神が、あいつらには足りないんだよ。」
「そうだな。それで?」
「あいつらにそれを教えてやるんだよ。」
「どうやって?」
「夜、店が閉店してみんなが寝静まった後、
108アイスの店に忍び込むんだよ。
それで、108アイスの製法の秘密を見つけて、俺達も真似するんだ。」
そんな良からぬ企みに、頭皮をきれいに光らせた男が慌てて言う。
「店に忍び込むって、そんなことをして見つかったらどうする。」
「見つかりゃしないさ。
あの店は新しく見えるが、古い建物を改装しただけだ。
警備も古いままで追加されてない。
裏口の鍵も古いままで、ちょっとした道具で簡単に開けられる。」
「だ、だがよぅ。」
「じゃあお前は、このまま俺達のような古い店が潰れてもいいって言うのか?」
「そうは言わないが・・・。」
「他の奴らも異論は無いな?
そうと決まれば早い方がいい。
今夜、みんなで集まって、108アイスの店に忍び込むぞ。
そこで美味しさの秘密を突き止めるんだ。」
そうして集まった店主達は、
やる気満々と不承不承の面々が入り交じる中、
108アイスクリームへの侵入を計画したのだった。
深夜。
静まり返った町に、こっそりと幾人かの人達が集まっていた。
集まったのは、108アイスクリームの同業他社の店主達。
日中に、108アイスクリームに忍び込むことを話していた人達だった。
「みんな、集まったか?」
「これで全員のはずだ。」
「よし。じゃあこれから、108アイスクリームに忍び込むぞ。
鍵開けは俺がやるから、みんな付いてきてくれ。」
「みんな、一応、姿勢を低くして、顔を隠しておけよ。」
「おい、押すなって。」
集まった人達は押し合いへし合い、
108アイスクリームの建物の裏側へまわった。
そこには監視カメラなどは見られず、裏口があるだけ。
裏口の古いドアには、これまた古い握り玉型のドアノブが付いていた。
握り玉型のドアノブの鍵は古く、道具を使って簡単に開けることが出来た。
ガチャッと意外にも大きな音がして、一同はビクッとする。
「大丈夫、誰もいやしないさ。」
「さあ、早く中へ入ろう。」
店主たちはおっかなびっくり、108アイスクリームの裏口を潜った。
深夜の町は静まり返っていて、それを咎める人はいなかった。
閉店中、しかも深夜の108アイスクリームの店内は、
昼間とは打って変わって人の気配がまるでなかった。
警備用の探知機なども見られず、まるで空き家のよう。
忍び込んだ店主たちは早速、店の中を調べ始めた。
「おい、何か妙なものは見つかったか?」
「いいや、こっちには何もない。
うちの店にもあるアイスクリームの機械と似たようなものだ。」
「かき氷の機械も、特別なものじゃないな。」
「そうすると、特別なのは材料の方か?」
「おい、裏の方に倉庫みたいなものがあるぞ。
食材を保存する冷蔵庫や冷凍庫もそこだろう。」
「よし、そっちに行ってみよう。」
店主たちは108アイスクリームの店内の物色を終えて、
次は少し離れた裏手にある倉庫のような建物に向かった。
倉庫のような建物は、確かに倉庫と冷蔵庫、冷凍庫のようだった。
手前には常温の倉庫があって、調理器具などが仕舞われている。
そこにはやはり特別なものは何もなく、
強いて言えば刃物が多いのが気になるくらい。
店主たちは冷気が漏れ出る金属の扉を開けてみた。
金属の扉の内部はやはり冷蔵庫だった。
冷蔵庫の中には、果物などが保存されていた。
「ほぅ、いい果物を使ってるじゃないか。
これはうちの商店街の果物屋のものじゃないな。」
「商店街の店を通さないなんて、新参者は礼儀を知らんな。」
108アイスクリームの美味しさの秘密は、特別に取り寄せられた果物にあった。
しかし店主たちはまだ納得しない。
「それだけが人気の理由ではないだろう。」
「おい、奥にもまだ扉があるぞ。
冷気が漏れてるから、きっと冷凍庫だろう。」
「よし、今度はそっちを調べてみるか。」
そうして店主たちは、冷蔵庫の奥の冷凍庫の扉に手をかけた。
しかし扉は金属製で分厚くて重く、容易には開かない。
まるで金庫のドアのような分厚くて重い金属の扉。
店主たちは力を合わせて、何とか開けることが出来た。
「せーの!よいしょ!」
「うくくく、よし!開いたな。」
「なんて重たい扉なんだ。」
思わぬ重労働に、店主たちは冷蔵庫の中ながら汗を流していた。
こんなに厳重に閉じられているということは、
この中には108アイスクリームの秘密があるに違いない。
店主たちはそんな確信を胸に、冷蔵庫の奥の扉を潜った。
重くて分厚い金属の扉、
開けたそばから冷気が漏れ出てくる、そこは冷凍庫だった。
かき氷に使うものだろうか。
あちこちに大きな氷が並べられている。
店主たちは氷を見て驚きを隠せなかった。
氷の中には、美味しそうな果物が丸のまま入れられていたから。
店主たちが驚き半分、感心して言った。
「これ、かき氷に使う氷だよな?
見ろよ、果物が丸のまま氷に入れられてる。
きっと果物ごと凍らせて氷にしたんだ。」
「なるほど、この果物が入った氷を使ってかき氷を作るから、
だから108アイスのかき氷は果肉たっぷりで美味しいのか。」
「敵ながら、よく考えてあるじゃないか。
果物を入れてる氷の方も、不純物が無い、いい氷を使ってる。」
「おい、こっちにも箱があるぞ。
きっと食材を入れてあるんだろう。」
「開けてみよう。」
同業他社だからこそ感心して、だから店主たちは気が付かなかった。
桐で作られた細長いその箱の外見に。
大抵の人は見覚えがあるであろうその姿形に。
店主たちは、冷凍庫に置かれた桐の箱の蓋を外してみた。
「なんだこれ?中も氷だ。」
「氷の中身は・・・うわあああああ!?」
箱の中にも氷。
そして氷の中で氷漬けにされているものを見て、店主たちは腰を抜かした。
氷の中には、一糸も纏わぬ若い女が眠るように氷漬けにされていた。
思えば、箱を開ける前に気がつくべきだった。
桐の箱と言えば棺桶ではないか、と。
店主たちは今更ながらにそのことに気が付いて、体を震わせていた。
震える体はもちろん、冷凍庫の寒さによるものではない。
「こっ、これって、人間だよな?」
「ああ、人形なんかじゃない!」
「本物の人間が氷漬けにされてるんだ!なんてこった!」
「これはどういうことだ?
死体が冷凍庫に隠されてたってことか?
それとも・・・」
店主たちが戸惑うのも無理はない。
ここは108アイスクリームのかき氷に使う氷が保存されている冷凍庫。
そこに人間が、しかも氷漬けにされて入れられている。
それが意味するところは、つまり。
「まっ、まさか、108アイスの美味しさの秘訣って・・・!」
「ありふれてるけど、手に入れるのが難しい食材って・・・!」
「あわわわ、俺たち、何を食わされてたんだ?」
「早く!ここから逃げないと!」
身の危険を察知した店主たち。しかし、一足遅かった。
背後から、分厚くて重い金属の扉が閉まる男が聞こえた。
慌てて駆けつけるも、起こってしまったことはもう変わらない。
冷凍庫の扉はピシャリと閉められ、押しても引いてもびくともしない。
すると冷凍庫のどこからか、声が聞こえた。
「当店の秘密を知られたからには、ただで返すわけにはいきませんね。
でも、安心してください。
あなたたちもすぐに出られますよ。食材として、ね。」
「た、助けてくれ!」
店主たちは扉を叩き、壁を蹴り、何とか逃れようとする。
しかし冷凍庫はまるで金庫のようで、
扉以外も分厚い金属に覆われていてびくともしない。
やがて全てが無駄と悟った店主たちは、
自らの身体が凍りついていくのをただ見ているしかできなかった。
その姿を、108アイスクリームの店長は、いやらしい笑顔で見つめていた。
「ぐふふふふ、人の欲とは扱いやすいものだ。
売れれば売れるほど、こうして食材の方からやって来てくれるのだからな。
食べる人も、自分が何を食べさせられているかなんて気にもしない。」
108アイスクリームの店長は、口から涎を垂らして、
見るもおぞましい醜く下品な笑顔を浮かべていた。
今日も、うだるような暑さの中、108アイスクリームが開店する。
「いらっしゃい、いらっしゃい。108アイスクリーム、開店です!」
何も知らない人々は、涼を求めて行列を作る。
「美味しい!」
「こんなに美味しいアイスクリームは初めてだ。
それにかき氷も。」
「このかき氷、果肉がたっぷりだ。
いったい、何の果肉を使ってるんだろうな。」
人々は見知らぬ果実の果肉に舌鼓を打ち、絶品な果物の味を愉しんでいた。
終わり。
梅雨も明けて暑くなって、冷たいものが食べたくなる季節。
アイスクリームとかき氷が食べたいと思って、この話を考えました。
お菓子やデザートなどは、私のような素人が料理を見ても、
材料に何を使っているのか判然としないことがあります。
自分は何を食べているのだろうかと、不安に感じることもしばしばです。
まさか108アイスクリームのような材料は使ってないと思いますが。
お読み頂きありがとうございました。