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第三章 「別離」


 それから二年が過ぎた現在。


 あの朝、帰って来た遥を父は叱った。酔い潰れて朝遅く起きたところで、姿の見えなくなった息子を心配したにしては、その顔色はあまりに白くなっていた。散歩に行っていただけだと遥は言い繕い、父もそれで納得した。関原と会ったことは決して言わなかった。少なくとも彼らは敵ではない、ということで遥は自分を納得させた。自分と父にはこの世界で守らなければならない日常があり、生活がある。関原らとの溝を拡げることで、生活の破綻を引き起こすことになりはしまいか? そこに個人的な興味も生まれていた。母のこと、母の祖国(くに)のこと、そして……爾麒(ミツルギ)のこと。


 二年の間、休暇を終えて千葉に戻っても、再び休みの機会を得て父の許に行っても遥が熱中するようになったことがある――爾麒を操縦し、「爾麒」と決闘(たたか)うのである。


 勿論現実の話では無かった。仮想現実空間の中に自分の他爾麒をもう一体生成し、その「爾麒」と対戦する。本来「ミツルギ戦記」において、機導神同士を対戦させるのはネットワーク間対戦を想定して実装が予定されている機能であるが、キャンペーンモードの製作と問題点洗い出しに注力するあまり、遥はこちらのプレイを等閑にする傾向があった。それに今更ながら「やり残し感」を抱いたこともある。


 「爾麒」の剣技をもう少し洗練させたいという動機で、遥は父の助力を取り付けた。AIに自分の癖を学習させ、そこに外部から剣術、武術に纏わる数値化したデータを取り込んで「爾麒」の接近戦能力を強化する。その過程で、遥個人の技量が対応できない可能性を樹は考慮し、数値を下げようかと提案までした。「こいつがボスキャラだったらこのゲーム、攻略不可能だよ」とまで、父は遥に言ったものだ。


「いや、いいんだ」

 それだけを言い、遥は時間ができれば「ミツルギ戦記」に没頭した。もともと千葉で「ミツルギ戦記」のプレイは一時間と父に決められていたが、ノートPCで使える簡易なVRシステムでも、グラの精度こそ落ちるが北海道の父の家で同様のシミュレートは可能だった。

 その一時間中、「爾麒」の接近戦能力は遥を圧倒した。分身とは言え多少「強化(イロ)」の付いている「爾麒」は強かった。彼自身、何度VRシステムを放り出してプレイを投げ出したいと思ったか判らない。ゲーマーにとって、相手に手も足も出ず徹底的に打ち負かされるのはゲームを愉しむどころではなく、却って苦痛になる、という事実を、遥は今更ながらに実感した。


 その負ける度に、もし機導神があるという神和に、この「爾麒」の様に強い機導神がいて、自分が戦わされることになったら……というありもしなさそうな妄想が浮かんだ。浮かぶ度に、関原の顔と「いやいやまさか」という否定の感情が込み上げてきた。むしろそれを、リアリティ志向の表れと遥は解釈した。「対戦」を繰り返すうちに、「完全体」に見えた「爾麒」にも癖が見えて来る。そこを突けば「爾麒」は容易に崩れた。AIの限界だろうか?――三度対戦して二度勝つかどうか……というところまで行ったとき、夏がまた巡って来た。



 そして二年の間もうひとつ、遥が気付いたことがある――あの男 関原もまた、遥と会ったことを父には明かしていない。


 以後も休暇を共に過ごした感触であることは勿論、二年の間、離れていても父と電話やメールでやり取りした結果の、それは結論であった。生来の義理堅さか、それとも何かの打算に基づく行為か、あの男は自分が息子と会ったことを父に隠している。隠したまま、未だあの元飛行場を根城に父と会っているのだろう。現状実害こそないが不気味な話だ。実害?……どんな?……などと想像と不安もまた膨らむ。「ミツルギ戦記」の完成もそうだが、この夏の間にやっておくべきことはもうひとつある。その「実害」が不運にもログハウスの戸を叩いたときに備えて――



「――遥? ハルカ?」

「……?」

 テーブルの対面から呼び掛けられ、遥は反射的に顔を上げた。父 樹が神妙な顔つきで無反応な息子を伺っていた。再び目を落とした先、アイリッシュシチューの紅茶色の湖面からは、湯気がだいぶ引いていた。


「どうした? 具合が悪いのか?」

「ああいや……」

 頭を振り、遥はだいぶ温くなったシチューの汁を掬った。父が地元の知人から譲ってもらった羊肉(マトン)を、遥が料理したものだ。「また腕が上がったな」と父は一口口に入れた途端に喜んでくれたが、その後の父子の食卓に、始めの様な和やかさは生まれなかった。ずっと躊躇っていたが故に、遥は夕食を愉しむことができなかった……それでも、やるとすれば今夜しかないのだという決意は、持て余し続けていた。



「……母さんの祖国(くに)って、どんな国なの?」

「……?」

 シチューの実を(すく)う匙が、止まった。

「神和って国、本当にあるんだよね?」

 切欠が掴めた途端、堰を切った様に言葉が出てきた。おれは何の話をしているのだろうか?……それを脳内で確認……否、整理しようと遥は努めた。その一方でメモ帳の羅列から弾ける様に、脈絡の無い言葉が出てくるのだ。


「母さんは、神和の人なんでしょ? 爾麒はあの世界に実在していて、母さんは爾麒に深く関わってる。母さんがいなくなった原因だって……関原は? あいつは味方なの?……いやそもそも、どうして父さんと母さんは出遭ってしまったの? おれはどうして生――」

「やめろ! もういいんだ遥!」

「――っ!?」

 怒りの発露では無かった。父が泣いていることに、遥は今更の様に気付いた。何度も込み上げる嗚咽を押し込めて、父は滲む涙を拭った。年の離れた兄とも間違われる位に端正な顔立ちは息子から見ても一片の乱れもない。


「全部終わったことなんだ……済んだことなんだ! 圭乃も神和も……そして爾麒もお前の人生にはもう関係の無いことなんだ……父さんは……父さんもただ、後始末をしているだけに過ぎないんだ」

「後始末……だって?」

 遥が凝視したときには、父は既に微笑(わら)っていた。父は微笑を(つくろ)っている、と息子には思えた。

「だが、それももう終わる。遥は心配しなくてもいいんだ……関原たちとももうじき縁を切る。これはお前との約束だ。そうだ……」


 語を継ぎ、樹は続けた。

「……今年の冬にでも言おうと思っていたんだが……『ミツルギ戦記』のリリースが無事に済んだら、一緒にアメリカに行こう。向こうの友人が会社を興したんだ。父さんにも来て協力して欲しいって……なあに、場所はテキサスの片田舎だから住む処には不自由しないよ。物価は少しばかり高いだろうけど……」

「……」

 それ……日本(ここ)から逃げるってこと?――出しかけた言葉を、遥は無理庫裏に喉奥に押し込めた。父の表情は普段の平静さを取り戻してはいたが、その言葉は少しの震えがあった。



 その夜は異例だった。

 遡ること二十年近く前、北海道を放浪していた父は幾つかの偶然と超自然的な采配の末、「異世界」神和に迷い込んだこと。そこで関原に拾われて機導神の開発に参加することとなったこと。そして当時、爾麒の操縦士だった当時18歳の母と出逢ったこと……過去については、それらだけを遥は父から聞いた。


 母が遥を日本で産んだことは、過去の写真と医療記録から既に遥は知っている。つまり一度、父と母は日本で共に暮らした時期があるのだ。その母が結局は遥を置いて神和に戻り、生死不明となった経緯については、父はその時は語らなかった。それらを語るのにもう少し時間が、心の準備が欲しいというのが、父の希望だった。それを咎める意志を、遥も持たなかった。

 十時を回り、寝室に下がろうとした遥を、樹は呼び止めた。それ以前に父が夕食後、家の何処かしかを探っている様子が息子にはすぐに察せられた。なんだろう?という軽い疑念は、父の取り出した数枚の写真で即座に氷解した。


「――いつかは見せようとは思っていたんだが……」

 その写真のうち二枚はなお、十一時過ぎに寝室に入った遥の手元に在る。照明を落としても尚、ベッドライトに照らし出して眺め続ける位に遥は心を奪われ続けていた。一枚の古めかしい白黒写真――「爾麒」の頭部に寄り添うように立ち、微笑と共に下界を眺める母の横顔だ。

 当時18歳という白黒写真の中の母は、家に飾られた写真よりずっと若く、瑞々しい。機導神操縦士の軍装という、全身にフィットする様に作られた機密服は、まるでSFアニメの宇宙服の様に、女子の柔軟な肉体美を際立たせている。その横で頭部の操縦席ハッチを開けたままの「爾麒」――成程、爾麒にはこうやって搭乗()るのか……などと、妙な感慨まで少年には生じた。


 そしてもう一枚――若い頃の父を挟むように立つふたりの女子の写真。一方は父に寄り添い天真爛漫なまでに微笑む母だ。その片方、長髪の母と対照的なボブヘアの少女が機密服姿でひとり、やはり父に縋る様に立っている。背丈の程と顔立ち、スタイルの良さまで母と同じ。だが鷹の様に鋭い眼、赤い唇をきゅっと噛み結んだ笑顔は、その裏に父と彼女、ふたり以外の他者を拒絶する峻厳さを見せつけていた。遥にはそう見えた……


「――朱乃だよ。母さんの妹だ」

 と、彼女に関してはそれだけを父は言った。関原がそうであったように、父も彼女に関しては表情を消して話した。少し複雑な生まれなんだよとも、父はふたりに関して言った。それ以上を詮索する意志を、遥は今のところ持たなかった。詮索する代わりに、遥は聞いた。




「――ふたりは強かったの?」

「――強いなんてものじゃない。ふたりは鬼神も同じだった。特に圭乃は特別だった。彼女は……圭乃は、今でも神和の軍神……つまり英雄だ」

「――英……雄」

 

「……」

 二枚を交互に見比べ、寝室で遣り取りを思い返す度に、遥の胸が震えた。父が「ミツルギ戦記」を作った真意を、今更ながら理解したかもしれないと遥は思った。父は異世界に渡ったという、自分の記憶と経験、そして愛した母の記憶を残したかったのだ。それならばあれ程に作りこまれた世界観も判る。そして息子の自分に「爾麒」に関わる一切を任せたのも――


「……」

 ふと忍び寄っていた睡魔が、ベッドの遥から意識を奪っていた。それに気付くのと同時に、微かに醒めた意識の片隅で、不穏な気配の存在にも気付く。気配が家の中でなく外に在ることを察したとき――

「……?」

 遥は眼を開け、周囲に目を廻らせた。闇に馴れた眼が、今自分が居る場所が、寝静まる普通の家であることを把握させた。次にはベッドから這い出て、カーテンの隙間から外を伺った……疎らだが、垣根越しに蠢く人影を見出したとき、遥は反射的にカーテンを閉じるようにした。


「遥?……遥!」

「……!?」

 寝室の戸を開けたのは父であった。遥が声を上げるよりも早く、樹は遥に着替えを命じた。声が常ならず上擦っていた。


「関原かな?」

「わからん」

 父が持ちこんできたLEDランプを頼りに身支度を終えるのと、居間から窓ガラスが割れるのと同時であった。半開きになった戸から、炎が揺らぎつつ広がる気配がした。ふたり同時に隙間から覗くのと、煙突から暖炉に投げ込まれた火炎瓶が、居間で跳ねて複数個割れる音が響くのと同時――居間は、あっという間に火の海となった。


「……っ!」

 舌打ちと共に、樹は窓を押し開けた。否、押し開けようとして失敗した。不意に窓を割ったのは火炎瓶でも石礫でも無かった。見えない力に押し倒され、肩を抑えて呻く父を見た瞬間、遥は駆け寄った。弾丸が複数、唸りを上げて外壁に刺さる音を聞くのと、傷口に触れた遥の手が、生温い朱に染まるのと同時であった。父子はほぼ同時に窓から這うように離れた。


「父さん!」

「傷口を縛れ! 頼む!」

 ベッドのシーツを樹は指差した。フォールディングナイフで切り裂いたシーツを延ばして、父の指示通りに縛るうち、止まらぬ血がシーツをも濡らしていく。その間も、襲撃者の気配はゆっくりと近付いていた。


「――国賊は撃ったか?」

「――いや、わからん!」

 勿論、日本語であった。気配、それも不躾で遠慮の無い気配が窓辺に迫る。窓に踏み込んだそれは星明りを背にして機関銃を構える、小太りの半纏姿となった。

「……!?」

 軍人じゃない!――察して息を呑み、同時に煙も呑んで遥は烈しく咳き込んだ。半纏姿が嗤いながら、銃口をこちらに向けるのが見えた。

「くそっ! 朝霧家の走狗か!……何故こんなところに?」

「死ね国賊!」


 叫ぶや否や、背後からの銃撃が男を窓から前のめりに押し倒した。と同時に、周囲から銃声が落雷の如くに轟き広がった。跳弾が家に当たる音、屋根から人が落ちる気配が、地面に人体が落ちる振動となって寝室まで伝った。遥は死んだ半纏男を踏み越え、潜みつつ外を伺った。果たして、撃たれたと思しき人間があちこちに転がっている。軍服姿もあったが、多くが私服姿で、それも大昔の任侠映画で見た様な、古めかしい装いに遥には見えた。多くが銃撃で死に切れず、自らが出した血の泥濘の上に喘いでいるようにも見えた。


「うそ……」

遥は思わず呟いた。現実に起きているとは思えない光景、思わず固まる遥のすぐ眼前、窓に近い一人が不意に起き上がり、遥に匕首(あいくち)を突き立てた――

「天誅!」

「……っ!?」

 暴漢の背後を黒い影が過る――否、背後に黒い影が音もなく舞い降りた。遥が叫ぶのと、影に背後から抑え込まれた男が喉笛を引き斬られるのと同時だった。噴出した血がカーテンと窓を汚す。遥も反射的に顔を庇うようにした。崩れる様な物音を立てて暴漢が斃れる。腕の隙間から見えた人影に、遥は修羅場を忘れて目を奪われた。関原に付き従っていたあの長髪の女が、短剣を手に立っている。

 遥と彼女の目が合った。この世の煉獄を味わい尽くしたかのような冷め切った目、速やかに短剣を収め、彼女は遥に手を延ばした。


「さあ、行きましょう」

「……!」

 遥は父を顧みた。駆け寄って起こそうと試みた。戸の方向にも火が回り始めていた。

「父さん立てる?」

「ああ……!」

 15歳の躯で、背の高い父を助け起こすのは難渋した。出血が酷いことに、遥は今更に気付いた。救急車を呼ぶ必要があると思った。肩を貸し、窓辺から父を落とす要領で逃がそうと遥は試みた。刺客を片付けたあの女が父を受け止め、両脇を抱えて引き摺って家から離した。だがその間――


「……!」

 何をやっているんだ?――庭で始まっていた新たな光景に、遥は我が目を疑った。何時の間にか庭に入っていた兵士が、瀕死の刺客たちを見つけて拳銃を撃ち込んでいる。四方で拳銃の発砲音が鳴り硝煙が満ちる。悲鳴も、声を振り絞った命乞いも無力だった。遥自身、窓から出て寝かされた父の許に駆け寄る頃には、ログハウスは巨大な篝火(かがりび)へと化し始めていた。正門に新たな気配の到来を察し、そこで遥の表情は強張った。


「関原……!」

 外套を纏った軍人の影が、兵士を従えて此方に歩み寄る。遥が声を上げるより早く、追い縋る様に駆けて来た二人の兵士に、関原の注意は向いた。煙の満ち始める中でも、二人が一人の両脇を抑えていることに遥は気付いた。


「こいつは?」

「黒雷会の頭目であります。逃走を図ったところを抑えました」

「待てっ! おれはあんたにっ!――」

 軽い銃声が二発。即座に放たれたそれは、連行された男の命を奪うに十分な弾数であった。足許から崩れた刺客の骸、握り締めた拳銃をそのままに、関原が近付いて来る。


「関原……おまえ!」と父。だが彼はそこで弱々しく咳き込んだ。

「急所は辛うじて外れております」と、女が告げた。それには無関心を装い、関原は言った。

「神和の(しがらみ)は複雑だ。結果としてこの先同じようなことは何度でも起こる」

「おれに何をしろと……!」

「樹、君には言っていない。僕は遥君と話をしている」

「おれ……?」

 思わず、遥は関原を見返した。とりとめも無く下を見ていた関原の半白眼が、ゆっくりと遥に向いた。眼に感情は無い。だが深遠まで対象を掴み獲らんとする眼、それに引き込まれそうになったところで、遥は踏み止まる。


「おれに何をしろって……!」と、遥は答えた。

「遥君、君には爾麒を見てから決めて欲しい。何を為すかを」

「爾麒……だって?」

「遥?……駄目だ! 神和(あそこ)にはお前が望む何物もない……!」


 樹は声を上げ、また咳き込んだ。呆然とする遥の前に、手袋に包まれた白い手が伸びる。

「僕と来い遥君。君は圭乃どのの生き様を知らなければならない」

「……」

 関原を仰ぎかけ、拳銃を握ったままの手が目に入る。拳銃を握る関原の手に、じんわりと力が籠るのを遥は見逃さなかった。

 駄目なのか、逃げられないのか――遥は眼を瞑り、そして頭を振った。そのまま立ち上がり、倒れたままの父を顧みる。


「父さん……おれ、すぐに帰るから」

「遥……うぐっ!」

 父は息子の名を呼び、そして沈黙した。「失神です。死んではいません」と女が言うが早いが、関原は片手を振り上げた。それを待っていたかのように、兵士たちの指示と号令が廻った。


「――撤収! 撤収! 急げ!」

「――ここへの通路妨害及び撤収車両の待機は万端か?」

「――ハッ! すべて完了しております!」

「――少しは時間が稼げるな……各位、事前の指示通り個々の集合場所まで移動せよ。集合の後移動し飛行場で合流、『転送』を実施する。時間が無いぞ」


 周囲から潮が退く様に兵士が走り去る。左右を監視の兵士に固められて家の門を出、少し歩いたところで、遥は遠ざかった家を顧みた。別の遠方からサイレンの音がした。だがこちらに迫るのにもう少し……否ずっと時間が掛かるだろう。

 その間に懐かしい日々の記憶は炎に包まれ、家と共に焼け落ちる。そして無数の身元不明の死体と、全てを失うかもしれぬ父が残される。今となっては懐かしい父の家。もう戻ることのない父との休日――関原が、軍服の女に言った。


黒蘭(ヘイラン)、遥君をたのむ」

「ハッ!」

「……?」

 流れる涙をそのままに、呆然としかけた遥の背を、白く長い手が軽く叩いた。先程遥の眼前で人を殺した女が無表情、だが厳めしい視線をそのままに少年に前進を促している。関原はと言えば、既に早足で先を行き、兵士たちに指示を飛ばしていた。まるで父からも、そして遥からも関心を無くしたかのように――


「行きますよ! 行けばいいんでしょう!?」

 歩調を早め、遥は歩き出した。待っているのがトゥルーエンドだろうがバッドエンドだろうが、とにかく展開を進めないことには全ては始まらない。その先――終わり――がどちらに転ぶかは、今は考えたくなかった。



 夜は、未だ明けない。



この投稿で、今年の活動は終了となります

みなさま、良いお年を

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