表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/44

第二十章 「秋ノ嵐 後篇」


 玉川邸までは、電車と地下鉄を乗り継いだ。

 参謀本部から決して近い距離ではなく、帝都関京市の西の郊外に社長の家は所在()る。富裕な地位の人間が都市の郊外に住まう傾向は、この世界でも共通のことであるらしい。近くはないとは言っても、一時期「居候」していたのだから、玉川邸に向かうこと自体は、遥にとっては造作も無いことであった。


 その玉川邸からさらに西、帝都の隣県の港街 横天戸には、条坊少佐と助教たちがいる。飛行艦隊の軍港が所在するその街に、艦隊横天戸病院が所在()り、蕃神との交戦を生還(いきのこ)った少佐らが収容されていると遥は聞いた。時間があれば、そこまでは足を延ばしたいのだが――


 携帯電話(ケータイ)があれば、国軍省にいる雪ちゃんたちと申し合わせて病院に行けるのにな――電車に揺られつつ、そのようなことを遥は考えた。


 ゆっくりと動き始め、速度が乗った客車の窓に(もた)れ、遥の目は漫然と帝都の街並みに向かう。

 川に渡された高架橋の上から臨む対岸、遠い南西の空で起こった惨劇からは超然として拡がる下町に、不条理よりもむしろ安堵を少年は覚えた。今のところ、ではあるが自分には帰るべき(ところ)があるとも思えた。しかし……帝都(ここ)が、帰るべき処? なんて妙な気分なのだろう?


 鉄橋の向こう。変貌(かわら)ない街並、懐古(なつか)しい街並――平屋の蝟集する下町を過ぎて、ビル街を横目に列車は走る。東京や幕張の超高層ビル群を知る遥からすれば、何処の地方都市かと思える程にビルの背は低く、その規模は駅前の貸しビルかと思える程に小さい。ただし窓の意匠や細かい装飾には、古臭さの中に生家を思わせる暖かさが宿っている様に見える。


 その間、始発駅では軍人とその家族が(まば)らに座っていた客車が、停車と乗降を繰り返すうち、生活感のある着流しと小袖、あるいは洋服と学生服で埋まっていく。立ち乗りもまた増える。席を立つ必要を遥は感じた――乗り込んでくる老人と女子供に、軍学校生徒は進んで席を開けねばならないと躾けられている。そして遥がさり気無く開けた席には、子連れの老人が座った。


「軍人さんだ」

 と、小さな手が遥を指差した。羽織と着流しに帽子(ハット)を被った老人がさり気無く子供の手を抑え、遥に会釈した。微かに頷いた遥に、老人の口が開いた。


「軍学校の生徒さんですかな?」

「はい、休暇を頂いたので」当たり障りの無いよう、言葉を択んで答える。

「南の空の方、大変なことになっておられるようで……ご苦労なことですなあ」

「どうも……」

 口籠る間も電車は走り、更に停車(とま)る。外の喧噪が増し始めていること、人の入れ替わりが烈しくなるのが空気として肌に伝わる。今日は平日、通勤者に溢れた早朝からだいぶ外れた時間帯の筈だが、生じた混雑は予想外に酷いと感じられた。


 浅月まで行くのだと、老人は言った。「孫と芝居を見に行くのです」

「浅月、いいですよね。レヴュウなんか」

「蕃神がまた何時来るとも限らないご時世ですからね。孫には楽しい思い出を作って置いてあげないと……」

「……」


 そうだ……帝都(ここ)も戦場になるのだ――忘れていたのではない。忘れたかったのだ。

 外出に緩んだ自分の顔を、正面から引っ叩きたい衝動に遥は駆られた。この神和(くに)に来て以来、過去二度の蕃神の出現に、自分は全て居合わせている。しかしその蕃神がこの神和(くに)の本土にどれ程の災禍を齎すことになるのか、遥には未だに実感が持てずにいる。

 交わす言葉が目に見えて減る。沈思する内に、電車が浅月で停車(とま)る。賑やかな歌謡曲や宣伝の声が、構内にまで聞こえてきた。老人が遥に会釈して電車を降りる。孫は、遥に向ける神妙な顔も其の儘に、老人に手を引かれて遠ざかる――混雑の頂点は、この辺りで越えた。


 

 所在(いな)いかもしれない……という微かな不安は、通された玄関に慌ただしく近付く玉川 八郎兵衛の気配を感じるのと同時に払拭された。

 喧しいが、懐かしい気配でもあった。だが遥の軍服姿を見た瞬間、厳めしい顔を涙に濡らした八郎兵衛の剛腕に強く抱きすくめられ、遥は一瞬玉川邸訪問という判断を後悔した。その後には怒涛を思わせる号泣が邸内に響き渡る。その喧しさに、八郎兵衛の分厚い胸に埋もれつつ、遥は思わず目を瞑る。

 

「――この玉川 八郎兵衛、感服致しましたぞ! 母上様も喜んでおられることでしょう!」

「――はぁ? なっ何が?」

「――この神和(くに)に残る決意をなされたのですな! 神和の民として生きる決意! 遥殿よう決意なされた!」

「――オイオイ何言って……!」

「――可南子! 寿司だ! 今すぐ電話して特上を注文(とっ)てくれ!」



 遥が驚いたことに、八郎兵衛は南西方面の戦闘で遥が捜索隊を救い、「疫」の撃神まで成し遂げたことまで知っていた。最初は関原からの一報、その次に幼年学校に詰める娘 玉川 小夜子の口から戦闘の様子を聞いたことを八郎兵衛は語った。、これらを想像するだけで母 朝霧 圭乃の生き写しの様だと八郎兵衛は言い、遥を通した応接間で、また男泣きに泣いた。

 気が付けば、二人を挟む卓上に茶菓子を運んできた可南子夫人もまた、目元を濡らしている様に見える。遥からすれば自分のしたことに、他者にそれだけ喜んでもらえるだけの価値があるのだろうかとも思え、夫妻の気遣いに気後れすら覚えた。



 八郎兵衛は、言った。

「爾麒はいま、発動機の換装作業を行っております」

「存じています」

「組付けた予備発動機の運転が上手く行かず、取り外して分解再組立の手筈となりました。遥君には申し訳が無い」


「ああ……」遥の表情が曇った。原因が不用意な朱乃との対戦にあるのは明らかだ。その遥の内心を察したらしく、八郎兵衛の口元が微笑むのが見えた。

「保管が悪かったのでしょうな……日本製の発動機は品質が良いので、神和(こちら)では扱いに困っておるのは事実です。しかし、それは時間が解決するものと楽観しております」

「神幹が無事と聞いたので、気長に待てればいいんでしょうけど……しかし情勢が……」

「再組立が終わるまでの暫定措置ですが、我が玉川機導神が開発し、現在機導実験部において試験飛行中の新鋭機導神に採用予定の発動機を搭載し、その代用に充てる積りです」

「替りがあるんだ……よかった」


 安堵しかけた遥の前で、八郎兵衛は頭を振った。

「ただし、(いつき)殿が持ってきた本来の発動機に比して四割がた出力が落ちます。この発動機が、現在我が国が爾麒のための用意し得る最高出力の発動機なのです」

「使わせてください。お願いします」

 この人は嘘を言っていない――八郎兵衛の真剣な眼差しを前にして、「わかりました」などと安易に応えるのは無礼だと、今の遥には思えた。八郎兵衛と対峙する眼差しから柔和さが消えていくのを自覚した。


 八郎兵衛は頷いた。

「遥君の言葉を聞いて安心した。ここは君の家も同じです。これからは休暇の度、我が家でゆっくりと為されるが宜しい」

「いえ、社長にご迷惑は掛けられません」

「ご逗留頂けないのですか?」八郎兵衛の口調が、焦った様に遥には聞こえた。

「関原少将から聞いていないかと思いますが、おれはいま、面倒な輩に追われています。ここにも連中の手が回るかもしれない。だから社長にはこれ以上ご迷惑を掛けられません」

「黒雷会、ひいては亜州空輸のことですな。息の掛かった者が幼年学校にもいるとか」


 あ、知ってるんだ……と内心で驚く。少し考えこむ素振りを見せ、八郎兵衛は言った。

「彼らに関しては関原閣下が手を回すと仰っておられました。まず黒雷会に睨みの効く政治家を当たる様ですな。亜空に関しては……蕃神の襲来が近付く今、『救国機』を駆る遥君に手を出して軍部の機嫌を損ねることはしないでしょう。いまは大船に乗った積りでおられるが良いかと思います」

「救国……機」思わず呟き、背筋が震える。

「遥君、爾麒のことですよ。一部の者は爾麒のことをそう呼んでおります。それにしても……」


 八郎兵衛の声が詰まるのを、遥は聞く。

「遥君、よく生還(かえ)って来てくれた……!」





 いまから艦隊横天戸病院まで行って、門限まで帰隊するのには無理がある――それが、遥が玉川邸を辞して艦隊横天戸病院に向かう旨を告げた時の、八郎兵衛の意見であった。

「朝に幼年学校の門を出て、始めから行って戻るつもりでもなければ横天戸(よこあまと)まで行くものでは無い」とも、八郎兵衛は言った。迅速な移動には軽便飛行船という手もあるが、幼年学校生徒たる遥の給金では運賃は余りに高額(たか)過ぎるし、校則で利用は禁止されている。運賃の額が、質素倹約を旨とする幼年学校生徒に相応しくない、というわけだ。


 事情は地図を見れば簡単なことで、幼年学校から横天戸病院まで向かおうとすれば、彼我の位置的に帝都の西の外れから東の外れまでを横断することになる。大神和帝國の法律で、帝都と定められている領域は東西に延びて広い。陸路で一周はおろか往復するだけで一日の半分近くを要する。幼年学校に門限があり、交通手段の移動速度を勘案すれば、寄り道は賢明な選択では無かったというわけであった。以前、位置的に帝都の東寄りに位置する玉川邸に一時起居していた遥が、当時の感覚で今日の予定を立てていたことに気付き、我が身の迂闊さを痛感した瞬間である。


「電報を打てば宜しい」と、八郎兵衛は言った。「日本に、電報は無かったですかな?」

「あったと思います。あまり使う機会無かったから……」

「では早速使って、慣れることですな」

 八郎兵衛は笑った。気が付けば、置時計の針が昼に差し掛かっていることに気付く。風に乗り、玄関が騒がしくなるのが聞こえた。廊下に軽い足音が聞こえ、引かれた襖から可南子夫人が遥に笑い掛けた。


「遥君、お寿司来たから食べて行きなさい」




 玉川邸を辞したのは、昼をだいぶ回った刻限である。

「ああそうそう、これ小夜子ちゃんから」と、見送りに出た可南子夫人に渡されたスマートウォッチに、遥は目を丸くした。日付こそ合ってはいないが。充電されている。


 小夜子さんが、どうにかして手を尽くしてくれたのだろうかと、遥は考えた。玉川邸には当然、夫妻の娘たる小夜子の部屋があるのだが、彼女不在の間「入室厳禁」と立札が掛けられていたのを遥は思い出していた。

 当然遥は過去の玉川邸滞在の内に、一度として彼女の部屋には足を踏み入れていない。母親たる可南子夫人も、「わけのわからない機械と不気味なロボット人形がたくさんあるから、あまり入室(はい)りたくない」と言っていた程だ……機械? ロボット?……遥からすれば、何か「ひっかかる」話でもある。しかしそれらは、遥自身が幼年学校に帰着(かえ)り、小夜子さんと会わないと解決しない類の話にも思えた。


 久し振りで腕に填めたスマートウォッチを、遥はまじまじと眺めた……手動で日付を合わせた液晶画面の中で、何事も無かったように時が刻まれる。数か月間離れていた自分の分身、それを数年越しで取り戻した様にも思えた。休みになったらまた来るようにと八郎兵衛は言い、遥は敬礼で応えた。軽い足取りもそのままに駅に向かい、隣接する郵便局で病院の条坊少佐に電報を打つことに遥は決めた。



『教官、療養うまく行っていますか? 教官のお陰で夏秋は生還することが出来ました。近い内、土産持参で御礼に参上します  夏秋 遥』


 送信料が思いの外高く、それ故に文章量が制限されることに遥は内心で面食らったものであった。窓口の局員すら、文面を長考し、たどたどしい筆遣いで申請書を埋める遥の手際の悪さに「こいつ田舎者か?」と訝し気な目を向けて来る。その内に、遥の背後で同じく電報を打つ人々が列を作り始める。追い立てられるように書き終えた申請書を渡し、代金を払って郵便局を出た時、外が騒がしくなっていることに遥は気付く。


「号外! 号外! 機導神隊が蕃神を討伐したよ!」

 鈴を鳴らしながら号外売りの少年が叫ぶ。撒かれるように配られる号外新聞に、居合わせた大人たちが一斉に群がって集まる。舞って地に落ちた一部を拾い上げ、遥は思わず目を見開いた。


『――南西の空に萌ゆる若櫻 幼年学校晴嵐隊 寡勢にて蕃神五十鬼を掃滅す!』

「……!?」

 派手な見出しと機導神の写真の下で、閑清院 允且とその仲間たちが軍刀を握り威厳を繕っていた。上げた戦果に勝ち誇っている様にも見える。困惑の一方で、報道写真の彼らがこれから敵艦に突っ込む特攻隊員の遺影の様にも思え、自分のいる神和(くに)が普通の国ではないことを、遥は改めて思い知らされたものであった。


 報に接し、参謀本部で関原 信雄が教えてくれた情報が、今更の様に遥の脳裏で点滅を繰り返す。

 号外記事は遥たちが訓練空域を離脱して程なく、入れ替わる様に空域に進出した飛行艦隊の機導神母艦に配置された「晴嵐隊」が新鋭機を駆り、相当数の蕃神を撃破したことを伝えていた。彼らより先、生徒隊が経験した苦闘とは全くに違う、それは赫々たる戦果の披瀝であった。

 「政府はこの幼年学校の勇士たちに、皇主陛下の御賞詞を以て報いることを検討している」と、記事は結んでいる。自分たちとの落差に困惑するより先、今後の戦況の方が思い遣られ、遥は表情を曇らせたものだ。蕃神の数が増え、その出現頻度も増しつつある……神和(このくに)は、戦い抜けるのだろうか?



 動き出した客車の中でも、遥の困惑は続いた。周囲の客もまた、号外を配られた時の熱狂から一転し、蕃神が襲来してきたときは家財をどうするべきか、家族を何処に避難させるべきか、険しい顔で話し込んでいる様にも見えた。


「――しかし、政府(おかみ)は我々を簡単に逃がしてくれるのかねえ……」

「――有海田(うみだ)町の南なんて、第二次の時に逃亡禁止令が出たんだろ?」

「――蕃神を引き付けるために犠牲にされたんだってな……酷い話だよねえ」

「……!」


 背後の席から漏れ聞こえる乗客の話に、遥は半ば唖然として背後を顧みる様にした。日が傾き始めた街、影に染まり始めた街の一角、列車の東上に従って近付いてきた建物に、遥の愁眉が開く。城郭を思わせる佇まいには、見覚えがあった。軍振会館(ぐんしんかいかん)?――行くと決めたのと同時に、スマートウォッチに目が行っていた。幼年学校の門限と、今表示されている時間を、自然と天秤に架ける。


「まだ間に合うか……?」

 列車が停車する。柄にも無く、遥は駆け出して改札を抜けた。乗降の客が驚いて疾走する幼年学校の生徒を見遣る。一区画を抜けて、軍服姿の目立つ往来の生じている建物の前で、遥ははたと足を止めた。石段を昇って玄関を潜る寸前に、深呼吸が必要であった。深呼吸を終えるまでも無く遥は正面玄関を潜る――


「――!」

 軍用外套姿の「軍神」朝霧 圭乃像。その眼下に立って仰いだ瞬間、遥から俗世の(しがらみ)も騒がしさも消えていく。その瞬間に、ホールを行き交う人々のことも気にならなくなる。それこそがこの世界に於いて、夏秋 遥が母の存在を感じていられる唯一の手段であった。


「……母さん、こういうこと(・・・・・・)になってしまったよ」

 思わず呟き、遥は背を糺して敬礼した。銅像が答礼なぞする筈も無く、彼女の息子もそれを期待していない。微笑交じりの母の眼差しが、ただ無心に敬礼する少年を見下ろしている。恐らくは台上の母は、息子の変貌り様に内心で呆れているのかもしれない。それでも目を合わせて仮初の母と対峙する――それだけで少年の胸が熱くなり、勇気もまた湧いてきた。敬礼を解きかけたとき、銅像を挟んだ向こう、エレベーターと階段の両方を占拠した嬌声が、和服姿のご婦人方の群となってホールに溢れ始める。


「……?」

 怪訝に思い、予定表を見て納得する――報國婦人会帝都本部定例会議。司会 陸軍少将 ○○ ×男  ゲスト 古星 デンカ――

「デンカ!?」

 思わず声に出し、遥はバルコニーを見上げた。その先、婦人に囲まれた巨躯が色紙にサインをしているのが見える。時折焚かれるフラッシュが、決して広くはないバルコニー部を照らし出す。その度に見慣れた丸眼鏡が遥の目に入る。こいつと関わって、とんでもない面倒に巻き込まれた記憶が、遠い昔の事の様に少年には思い出された。

 お笑い芸人じゃんか。相変わらずだな――ホールに溢れ出た着物の波に圧されるように踵を返し掛けた遥と、サインを切り上げ、何の気も無しに階下を見下ろした古星 デンカの目が、そのとき合った。


「あーっ!!」

「げっ」

 叫ばれる。知らん! 知らんぞ!――母に別れを告げるより、面倒ごとを避けたい一心が先に立つ。逃走に転じた勢いもそのままに、遥は軍振会館を抜けて駅に走った。往来の流れに逆らう様に走る内、黄昏に染まり始める駅舎に近付くにつれて、笑いが込み上げてきた。悪戯に成功した時の達成感に、それはよく似ていた。




 帝都を離れた列車が東へ向かい、幼年学校の最寄駅で停まっても、遥に安息は許されていなかった。

 やはりと言っては齟齬があるかもしれないが、到着時間を図りかねたのである。列車の行足が遅く、予定到着時間が学校の門限ギリギリであることを、遥が揺れる客車内で悟ったとき、降車駅に一歩を標した彼が為し得る行動はひとつしか残ってはいなかった。

 日本でも寝坊して学校に遅刻するかしないかで、体力と神経を摺り減らした経験は遥自身無いでも無かったが、この時はやや趣が違った。校則では、門限までに幼年学校の正門に滑り込まないと翌週以降は外出禁止、最悪営倉行きだ。簗吹 騎亜と最初に出逢ったときの事が思い出され、それが息を継いで疾走る遥に力を与えた。恐怖の為せる業だ。


 かつて原動機付自転車で、後席(うしろ)に騎亜を乗せて走った道を、見慣れた飛行場を横目に走る。未だ明るかった空が、赤黒く染まり始めているのに気付く。直線道路がやけに長く、ともすれば永遠に延びている様に感じられる。その上に寒い。黄昏の加勢を得た秋風が冷たくなったその手で、走る少年の躰を無分別なまでに撫で付ける。初めてこの神和に来た時と違い、周囲の空気から、逆上(のぼ)せあがる様な暑さはすっかり消えていた。


 このまま冬になり、年を越しても、自分は日本に帰還(かえ)れず、未だこの神和(くに)にいるのだろうか?――考えながら疾駆(はし)るうち、遥は閉じられる準備が始まった正門に、その身を捻じ込むように駆け込んだ。構内に踏み入った直後、課業終了の喇叭(ラッパ)が高らかに鳴った。


「馬鹿者! 門限ギリギリではないか! 弛んでおる!」

「ヒェッ」

 待ち構えていた様に、衛兵指揮官の怒声が飛んだ。思い返せば、この幼年学校(がっこう)にはまだ本科の二年三年が残っている。学校としては機能しているのだ。怒声に背を糺した遥を凝視し、衛兵指揮官の中尉は言った。


「今日外出休暇を取得した夏秋生徒は貴様か?」

「そうであります!」

「整備隊から言伝を与っておる。帰着申請後すぐ格納庫へ向かうように」

「はっ! 夏秋 遥!」


 爾麒(ミツルギ)か!――電光の如き緊張が、外出の余韻に席を譲る。指揮官が目配せで遥かに行くよう促した。敬礼した遥の耳に、やはり遠雷を思わせる自動車の走る音が近付いてきた。遥を叱り付けたときと一転し、衛兵指揮官の顔から血色が引いていく。「気を!ー付けぇ!」――下士官の号令が心得た様に、雷の如くに落ちる。その場の下士官兵が小銃を抱いて整列し、指揮官と遥もまた彼らに続いた。隊列の眼前で停まる将官専用車を前に、遥はその顔から感情を消した。後席に収まっている人間が、遥には信じられなかった。


「……」

 なんで朝霧 朱乃(こいつ)が――困惑を押し殺さんと努める遥の眼前で、後席の窓が開く。白皙の美貌が、軍服を着て険しく車外の幼年学校生徒を睨んだ。遥より先、衛兵たちがその眼光に射竦められているのを、遥は肌で感じた。空気が、知らず震えている。


「……」車上の機導神軍団総監 朝霧 朱乃から、自分もまた射竦められるのを遥は自覚し、耐えた。

「軍学校生徒の分際で凱旋将軍の如く悠然と帰着か夏秋 遥。お前も随分と偉くなったものだ」

「……!」

「精一杯遊んだんだ。死ぬかもしれないからな……あんたのせいで」

「そうよな。南西で死ぬべきであったお前は、まだ死んでいない」

 言葉を無視されたと、遥は感じた。

「爾麒を枕に、母子(おやこ)共々さっさと死ねばよいのだ。今度はしくじるな」

「……!」

 くそっ!――結んだ口の奥で、怒りに歯を食い縛る


「四宮 雪子を残す」

「は……?」不意の言葉に、自ずと愁眉が開く。

「朝霧一門に無学は許されぬ。特別休暇の間、同期に追いつけるよう研鑽し、精進せよ」

「ちょっと……!」

 遥が見返すより早く、車が動き出した。呼び止めたくて上げかけた声に、衛兵指揮官の号令が打消すように重なる。

「閣下に捧げぇー筒!」

「……ッ!」


 今はただ、唖然として学校の外、少年は立ち尽くして遠ざかる車を見送る。




 格納庫に向かう足が、自然に早まった。

 格納庫に踏み入った時分には、太陽はその紅い輝きを地平線の端に落とし掛けていて、それでもなお、格納庫は整備兵たちの生む喧噪が、照明の下で昼間の様な活気を漲らせ続けている。喧噪の中に四宮 雪子を見出すのと、爾麒の横に立つ機導神一機に、思わず怪訝の目を向けたのとほぼ同時であった。遥を顧みた雪子に対峙する様に佇む黒い機影。気圧されるように遥は駈足を止め、雪子は機影を背に遥と対峙する――九五式だと、その精悍な機影を遥は内心で驚いた。黒一色だが、派手な塗装だ……誰が搭乗()るのだろう?


「遅いですよ。遥さん」

「御免」

 突き放すような口調に頭を下げて謝り、そして遥は上目遣いに雪子を見遣った。見下す様な雪子の眼が、遥からすれば厳格さ以上に滑稽さを喚起し、遥は思わず噴き出した。

「何を嗤ってるんですか?」

「その蔑む顔、()いよね。可愛い」

「……!」


 憮然とした少女の頬が、信号が替わる様に朱に染まる。怒りと羞恥の相克が一瞬、最後には「揶揄(からか)わないで!」と怒鳴られる――怒られつつも、雪子の扱い方が次第に理解(わか)ってきたようにも感じられた。

「小夜子さんが呼んでますよ」と雪子が指差した先、解放された爾麒の頭部から、その玉川 小夜子が這い出るのを遥は見た。眼下に遥を見出すや、丸眼鏡の相好が崩れるのも見えた。「遥君、こっちこっち!」――小夜子は声を張り上げて手招きし、遥は呼ばれるがまま仮設階段を駆け上る。休暇の前夜には重病患者宜しく爾麒の周囲を取り巻いていた配線や治具(じぐ)の類が、今では(ほうき)で掃かれたように消えている。


「遥君、遅い!」

「すみません! それと……」

 腕のスマートウォッチを、小夜子に翳す様にした。「直してくれて、有難うございます!」

「それに関しては後で聞きたいことがあるんだけど、いまは爾麒ね」

「はっ、ハイ!」

 すんなりと話を逸らされた様にも思え、外界から持ち込んできた浮かれた気分を(たしな)められたようにも思える。小夜子は操縦席を譲るようにし、促されるがまま遥は腰から落ちるように座席に収まった。その瞬間、機内から生じた青い光が、蛍光灯の瞬く様に点滅する。外から操縦席を覗く小夜子が、感嘆を隠さずに遥を見遣る。


「感応した?……通電していないのに」

「……?」

「圭乃さんのときと同じだ……爾麒が、乗り手を受容(うけいれ)てる……」

飛行(とば)せますか?」

 遥は聞いてみた。頭を振り、小夜子は言った。

「今日はやめといた方がいいかも。もう夜だから。それに……」

「それに……」

「朱乃さんが、未熟者を夜に飛行(とば)すなって」

「あいつ……」苛立ちがまた、込み上げる。小夜子は困惑を隠さない。


「やっぱり嫌いなんだ……あの(ひと)のこと」

「……」

 聞かれ、遥もまた困惑する。

「朱乃さんも先刻此処に来て、この席に座ったんだよ」

「どうなりましたか?」

 遥の問いに、また頭を振る。

「何も……何も無かった……その間、あの人は無表情だった」

「……」

 言葉に困惑(こま)り、小夜子を顧みる。「あの人、暫く座って……そして雪子ちゃんを置いて帰って行った」

「……じゃあ、明日から飛行(のり)ます。いいですか?」

 小夜子は頷いた。話題を変えたくなって、思わず口に出た。「そうだ……」

「……?」

「今度総監(あのひと)に会ったら。言伝願いますか?」

「……」

 小夜子は何も言わない。だが聞く素振りをした。それが遥には有難かった。

「また爾麒に搭乗(のせ)てくれて、有難う……って」

「フフ……」


 小夜子が微かに笑った。苦笑では無かった。

「今日はここまで。ホラ、雪子ちゃんが待ってるわよ」

「え?」

 指差された眼下を思わず見遣る。遥からすれば、雪子がやや顔を曇らせて、自分たちの遣り取りを伺っている様に見える。促されるがまま遥が爾麒を降りて戻って来たとき、その顔には怜悧(れいり)さしか残っていなかった。


「遥さん、夕食の後、自習時間になります」

「……あ、うん」

「遥さんには特別休暇の間、勉学に励み、同期の末席に喰らい付く位には学科に精通してもらいます」

「べ、勉強するの?」

「当然」と言わんばかりに、雪子は無表情を変えずに頷いた。

「朝霧総監閣下からは、貴方を縛り付けてでも机に向かわせろとご指示を頂きました。閣下は貴方の学科成績に、甚くご心痛であらせられます」

「成績をチクったのか? あのババアに」

「チクる? その面妖な言葉遣い、いい加減におやめなさい」

「あのね、オレには人権ってものがあるの。生まれた時から人権を持ってるの。あのババアや雪ちゃんに学校の成績とか生活まで決められる謂れはないの。その気になれば今すぐあの壁を越えて、軍隊を辞める権利だってあるの」

 遠方の外壁を指差し、遥は言った。

「ジンケン? そんな御大層なもの、誰からもらったものなんですか?」真顔で聞かれ、即座に口籠る。

「うーん…ア、アメリカ……」

「そのアメリカという(かた)がくれたジンケンを大事にしていれば、進級できるのですか? 蕃神に勝てるのですか?」

「それは……勝てないや」

「では勉強をしましょう。ジンケンとやらよりもずっと蕃神との戦いに役立ちます」

「それとこれとは別!――」言い返そうとした遥の腕を、外見からは想像も付かない力で雪子は掴み、そして引っ張った。格納庫の外へ向かい引き摺られるがままの遥を、玉川 小夜子は再び腰を下ろした爾麒の操縦席から、微笑と共に見送っている。





 起床喇叭が鳴る。簗吹 騎亜にとって、一週間振りに経験する幼年学校の一日の始まりだ。彼女だけではなく、先日に郷里より帰隊を果たしたばかりの関央総軍幼年学校機導神科二年三年生徒の日常が、一週間前の異状から正常に転じたことを示す喇叭の音である。


 「生還」から、一週間は矢の如くに過ぎた。


 一週間――「幼年学校生徒の戦場での活躍に報いる」名目で与えられた慰労休暇を謳歌する間、騎亜たちが生還を果たした南西の空では、入れ替わる様に展開を果たした軍と蕃神との衝突が頻発した。あの「(えやみ)」の様な重大な脅威は出現せず、それら衝突のいずれも小規模な戦闘であったが、負傷者が出れば未帰還機もまた出ている。数的に重大な損害では決して無い。それでも死傷者が出たのだ。看過するべき事態ではなかった。


 有事の影が、学校にも着々と迫りつつあることを肌で感じる。幼年学校に帰着した夜、やはり一週間振りでの日夕点呼の時間、騎亜たち機導神科生徒は自分たちがその特殊な立場なるが故に、帝都防空戦力の一翼として組み込まれていることを知った。



「――お前たち幼年学校生徒は、本日付で『教導機導師団』付となった!」

「――……!」

 隊付士官の第一声で、生徒隊の隊列は震えた。

 教導?――師団?――あまりに急とも思える命令……否辞令に、少年少女は誰しもが戸惑う。誰もが今更ながらに、軍学校生徒としての気概が休暇で緩んでいたことを自覚する。当然と思っていた日常が、戻ってこないという感覚――


「――教導機導師団は、帝都の各機導神学校と明南機導神学校を帝都防空司令部の指揮下に統合し、機動的に蕃神の侵寇に対処する新設の機導神部隊である。予備配置ではあるが、機導神科の生徒諸子には蕃神の帝都再侵寇あるを覚悟し、それなりの準備をしておくように! それは即ち!――」


「――……」隊付が言葉を溜め、気圧された生徒隊の隊列が更に緊張する。

「――速やかに己が身辺を整理し、遺書を書け。書き上げたものは本部にて預かる。諸子も軍人であるならそれ位やってのけろ! 幸いこの中には既に実戦を経験した者もいる。未経験者は彼らに進んで話を聞き覚悟を固めろ、経験者は未経験者に実戦の何たるかを秘する処無く教示する様にせよ。今回の有事は、諸子らにとって軍人精神涵養の好機と思え!」


「――……」

 救いを求める様に、騎亜はさり気無く隊列を見回した。隊の最前列。重謹慎が解けて「シレッ」と隊列に収まってる連中に、思わず眼が険しくなる。自称「大神和決戦機」たる「キ‐105Ⅰ」――九〇式機導神改を引っ提げ、空路から鳴り物入りで幼年学校への復帰を果たした連中。閑清院 允且とその取り巻きたちだ。南西の戦いで「生き残った」という感慨しか湧かない騎亜に対し、幼年学校生徒でありながら同地で赫々たる掃討戦果を上げてきた彼らは、それ以前の罪科も忘却(わすれ)たかのように胸を張り、生徒隊の最前列を占めている。


 その彼ら「晴嵐隊」からやや距離を置き、四宮 雪子が立っている。

 直接の蕃神掃討に寄与しなかったが故に、黒田 龍衛門校長直々に撃神徽章を授与されるに留まった騎亜からすれば、単機よく蕃神を複数撃破し、仲間を助けて帰投を果たした雪子の姿は眩しく映る。それも、閑清院たちの様に実戦機を駆った上での、優位な態勢からの掃討ではない。実戦機ではない練神に身を預け、文字通り「生き残った」騎亜とは置かれた状況も技量の冴えも違う。違い過ぎる。


 その雪子は二年生徒の隊列の中に在って、捜索隊に従軍したが故に、却って孤高の度合いを深めている様にも騎亜には思われた。志願従軍ではなく、捜索飛行中を「巻き込まれた」形になった自分からしても、平時気分の色濃い幼年学校に於いては独り居心地の悪さを感じているのに――


 そしてもう一人、「疫狩り」夏秋 遥は――

「――……いない」

 思わず騎亜は呟き、隣の同期が怪訝に騎亜を見遣る。「皇国への献身」だの「名誉の戦死」だのを称揚する隊付の講話は、終わる気配も無く続いている。拝聴の姿勢を取る生徒隊の中に、騎亜が最も会いたいと思う夏秋 遥はいない。隊付士官も生徒隊の皆も、まるで夏秋 遥が初めから幼年学校(ここ)に存在しないかのように振舞っているように思える。


 そして騎亜は再た(いぶか)る――この一週間、雪子と遥は同期が誰もいない幼年学校で、何をしていたのだろう?


 いけない!――消灯の始まった部屋、毛布で顔半分を隠しつつ、騎亜は身震いしたものだ。


 長い講話が終わっても、雪子に声を掛ける勇気は騎亜には残されていなかった。今後の実戦部隊配属への不安以上に、あのふたりの関係の方が、独り寝台に身を横たえる騎亜には気に掛る。最悪の想像を持て余す内に浸透した眠気は、それが深くならない内に少女を朝へと(いざな)う。結果として眠れないままに、騎亜は幼年学校における新たな転機の朝を迎えることになった。入校から二年の間に躰に刻み込み、染み込んだ手順に従うがまま寝具を整え、騎亜は制服を着て屋上へと駆け出した。夏秋 遥のいない夜、夏秋 遥のいない廊下と階段の喧噪が、今となっては味気ない。


 それでも日が替わり、屋上でなら遥と会える――確信すら伴った希望は、整列を果たした生徒隊の中で、端正の中に困惑を隠さない雪子の顔を見出した途端に霧散した。時折出入り口付近を顧みて表情を険しくする彼女に、自分の眦もまた曇り始めるのを騎亜は自覚した。


 生徒隊が帝都防空の戦闘序列に組み込まれても普段通り、区隊長と隊付士官による点呼が始まる――「一人足りない」という声が出るのは、存外に早かった。彼が幼年学校に足を踏み入れたほんの数か月前と比べ、今となっては校内における彼の存在感は、余りに大きくなり過ぎている。騎亜からすれば、夜に姿の見えなかった彼の実在を確認することの出来た、安堵すら催した瞬間であった。


「――いないの、『疫狩り』じゃないか?」

「――あいつ、また寝坊かよ」

「――馬鹿者め、戦功に驕ったか」

 

 困惑と愚痴が飛び交う中で、四宮 雪子が駆け足で区隊長の前に進み出た。騎亜の位置では壇上の区隊長を仰ぎ申告する雪子の発言は解らなかったが、申告が始まった途端、ただでさえ険しい区隊長の顔が、鬼瓦の様に歪み始めるのを騎亜ははっきりと見た。「ああまずい……」と、思わず声が漏れる。


「――試験飛行から?……戻ってない……だと?」

 生来の声の大きさ故に、区隊長の声ははっきりとそう聞こえた。そうか、爾麒に搭乗ってたのか――今更の様に騎亜は思い出し、そしてまた遥の行く末に不安を抱く。再度見上げた壇上、区隊長の不機嫌な顔は尚変わっていない。そこに――


「区隊長!」

 青年の声が一際大きく響き、それは当然の様に整列する全生徒の注意を惹く。閑清院 允且とその学友たち――南西の大戦果を引っ提げて帰着した威勢を駆り、指名されたわけでもないのに隊の最前列に並ぶ彼ら。区隊長すら今やそれを容認しているようにさえ思える。一方で自分たちの苦闘を蔑ろにされたという意識が、改めて騎亜の眉を険しくさせた。


「二学年全生徒を代表し、国旗掲揚を願います! 今この時にも、皇土南西の空では友軍が暴戻なる蕃神と交戦を続けております! 大元帥皇主陛下の赤子(せきし)として、我ら生徒隊は研鑽の時間が一秒でも惜しい!……よって、日朝点呼の開始を願います!」

「うむ!」

 爽やかな弁舌に、区隊長の相好が緩む。何言ってるんだこいつ!――眼差しに宿った怒りの光を、騎亜はもはや隠せなくなった。戦果を横取りされた様な気さえする。



 そのとき――

「――あれ……なに?」

 騎亜の背後、隊列の端で偶々東の空を見上げた生徒が、昇り終えたばかりの太陽を背に、空から屋上に迫る不穏な影に顔を顰めた。烈しく暖かい光に紛れた影が三つ、それは蒼穹を背に接近するにつれて数名の生徒の目に留まるところとなり、爆音の迫る気配すら伴う様になっては、空を見上げたひとりの例外なく発する驚愕の声となって、隊列の中に不協和音を生んだ。


「……!?」

 危険高度――爆音が屋上を過り、三機編隊の機導神が矢の様な影となって低空を駆ける。衝撃波に掲揚準備中の国旗と軍旗が烈しく靡いた。「誰だ!?」と叫ぶ区隊長の怒声も、実戦機の高出力発動機が生む導翅の爆音に掻き消され、もはや何の意味も為さなかった。


 密集している上に乱れが無い三機編隊の機導神。疾速(はや)い!――九〇式機導神と騎亜は察した。それも三機全て技量(うで)がいい。入校日の記念式典の際、騎亜をはじめ新入16期生徒の頭上を祝福に飛んだ機導神三機編隊に優るとも劣らない技量。入校以来、機導神の伊呂波を齧って咀嚼までした機導神科生徒の目では、眼前の彼らが熟練の機導神操縦士であることぐらいすぐに理解る。


 三機は無法な低空航過からそのまま高度を落とし、よりにもよって営庭を踏み付ける様に着陸を果たした。当然禁止行為。此処まで来ると無軌道であり、横暴であった。


「――あれ、九〇式改じゃないのか?」

「――嘘だろ。あいつは実施部隊には配備されてないはず」

「――でも、晴嵐隊の装備機と同型だろ?」

「――補充機かな?」

「――ばか、こんな空輸の仕方があるかよ」

 点呼どころではなく、隊列の各所から声が漏れる。隊付士官の怒声も、もはや用を為さなかった。


「……見ろ、あの部隊章は横天戸だ」

「……!?」

 言われるがまま頭部、そして肩部の所属部隊章と機番号を、騎亜は改めて見返した。横天戸? 帝都の隣の基地が、幼年学校(ここ)に何の用があると言うのか?――見えない彼ら三機の意図が、生徒隊の統制を更にかき乱す。

 


 そして――直後の拡声装置による第一声は、騎亜のみならず生徒隊全員の予想を、烈しく裏切った。


『――横天戸征空隊 機導第7戦隊 第三中隊長 中尉 辰天 アズミ! 幼年学校生徒 閑清院 允且に遺恨有之(いこんこれあり)! よって閑清院に「決斗(デユエル)」を申込む!』

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ