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第四章 「思惑ハ廻ル」


 

 午後の術科が始まって間もない内に、それは発覚した。


 それが発覚した以上、生徒からすれば正直課業どころの話では無くなっていた。


 発端は、術科の仮象操縦訓練を受けるべく訓練棟に入室した生徒たちであった。

 広大な訓練棟の隅に張られた高得点者の名簿の中に、準備当番として訓練開始に先行する様に入室した少数の生徒が、見慣れない名を見出した。名前に感じた違和感が次には衝撃となり、動揺となって続けて入室を果たした生徒たちに拡がる。それが波乱の始まりであった。


「夏秋 遥って……誰だ?」

 仮象操縦訓練の集大成たる「不知抜(ぬけしらず)」と、射撃訓練たる「的中(まとあ)て」の最高難易度想定。そのいずれも得点最上位者が同一名によって占められている――幼年学校機導神科の開闢以来、それはあり得べからざることであった……より正確に言えば、過去十六年近くの機導神科の歴史の中で、その様な例を生徒たちは聞いたことが無い。


 更に言えば、二科目全てを制した夏秋 遥という人物が。同期にいるということを知る者すら皆無であった……というより、幼年学校に入校してから一年以上が過ぎた現在、そのような名前の生徒と面識を持った生徒なぞ、現時点ではいない。


 ただし、現在この学校に所在する誰かの手で、最上位者の名前が更新されたのは事実なのである。

 しかもその誰かが、幼年学校の生徒であるという可能性が高いという事実――


「――あの『不知抜』を一分以内に突破したのかよ……人間じゃ無えよ」

「――あれ、教官でも本気出さないと事故するのに……」

「――すごい!……『的中て』で90点以上出すやついるんだ」

「――というか90点取れるんだ。これ」

「――90点なんて、『公爵家』ですら出せてないのに……」

「――シッ! 声が大きい」

 部屋に生じた人混みの最後尾が、複数名の腕と怒声で荒々しくこじ開けられる。険しい眼をした生徒が三人、最前列の生徒を押し分ける。彼らに庇われる様に、「公爵家」の姿が名簿の前に進み出て止まった。今なお鼻筋を飾る湿布が痛々しい、それ以外は線の細い少年にしか見えない閑清院 允且の姿――目深に被られた制帽、その(ひさし)の下から覗く眼が名簿を睨む。特に「的中て」において、彼は先日まで最上位者であった。「不知抜」においても次点であった。そこに夏秋 遥という人物が、当然の様に彼よりずっと高得点者として、いずれの科目においても同期の最上位者を占めている。


 程なくして震える拳……閑清院 允且は何かを言いかけて止まり、やがて喉から振り絞る様な声を震わせた。

「……何者か? こいつは何者だ?」

「おい夏秋って誰だ! 夏秋 遥とかいう生徒は何処にいる!?」

 取り巻きの生徒が声を荒げた。本気で探しているというより、彼が傅く閑清院に対する、忠誠心を披瀝する行為であると見た生徒は決して少なくはない。その間も事情を知らないまま入室する生徒で訓練棟は膨れ、これら後発組の中に、簗吹 騎亜と 四宮 雪子もいた。



 騎亜の場合、不穏な予感は既に昼食の段階で生じていた。

 本科の生徒が食堂で話をしていたのを、騎亜は聞いていたのである――要約すれば、「変なやつが、条坊少佐に連れられて校内を見学していた」


「――ああ、変な服装だったよな」

「――あれは異国の服だろ? 洋行帰りだよ」

「――顔もやけにバタ臭かったしな」

「――……」

 やっぱり、「ハルカ」なのかな……困惑に、期待が混じる。何故かは説明できないが、騎亜の胸には期待が生じていた。そこに、本科生徒のふざけた会話が聞こえた。


「――おまえ周り見てみろよ。飯食ってるかもしれんぞ?」

「――……っ!」

 反射的に、騎亜は飯碗から顔を上げ、周囲を探った。昼食特有の喧噪の中、目の入るもの全てが見慣れた生徒の顔と頭であった。冗談を真に受けて視線を巡らせる本科生徒と目が合う。気まずさに思わず顔を伏せる。そこに、同期の怪訝な視線が向かう――思い返す度、気恥ずかしさでまた頬が熱くなる。



 はたして、騎亜の予感は的中した。

「ほんとうに……来たんだ……」

 好奇心に駆られて、漸く人混みの最前列に出る。そこで名簿に夏秋 遥の名を見出したとき、その一言を絞り出すのが騎亜にはやっとであった。

 自分を助けてくれたあの快男子が、幼年学校の制服を着て自分と机を並べる。それを考えるだけでまた頬が熱くなる――我に返り、慌てて頭を振る騎亜の傍らに、誰かの気配が立った。それに気付いた騎亜の目が、熱を抱いたまま大きく見開かれた。


「四宮……」騎亜は、思わず呟いた。

 四宮 雪子が、無表情に名簿を見詰めている。

 優等生の風格と言うべきか、その佇む姿だけでも、口さがない他者を黙らせる程の貫禄がこの美しい少女にはあった。思い返せば、ここ半年夏秋 遥に破られるまで、「不知抜」の最優秀得点者は四宮 雪子であった。その雪子が、ただ無心とも思えるような表情で夏秋 遥の名を凝視している。

 自分と同じく、彼女もまた遥と何がしかの「接点」があるのだろうか? あるいは、恋仲だったとか?――過去の手掛かりと想像を脳裏で巡らせ、騎亜はまた困惑した。そこに助教の怒鳴り声がし、生徒は慌ただしく指定された席へと散っていく。




 熱いが、乾いた空気に、濁った脂の臭いが混じり始める。そこに金属の灼ける臭いが重なり、何がしかの機械が動く音が聞こえる。

 自分を先導する条坊少佐の背後で立ち止まり、夏秋 遥は頭を上げた。板蒲鉾の様にアーチした屋根の、恐らくは格納庫が、直線になった交通路の直ぐ先にまで迫っていた。


「機導神の格納庫だ。君の同期はもう実機で訓練を始めている」と、坊城少佐は言った。

「……」

 同期とか……入校した覚えないんだけど――半ば不機嫌を顔に出して、遠ざかりゆく条坊少佐の背中を睨む。その遥の不機嫌を関知しないかのように、彼は歩を速めた。ふたりの距離が更に開く。


「……」遥は、喋らない。

「どうした? 不服か?」

 少年の不機嫌な沈黙に気付き、少佐は遥を顧みた。遥を見る顔が明らかに困惑していた。仮象訓練棟の一件以来、この学校の良さを、入校を渋る遥に強いても教えようという意思が、明らかに先に立ち始めているのがわかる。技量(うで)を見せて鼻を明かしてやろう、黙らせてやろうと張り切った結果がこれだ。遊び半分で動かした仮象訓練器の成績を、少佐は真に受けている。裏を返せば、条坊少佐の誘導(おだて)に乗った遥が、簡単に手の内を曝け出してしまったとも言えるのだが……



 そして――遥が不機嫌を隠さない理由はもうひとつある。

 訓練棟から戻された聴取室で、条坊少佐は遥に昼食の出前を取ると言った。遥は躊躇なく「うな重」と答え、少佐を鼻白ませた。学校と神和軍に対する、遥の形を変えた反抗であった。そしてこの少佐の呆れた顔だけで、神和帝國でもうな重が値の張る「モノ」であることはわかる。


「――代金はおれの保護者(・・・)にツケといてよ」

 条坊少佐は苦笑した。「――実はその朝霧総監から、電報が来た」

 先刻に兵から渡された紙片を、遥にちらつかせる。

「――君の我儘には一切耳を貸すな、ということだ。それと……」

「――それと?」

「――平然と構えていられるのも今のうちだと、君に言っておけと」

「――くそっ、母親のつもりかよ」

「――縁戚なのだろう?」

「――縁戚? 誰が?」真顔で、条坊少佐を見返す。

 見返された条坊少佐は、遥の眼光の鋭さに一瞬困惑した。少年の誹謗の相手に対する、拭い難い憎悪を察したのである。

「――華族ってのも難儀なものだな。血が繋がった間柄でもこうやって憎み合うのか?」


「――……」

 遥は、喋らない。

 顔立ちが端正なだけ、落ち込んだその顔が無残に映える。


 


 まるで遥を先導する様に、条坊少佐は格納庫に入った。

「……アンパンが、うな重に化けるとはな」

 ぼやきつつ、条坊は格納庫の外を見遣った。午後の操縦作業に備えた喧噪が、烈しくなっていた。足を踏み入れて判るが、その喧騒が、不思議なまでに外には漏れていない。

 一方で外――夏秋 遥はといえば、怖気づいたかのように格納庫の扉の前で佇み、半ば呆然と奥を覗いていた。それに苦笑し、条坊少佐は遥を招く。不承不承……という風ではないが、それでも格納庫に入るのに、遥が躊躇いを見せているのは彼には判った……いや、頑ななだけだと考え直す。


「君、まるで小学生みたいだな」

「は?」

「実施部隊に見学に来る小学生の中には、尻込みする者がいるのだ。機導神がいきなり動き出して、自分を取って食おうとするのではないかと」

「……入ればいいんだろ」

 条坊の言わんとすることを察し、遥は意を決した様に格納庫に踏み入った……また、条坊の挑発に乗る。

 実際入ってみて、遥には判った。昼間、灯りこそ煌々としているが、それでも格納庫の中は薄暗い。踏み入るのと同時に、外の騒音は庫内の喧噪に搔き消されて完全に消えた。反対側の出入口からは、ただ平坦な芝生の野が、抜けるような青空の下、無限かと思えるほどの拡がりを見せている――滑走路であることは、所々に佇む橙色の機導神から察せられた。



「どうだ、壮観だろう?」と、条坊が言うだけのことはあった。

 一面(オレンジ)色の巨躯。膝を折り畳んだ練神――練習用機導神――が一列に並んで、整備を受けている。作業着を着た整備員が練神の頭まで昇り、あるいは操縦席に潜り込み、またあるいは工具箱を抱えてその足元を小走りで駆ける――それらは日本のSFアニメで見るような、出撃を待つ有人ロボット兵器を取り巻く情景と、何ら変わるところが無かった。自然、津波の様に込み上げてくる興奮を、遥は辛うじて抑え込む。興奮しないことの方が、不可能にさえ思える。


「頭ぁー!……なか!!」

「……!?」

 女性の号令と同時に、一斉に踵が鳴る音が聞こえ、その大きさと迫力が遥を驚かせた。

 格納庫の外、操縦服姿の一団が整列しているのが見える。その颯爽とした姿といい、顔立ちの若さといい、写真の中で見た、母 朝霧 圭乃の操縦服姿と生き写しである様に見える。若い……写真の母どころか、自分とほぼ同年代の少年少女たちだ。そのことに気付き、遥は内心で隊列に気圧された。この学校における自分の立ち位置が揺らぐ。その瞬間――



「教官、助教に敬礼! 第15期生徒 課目 多数機模擬戦闘 宜しくお願いします!!」

『宜しくお願いします!!』

 整列に続く若者たちの敬礼に、彼らの前に立つ、やはり操縦服姿の教官たちが答礼する。程なくして教官は不動の姿勢を解き、恐らくは訓示か今日の注意事項も含めた講話が始まる――何時しか遥と同じく、遠巻きにその様子を眺めていた条坊が口を開いた。

「上級生だな。彼らは単独で操縦訓練に臨む。来月には南方空域で遠征実習だ。訓練に熱も入るというわけだ」


 格納庫の隅に、条坊は遥を誘った。誘われるがままに遥は歩く。整備員の手により、整備の終わった練神を格納庫の外、駐機場に引き出す作業が始まっていた。練神に繋いだ牽引機を引っ張る者、後ろから練神を押し、牽引を補助する者多数――茨城県 航空自衛隊百里基地の基地航空祭で見た、F‐2支援戦闘機をひと一人が運転する牽引車で動かすのとは、あまりに趣の異なる光景だ。これではまるで……


「戦時中だな……」と呟いた遥を、条坊は顧みた。

「先日の蕃神騒ぎもあったからな。君の言う通り、戦時に戻りかけてはいる」

「……」

 その「戦時」じゃないんだけどな……言いかけて、遥は口を噤む。先刻の生徒たちが遥の世界の神風特攻隊とすれば、練神は差し詰めその特攻に使う零戦 隼だろう――格納庫の一番端、膝を折る一機の練神の前で、条坊と遥は足を止めた。今まさに外に引き出され、並べられようとしている練神と、それは大して外見が変わらないように遥には見えた。足元から操縦席に掛けて練神に取り付いて作業をしていた整備員が、条坊の姿を見出すや一斉に降りて整列した。猿山のニホンザルを思わせる速やかで、鮮やかな身のこなしだ……思わず見とれた遥の目の前で、整備班の長らしき中年男が進み出た。


「お待ちしておりました。条坊班長!」

「作業ご苦労。それで、出せそうか?」

「もう少し点検事項が残っております。なに分、こいつを飛ばすのは一か月ぶりですので」

 条坊は苦笑した。

「そうだな。無理を言って済まない。それで……」

「はっ……?」

 整備班長の目が、時折自分に向くのを、遥は自覚した。観察されているような気がした。

「操縦服は揃えてあるか?」

「班長のご指示通り二着、控室に用意してあります」

「二着……?」

 訝しみ、条坊を見遣った。遥の背を軽く叩き、事も無げに言う。

「技量維持訓練の予定もあったからな。同乗には丁度いいだろう?」

「同乗――?」

「同乗予定者は、この少年で?」と、整備班長が言った。

「ああ、生徒予定者だ」

「ちょっと……!」

「川上班、整備作業に戻ります!」

「宜しく頼む」

 敬礼と答礼のうちに、異論を差し挟む余地は遥から無くなった。周囲に散った整備員が手際よく油圧式の牽引機を繋ぎ、練神を白日の下に晒す準備を始める。


 自分の搭乗せられる練神――それを確かめるように、遥は練神を見上げる。

 あの爾麒と違い華奢で、武骨な印象の拭えない外見。ともすれば骸骨に甲冑を纏わせた姿にさえ見える。その甲冑姿の中に大量生産の賜物、実用本位の兵器という雰囲気は、兵器に詳しくない遥からしても十分に印象付けられた。これはロボットもののSFアニメで言う、主人公機を引き立てる量産機という立ち位置なのだろう――今更ながら、遥はそう思い当たる。


 条坊少佐は手招きした。

「行こう。あの生徒たちと同じコースを飛ぶ」

「同乗するとは言ってないんだけど……」

「君は幸運だぞ。大金を積んでも機導神に搭乗りたい者は大勢いる。実際、軍に多額の献金をした者を同乗させる制度がある。みんないい歳して玩具(おもちゃ)を買ってもらった子供の様に喜ぶものだ」

 ただしみんなろくでも無い成金、俗物の類ばっかりだ、というようなことを条坊少佐は言った。要するに大金を払わなくとも機導神に搭乗れるこの機会を、愉しんだ方がいいと婉曲に言っているのだろう。だいいち、条坊の後をついて歩く以外の選択肢を、今の遥は持ち合わせていない。



 正式名称「フ‐3」抗加速度気密服。窮屈そうな操縦服、という遥の先入観は、用意された控室でそれを着込む段階で的中した。

 服の手触りは、遥の知るどのような生地とも違う様に思われた。繋ぎ構造の服に耐圧空気用の袋とそのホース、更には胴と背中の急所を覆う防具(プロテクター)が付随して一着を成す。一見では着ぐるみの様に分厚く間の抜けた意匠に見えたそれが、手足の通りの悪さに難渋しつつ着用を終え、要所から延びる固縛用のコードを引き絞れば、写真の中の母 朝霧 圭乃の様に、引き締まった躰のラインを浮かび上がらせることができるという寸法であった。


 更にはその上に、緊急脱出用の落下傘も背負わなければならないから大変だ。昔の写真、現在となってはとっくの昔に退役した富士T‐3 初等練習機の前でポーズを取っていた若き日の祖父 (まさる)もまた、同じように飛行服の背中にパラシュートを背負っていたのを思い出す。不条理の塊が全身を締め付ける――そのような印象を遥は機導神の操縦服に受けた。


「……一人前になれば、愛機の座席に落下傘を置いたまま、という横着もできるが、訓練課程(ここ)ではそのようなことは認められていない」

 恐らくは遥の半分……否、三分の一の時間で着用を終えた条坊少佐が、やはり遥を格納庫まで連れていく。その手際の速さに、遥は文字通りに目を奪われたものであった。職人芸であるようにも思われた。「ミツルギ戦記」のVR空間においても、操縦服着用状態を体感してゲームに臨むが、現実は操縦席の中よりも遥かに不快だ。動きにくい上に歩きにくい……が、不思議なことに控室を出て格納庫へ戻るうち、操縦服が馴染んできたのか、全身を締め付ける窮屈さは目が覚める程に緩和されていた。肉体と一体化したようにすら思われる。



 練神の引き出しがすでに終わりかけていた。練神が駐機場に停められる段になって、生徒が乗る練神との違いに遥は気付く。生徒隊が乗る練神は単座式だが、遥が搭乗する練神は複座式だ。そのことに、前後ふたつのハッチを開け放った練神の頭部を見て初めて気付く。操縦席二つを収める頭部も、一般の練神よりも若干大きい様に見える。具体的に言えばまるで「ゼノモーフ」の頭の様に、後頭部が延びている。

 整備員の手により持ち出されていた落下傘が、練神の足元に立て掛けられて置かれている。駐機を誘導する整備班長と、条坊少佐に付き従う遥の目が合った瞬間、中年の整備班長の目が大きく見開かれるのに遥は気付いた。勝手に驚かれても困るのだが、今の遥には目を逸らすしか対処の仕様が無い。


 地図を手にした条坊が、遥に飛行経路を教えた――上級生の編隊は離陸後に二群に別れ、交戦訓練に入る。条坊と遥は、距離を置いてそれを観戦できる位置を維持しつつ飛行する。


「――空戦訓練は壮観だぞ。蕃神の様な捕食本能に任せた連中を相手にした実戦とは別だ。文字通りの空の合戦、神和男子として生まれた甲斐があるというものだ」

「……」遥は、喋らない。

「班長、離陸準備完了致しました」

 先刻の整備班長が駆け寄り、条坊に敬礼した。条坊の答礼を受ける合間、やはり先刻の様にさり気無く視線を遥にも流してくる。そんなに「部外者」が気になるものだろうか?……などと思案に困る。他の整備兵が折り畳み式の梯子を抱えてきて練神の操縦席に架けた。


「慣れてくれば、梯子無しでも操縦席まで駆け上れる。でなければ機導神操縦士など勤まらないのだが……」

「……」

 内心で、遥はムッとした。眼前の条坊が、遥を幼年学校入校へ志操しているのが明らかになってきている。そこに不意に、背後が爆音の重なりで騒がしくなる。離陸に向けた練神の発動機始動が始まっていた。複数機の導翅の生む強風が、衝撃波の様に遥たちのいる格納庫前まで達する。その強風に燃料と潤滑油の灼ける熱気と臭いが排気ガスとなって乗り、傍目には清純な人工の草原を、不穏に彩っていく。吹き付ける熱風に、思わず手を挙げて顔を庇う。


 顧みれば、手早く落下傘を背負った条坊が目で自分に倣うよう命じていた。命じられるがまま、不承々々に落下傘を抱えた途端、その予想外の重さに遥は顔を曇らせた。





 搭乗準備に掛かる生徒の中、三人の若い目が遠方、先刻から教育班長と共にいる少年に注がれている。

「何じゃあのガキ」と、女の声が訝る。訓練に臨む生徒隊を、号令で動かした声であった。

「ああ……本部で噂になってた編入生でしょう?」女の傍らで男が言う。

「編入だぁ? 乙検を待てんのか?」

「朝霧家の人間らしいですよ? 要するに総監の……」

 同じく傍らの男がもうひとり、事情を補足する。

「また血筋か……気に食わんのう」


 離陸第一陣が、始動と暖気運転を終えて浮上、そのまま駐機場を出て草原まで前進する。彼らは離陸開始位置に進み始めていた。

 憮然としてそれらを見遣る女ひとりと男ふたりの三人……第二陣を構成する彼らもまた、搭乗を急がねばならない。割り当てられた練神に向かい、男ふたりを先導する女の足が、不意に止まった。


「そういやあの複座、無線機積んでないんじゃろう?」

「しょっちゅう壊れるし、載せると重くなるってんで積んでない筈です」

「そうそう、複座と相性が悪いんですよ。遮断線(アース)の張り方が悪いんじゃなかったんかなあ……」

「ふぅ……ん」

 女の大きな口が、くの字に笑った。

「……(ねえ)さん、また何か企んでます?」

「人聞きの悪いこと言うなって……!」

 女の背丈は高かった。神和の女性の間でも、その背丈は異形とも思えた。下手な男よりも図抜けて高い。それ故に両側の男ふたりを容易に、やはり長い腕で抱え込む。そこも女のそれとは思えぬ、強い力であった。


「姐さん!?」

「ええかお(んし)ら――」

 配下の男ふたりを驚かせたまま、引き摺って歩く。そのまま女生徒は、思い付いた打算を小声で漏らす。

 爆音の中で男ふたりの耳がその意を請けるのに、造作も無かった。




 三羽烏(さんばがらす)――幼年学校機導神科 生徒隊において、三人はいま、そう呼ばれている。


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