王太子殿下、婚約破棄して本当に後悔しませんか?〜処刑宣告を受けた地味眼鏡伯爵令嬢が、実は国の生命線だった件〜
ここは、豊富で美味しい食材と、素晴らしい美食が揃う国・フーディリア。
この国の超名門貴族であるシナモン伯爵家の長女として生まれ落ちた私、リッキー・シナモンは、今日も我が国が主催する夜の舞踏会会場にて、一列にズラッと並べられている美食の数々に目を奪われていました。
それにしても、今日も美味しそうな料理が沢山ありますね!
栄養価たっぷりの牧草を多く食べて育った国産牛の高級ヒレステーキに、滅多に獲れないフカヒレのスープ!そしてキャビアをふんだんに使ったホタテのカルパッチョ!
しかもお菓子もこんなにバリエーション豊富で、何から食べたらいいのか迷います!
素晴らしい美食の数々にどれから食べればいいか悩みまくり、とりあえずヒレステーキを取りに、近くに置いてあったお皿を持って向かっていると、突然聞きなれた声がホールの中心から全体に響き渡りました。
「リッキー・シナモン伯爵令嬢!ここでお前との婚約を破棄するっ!」
…あらぁ…。何故か私の名前が大声で出てきましたが、これは無視しましょう。
今は国王陛下も王妃様もいませんし、この声がけで、すぐに出向く義務はありませんのでね。
私はお皿に高級ヒレステーキを乗せ、近くの立ちテーブルへと向かいます。
そして、そこに常駐してあるナイフとフォークでステーキを一口大に切り分けて、口に運びました。
ん〜!最高にジューシーで歯応えありますね!さっすがブランド品です!これだけで幸せかもしれませんね!
「おい!リッキー・シナモン伯爵令嬢!聞いてるのか!?おい、リッキー!」
うーん…何やらホールの真ん中がうるさいですねぇ。まだヒレステーキを食べている最中ですのに。
はぁ…仕方ないですねぇ。全く乗り気ではないですが、向かいましょう。
私はナイフとフォークをお皿の上にハの字に置いてから、ホールの真ん中へと歩いて行きました。
「…はい。聞いておりますよ、王太子殿下」
「ほーう…。やっと来たか、このノロマめ。本当に鈍臭くて地味眼鏡で華やかさもないし、将来の王太子妃に相応しくない。なのに最近…俺への報復なのか、三日前に俺の愛しいメルに毒を盛って殺そうとしたそうだな!毒殺は誰であっても許されるべきではない!よって、リッキー伯爵令嬢は斬首刑に処することとするっ!」
そう言って、突然王太子がそんな宣言をしたものだから、周りの貴族方がザワザワと騒ぎ始めました。
かくいう私も、王太子が言ったことに少し驚きましたが、『俺への報復』って言っている時点で『私に悪口を言っている』と自覚してくれているようなもの。昔から『俺は間違っていない』って言って頑なに悪い事を認めない殿下でしたから、なんか安心しましたね。
…しかし『毒殺』ですか…。基本的に採れた食材は全て、魔術院での検査で『毒感知』と軽い『毒消し』の魔術を施すのが義務になってますし、私がそれを怠った事は一度もありません。
なのに、こんなにしっかりと食材管理している私に『毒殺』の罪を着せるだなんて、おかしいですよねぇ?毒を持ち出して、故意に殺そうと思ったことも、一度もありませんし…。
まぁ、いいです。どうせ私が処刑されたらこの国はおしまいですし、最後に王太子殿下に聞いてみましょうか。
「王太子殿下。婚約破棄と処刑の件、承りました。…ですが最後に、殿下にお聞きしたい事がございます。本当に婚約破棄をして私を処刑しても、後悔しませんか?」
「はぁ!?何を抜かすか!後悔などせぬ!衛兵よ!あの地味女を捕らえよ!」
あらまぁ。後悔していないんですってよ、あの人。
まぁ、王太子殿下の事は最初から好きじゃなかったですしねぇ。どうでもいいんですけど。
あと、ここの高級牛肉をもう食べられなくなるのは悲しいですが、ここは身を委ねる事にしましょう。
私は王太子殿下が用意した衛兵2人に両肩と両手首を掴まれ、ゆっくりとした足取りで、舞踏会会場の出口まで連れて行かれました。
そして、衛兵の1人が私にこっそりとある事を耳打ちした時、私はその言葉に満面の笑みを浮かべました。
「まぁ!衛兵さん!それは素敵ねっ!…では、皆さん。ごきげんよう」
こうして、私は衛兵の2人と共に、舞踏会会場から姿を消したのでした。
※※※
<シナモン伯爵Side>
我が愛しの娘であるリッキーが、とうとう衛兵に連れて行かれて、舞踏会を出てしまった。
…ん〜。まぁ想定内ではあるし、娘を処刑から救い出す手立てはあるから、大丈夫だなっ!
「…父上。リッキーが連れて行かれましたが、あの衛兵って…王太子直属の衛兵ではないですよね?」
ふと、リッキーの兄であり私の息子でもあるラビが、隣にやってきて私の耳元で囁いたので、私はニヤリと口角を上げて頷いた。
「さすがラビだな。察しがいい。…ちなみに、王太子直属の衛兵は既にあのお方が全員買収している」
「わぁ…。それは策士ですねぇ。愛しいリッキーを殺されないように既に根回ししているって、すごいですよね…この国の王弟殿下は…」
「うむ。だが、王弟殿下はリッキーを好いているというより、リッキーの作る食材と料理に心底惚れているからなぁ…」
私とラビは天井を斜めに見上げながら、リッキーと王弟殿下の事について、過去の回想を巡らせた。
なにせ、美食家で有名な王弟殿下のリッキー(の作る食材と料理)への執着は半端なかったものでね。
「それにしても…残念です、父上。リッキーの作る食材を、明日から食べられないだなんて…。リッキーの『食材を美味しく育てる』魔法と、強力な『毒消し』の魔法が貴重だったからこそ、リッキーは王太子殿下の婚約者に選ばれたというのに…」
「うむ。でもそれは大丈夫だ、ラビ。リッキーはきっと、王弟殿下の力添えで隣国に逃げて、しばらくしたらまた食材作りを再開するはずだ。しかも、王弟殿下が私の領地と国王夫妻のみに、リッキーの作る食材を提供する契約は結んであるからな。そして、この食材は領地の外にはしばらく出さぬ。これで一年様子を見るとして、もし他の領地から反発がきた場合は、王太子殿下のせいにしておけば大丈夫だろう」
「ひえっ。完全に恨んでいるじゃないですか、父上ぇ…」
「ふっふっふー…」
無意識に邪悪な笑みを浮かべていたのだろう、ラビは私の顔を見て身体をブルリと震わせ始める。
そしてふと視線を王太子殿下の方に向けてみると、彼は浮気していた可愛らしい令嬢と、抱き合って楽しく笑いあっており、私は思わず首を傾げた。
…はて?この国の毒を摂取してしまった場合、最低でも一週間ベッドで安静に寝たまま、毒消しを生業とする魔術師に看病してもらう必要があるはずだが?
あとあの、メル嬢という小娘だったか?あんなに肌と髪が艶々して、元気に笑って踊れるのなら、毒を摂取したのは嘘なのではないか?
例え毒がすぐに抜けていても、後遺症が必ず残って、身体の痺れを一週間ほど経験するはずだ。
「父上。あの王太子殿下の浮気相手のご令嬢、本当に毒を摂取したのでしょうか?」
「…いや。してないな、あれは。もしかしたら、メル嬢の侍女が毒だと気付いた可能性もあるが…」
「そうですか。しかし、魔術院内にある名簿にあの侍女は載っていませんでしたし、多分毒感知の能力は持っていないかもしれません。…もしかしたら、侍女が毒を盛ったか、メル嬢が毒を盛って自作自演したか、そもそも毒を盛った事が嘘であるのか、あるいは…」
「メル嬢の身体に強い『毒消し』の能力がある、とかだな。…あー、思い出した!メル嬢は確か、ショコラ辺境伯の愛娘だったはずだ!ショコラ辺境伯領は、毒を多く持つ魔物の生息地と隣接しており、そこに住まう住民は魔物の肉を食べて生活している。そして魔物を狩るための精鋭部隊も、あの辺境伯領に集中しているため、他国から攻められても対応出来るだろう。…ふん。王太子め、今回は運が良かったな」
「ええ。浮気は許される事ではないですけど、もし一年後に国王陛下とメル嬢以外が栄養失調か、もしくは毒で倒れでもしたら…」
「ああ。王太子の自業自得だと嘲笑うしかないな。王太子とメル嬢の婚姻で、国の守備はより堅固になるメリットはあるにせよ、そもそも食べられない食材が出回ると、人が多く倒れてしまうのは仕方のない事だ。そしてもし、それを私のせいにしようものなら、王太子にはそれ相応の報いを受けさせないといけない。…なにせ、私の愛しのリッキーを殺そうとしたんだからな…」
「そうですね、父上。あと…そろそろ領地に戻りたいのですが、よろしいでしょうか?王弟殿下が根回しをしているとはいえ、リッキーの安否が心配なので、王弟殿下に手紙を送りたいのです」
「うむ。では、私も共に帰ろう。もうこれ以上アホ間抜けな王太子を見るのは、懲り懲りだからな」
こうして、私はラビと共に舞踏会を後にし、すぐにシナモン伯爵領へと戻った。
そして執務室に入ると、机の上にはある一通の封筒が置いてあり、その封筒の中身をラビと共に確認する。
そこには『王弟殿下が無事にリッキーを馬車に乗せて、隣国のジューサー帝国に向かっている』という内容の手紙が入っていた。
「ふぅ〜…良かったですね!これであとは、無事にジューサー国に到着してリッキーが元気に野菜とかを作ってくれれば、万々歳ですね!」
「ああ!…リッキーよ…絶対に道中で死なないでくれよ…?」
そう呟きながら、私は執務室の窓から見える夜の満月を見つめ、今も隣国へ向かっているであろうリッキーへと、思いを馳せたのだった。
※※※
2頭の馬が地面を踏み締めて歩く音が聞こえる、夜の森。
私は今、フーディリア国の王弟殿下と一緒に、馬車に乗って隣国のジューサー帝国へと向かっていました。
「…リッキー。大丈夫か?馬車にずっと座りっぱなしで、疲れただろう?」
「いえ。平気ですよ、王弟殿下。それよりも、今は森の中を歩いているのですよね?…魔物とかが出てくるのが、少し怖いのですが…」
「大丈夫だ。気にするな。ここはまだ、ショコラ辺境伯領の森。魔物はある程度一掃したと、今日の舞踏会前にショコラ辺境伯が私に報告してくれていた。だから、大きな音を出さない限りは安全だ」
「…ですね。魔物は頭が狂ったモノも多いですが、同時に怖がりな種族でもありますから」
馬車の窓から見える月明かりが綺麗で、ついつい外に夢中になっていると、向かいの席に座っていたはずの王弟殿下が隣にやってきて、私を横から優しく抱きしめてきました。
「リッキー…舞踏会ではすまなかった。衛兵2人に舞踏会会場から連れ去られて、怖かっただろう?」
「いえ。舞踏会を出る前に、衛兵の一人が耳打ちで『貴女を連れて牢屋にいく事はしませんよ。その代わり、王弟殿下の元へ無事に送り届けますから』と言って下さったので、とても嬉しかったです」
「そ、そうか。俺はどうやら、いい衛兵を手に入れたようだ。そして、リッキー(という名の美食製造マシーン)も…」
「…王弟殿下…」
「リッキー。これからは、王弟殿下ではなく、ノアールと呼んでくれ。…愛しているよ、リッキー(と君の作る美食を)」
「…はいっ!ノアール様…私も愛しています」
私は、隣にいるノアール様を優しく抱きしめて返して、今ある幸せを噛み締めました。
小さい頃に催された王家主催のお茶会で、初めて私が作った黒焦げのクッキーを全部食べて下さったノアール様。
その時に『悪くない味だったから、これからも作ってくれ。きっともっと美味しくなる』と優しく言って下さって、あの時は死ぬほど嬉しかったのです。
そして、例え10歳も歳が離れていたとしても、美食家のノアール様と結婚したいと願って、この時から何度も料理を学んでは美味しい食材も作ってきました。
…なのに国王陛下はあろう事か、私の『食材を美味しく育てる』魔法と、強力な『毒消し』の魔法に目をつけ始め、王太子殿下との婚約を取り付けてしまったのです。
しかも、王太子殿下は初めて会った時から私を嫌悪して『こんな地味女が俺の婚約者とかありえない』といつも悪態をついていました。
もちろん、私もこんな王太子殿下を好きになれる筈もありません。けれど、いつかノアール様の役に立つかもしれないと、王太子妃教育も頑張って学んで来ました。
しかし、今までずっと王太子殿下を放置してしまったせいなのでしょうか。彼は結局、ショコラ辺境伯のメルさんと浮気を始めてしまったのです。
浮気は本来、許されるべきではありません。
けれどもこの間、複数人のご令嬢とお茶会をした際に『先に言っておくけど(あのおバカで頭空っぽな)王太子殿下は(扱いやすいから)私が絶対に手に入れるわ!そして、(とても優秀で作る料理も美味しい)貴女と(迷惑かけまくる)王太子殿下は絶対に不釣り合いだと思うの。だから早く(王弟殿下と逃げるように)この国から出て行って欲しいわ。(王太子殿下が貴女を貶めるのが)正直目障りなの』と、何か裏がありそうな顔でメルさんが言っていたので、『別にいっか』と、この時まで浮気を放置していたのです。
…まぁ、流石に私が婚約破棄を突きつけられていた時は、醜聞を気にしてか、メルさんは舞踏会会場にいらっしゃらなかったようですが…。
「…ああ!そういえば、メル嬢についてなのだが、今回の婚約破棄の事でリッキーに感謝していたぞ」
「えっ!?メルさんが…ですか?」
「ああ。リッキーが婚約破棄を受け入れて、さらに俺の計らいで衛兵2人に連れ去られた事で、王太子に隙が出来たと。そして、さらに王太子を懲らしめる事が出来ると喜んでいたんだが……あ」
どうやらまずい言葉を言ってしまったのでしょう、ノアール様は右手を自分の口に当てて顔を青褪めさせました。
「す、すまない!メル嬢は王太子の浮気相手だというのに、まるで彼女と俺が共謀していたかのような発言をっ!」
「い、いえいえ!別に、あ、愛するノアール様と一緒になれるのでしたら、どんな手でも構いません!そ、それよりも『懲らしめる事が出来る』とは一体…?」
「…あー。それは、だな…」
そう言って、ノアール様は目線を横に逸らしたあと、そのままメルさんの浮気の実態を話し始めました。
「実は、メル嬢は結構前まで、しきりに王太子殿下に口説かれまくっていたようでな。リッキーの事を引き合いに出しても、やはり口説かれて疲弊した彼女は、従兄である俺に相談を持ちかけていたんだ。そこで俺がリッキーに好意を持っているのを知ったメル嬢は、『王太子殿下の有責で婚約破棄させて、リッキーを俺に引き渡す』計画を立てたんだ」
「…へぇ〜…。そして私にその計画は話さずに、勝手に浮気をして今に至る、という事ですね」
「ああ。すまなかった、リッキー。だがもし、その計画が君に知られたら、君は絶対に王太子とメル嬢の仲を取り持とうと、躍起になっていただろう?そしたら『王太子が浮気したのが悪いが、それを助長したのはリッキーだ』と言われてしまうだろう?そしたら、王太子だけの有責ではなくなるからな」
「あ…。た、確かにそうですね。『これで婚約解消か婚約破棄でもされたら、ノアール様の所に行ける』って嬉しくなって行動するかも、ですね…」
つい、この場にいるのが居た堪れず、顔を赤くしながら、私も目線を逸らしました。
確かに、ノアール様にそう言われると、自分の行動力は本当に恐ろしいなって思ってしまいますね…。
しかし、ノアール様はそんな私にクスッと笑って、私の額に優しくキスをしてきました。
「でもな、リッキー。君の行動力に、俺が何度も救われたのも事実なんだ。美味しいものを食べられるのは君の努力のお陰だし、俺はもう、君なしでは生きていけない身体になってしまったんだ。俺も手伝うから、これからも美味しい料理を毎日作って欲しい」
「ノアール様…。はいっ!貴方のために、これからも美味しい食事を沢山作りますねっ!」
こうして私とノアール様は、馬車の中でずっと抱きしめ合いながら、ジューサー帝国へと歩みを進めたのでした。
※※※
私がフーディリア国の舞踏会で婚約破棄を突きつけられた日から、約一年が経過したとある日。
なんと、フーディリアの王太子殿下が毒で倒れたという報告が、ジューサー帝国にも入ってきました。
どうやら、フーディリアで採れたサラダを一口食べただけで毒に侵されたそうで、王太子殿下曰く「こ、この間までは平気で食べられてたのにっ!美味しくはないし、食べた途端苦しいしで、どうなってるんだ!」と今も怒り心頭とのことです。
しかし、王太子殿下の新しい婚約者になったメルさんは、同じサラダを食べても元気なままだったそうで、「確かに毒は入っていたけど、そんな毒に弱い殿下は軟弱ですわね」と嘲笑ってたそうです。
…本当にメルさんって、いい性格してますよね…。
その一方で私はと言いますと、ジューサー帝国で夫となったノアール様と、野菜や果物を作り始めました。
実はなんと、この国の帝王様は私達を『美味しい食材を作って提供してくれる賓客』として扱って下さり、東の広大な土地と大きな屋敷を貸し出して下さったのです!
そのお陰で沢山の野菜と果物を作る事が出来、この国やノアール様にも美味しくて無害な食材と料理を毎日出す事が出来て、今も幸せです!
…けれど、私達はこの帝国にお客様としている身でもあるので、また数年後ぐらいにフーディリアに戻ろうかとノアール様と話し合っている最中だったりもします。
そんな中、今日も暑い夏の日に、座って庭のトマトを収穫していると、屋敷からノアール様が駆け足で私の所にやって来ました。
「リッキー!トマトを収穫している時にすまない!実は、義兄上が君宛に手紙を送ってくれたのだが…」
「あら!お兄様が?…でも、私、手が汚れてしまって読めないわ。ノアール様、代わりに読んで下さる?」
「ああ。…ふむ。義兄上曰く、今シナモン伯爵家の周りで民の反発が起きているらしく、『毒のあまりない美味しい食事を独り占めしている』との声が多く寄せられているそうだ」
「まあ!確かに、限定的にではあるけれど、フーディリアの国王夫妻と私の実家とその領民にしか、美味しい食材は提供していないものね…」
「そうだな。そして、義兄上は『美味しい食材を食べられるようになったのはリッキーのおかげ』だと、そして『その原因がフーディリアの王太子殿下がリッキーを殺そうとしたせいだ』と伝えたそうで…。あー、ここから先は察してくれとの事だ」
「あらあら、ふふっ。毒で今も床に伏しているのに、さらに国民に怒りの矛先を向けられるだなんて。自業自得ね」
私はトマトを籠に優しく入れながら、クスクスと笑いました。
私を『地味眼鏡で華やかさがない』と貶しておきながら、私の能力には目も向けなかったから、きっとその報いが来たのでしょう。…きっと今頃になって、王太子殿下は後悔している事でしょうね。
「あとは…『フーディリアの王太子が王籍を抜かれて失脚したら、フーディリア全土にも食材を提供してくれ』とも手紙に書かれてあったのだが…。リッキー、この件についてはどうする?」
「まぁまぁ!やはりお兄様はお優しい方だわ!ええ、ええ!もちろん提供するわ!その代わり、私達が提供した肥料で育ったフーディリア牛をこっちに提供して下さるなら、構わないわ。ああ、すっごく楽しみね!」
「そうだな!俺もフーディリア牛が恋しかったからな。さて、この返事を書きに、執務室に戻るとするか。そして手紙を書き終えたら、リッキーを手伝うよ。…容姿も可愛い眼鏡の妻を、炎天下の中で放置する気はないからな」
「ふふっ。ありがとうございます、ノアール様。ノアール様も手紙の返事を書くの、頑張って下さいね?」
「ああ。ありがとう、リッキー」
そうして、ノアール様は私の頭を撫でたあと、屋敷の中へと戻って行きました。
本当に、いつになっても優しいノアール様。まだ彼との子供は出来ていませんが、いつか懐妊したら喜んでくれるでしょうか?
「…ふふっ。もし子供が出来ても、お野菜や果物と一緒に愛情込めて育てればいい話ですね。よし、あともう少しトマト収穫を頑張りましょうか!」
私は採れたてのトマトにそう語りかけてから、その場で立ち上がって、大きく伸びをしたのでした。
<おまけ>
フーディリア国で王太子殿下が毒で倒れた後、王城内のダイニングにて
「改めまして、国王陛下、そして王妃様。リッキー様がいるにも関わらず、王太子殿下と不貞を働いてしまい、申し訳ありませんでした」
「よいよい。全てはメルを口説きまくったアヤツの自業自得じゃ。そして、ノアールやリッキーの想いも考えずに、婚約を勝手に進めたワシらの落ち度でもある。…それにしても、ノアールとリッキーがジューサー帝国で夫婦となるとはのぅ。喜ばしい事じゃ!あとは、どんな形であれ、リッキーが作ってくれる食材を食べられるのであれば、万々歳じゃな」
「はい。あとは王太子殿下の王籍を抜けば、全国区にリッキー様の作る食材を提供するよう交渉する予定ですので、今は不安定な我が国も持ち直すかと。もちろんショコラ辺境伯領きっての護衛もつけて、食材の安全も守りますのでご心配なく」
「うむ!それでよろしい。…だが、メルよ。お前さんはこれからどうするのか?不貞を働いた上にアヤツとの実質的な婚約解消をしたとなったら、傷物令嬢として貰い手が無くなってしまうぞい?」
「そこは、ご心配ありません。我が辺境伯の隣に位置するキャラメリゼ子爵家の三男が、近々私と婚姻を結んで婿入りする予定ですので。しかも、彼は今年の魔物狩りで累計100頭の魔物を倒しましたので、彼がいればきっとショコラ辺境伯領はもっと安泰になると思います」
「そうかそうか!ではこれからも期待しておるぞ、メル・ショコラ辺境伯令嬢よ」
「はい。ありがたきお言葉にございます、国王陛下」
(完)
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