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離別

『ユウ。ちゃんと覚悟する時だよ。ほら、胸張って』

 初めて名前で呼ばれた。

 これまで、僕たちの間には他に誰も存在しなかった。


 彼女が僕のことを名前で呼んだのは、おそらく彼女の中に外の世界に対する意識が強くなったからだと思った。


『本当にありがとう。一緒にいられて、嬉しかったよ。本当に、本当にありがとう。でも最後くらい、目を見て言いたかったかな』


 声を震わせながら、最後は声にならない声で一生懸命おどけてみせるその口ぶりに、僕の心も同時に激しく震えた。


 研究所の担当者が僕にカウンセリングを行っている間も、最後の最後まで彼女と会話がしたくて、頭の中で話し続けていた。


「ありがとう。君と出会えて、本当に嬉しかった。シ……」

 最後まで言い切る前に、彼女が食い気味に話してきた。


『きっとまた会えるから……』


 手術台の上に横になり、次第に目の前がゆっくりと真っ白になっていくのがわかった。



 ……さようなら。



 翌春、卒業に向けて大学の研究室の整理をしていた折、指導教授を通じて、知らない宛先から一通の手紙が届いた。


 わけがわからなかったが、教授を通じてというからには、何か意味があるんだろう。

 僕の直感がそうさせたのか、気づけばその日のうちに手紙に記された場所まで向かっていた。


「はじめまして。八重樫(やえがし)と申します。あの、手紙を受け取ってこちらへ伺いました」


 ここは国立のラボらしく、白を基調とした綺麗でシンプルな内装だった。

 出迎えてくれた顎髭(あごひげ)を生やしたその人は、僕が誰だか分かるとすぐに、笑顔を見せた。


「やあ、遥々(はるばる)こんな片田舎へようこそ。私がこのラボの所長をしている(くすのき)です。さあ、どうぞ」


 すぐに応接室へ通してもらい、軽く雑談をした後、事情の説明を受けることとなった。


「おそらく話の詳細は聞いていないと思うから、これから言うことに驚かないで聞いてほしい」

 いきなり大げさなフリを入れられ、少し拳に力が入った。

「わ、わかりました」

 

 ……そこからは話の断片しか理解できなかったが、およそ次のような内容だった。


 プロジェクト終了直前に、シオンがプロジェクトのメタ情報を研究所とは別のデータベースへバックアップを取っていたという。

 また、データは暗号化されていることから、解析に時間がかかるということだった。


「……といったところだけど、質問はあるかな?」

「どうして、こんなことを国の機関がしているんですか?」

「国の機関だからだよ。我々だって、まだ手に入れていない技術は欲しいよ。できることなら、解析して研究に、そしてこれからの社会に活かしたいと思ってる。でもそれとは別に、この『シオン』さんが私達に託した思いを、君にも届けたかったからね」

「でもメタ情報だと、正直たいして意味が無いように思うんですが」

『そうでもないさ。たしかにメタ情報はこのデータベースへ記録しているけど、同時に、固有のデータも様々な場所に記録しているみたいなんだ。まだ詳細は解析できていないけど、世界中のサーバー上に分散的に記録をしていて、メタ情報から全て集約できるようにしておいているようなんだ。解析が完了すれば、シオンさんの情報は全て取り戻すことができる。復元したら、君の中にまたデータチップを埋め込むなんてことはできないけど、コンピュータ上で動かすくらいならすぐだよ……」


 そこからは、もう何も覚えていない。

 もう、十分だった。

 

 

 シオンが、戻ってくる……。


 また、会えるんだ。

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