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第9話

 髪を切って、身も心も軽くなった。グリール卿は我が子のように可愛がってくれる。エルサローサは言い付けを守り、いや、それ以上に、マリスタとも上手に付き合っている。とは言え、相変わらず、興味のないことに対しては目もくれない。つまり、マリスタという存在は、エルサローサにとって興味の対象となったのだ。不思議な光景だが、サナ・サーラは納得することにした。


 エルサローサは、きっと素直なのだ。素直だから、ぶつかることもある。しかし、そんなエルサローサに対して、マリスタは一歩も退かなかった。誤魔化さなかった。その対応が、エルサローサには分かりやすかったのだろう。


 もうひとつ、理由があるとすれば、血だ。マリスタにも、サナ・サーラと同じ血が流れている。エルサローサを可愛がっていたという曾祖父の血が。


 そう考えると、エルサローサが懐いたとしても不思議はないのかも知れない。


 そして、そんな光景がサナ・サーラには嬉しかった。


 悪くない生活だ。過去を忘れ、未来を憂えずに済むなら、今の生活も悪くはないと思えた。


 しかし、こんな生活を続けていいはずはなかった。サナ・サーラには帰るべき家がある。それは同時に守るべき場所でもある。カルヴァーラス家と、それに連なる者たちを守らなければならない。そのためにも、ファーラン卿とは決着を付ける必要があった。そうしなければ、真の安息は訪れないのだから。


 とは言え、具体的な妙案があるわけではなかった。そもそも、ファーラン卿が父を殺した首謀者だとして、どうしたいのか、自分でも答えを出せていなかった。仇を討ちたいのか、それとも謝罪させたいのか。ファーラン卿を今の地位から追い落とせればそれでいいのか。


 父なら、どうすることを望むだろう?


 どんな悪人だろうと、殺してしまうことを是とはしない父だった。その志をサナ・サーラも受け継ぎたいと考えていた。


 ならば、仇を討つことは論外だ。父が喜ばないことを、カルヴァーラス家の当主たるサナ・サーラがするわけにはいかなかった。


「サナ、喜ばしくない知らせが届いた」


 晴れやかな午後にしては、グリール卿の表情が冴えない。他者を介さず、わざわざサナ・サーラを呼び付けてまで伝えなければならないようなことが、起こったのだ。


「陛下が、亡くなられた」


 青天の霹靂とは、このことを言うのだろう。


「陛下が? まだそんなにお年を召しているわけでは」


「だから、私も驚いている。詳しくは分からないが、御病気だったそうだ。それにしても急な話だ。まだ葬儀の日取りが決まったわけではないが、私はなるべく早く登城しようと思う。サナは、どうするかね?」


 どう、と言われても、あまりに突然のことで、考えがまとまらない。カルヴァーラス家の当主としては、少なくとも葬儀には参列するべきだろう。諸侯への顔見せも必要だ。


「もし、父が生きていれば」


「それは私も考えた。兄なら、陛下をお救いできただろう。この二つを結び付けると、どうも良くない考えが浮かんでくるのだが」


「それは、陛下を亡き者にせんがため、陛下の楯であった父をまず暗殺した、ということでしょうか?」


「そこまでは言えぬ。何もかもが憶測だ。サナにとっては穏やかではない話だが、あまり考えすぎないことだ」


「はい。登城の件、少し考えさせてください」


 短期間で色々なことが起こりすぎた。父の死に始まって、母の再婚、何者かの襲撃を受け、逃亡を余儀なくされた。やっと少しは落ち着けるかと思ったら、今度は国王の訃報だ。


 考えることが多すぎて、手に負えなくなってきている。もう、どうにでもなれ、という気分でサナ・サーラは寝台に倒れ込んだ。視界に、エルサローサが入ってきた。


「昼寝か?」


「ちょっと、考え事です。どうしたらいいか分からなくて」


「サナは、したいようにすればいい。俺はいつでもサナの側にいる。たとえ百万の軍勢に囲まれても、守りきってみせる。だから、サナは何をしたっていいんだぜ」


 なんとなく、百万の軍勢というものを想像してみた。人を、個としては見分けられない数だ。人が、波のように押し寄せてくる。大海原で溺れるようなものか。それでも、エルサローサなら、波の上を軽やかに駆け抜けていくだろう。本当に、出来そうな気がした。


 不安が、少し和らいだ。


 どんな道を選ぼうと、どうにかなるのかも知れない。


 エルサローサ。不思議な魔物だ。


 あまり深く考えたことはなかったが、エルサローサが使う術も不思議だ。


 屋敷から逃げるとき、エルサローサはサナ・サーラを抱えたまま三階から飛び降りた。にもかかわらず、殆ど衝撃がなかった。ふわりと舞い降りた感じだった。肉体を強化したとしても、そうはいかない。風。そう、風を踏むような軽やかさだった。瞬時に発動できて、しかも持続できるようだ。


「ひとつ訊いてもいいですか?」


「なんだ?」


「あなたの使う術って」


 サナ・サーラは上体を起こし、エルサローサに向き直った。


「ああ、そんなことか。サナも使いたいなら教えてやるよ。ほら、これ」


 エルサローサの右手に魔力が集まっていく。サナ・サーラでも感じ取れるほどの大きな力だ。それを、エルサローサは握り潰した。指を弾く。サナ・サーラは額を小突かれたように感じた。


「何?」


 何が起こったのか、分からなかった。


「分かったか?」


「分かりません。分かるように説明してください」


「説明は苦手なんだが、そうだなあ、魔力って言えばいいのか? それを右手に集めて、まとうだろ。で、外向きに出す。こんな感じか?」


「よく分かりません。そもそも、エルサローサは魔力をどこから集めているのですか?」


 未熟なサナ・サーラは、魔力を集めるだけでも時間が掛かってしまう。ところが、エルサローサは一瞬で魔力を凝縮させた。どこから、どうやって集めたのか、サナ・サーラには分からなかった。


「どこって、普通に」


「その普通が分からないんです」


「じゃあ、サナは?」


「私は、大気中にある微かな魔力を自分の周囲に集めて」


「サナの術は見ていた。でも、もっと簡単な方法があるだろう」


 あることは、ある。魔神との契約だ。魔神と契約すれば、ほぼ無尽蔵の魔力が得られることになる。しかし、魔神との契約は魔術師会によって禁じられている。その方法さえも門外不出だと聞く。


 まさか、エルサローサは魔神と契約しているのだろうか。そうだとすれば、あまりにも危険な存在だ。もし、魔術師会にそのことが知れれば、ただでは済まないだろう。


「魔神」


 口にすることさえ憚られる。


「そっちは、サナにはまだ無理だ。もっと力を付けたら、そのときはサナ向きの奴を紹介してやるよ」


 禁忌とまで言われている魔神との契約を、その方法を、エルサローサは知っていることになる。魔術師として興味のある話だが、今はまだ聞いてはいけないような気がした。エルサローサが言うように、まずは力を付けることが肝要だ。


 エルサローサが教えてくれた方法は、体内で錬っている魔力を精霊に食わせ、精霊が吐き出す老廃物を取り込むというものだった。そうすれば、僅かな魔力で強大な術を使えるようになるらしい。


 精霊は、魔神と違って契約の必要はなく、相性さえ良ければ、従順に付き従ってくれるのだとか。犬や猫を飼う感覚と同じだ。


 理屈は、分かった。しかし、自分と相性の良い精霊を見つけることが至難だ。子犬を拾うようにはいかないだろう。


「今度、湖に行こうぜ。きっと、サナを気に入る精霊がいるはずさ」


 湖。いいかも知れない。湖と聞くだけで、心が躍る。綺麗な水があるところは、好きだ。


 湖に思いを馳せていたら、なんだか楽しくなってきた。


 何もかもが片付いたら、湖へ行こう。エルサローサと二人で。


 きっと、楽しいに違いない。

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