第6話
サナが、何故そうまでして見ず知らずの人間を助けようとしているのかは分からなかった。
しかし、サナに対する感謝の言葉を聞いたとき、何故だかエルサローサも嬉しくなった。
目を覚ましたサナは、エルサローサにも、ありがとう、と言った。それも、嬉しかった。
この少女と一緒にいると、不思議な気分にさせられる。
それは、面白いことだ。だから、一緒にいる。
名前は何と言っていたか覚えていないが、三人の中では若そうな優男が、サナに銀貨を渡していた。路銀として使え、ということなのだろう。サナは、ためらっているようだったが、最後には受け取った。
しかし、言わなくていいことを、言う。いつか返しに来ます、と。
返す必要なんか、ない。それがエルサローサの考えだった。
サナは、身を削ってまで見ず知らずの人間を助けたのだ。エルサローサも、少し手伝った。だから、正当な報酬として受け取ればいいのだ。
エルサローサは、異を唱えそうになって、やめた。サナが決めたことには逆らわない、そう決めていた。
そうしようと決めた理由は、もう忘れた。そうすると、いいような気がしたから、そうすることにした。
サナに、人を殺すな、と言われたから、もう殺さない。これからは、腕の骨だけを折るよう手加減をしてみよう。
間違って、腕を吹き飛ばしたりしたら、サナでも治せないかも知れない。気を付けよう。
「上機嫌ね、従者さん」
太陽の下でも、サナは美しかった。
エルサローサとは違う、光に溶けてしまうような金髪で、瞳は空の色と同じ。
「俺が、上機嫌なのか?」
「だって、今、笑っていたでしょう?」
サナに言われるまで、エルサローサは気付かなかった。自分が笑っていたことに。
ガルナーデンという町までの道のりは、エルサローサにとって楽しいものとなった。
封印される前に見ていた世界には、色が付いていなかったとさえ思える。
エルサローサが感じていた色は、朱。血の色は、朱だった。他の色は、よく思い出せない。色が、塗り替えられてしまったのだろうか。
この世界は、鮮やかな色彩で満たされている。
サナに合わせてゆっくり歩いていたので、ガルナーデンは果てしなく遠いように感じていた。しかし、あっという間に到着してしまった。どれくらいの距離を歩いたのかも、よく分からない。サナと喋っていただけのような気もする。何回か、宿にも泊まった。そのときは、ちゃんと従者として振る舞った。サナは、褒めてくれた。
ガルナーデンに着いてみると、もっと旅を続けていたい気分になった。もやもやとした気分のまま、大きな屋敷に連れて行かれた。
サナは色々と説明してくれたが、何も頭に入らなかった。サナの親戚だとか、なんだとか、エルサローサには興味のないことばかりだった。
しかも、サナとは別の部屋を宛われてしまった。宿屋では一緒の部屋で寝たのに、これからはサナとは別々の部屋で寝なければならないらしい。つまらない、と思った。
ずっと、旅をしていたかった。そうすれば、サナとはいつも一緒だ。
また、退屈な日々に戻るのだろうか。退屈で、退屈で、気付いたら暴れていたことがあった。昔の話だ。暴れていたら、変な世界に放り込まれてしまった。もっと、退屈になった。
サナが、暴れるな、と言ってくれるなら、暴れない。だから、サナの側にいさせて欲しい。そうじゃないと、自分が自分ではなくなってしまうような気がする。また、昔みたいに暴れてしまうかも知れない。それは、サナが嫌がる。
「どうなさったのですか、エルサローサ。そんなところにうずくまって」
サナが、部屋に入ってきた。
「サナ」
「ここに来てから元気がなかったから、少し気になって。具合でも悪いのですか?」
「サナ」
「はい」
「サナ!」
なんて言えばいいか、分からなかった。サナの名を呼ぶことしか出来なかった。
サナは、微笑んでいるようだった。
「慣れない場所に来て、疲れたのね。今夜は、一緒に寝ましょう」
サナがそう言ってくれたので、エルサローサは黙って頷いた。
おかしな気分だった。暴れたいときとは違う意味で、自分が自分ではなくなってしまったような気がした。
サナが側にいるというだけで、安心して眠ることが出来た。