第11話
父の死と、王の死。事件の鍵を握っているはずのファーラン卿に会い、真意を問いただしてみようとサナ・サーラは考えていた。
真相を、知りたいだけなのだ。なぜ父が殺されなければならなかったのか。
知って、納得したい。そうすれば、先へ進めるような気がした。納得して、忘れよう。
「血の匂いがする」
エルサローサに言われるまでもなく、アーレンセン家の屋敷からは異様な雰囲気が見て取れた。門が、何か途轍もない力で破壊されていた。
サナ・サーラは胸騒ぎを覚えた。気が急く。何が起こっているのか考える前に、走り出した。すぐ横を、エルサローサが涼しい顔をして駆けている。いっそ、エルサローサに運んで貰ったほうが早そうだ、と思ったが、口には出さなかった。
死体を、いくつか見た。サナ・サーラが駆け寄ろうとすると、エルサローサに止められた。もう死んでいる。エルサローサが言うのだから、間違いはないのだろう。それでも、ただ通り過ぎることに抵抗を覚えた。
何が起こっているのか考えている余裕はなかった。早く、ファーラン卿に会わなければならないような気がしていた。
「気配が」
横で、エルサローサが呟いた。何かを訝っているような表情にも見える。腕を、掴まれた。止まれ、ということなのだろう。
「どうなさったのですか?」
「来る。サナは下がって」
エルサローサが、サナ・サーラを庇うような形で前に出た。
奥の部屋から、ひとりの男が姿を現した。どことなくエルサローサに似た雰囲気を持つ、黒髪の青年だった。
「この場合、久しぶり、と言ったほうがいいのか、エルサローサ」
男が、髪を掻き上げる仕草を見せた。物憂げだが、不敵。優雅さの中にも、野性味が漂う。
「お知り合いですか、エルサローサ」
サナ・サーラは、小声で訊いた。
「いや、知らない」
その淡泊な返事に、男が反応した。
「は? おまえ、ふざけてるのか? このナシャハを忘れたというのか? 本当に、どこまで馬鹿なんだ、おまえは。まさか、あの人に仕えていたことも忘れちまったんじゃねえだろうな?」
「俺を、可愛がってくれた人のことか?」
「おまえだけが可愛がられていたわけじゃねえ! 横に、俺がいただろうが!」
「悪いが、思い出せない」
エルサローサは、考える素振りさえ見せなかった。思い出す価値もない、ということなのだろうか。サナ・サーラは、ナシャハという男に対して、なんだか申し訳ない気分になった。だから、つい口を挟んでしまった。
「あの、エルサローサは、封印される前のことはあまり覚えていないようなんです」
「あんたは、そこの馬鹿を飼い慣らしているのか?」
今度は、ナシャハがサナ・サーラに訊いてきた。
「エルサローサは、私の大切な人です。いつも側にいて、私を助けてくれます」
「俺を側に置けば、もっと役に立つぜ?」
ナシャハが笑みを浮かべた。
「どういう意味でしょう?」
血の匂いが漂う廊下で、見ず知らずの男と交わす会話だろうか。他に、訊くべきことがあるはずだ。
「その馬鹿と、俺と、どっちが優秀か、すぐにでも答えは出る。俺がエルサローサに勝ったら、あんたは俺を側に置くかい?」
真意までは分からないが、ナシャハが何を言わんとしているかは理解できた。要するに、自分自身を売り込もうとしているのだ。
「その前に、答えてください。これは、あなたがやったことですか? この屋敷の人たちを……」
殺したのですか、という言葉をサナ・サーラは飲み込んだ。
「手加減という奴は苦手でね。とどめを刺す趣味はないが、立ち向かってくる奴は蹴散らした」
知恵は回るようだが、本質的にはエルサローサと似ている。見た目だけでなく、二人は共通する何かを持っているのだ。考えられるとすれば、ナシャハもエルサローサと同じく、曾祖父の使い魔だったということ。もし、ナシャハがエルサローサと同等の力を持っているなら、二人を戦わせることはこの上なく危険だ。絶対に避けなければならない。
「何が目的なのですか?」
「目的? そうだな、あんたに仕えることが俺の目的になった」
殺気というものがあるとすれば、そういう気配をナシャハからは感じない。どちらかと言えば無防備だ。
エルサローサが過敏に反応していないところを見ると、すぐにでも攻撃してくる、という雰囲気ではないのだろう。
「この屋敷を襲撃した理由です。敵対する意志を持たないなら、教えてください」
「ファーラン卿ラーセンラーイ・アーレンセンを狩りに」
ナシャハが、親指で奥の部屋を指し示した。満足げな笑みを湛えている。
「殺したのですか!」
声が上擦った。
事件の鍵を握っているはずのファーラン卿が、逆に命を狙われていた?
もう、何がなんだか分からなくなってきた。
「鼓動が止まるところまでは確認していない。俺は奴に勝ったから、もう、どうでも良くなった」
それを聞いて、サナ・サーラは駆け出した。ナシャハの横を通り抜け、奥の部屋へ。邪魔は、されなかった。エルサローサも追ってこないようだった。
部屋の中は、凄惨たる光景だった。もう息をしていないだろう何人もの警備兵が、まるで人形のように転がっていた。奥の壁際に、ファーラン卿の姿があった。壁にもたれるようにして、力なく座っている。死んでいるのだろうか。まだ息があるのなら、救いたい。サナ・サーラは迷わず駆け寄った。
首に触れてみた。脈は、ある。信じられないことだが、ナシャハは本当に、とどめを刺さなかったようだ。これだけ派手に暴れ回っておきながら、とどめは刺さない。どういうつもりなのか。いや、そんなことはどうでもいい。今は、ファーラン卿を救うことが先決だ。もしかしたら、倒れている警備兵の中にも生存者がいるかも知れない。生きているなら、救う。それだけを、サナ・サーラは考えた。
「エルサローサ、水を汲んできてください!」