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第10話

 王が病死した。毒殺された可能性も捨てきれない。仮に自然死だとしても、これを好機と捉える輩も少なからずいることだろう。


「早すぎるな」


 それが、ラーセンラーイの正直な感想だった。


 まだ下準備が整っていないうちに死なれた格好だ。


 ラーセンラーイは、政治そのものを変える必要があると考えていた。王の首を挿げ替えることに、なんの意味があるだろう。王の後見人が新たな権力者となるだけだ。


 むしろ、愚鈍な王が存命中に、議会の力を強めておきたかった。


 稀代の英雄が辣腕を振るえば、確かに国は良くなる。国が腐敗しているときこそ、英雄待望論が持ち上がることにも頷けはする。しかし、英雄王の死後はどうなるだろうか。国は、間違いなく衰退する。その煽りを食うのは、民衆だ。そして、善政という甘美な蜜を吸った民衆は、悪政を許しはしないだろう。


 ならば、民衆にまで届く変革は、ゆっくりと行われるべきだ。


 英雄を登場させず、国を変える。そんな理想を、ラーセンラーイは思い描いていた。


 ラーセンラーイ自身が国政を掌握するという選択肢も、考えないではなかった。しかし、その危険な橋を渡りきるためには、魔術師会の後援が欠かせない。もし、途中で裏切られたりしたら、何もかも水泡に帰すだろう。それでなくても何を考えているか分からない連中だ。とても背中を預ける気にはなれなかった。


「例の娘とおぼしき人物がグリール卿の屋敷を出ました」


 闇から、声だけがした。金で雇っている間諜だ。もともと政敵の動向を探らせるために雇った男だったが、使ってみると、侮れない情報網を持っていることに気付いた。


 今は、城下のことなら、なんでも知ることが出来る。にもかかわらず、コンルー卿を殺害した下手人の足取りだけは追えなかった。そもそも、それが妙なのだ。普通は、なんらかの手掛かりは残っているものだ。


「曖昧な報告だな」


「不用意に近付いた部下が、黒髪の従者に腕の骨を折られています。恐ろしく勘のいい奴で、こちらの気配が読まれます。気付かれてから離脱することは私でも難しいでしょう」


「それほどなのか」


「魔術師ではない私には分かりかねますが、なんらかの魔術を行使しているようでもあります」


「かの大魔術師が遺した使い魔か。おまえの手に負えない相手なら、手を引け」


「宜しいのですか?」


 可愛がろうとして手を伸ばしたら、逆に手を噛まれた格好だ。報告どおりの手練れが身辺を固めているなら、心配することもないのだろう。


 それよりも、今は別なことが気になった。


「王の死、コンルー卿の死、やはり何か引っ掛かる。繋がっているようで、繋がっていない。何か、別な思惑が動いているような気もする」


「天を仰ぎ、星々を眺めていれば、足許の火事に気付かぬこともございましょう」


「その火事が、我が身を焦がすと?」


「差し出がましいことを申しました」


 コンルー卿を殺害した人物は、そもそも王の殺害まで目論んでいたのだろうか。


 急進派と言っても、足並みが揃っているわけではない。理念ではなく、利害で動く輩もいる、ということだ。


 しかし、コンルー卿の殺害が、王の殺害を前提にしたものだとすれば、首謀者は急進派ではない可能性のほうが高くなる。


 王が急逝して明らかに得をした人間は、王太子の後見人くらいだろう。逆に考えて、王太子の後見人が、コンルー卿の殺害という危ない橋を渡るだろうか。無理がある。


 時期が時期だけに、二つの死を関連付けて考えたくなるが、ひとまず切り離して考えたほうが良さそうだ。そうしないと、足許の火事に気付かないということもある。


 ならば、足許の火事とは、なんだ? 何か見落としがあるのか?


 その暗示を受けてから三日後のことだった。昼日中。屋敷に賊の侵入を許した、という報告を受けた。油断したつもりはなかったが、想定外の事態だ。


 賊は、正面から、しかも単身で乗り込んできたのだという。陽動かも知れないが、それにしても大胆だ。報告してきた者は、その場で事切れた。裂傷の他に火傷が見られる。恐らく、炎を使う魔術師だろう。


 これが足許の火事か。呟いた。ラーセンラーイは、立て掛けてあった剣を手に取った。軽い、細身の剣だ。


 ラーセンラーイの命を狙う者が、コンルー卿をも殺害したのだとすれば、その首謀者は急進派などではない。ラーセンラーイとコンルー卿を結ぶ線は、魔術師会だ。他に、考えられなかった。


 しかし、なぜ。ラーセンラーイは、魔術師会の実力者たちに推されて第二魔術師となった。望まれたから、なった。それを今になって不適格だとでも言うのだろうか。


「殿、お逃げください。相手は黒い魔物です。我々の手には負えません」


 黒い魔物と聞いて、サナ・サーラが連れているという従者を思い浮かべた。エルサローサという名なら、以前から知っていた。魔術師の間では、不吉な影と言われている魔物だ。


 気配が、すぐ近くまで迫っていた。逃げるべきだ。逃げても無駄だ。二つの考えが同時に浮かんだ。もうひとつ、黒い魔物の顔を拝んでみたいという思いもあった。


 剣を持つ手が震えた。恐れているのか、喜んでいるのか、自分でも分からなかった。


 扉が、蹴破られた。黒髪。黒い双眸。殺気を漲らせている。これが、黒い魔物か。姿形だけを見れば、ごく普通の青年だ。しかし、この威圧するような気配は、なんだ。


 部屋の中と外で、警備兵が男の周りを取り囲んでいる。それでも、有利なようには感じなかった。


 黒い魔物は笑みすら浮かべている。吸い寄せられるように警備兵が斬り掛かり、逆に弾き飛ばされた。


「白昼堂々と乗り込んでくるとは、よほど腕に覚えがあるのか、それとも馬鹿なのか」


 まずは様子見。ラーセンラーイは、剣を抜きたいという衝動に駆られていた。殺気が、強すぎるのだ。


「俺を挑発する余裕なんてあるのか? それとも、お喋りで時間を稼ぐつもりか? 面白い遊び相手を紹介してくれるなら、待ってやってもいいぜ」


「その期待には添えられそうにないが」


「なんだ、つまらねえ」


「もし、急ぎの用でないなら、ひとつ質問に答えて貰おう。なぜ私の首を狙う?」


「俺を楽しませてくれたら教えてやる。その剣、ちょっとは使えるんだろう? 抜けよ」


「意外と紳士だな。相手が構えるまで待ってくれるというわけか。君は、素手なのか?」


「俺が武器を使ったら勝負にならんだろう」


「驕るなよ」


 ラーセンラーイは剣を抜き放った。同時に、突く。間合いの外からだ。剣先から光の刃を飛ばす。寸前で、交わされた。


 笑みが消えている。黒い魔物が横に跳んだ。突っ込んでくる。掌底か。炎。初撃は光の楯で凌いだ。しかし、押し込まれる。剣を薙いだ。手応えは、ない。速い。今度は右。剣を持つ手では光の楯が使えないと踏んだか。剣でも凌げる。押された。


 不味い、と思ったときには身体が浮いていた。背中に衝撃が走る。壁に叩き付けられた格好だ。


「まだ、やれるんだろう?」


 黒い魔物が、不敵に笑った。


 骨は、折れていないようだ。肉体的な痛みは相殺できる。が、不利な状況には変わりない。こちらは全力を出した。それでも押された。


「やれやれ。高い買い物をすることになりそうだ」


 やれそうな気はしていた。もっと上で戦える。がむしゃらに上を目指していたときには到達できた領域だ。


 ラーセンラーイは、大きく息を吐くと、剣を構え直した。


「それでいい。次も凌げたら、さっきの質問に答えてやる」


「そいつは楽しみだ」


 自分から飛び込んだ。痛みを相殺。光の楯。光の刃。同時にやると消耗は激しい。それでも、身体は動いた。続けざまに攻撃を繰り出す。乗った。地位を得て、逆に遠ざかってしまった領域に、再び足を踏み入れた。


 この高揚感だ。これが欲しかったのだ。この瞬間に燃え尽きるなら、悔いはない。そう思えた。


 剣先に手応えを感じた。やれる。記憶が途切れ途切れになった。光の中を舞っているようだった。


 なんだ。笑っているのか。こいつ。


 右肩に、痛みが走った。目の前が、白かった。


 気が付くと、座り込んでいた。今度は目の前が赤くなっていた。血だ。警備兵たちが流した血を、ラーセンラーイも浴びたようだ。恐らくは、守ろうとしてくれたのだろう。


「私を殺す者の名を、聞きたい」


「ナシャハ」


 エルサローサではなかった。手合わせをした相手がエルサローサなら、あとで自慢できると思っていたが、残念だ。いや、ナシャハという名前も、どこかで聞いたことがあるような気がした。


「凌げなかったな」


 笑おうとしたが、笑えなかった。右肩は、骨が砕かれたか、腱が切れたか。或いは、両方か。右手の感覚がない。剣は、もう手から離れていた。


「そうでもない。俺は満足した」


「満足のために、首を狙ったのか?」


「いいや。俺を、薄暗い場所から解放してくれた魔術師が、あんたの命を欲しがった。俺は強い奴と戦いたかった。あんたは相当に強いらしい。そう聞いた。だから、依頼を受けた」


「私が弱ければ、私は君に殺されずに済んだ、というわけか」


「そうなるな。依頼主も、歯牙にも掛けなかっただろう」


「ふっ」


 笑いが込み上げてきた。実に、馬鹿馬鹿しい話だ。


 大望を抱き、国を変えようと必死になってきた末路が、これか。確かに、周囲を顧みることはなかった。魔術師会の連中を心のどこかで毛嫌いし、彼らのようにはなるまい、と思ってきた。それが態度に出ていたのかも知れない。だから、疎まれたのか。


「誰だ?」


 ラーセンラーイは問うた。


「ザッセム卿」


「馬鹿な。私はともかく、コンルー卿には世話になっていたはずだ」


「俺が知るか」


 ナシャハは否定はしなかった。やはり、コンルー卿はナシャハに殺されたのだ。手掛かりになるような痕跡を残さず、コンルー卿を殺せるような人物が、そう何人もいるはずはない。


「もうひとつ。コンルー卿を闇討ちした君が、なぜ正面から乗り込んできた?」


「闇討ちは俺の趣味じゃない。俺は、強い奴と正面から戦うほうが好きだ」


 ナシャハは、コンルー卿の殺害を肯定しつつも、本意ではなかった、と言っているのだ。その言葉に偽りがあるとも思えなかった。


 ならば、問う。


「最後だ。私は、君の目から見て、なかなかの動きだったか?」


 右肩の痛みが、じわじわと広がっていく。同時に、途轍もない疲労感に襲われていた。魔力が底を突いたのだ。さすがに無茶な戦いをした。しかし、極限を味わうことは出来た。


「ああ」


 ナシャハが無表情に答えた。


「そうか」


 満ち足りた。ラーセンラーイは、目を閉じた。

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